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樹海は謳う 其の二

「しかし、それは確かに妙ですが、やや決定打としては弱いのでは? 失礼な話にはなりますが遺族の方が遺体に何かされた可能性も」

 珍しく、森先輩が口を挟む。先輩らしく、あくまで論理的な意見ではあるし俺もその可能性はあり得ると思った。




「そう、私だってその辺の素人坊主がそう言ったならその可能性もあると思うところだがさっきも言ったがそれなりの場数も踏んでいる僧だぞ。後から添加した香りと内側から自然な香りの違いくらい分かるさ。それにどんな強い香水を使ったところで腐臭と混ざって余計にエグい臭いになるだけだ。それが分からなかったとも思えん」

 随分とその住職を買っている、いやこれは信頼しているのか?

「という事はその檀家の息子とやらを死に至らしめた原因がこの樹海にあると?」

 話の流れと現状から考えて当然の結論と言えるが一応、聞いてみる。

「まぁそういう事だ。その息子が体調がおかしくなる直前及び死ぬ前日にどうやらこの樹海に来ていたらしい。特に死ぬまでの一週間などは立つ事もままならなかったのにも関わらずだ。どうだこれはもう決定打だろ?」

 嫌な決定打だな。

「神馬さん、それは私としてもかなり興味深いですね。神馬さんとしてはそのその死に至らしめた『モノ』正体について何か心当たりあるんですか?」

「大体はな。私見だが木霊もしくは樹木に取り憑きし、異形の類が考えられるがこればっかりは実際、見てみないとなんとも……」

「場所に関しても見当は?」

 一番、不安なのはそこだ。こんなクソ重たい荷物背負わされて、適当にウロチョロされてはたまらない。とは言ってもここまで来て戻る事など許されないだろうが。なんか理不尽だよなぁ。

「下準備で忙しかったと言ったろ? 当然そこは最も重要なポイントだ。様々な情報や森の分析を併せてかなりの確度の位置は割り出せた。安心したまえ、君のその苦しみも名残惜しくも後十分程だよ」

 自信ありげな笑みを浮かべこちらを一瞥し、再度前を向く。

 まぁそれならもう少しの我慢かと少し、ほっとしたがよく考えれば、それはその檀家の息子とやらを死に至らしめた『モノ』とのエンカウントを意味するわけで、なんとも微妙な心境だ。

 『あと十分程度だよ』、あの神馬さんのセリフを聞いてから一体、何十分たっただろうか。同じような風景の連続にうんざりし、腕時計で時間を確認するのも億劫になってきている。本当に精神的にも肉体的にも限界だ。それは少なからず皆一緒であり、全員の口数は極端に減りただ黙々と歩く。神馬さんだけはさっきからしきりに『おかしいな」を連発している。全く、この人は信用していいのか、駄目なのかいまいち分からない人だなぁ。

 そんなわけで現在に至るというわけだ。全く、なぜこうなるかな。溜息を漏らしたかったがしんどくてそれすらも出来なかった。

 結局、その十分後に仕切直しの意味も込めて、小休止となった。

「どうなってるんですか。神馬さん。さっきと全然話がちがうじゃないですか。もしかして本当に迷ってるとかじゃないですよね?」

 あまりのしんどさからか、心中の不安を思わず吐露してしまう。言ってはみたものの本当にそうだったらマジで泣きたくなる。

「いや、迷ってはいない。それだけは確信を持って言える。GPSも持ってきているから帰ろうと思えば、すぐにでも帰れるさ」

「じゃあ、帰りません?」

「むしろ問題なのは……」

 無視かよ。

「思ったよりもその原因たる『モノ』が深部にいるという点だ。人の迷い込むような所だからそれほど深部にはないと考えていたんだがな」

 神馬さんは顎に指を添え、考え込むような仕草をする。

「神馬さん、これ以上、霊泉に近づくのはあまりよくないのでは?」

 森先輩が神馬さんに意見している。あまり見ない光景だ。

 霊泉?また聞いた事のない単語だ。言葉から推察するに神馬さんはその『霊泉』ってものを目指して進んでいるのか。

「確かにな。雰囲気と読みながら歩いて、場合によっては撤退も考えてはいる。とりあえず、もう少し進んではみようとは思うよ。さて、休憩終わり、行くぞ、お前ら」

 全員が渋々、立ち上がり、そしてまた神馬さんの後ろについて歩く形でハイキングを再開する。俺の肩には再び強烈な重量が食い込む。

「おい、桜沢」

 少し先程の神馬さんと森先輩の会話が気になったため、話しかける。

「さっきお前らの会話の中に出てきた、『霊泉』とか『霊子』ってなんだ?」

「ん?ああ、お前には説明した事なかったわね、そういえば。要、ちょっと説明してやって」

 また森先輩かよ。桜沢にしても神馬さんにしても、なんか説明に関しては基本、森先輩に振るシステムになっているらしい。

「えーと樋口君、今、少し、呼吸とかし辛くない?」




 ん? 何の話だ?確かにそう言われれば、雰囲気としんどさのせいかと思っていたが確かに普段より吸っている酸素の濃度が高いような感じがする。

「そうですね、少し、空気を吸った感触がなんか「ドロッ」としているといか、うまく言えませんが」

「それは『私達の住んでいる地域よりもここの『霊子』が濃いからなの。『霊子』っていうのは空気中に含まれる霊的酵素なんだけど主に心霊スポットや聖域なんかが濃かったりするわけ。そしてこれが濃い地域では怪異や奇跡が起こりやすいと一般的に言われているわ」

 随分と一部の限られた業界での一般論のように思う。

「つまり、今、俺達の歩いている場所は霊子が濃いため、目的のモノを見つける前に別の怪異に遭遇してしまう可能性があるって事ですね」

 自分で言っていて、その結末だけは本当に勘弁して欲しいと切に願った。

「そういう事。まぁそれを避けるために水上君の方リュックには常時発動型の簡易結界を発動させているんだけどね。それも完璧ってわけじゃないし、濃度が高ければ高い程、危険度も増す。ここからはどこで引くかっていうのがターニングポイントになるかもいろんな意味でね」

 ああ、聞けば聞く程気が滅入る情報ばかりが入ってくる。じゃあ帰ろうよ。

「で『霊泉』とはもう分かるとは思うけどその霊子が湧き出ている源泉の事なの。当然、近くほど霊子は濃くなるわ」

「どう? 分かった?」

 桜沢はなぜか自分か説明したようなちょっとドヤ顔の入った笑顔向けてくる。どういう心境なのだろうか。こいつは多分、楽しんでるんだろうな。

「了解。理解、理解はしたよ。で帰るって選択肢をそろそろ桜沢から提案してくれよ。結構、ヤバいんだろ?」

「何を言ってるのよ。おもしろいのはこっからでしょ?樋口君?」

 わざとらしい口調で桜沢は小悪魔っぽい笑みを浮かべる。

 ダメだこいつ。なんかいろんな意味手遅れくさい。ちょっと水上とまともな会話がしたいとふと思った。





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