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樹海は謳う 其の五

 水上は弓での攻撃の警戒からだろう。目標から左側へ旋回するように疾走し、木隷へと接近していく。木隷共もそれを認識したらしく歩く速度を緩め、鉈を構える。相対距離と速度から戦闘開始まで数秒と掛からないだろう。

 水上は速度を維持したまま、急に持っているリュックをまさぐり始めるとすぐになにやら取り出した。あれは鎖?そう思った次の瞬間、水上は素早い踏み込んだ動作と共に腕を振る。それは遠目から見ている俺から水上が何かの魔法を使ったと錯覚しそうになる不思議な光景だった。全くの間合いの外の

距離に居た木隷の頭がいきなり小さく爆発するように爆ぜた。

「桜沢。水上は何をしたんだ一体」

「分銅鎖だ。あいつの通っている道場、確か黒真流とか言ったっけかな。その道場はなぜか今時、戦場武術を売り文句に掲げている酔狂な道場で格闘技はもちろん、ああいう武器も使い方とかまで教えているらしいのよ。あの武器はなんでもしていいっていう許可が出た時のみ使う得物ね。見ての通り、殺傷能力がえげつない武器だから」

 なるほどとか思っているうちにもう一体の木隷の頭も当然の如く爆ぜ、ドス黒い花を咲かせる。

「おい馬鹿共、ぼうとするな。そっちももうすぐ来るぞ。構えろ!」

 急な神馬さんからの指示に思わず体が硬直する。

 そうだった、今回は俺達も闘らなければいけないんだよな。女性の桜沢を闘わせるわけにはいかないので必然的に俺が闘う羽目になりそうなのは分かっているが俺には神馬さんのような武器も水上のような格闘術もない。さてどうしたものか。

「神馬さん、どうしたらいいですか。この場合。出来れば指示が欲しいんですけど」

 既に敵は視界に入っていて、こちらも接触までもうそんなに時間がなく心境的にはプレッシャーと恐怖で本当に頭がおかしくなりそうだ。だがそれでもギリギリでなぜかまだ思考する冷静さが残っているのは我ながら不思議だ。

 神馬さん指示を聞いているとねすぐ近くで聞き覚えのある空気の排出音が耳元で響く。

「ちっやっぱり効かないか」

 隣で桜沢がいつの間にか例の麻酔ダーツ銃を取り出し、木隷に向かって撃ちまくっていた。

 特に思う事もなかったがとりあえず「やっぱ、こいつすげぇな、いろんな意味で」とは思った。もう少し怖がってくれた方が可愛げがあるというもの……いや、それはそれでこいつらしくないか。

「何よ。樋口。今、ちょっと私の事、馬鹿にしたでしょ」

「さすが。桜沢姐さん、当たらずとも遠からずってとこです」

 少し、戯けて見せると遠慮なく脇腹にボディブローが飛んできた。

「まぁ冗談はさておき、いや、冗談ついでに言わせてもらおうかな」

「何を?」

「お前は俺が護ってみせるとか言ってみたり。どうかな」

「はっ、言ってろ」

 少し、戸惑った仕草をしながら、鼻で笑う桜沢を後目に、俺はなぜこんな場面でここまで冷静を保っていられるのか、やっと気付いた。

(こいつがいるからかな……)

 そう考えが浮かんだ瞬間、俺の中で熱いとも冷たいともいえないこれまでの人生で一度も経験した事のない感覚が渦巻いた。

 木隷は既に攻撃の間合いまで数メートルという距離に来ていた。

 間もなく、接触、戦闘となるわけか。気を引き締め、落ち着けと自分に言い聞かせる。そして、大きく息を吐くと俺はこちらに向かってくる木隷に向かって走り出した。右手には除霊剤を持ち、気持ちとしては疾風をイメージした素早い動きをしたいところではあるがいかんせん自分の元々のそんな高くないポテンシャルに加え、この糞重い鎖帷子だ、贔屓目に見てもかなり遅い。それでも俺にはもう突き進むしか選択肢はない。ここでの躊躇や迷いは即『死』に繋がる。いくら怖いと言ってもさすがにそれは勘弁だ。

「側頭部をガードしろ!」

 神馬さんの怒声が鼓膜を貫き、咄嗟に左腕を上げると同時に強烈な衝撃が走る。いつの間にか間合いに入っていたらしい。鈍い痛みと共に痺れのような感覚が腕に全体に広がる。しかし、ここでの止まったり、倒れればそれもまた終焉を意味する。

 俺は左腕で鉈の刃を滑らせながら、勢いに任せて直進し、ほぼ間合いをゼロの状態にする。相手は後ろへ下がり再び、間合いを取ろうとするがそれを許すわけにはいかない。俺は右手に持っていた除霊剤を木隷の太ももに突き刺す。アンプル内の液体が徐々に減っていってはいるがその速度に不安を覚えた次の瞬間には木隷は俺に倒れ掛かってきた。

「樋口、それをすぐ盾にしろ!矢が来る」

 神馬さんの声でなんとか、考える力をニュートラル近くまで戻し、死体をなんとか支えながら自分の位置と死体の方向を変える。

「ちっ、意外と重いな」

 死体に何かが当たったような衝撃と音がわずかだが聞こえる。おそらく矢が当たったのだろう。危ねぇ。

 しかし、一息をつく暇すら神は与えてくれないらしく、もう一体の木隷がなんと俺を無視して木陰に隠れている、桜沢の方へ向かっていくのを視界が捉える。

「ああっもう」

「ちょっと待て!」

 耳元から神馬さんの制止の声が響いたがなぜか、今回の指示では俺の行動は止まらない。いや、止められないが正しいか?

 俺はすぐにリュックからもう一本、徐霊剤を取り出すとすぐにもう一体の木隷に向かって、突っ走る。すぐに後頭部に何かが掠める感じと共にその箇所に熱を持つような感覚を覚える。おそらく矢が少し当たったか。だが……

 木隷は俺が迫っているのに気付き、こちらへ振り向く。しかし、こちらは鎖帷子、一撃は凌げるならばさっきと一緒のパターンでいけるはずだ。

 しかし、その木隷はこちらの予想外の行動を起こした。

 あれは刺突の構えか?

「まずい、避けろ!樋口」

 そう指示が飛んできたが手遅れだった。俺は既に敵の間合いに入ってしまっており、木隷は俺を十分に引き付けねカウンターのような形で鉈による突きを繰り出す。回避行動に出るも間に合わず、その切っ先は俺の左肩を捉える。激痛と共に走ってきた勢いのせいもありその場で引っくり返る。

 鉈の先端がそれほど鋭くなかった事が幸いし、帷子を貫通しなかったのは不幸中の幸いといったところか。けどこれは終わったかもな。敵の追撃が来るだろうし、矢も……ああ、厄日だな今日は。



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