樹海は謳う 其の四
形状とスコープのような物が付いている所から狙撃銃ってことは分かるが、当然ながらここは日本なので完全な非合法の逸品だ。
「それ、本物ですか?」
「当たり前だろ。こんな所に玩具持ってきてどうするよ。場所が今回、人のいない場所だったからな。本来はあまり出番のない武器だよ。重いしかさばるしな。」
「あっ神馬さん。それ!」
茂みの中から場違いな嬉しそうな声が聞こえ、帷子姿の桜沢が姿を現す。
「確か、M40A3 狙撃銃だったかしら神馬さんそんな面白い物持ってたんですか。まさか今日はそれを使用する気では!? いいなぁ私も撃ってみたいなぁ~」
桜沢は子供ようにだだをこねる。状況が状況でなければさぞ、微笑ましい光景だろう。ていうか神馬さん、あんたはどういうルートでそんな物騒な物を仕入れたのだろうか。俺的にはそっちの方もかなり気になる。
「ダメだって。これはあんたの持ってるおもちゃと違って本物なんだから。素人が扱うにはいろいろ問題があるんだ」
銃の存在そのものが既に問題のような気がするが。いや、そもそも、桜沢の持っている麻酔銃も充分、玩具の範囲を超えてると思うが。
「またそうやって子供扱いする。私、もう十六ですよ」
いや、こんな状況でそんなわがままを言う奴を大人とは言わない。
「とにかく、今日は無理だ。また機会、作ってあげるから」
しぶしぶ、引き下がる桜沢。前衛陣が鎖帷子を装備し終え、必要な物のみを持ってきた小さなリュックに入れるといよいよ作戦開始の時となった。
「よし、いよいよ、作戦開始なわけだが指示はその今、着けてもらっているインカムから出す。もう一つ忠告だが私はあくまで全体の状況に応じた指示しか出さない。狙撃は本当に私がヤバいと思った時のみ使用するから。その辺は理解しといてね」
いまいち大胆か慎重なのかよく分からない人だな。戦闘はおそらく水上頼みになってしまうだろう。そして水上の格闘能力から考えて相手が余程、強くない限りは圧倒する。ただ不安な要素も少なからずある。まず、この防御の為の鎖帷子がどの程度、我々の動きを制限するか。少なくとも普通の状態のようにはいかないだろう。そして全身を守らなければいけないため頭まですっぽり被って眼しか出ていない状態はかなり視界を狭める。俺や桜沢は戦闘ではあまり役に立てないのは目に見えているのでせめて水上が不意打ちや背後からやられるのを防止するくらいだ。そんな無駄かも知れない考えを巡らせていると装着していたインカムから神馬さんの声が聞こえてくる。
「準備はいいな。お前ら?ではミッション開始」
そして俺達はこれから戦場となる舞台へと勢いよく飛び出していった。
とは言ったものの対象である樹まではまだ結構距離がある上に走ってだと俺と桜沢が置いてきぼりを食らう事が早々に判明したため少し速めの徒歩での前進となった。情けないとも思うがこんな重たい物を着てなぜ水上はまだあれだけ速く動けるのかそっちの方が不思議に思う。
やはり目算で言うと百~二百メートルの間くらいだろうか、対象の方向から何かが飛んでくる。俺達の体に次々と着弾していくがそれが俺達の体内に食い込む事はなく、全て鎖帷子に弾かれ、地面に落ちる。当たった感触は種にしてはそれなり威力があり、強めにスーパーボールを思い切りぶつけられる
くらいの衝撃が体に伝わる。もちろん問題ない。落ちた種にはすぐに札を貼りそれから拾って自前の瓶に入れる。神馬さんが言うには貴重な資料なので何個か回収して欲しいとの事だ。
「神馬さん、木隷の方に変化は?」
樹との距離もかなり縮まり、残り百メートルを切る地点まで進み、少々不安な心境に駆られ、ちょっと質問してみる。
「いや、まだ動きはないな。そろそろ距離的に動いてもおかしくないんだが、ああ言っておくが『あれ』は既に死体みたいなモノだからな水上、遠慮はいらないぞ」
「了解っす」
淡泊な水上の反応は頼もしいような気がする。と思うように努力する。
「おっ動き出した。気をつけろよ。まずいな相手は武器を取り出し始めた」
「得物の種類は何っすか!」
「鉈が四、弓が二、弓が固定で鉈はツーマンセルで前進」
「ちょっと待ってよ。弓ですって鎖帷子は弓に対しては効果薄いはずよね、確か」
桜沢の珍しく慌てた声が聞こえる。
えっそうなの?それ最悪じゃないか。いや、待てそうとも言えない。こっちには狙撃銃が後衛に構えているんだ。神馬さんにその弓兵を処理してもらえばなんの問題もない。
「神馬さん、その銃で弓兵狙えるますか?」
「ダメだ。上手く遮蔽物に隠れやがってここの位置からじゃ狙えないこちらも遮蔽物に隠れながら迎撃して」
ったく!なんのための後衛だよ。クソッ。
とりあえず俺達はすぐに傍にあった大きめの樹木に体を隠し、臨時作戦会議を開催する。
「どうするよ。あんまり時間がないけど、最悪撤退も……」
「いや、それには及ばない。神馬さん、敵の状況は?」
水上は俺の言葉を遮り、神馬さんと会話し始める。いや、どう考えてもこの状況はヤバ過ぎるだろ。
「敵、前衛、二組は二手に分かれ、あんたらを挟み込むように迂回気味そっちに向かって来ている」
「了解。いいか、俺はすぐにここから左側へ向かいそっち側の敵を倒す、そしてそのまま迂回しながら弓兵に近づき、弓兵も片づける。お前らには悪いが右側から来る敵の得物は鉈だ。最悪、その装備なら致命傷はなんとか避けられるはずだからここでなんとか防御に徹して俺が弓兵を倒して戻ってくるまでなんとか保ってくれ。もしダメそうだったら言え、そして出来れば逃げろ。以上」
水上はそう一方的に喋り続け、すぐにこの樹木の安全地帯から飛び出す。
その勢いよく飛び出した姿は一発の弾丸を彷彿とさせ、俺は一瞬だがこのまま水上が戻ってこないのではと縁起でもない事を考えてしまった。