樹海は謳う 其の六
「樋口っ!」
そんな若干、あきらめの混ざった心情をかき消す怒声と共に桜沢が銃の砲身の方を持つという本来の持ち方とは程遠い持ち方で突進してきた。木隷もそちらに反応を示すもわずかながら桜沢の攻撃の方が速く、木隷の右顔面を捉える。銃床がめり込み、飛び散る歯の欠片と共に鈍い打撃音。木隷の体が傾き桜沢も勢い余って、木隷と一緒に倒れこむ。
俺はすぐに状況を理解、ダメージは残るものの、まだ自分が動ける事を確認しながら、立ち上がり、再び、除霊剤を握りしめる。
「おおおおおおっ」
俺はなぜか雄たけびを上げつつ、現時点、一番近くに投げ出されている木隷の左手に向かって、疾走する。すぐ近くなのと桜沢の突撃のおかげもあり、難なく木隷の左手に除霊剤を打つ。だが現状においてその行為はあくまでついでであり、俺の行動のベクトルは全く別の方向に向いている。それは桜沢を護ること。このままでは弓矢のいい的だ。
すぐに俺は桜沢庇う意味で桜沢の体に自分の体を被せる。咄嗟の事とは言えやはり怖い。恐怖と妙な使命感に揺られながら。すると耳元から水上の声が聞こえる。
「弓兵、全部片付けました。桜沢さんの方はどうなっていますか」
「大丈夫よ。水上。こっちも今、片付いたところよ。神馬さん、次の指示を」
俺はなんとか状況を理解すると桜沢から離れ、すぐ、隣で大の字で横たわって大きく息をつく。助かった。
「なんとか終わったか」
「あんた、結構、やる時はやるじゃない。少し見直したわよ。」
「そいつはどうも。今はなんかそういう気持ちよりも生きてる実感っていうのかな。妙な気持ち良さが心情的に不快っていう……言葉では表すのはちょっと難しいな」
「ふーん。なんかよく分からないけど。じゃそろそろ行こうか。一件落着は近いがまだ仕事は残ってるわ。水上と合流して、この忌まわしい一件、終わらせるとしましょう」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる桜沢を見、俺も続けざま立ち上がる。
そう言われればそうだったな。あの忌まわしい樹木に除霊剤を打ちこむんだったな。面倒臭く感じるがまぁ今までの工程から考えたらそれくらい楽なもんか。そんな風に思いながら木の近くにいた水上と合流する。定期的にまだ撃ってくる種がちょっとうざい。
「おう、水上。無事だったか」
「桜沢先輩達も無事で何よりっす」
時間にしてたかだか十分程度の間隔の後の再会だったが、不思議と嬉しかった。
「神馬さん、全員無事合流しました。あとはこの除霊剤を注入するだけなんですけど、木の根元くらい注入すればいいんですか?」
桜沢はとりあえず、神馬さんからの指示を一応、確認する。
「ちょっと待って。お前らの位置からその木に何かなっていないか?実とか」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。
とりあえず、俺達は各々、自分の頭上を見上げる。
改めて見ると本当に不気味な木だな。葉の類は一切なく。木特有の生気っていうかそういうものも全く感じない。枯れていると普通なら考えるその容姿なのにそれを否定する証拠も同時に視界に入ってきた。それは神馬さんの言っていた実だった。ただそれをりんごやみかんのような果実のような実と同じカテゴライズされるのかと言うと違うように思えるそんな実だった。なぜか自ら発光していている。発光量は日中なのにも関わらず、目で十分、認識出来る。その光はまるで実それ自体を覆う炎のようなオーラと相まってまるせいか現実感が湧かない。それが見た瞬間に思い浮かんだ感想だ。数は三つ。色は赤が二つに青が一つ、大きさで言えばりんごくらいだがもちろんこんな果実、見た事がない。
「確かにあります。しかし、神馬さん、あれは何ですか。あんな実、あり得るんですか?」
「目の当たりにしといて今更あり得るも何もないだろう」
「それはそうですが……」
あまりに幻想的なその見た目に思わず、そんな発言をしてしまった。それほど現実感を感じさせない実だ。アダムとイヴが食った、知恵の実っていうのも実はこんな色だったのかもな。いや、こんな気持ち悪いもん食べないか。
「水上、お前の分銅鎖でその実、枝ごと採取出来ないか?」
どうやらこの奇妙な実を収穫する気らしい。何、考えてるんだか。
「目算っすけど、ちょっと長さが足りないっすね。ただ、投剣なら何本か持って来ているっすけどそれでどうっすか?」
水上はそう言いながらリュックから柄と刃が一体になっているナイフを取り出す。お前は何と闘ってるんだよ。さすが戦闘担当、本当にいろいろ持ってるなぁ。
「腕前の方は?」
「七~八割ってとこっすね。この距離だと」
「じゃあ、それで頼むわ。くれぐれも実には当てるなよ」
「了解。では」
「危ないからちょっと離れていてくれ」
俺と桜沢が距離を取ったのを確認するとナイフの刃の部分を持ち、振りかぶる。
その瞬間だった、俺にもよく分からないが自分の足元に霊的な力の奔流が流れているような感覚を覚える。
何が起こったと考えるとほぼ同時に何かが爆ぜるような音、おそらく銃声が樹海に響き渡った。