闇の香りはリンスと共に 其の七
「結局、あれは一体、なんだったんだ」
あの事件の翌日の放課後、いつも通り全員が部室に集合している。
あの後、ほどなくして神馬さんが到着、拘束していた下灘 百合を連れ、どこかへと行ってしまった。俺達は結局、校舎に泊まる事なく、かなり時間的にはかなり遅くはあったがとりあえず帰路に着く事が出来た。まぁあんな校舎に泊まるなんて頼まれてもお断りだが。なぜか校舎にいた桜沢についてだがたまにだがあの校舎で泊まる事があるそうだが理由に関してはなにやら深い理由があるのかそれともないのか、ただ一言だけ。
「いいじゃない、別に。ただそういう気分だっただけよ。なんか文句ある」だ。
かなりのレベルで損壊してしまった校舎に関しては、さすがに一夜で修理は不可能なわけで、とりあえず放置していたのだが案の定、翌日生徒の間ではその話題で持ちきりになった。当事者としてはなんとなく微妙な話題ではあるがとりあえずは「まじで」とか言っておく。教師はあくまで何者かの悪戯と主張し、多くは語らなかった。雰囲気から推測すると何かを察していて敢えてそう発表しているようにも思えるがまぁぶっちゃけ、よく分からない。
で本日、我々、民俗学研究部(仮)は神馬さん除いた全員が集合、事後報告会となったわけだ。
目の前にはいつも通り、水上の作った中華料理が湯気と共に食欲を刺激する旨そうな香りを放っている。ちなみに今日は天津飯だ。そして全員に行き渡ったところで俺は堪えきれずに先程の第一声を放つ。
桜沢はなぜかすぐには反応せず、よそわれた天津飯を美味しそうに口へ運び、じっくりと口の中で味を堪能しそして、飲み込む。
「まぁ、一番、気になる所よね」
「一応とは言え、報告会って銘打っているんだ、神馬さんから何か聞いていないのか」
「要、お願い」
桜沢はそう一言発し、引き続き天津飯を食べる。森先輩の方に視線を送る。先輩は無言でうなずき目の前にあるノートパソコンのキーボードを叩き始める。
「今回の件、依頼者、下灘 百合についての情報ですが本名は野上 加奈子。半年前、隣の県起きた一家惨殺事件、唯一の行方不明者です」
「ああ……あの事件の。どうりで」
と水上が呟く。
「殺害された家族は皆、まるで巨大なハンマーのような物で殴られてような死体だったそうよ」
「それもあの女が?」
「でしょうね。動機に関しては詳細はよく分からないけど、うまくいっていたらこうはならないでしょうね。まぁ遺体の状態や状況の異常性から警察の捜査も難航していたみたいだけど」
「ただ、彼女の家系にはその手の能力者が一切、存在しない事から突然変異タイプだと推測出来ます。しかし、彼女が扱っていた術はなぜか召喚系だった」
森先輩はキーボードを叩くのを止め、やや表情を曇らせる。
「おい、「なぜか」というのはどういう意味だ。何かおかしいのか?」
漂う空気になにか嫌な物を感じ、妙な緊張感を覚える。
「突然変異で霊的能力得た人間の能力ってのは特性的に単純なモノがほとんどなのよ。物質に火を点けるとか脚力や腕力が異常に強力になるとかね。それに対してあの女は『召喚術』という儀式系の能力を使っていた。これはある程度の知識が必要となり、それに関する文献のほとんどは消失、もしくは死蔵されていて一般人の目に付くことなどまずありえない」
「おい、それじゃあ、あれか、何者かが彼女にその『召喚術』を教えたっていう事か?」
桜沢は食べている途中にも関わらず、レンゲをちゃぶ台に強く、鋭く置き、わざと大きい音を出す。その音、そして視線から怒りを感じる。
「そう、もしかしたら、家族を殺すようにその女を巧く焚きつけた可能性すらあるわ。たまに、そういう輩がいるのよ。素養のある素人に術を教え、事件を起こそうとする奴がね」
「今回の術式はおそらく術者の血と魂魄を媒体として発動するタイプで生け贄や細かい儀式的な要素を省いた簡易版のようです。その分、術者の精神と肉体にかかる負担はかなりきついものようです。教えた奴も実験的に、悪く言えばモルモットとして彼女にこの術式を教えたかもしれません。神馬さん曰く非常に中途半端な術式だったとまぁ今回はそのおかげで助かったというのもあります。発動にはかなりの集中力がいるみたいですし。簡易式と言ってもかなり欠点だらけの術式だそうです」
最後の一撃の刹那、発動しなかったのはそのためか。
とはいえ最悪な話だ。この話、俺が考えていたよりはるかに深くややこしい話に思わず溜息が出る。
「彼女から事情聴取して、そのクソ野郎を捕まえる事っ出来ないんっすか」
「難しいでしょうね。多少情報は得られるとしてもその手の輩が足跡を残すとは考えにくいわ」
残念そうに目を伏せ、首を振る桜沢。
「最後に。これも気になっていたんだけど、結局、彼女の目的はなんだったんですか?」
「彼女の最後の言葉『楽園』。まぁつまりは単に居場所が欲しかった。ただそけだけよ」
桜沢は少し、表情を緩め、ゆっくりとまた食事を再開し始める。
「いや、それだけじゃ今回の事件の引き金には……」
(「どうするもない。一晩は泊めるが後は神馬さんに相談して、終いだ。多分だがここに泊め続ける事を良しとは言わないだろうさ。そうすれば自動的に後の彼女の処遇は大人達に委ねられる。俺達の考えるこっちゃないよ」
「そりゃそうか」)
「あれか……」
「どうやら思い当たる節があるようね」
俺はすぐに水上の方を見る。
どうやら水上も気付いたらしく、おそらく暑さのせいではない汗を掻き、その眉間には深々と皺が刻まれていた。そして急に立ち上がると鞄を持ち、部室から出るようとしている。
「水上!」
俺は思わず声を掛けてしまったが紡ぐべき言葉は全く浮かんでこない。
「水上。別に今回のお前の行動、間違っていないよ。私はお前が良識ある人間である事を知っている。おそらくお前は正しい選択をした。結果的には悪い方向へ行ってしまった。けどお前は私達を護り、そして命を賭けて闘った。それは事実であり、正しい。それは私が保証するし、誇りにも思うわ」
俺の代わり喋るように桜沢はまるでそれは水上を本心から誇りに思っている事を実感させるような、とても真っ直ぐな言葉だった。
「ありがとうございます。分かっています。ただ、今日は帰らせてください。すんません」
水上はそう言うと部室から出ていった。
こうして、幕を降ろしたと思われた事件は思わぬ、黒幕の存在と共に自身の行動の選択の重要性を認識させた。何が正しかったのだろう。そして正解はあったのか。この胸に残った嫌なしこりはしばらく後に引きそうだと思いながら俺は水上の出ていった後のわずかに開いた戸をしばらく眺めていた。
今まで書いた話の中では一番、アクションシーンが多い今回の話、どうだったでしょうか。その辺の意見や感想をいただけるととても参考になります。話の始まりや展開としてはやや、不自然かなと思ったり。まぁ急に依頼が来るパターンが一回くらいあってもいいと思い、今回はそれに甘える形に。
そういう所も含めて意見や感想あらためてよろしくお願いします。では