誘う刀 其の三
部室の違和感からこの急展開だったため、気付かなかったがあれは何だ。どう見ても刀だがなぜ、こんな所に? 普通に考えればなんらかの曰く付きのモノと考えるのが妥当か。だが何も施さずに部屋に転がっているのがよく分からない。そういうヤバいモノなら札のひとつでも貼って然るべきだと思うのだが。
「なぁ、桜沢。あの刀はなんだ」
俺は隣で自分の作った炒飯を無視し、茶を啜る桜沢に声を掛ける。
「ん? ああ、あれ? 一応依頼品だよ。知り合いの骨董商からの依頼でね。その骨董商が言うにはその業界では有名な妖刀らしいわ。持っていても、不幸になる。捨てても、不幸になる。そしてそんな刀だ、誰一人として受け取って貰えない」
「なんか呪いの武具みたいだな。あの装備したら外せないっていう」
「それに近い側面はあるわ。要するに所有者が死ぬまでその者の物としてあり続ける。正に妖刀ってわけ。まぁどこまでが事実でどこからがたまたまなのかは分からないけどね」
「見た感じでは俺には何も見えないな」
「私も一緒よ。何の変哲もない刀にしか見えないわ」
珍しく意見が一致する。何もないならそれに越したことはないのだが桜沢のやや、つまらなそうな表情から意見は一致しているが思考回路は全く逆のベクトルなのだなと思った。
そんな事を考えているとふと妙な事に気づく。刀の柄の部分に目のような物がある。さっきまでなかったような……装飾か?
(おい、お前)
急にここにいる誰でもない者の声が聞こえ、驚愕のあまり、体が硬直する。
桜沢と森先輩は何やら別の話をしているらしく、こちらの変化には気づいていない。恐怖のあまり、声を掛けようとした次の瞬間、またその声が聞こえる。
(おい、少し落ち着け)
いや、これは『聞こえる』というよりはもっと違う、そう、聴覚を通さず直接、脳に語りかけられているようなそんな感覚。
(聞こえているなら、返事をしてくれないか。反応から察する。聞こえていると見受けるが?)
(だったらなんだっていうかお前誰だ)
とりあえず、冷静を装い、思った事を念じてみる。
(私は冥月。見ての通り刀だ。君の名も聞いておこうか?)
(樋口 クロエ。で何か)
(お前、私の相棒にならんか)
(いや、いきなりなんだよ)
(そうであったな。順を追って説明しようか。私は所謂、霊刀というやつでな。こうやって意思も持っている。付喪神は知っているか)
(物が何年か経つと物に魂が宿るとかいう、あれか)
(そうだ。簡単に言えば俺は意思を持ち、霊体を斬る事の出来る刀というわけだ)
(で、その霊刀さんがこんな俺になぜそんな話を?)
既に胡散臭いとは思うがとりあえずもう少し聞いてみようとなんとなく思いこの会話を続ける。
(君が私を扱う資質のある人間だからだよ。現に私の声が聞こえているだろ?しかも君にだけだ。)
確かに。桜沢や森先輩が全く反応していない。
(まぁ考えておくよ)
(随分とアッサリした反応だな。あまり興味がないか)
(いや、正直ないわけじゃないが、俺はまだあんたを信用していないんでね。後でその手の専門家が来るんでね。その人に鑑定してもらって、話はそれからだろ)
(慎重な事だ。いや、単に臆病なのか)
(いや、あんたどういう経緯でうちにいると思ってるんだよ。普通に考えたら警戒するに決まっているだろうが。それとも何か? あんた、調べられるとヤバい要素でもあるのかよ)
なんか普通にこうやって脳内で会話しているがよく考えたらこれすげぇよな。俺もなんでこう平然としてるんだか。
(ふむ。そこまで阿呆でもなかったか。学生なのでもしかしたらと思ったがなかなかどうして)
(もう少し営業トークってヤツを学んだ方がいいんじゃね? あれじゃ、その辺ガキも引っかからない。後、本性だすのも早過ぎるだろ。もう少し、粘れよ)
(なに、ほんの余興だ。気にしないでくれ。『こういう』誘い方をした場合人はどういう反応するかなっていうね。もう少し面白い反応を期待したのだが……最近の若者ってのは皆、こうなのか)
(どうかな)
なんか、よく分からないがとりあえず現状を桜沢にすぐ話すべきだと本能的に察知し、桜沢に声を掛けようとする。が少し遅かった。
(君の反応はおそらく正しい。ただ、結果は変わらんがね)
急に金縛りのような状態になり声も出せなくなる。そして得体の知れない『なにか』が俺の思考を侵食していく感覚。そしてそこから溢れ出るはドス黒い感情。それは俺の意思ではない俺の意思。ならば、今の俺がやろうとしている事は俺の……
(妖刀っていうのは普通、邪気を発し、手にした者を狂わせる)
『普通の妖刀』ってなんだよ。って突っ込みたかったがそんな余裕はどうやらなさそうだ。このドス黒い感情は間違いなく『殺意』しかも対象は……桜沢か。
(だが私ほどのレベルになれば触れずともしかも『対象』を限定して狂気に誘う事が出来る)
くそっ、ダメだ。まるで心の奥底から無理矢理、引きずり出されたその殺意は俺に目の前の刀で桜沢を斬れと命じてくる。ただ斬るだけじゃだめだ。嬲るように弄ぶように。殺意と共に強烈な嗜虐心。これは一体。
俺はそんな事を考えながらも立ち上がり、ただ一点を見つめる。その先にあるのは妖刀『冥月』。ゆっくりと歩を進め、一歩また一歩、刀へ近づいていく。それに比例するようにますます強くなっていく殺意。最早、俺に抗う術はなく殺戮劇の開幕を知らせるブザーは今、まさに鳴ろうとしている。そして俺は今、目の前にある刀に手を伸ばし……