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樹海は謳う 其の一

新しい話のスタートというわけですがまぁとりあえずよろしくお願いします。

 六月の終盤という事もあるだろうがやはり暑い。俺はそんな事をぼんやり思い浮かべながら、今はただ歩く。ちょっと前までは色々な感情や思考を巡らせていたのだが現状の俺にそんな余裕はなく、ただ、息を乱しつつ、ついていくのがやっとだ。只今、俺は自称『民俗学研究部』のハイキングに参加している。

 まぁ、俺もバカじゃないのでこの部活で『ハイキング』に行くと言われればおそらくまた、厄介事に首を突っ込みに行くのだろう。そこまでは安易に予想出来た。そこはもう諦めている。だからある程度、覚悟はしていたし、ある程度の事では驚かないと心に決めていた。しかし、それでもやはり足りないのが我が部であり、実情である。常にこちらの想定の斜め上を行く。

 まず、早朝、校門前に集合と言われ、行ったはいいがそこにあったのはいつも神馬さんが乗っているワゴン車ではなく。あきらかに『それ、廃車っすか』と突っ込みたくなるほどのボロボロのワゴン車が停まっており、違ってくれと祈る間もなく、車に背を預け、携帯をいじっている神馬さんの姿が眼に入る。一体なんなんだよ。

 そしてほどなくして全員が集合し、車内に乗り込んだのはいいが見た目はこんなだけど中身はって事はなく、内装も最悪なわけで、シートはボロボロガソリン車特有の吐き気をもよおす車内臭。そして一度、走り始めれば、その乗り心地は地震体験マシンに乗せられているのではと錯覚を起こす程の揺れ。車に弱い人ならば十分で吐くような最凶仕様である。さすがにいつも神馬さんのやる事に文句を言わないうちの部の面々がクレームを言っているのだからやはりよっぽどなのだろう。

 しかし、そんなクレームにも神馬さんは悪びれる様子もなくただ「いろいろ理由があるのよ」っと曖昧な感じでしか答えてくれない。

 どうみても廃車寸前の車検を通っているかも怪しい車だ。考えられるのは使い捨てにするとかだが、車を使って特攻でもする気だろうか。冗談っぽく考えるもこの人だったらやりかねないから怖い。面倒臭いなぁ。

 そんなこんなで一時間程の苦行タイムを終え、なんとか目的地っぽい所に到着、地獄の車内から解放され、みんなが少なからず安堵の表情を浮かべる。俺もそれは同じなのだがすぐに妙な疑問が浮かぶ。

 現在、俺達のいる場所ははっきり言ってしまえば、ただの道路である。ハイキングコースらしい道はどこにもない。整備もなにもされていないそのまんまの木々が生い茂る森(これはもしかして話に聞く樹海というやつか?)しか辺りには見当たらない。

 そんな疑問を余所に神馬さんは車の後ろから何やら荷物を降ろしている。その方向に視線を向け、一瞬眼を疑った。

 そこにあったのはリュックサックだった。当然、ただのリュックサックではなく驚くべきはそのでかさだ。リュックだけ見るならこれからエベレストにでも挑戦ですかと問いたくなるような大きさだ。

「なんですか? それ」

「お前ら、男子は今からこれを背負って登ってもらう。、どうだ楽しいハイキングになりそうだろ?」

 そう言う神馬さんは腰に手を当て、何故かドヤ顔だ。

「ジョークですよね」

 無駄と分かっているがとりあえず言ってみる。

「悪いな。今回はちとややこしい事になる可能性があるのでな、念には念をと思ったらこうなってしまった」

「日帰りっすよね。弁当でも入ってるんっすか?」

 さすがにいつも黙っている水上ですら呆れ気味に皮肉を言う。

「そう言うな。いろいろあるのだよるここでは少々目立つ、詳細はハイキング中に追々説明するから」

 なんだって言うんだ。クソッ。

 悪態をつきながらリュックに手を掛ける。そして見た目通りの重量感に絶望する。水上には申し訳ないがなんとか頼み、重い方をもって貰う。どちらも重いが片方はちょっと洒落にならないくらい重かった。一体、何が入っているんだ。

 女性陣も各々の荷物を持ち、いよいよ楽しい、楽しいハイキングのスタートとなったわけだが既にきついんだけど……

 そしてもうひとつ気になるのが神馬さんと桜沢が肩から掛けている細長いバッグ、桜沢のはいつもの麻酔銃、神馬さんのもか?この二人の荷物を見ただけでもこれから起こる事が厄介事だという事が容易に想像出来る。出来れば杞憂であって欲しいものだ。この荷物も、あいつらの装備も。

 苦行タイムを終え、安堵も束の間、お次は修験タイムとなり、こうして俺らの楽しい、楽しいハイキングは始まった。

 木々が鬱蒼と生い茂り、まだ歩いて十分程度だというのに既に四方が同じような風景が広がっている。これは少しでもはぐれたら迷子確定だな。などと考えながら神馬さんの背中を視認しつつ、それについていく。それにしてもこのリュック重いな。

「そろそろ、今回の件について詳しく話して下さいよ」

 歩きながら他愛ない会話をしていたというかそうでもして気を紛らわさないと正直、辛いというのもあったのだが。そんな時、桜沢がおもむろにみんなが薄々気になっていたがなんとなく聞きにくかった話題を切り出してくれた。

 神馬さんはGPSような機械の画面から視線を上げ、少しだけこちらに視線を寄越す。

「ああ……そう言えばまだだったな」

 なんか白々しいな。それよりも桜沢にまで知らされていないというのはちょっと意外だな。

「お前が知らされていないっていうのは珍しいな」

「まぁね。事前にこの樹海に来るとは知らされていたんだけどそれ以外は全く」

「すまんな。急遽、といか私の独断で今回の件は決めたんだ。いろいろと下準備もあったせいで詳しく話せなかったな。そうだな歩きながらになるが簡単に今回の件について説明しようか」

 少しだけ何故か、周囲の空気が重くなったのを感じた。

「先週、知り合いの寺の住職と会って、少し話をしたんだが」

 いまいち神馬さんのイメージと一致しないような気もするが。勝手なイメージだが信仰とか信心とか薄そうだなと思っていた。なんとなくだが。一体、どういう繋がりなんだろうか。

「そこで奇妙な話を聞いてな、なんでもそれまでずっと健康体で病気らしい病は今までしたことがないという人物がある檀家の息子にいたそうなのだが数年前からいきなり別人のように虚弱体質となり、みるみるうちに衰弱していき、つい先日、亡くなったという話だ」

「それだけでは……」

 東先輩が呟く。確かに、怪しいとは思うが、霊的要素の関与わ決めつけるにはやや早計な気がする。

「まぁ普通はそう思うわな。私もそう思った。だがこの話には続きがある。その住職なんだが、その檀家の息子の葬式に出ていた。住職は『みえる』人ではないが、それなりにこなしている方でな、たまに妙な感じのするホトケさんがあって、そういうのは分かるそうだ。本人らには言わないがね」

「で、今回、その檀家の息子の遺体がそれだったと」

「そういう事。具体的には表現しづらいんだそうだけど。そして決定的とも言える違和感がその遺体にはあり、住職はそれに気づき、そして私に話した」

「違和感?」

 桜沢は既にスイッチが入ったらしく、眼を輝かせて、神馬さんの話を聞き入っている。ちなみに俺は気が重い。

「一日、安置したはずのその遺体は六月の蒸し暑い最中にも関わらず腐臭が一切せず、甘い果実のような香りが漂っていたそうだ」




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