闇の香りはリンスと共に 其の四
「なんでここにいる」
部室に避難し、俺と桜沢の第一声がはもり部室内に響く。わずかな沈黙の後、再び桜沢が喋り始める。
「まぁいろいろ聞きたいことがあるのは分かるけど状況から考えてどういう状況かの説明が先じゃない?」
「確かに」
部室のの戸が外にいる異形なる者が凄まじい打撃音共にノックをしてくる
確かに現状を考えれば、桜沢がなぜここにいるのかなどは些事だ。
そして今、俺達が置かれている状態とここに至る経緯を簡単に説明するが室内に響く強烈な衝撃音に徐々に失われていくせいか、説明にやや手惑ってしまった。どうも俺はちょっとテンパっているらしい。
桜沢は俺とは違いまるで扉の結界が破られない確信があるのか至って冷静だ。聞き終わった後に少し、黙ったまま考え込む。そしてすぐに立ち上がり押し入れの中でなにやらごそごそし始める。
「全く、面倒なモノを呼び込んだものね」
「あれは一体、なんなんだよ」
「さぁ?物理的に殴れるって事は憑依体である可能性が高いけど話だけじゃなんとも」
「倒すことは?」
「それも現時点の情報だけじゃ微妙ね。神馬さんには一応、メールは送ったけど最悪の場合、逃げるっていう選択肢も考慮しないとだけどそこそこいい結界を張ったからまぁそんな心配しなくてもいいわよ」
なにやら押し入れの奥から狙撃銃のようなものが出てきた。以前、あの豹憑きを狙撃したあれか?
「けど、依頼人の少女や水上については?」
「依頼人は知らないけど、水上はあの程度で死んだりはしないよ」
銃を持ちながら立ち上がり、ダーツを装填、心地よい金属音をさせる。
「そうだろ? 水上」
「もちろんっすよ」
急に外の窓が開き、そっちの方からいきなり水上の声が聞こえ、思わず身構える。
そこには水上が頭に手を当てながら窓から入ろうとしていた。少し、頭から出血しているようだが目立った外傷はないようだ。おかしいだろ、普通に考えて。あの異形の者の腕から繰り出されていた一撃、まるでハンマーのようだった。無事に済むとは考えづらいのだが……
「水上、大丈夫なのか? 思いっきり入っていたように見えたけど」
「なんとかな。とっさに衝撃の逃げる方向に飛んだからなんとかダメージは最小限に押さえれた」
衝撃を逃す方向に飛ぶ? 何者だよお前。
「さて、こうなってしまった以上、揉め事は解決するのが私達の部活だ。じゃあ作戦を今から言うわ。いいわね」
さて第二幕の開演といったところか。ブザーの代わりに溜息が出た。
まぁ作戦とは言っても内容は至ってシンプル。水上が再度、あの異形の者の囮となり、その隙に俺と桜沢が窓の外を伝って、依頼人の救出に向かい尚かつあれを使役している術者の捜索するという内容だ。もう一度、あんな化け物と闘わされるとかさすがにあんまりだと思う。
「おい、水上、本当にいいのかよ」
「仕方がないだろう。どちらにせよ誰かがやらないといけない事だ。依頼人をこのままにしておくわけにはいかないだろう?」
「そりゃあそうだけど……」
相手はこっちの攻撃が全く通じない、それに対しての水上は生身の人間だ。ダメージを受ければ、疲労も蓄積する。しかも、敵の攻撃は一撃、一撃が必殺の威力を持っているとなれば、どう考えても酷な采配だ。
「樋口の言いたい事は分かるわ。だから、水上、これを使って」
そう言いながら桜沢は水上になにやら投げる。
それはどうやらメリケンサックのようだったそしてそれにはなにやら文字を書いた紙のようなものが隙間なく巻かれている。
なるほど以前、俺がやった札を拳に巻いて殴ったあれの実用版ってとこか。確かにあれならダメージを与えられるかも。
「それならある程度の霊撃戦闘が可能なはずよ。ただ無理はしないでね、駄目だと思ったら時間稼ぎに徹して。あくまで命優先を分かっているわね」
「了解。よし、それじゃあもう一働きといきますか」
水上はいつの間にか静かになっている戸の近くまで行く。
『なにを?』と俺が思うよりも速く水上の鋭い前蹴りが戸を蹴破る。それとほぼ同時にまるで衝撃波のような一撃が頭上から振り下ろされ、風圧が室内を駆ける。戸は凄まじい音と共にバラバラに破砕する。どうやらあの異形がこちらが出てくるのを見計らっていたらしい。しかし、水上もそれを読んでいて、完全回避に成功し、さらに反撃に転じる。脅威的な一撃ではあるが当然、その威力に比例し、隙も大きくなる。水上は当然、そこを見逃さない。
大きめに一歩、室外に踏み出し、体を四分の一回転程捻る。部屋からちょうど半身出すと同時に先程のメリケンサックを嵌めた、右拳が異形の者の顎を捉える。戦闘開始といったところか。
「死ぬなよ」
おれはそう呟き、そして祈った。