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テディベアと終焉のアリア 其の三

桜沢は二階を上がってすぐ所にいた。

「樋口、こっちこっち」

 そう言いながら俺の腕を掴むと急かすように引っ張ってきた。俺はどっちかというとそんな霊的現象に関わりたくないので無駄とは分かりつつも若干、抵抗しつつ歩く。桜沢の方はやはりなんか生き生きとしている。

 引っ張られながら入った部屋はどうやら若月 楓の自室らしい。よく考えれば女子の部屋に入るのはこれが初めてかもしれないな。しかし、その最初が不法侵入とは泣けてくる。

 しかし、初めてなので標準的な女子の部屋を知らない。案外、普通という感想が真っ先に浮かんだ。ベッド、机、本棚と部屋におけるいわゆるスタンダードな物が配置されている。女子の部屋とはもう少し可愛いものだど思っていたがどうやら妄想だったらしい。もっとも若月 楓なる人物が元々そういう人物だったかも知れないが。強いて挙げれば所々に飾られているぬいぐるみがわずかながらここの部屋の主が女性である事を想像させる程度か。

「で、どれだよ。来てみたけどそんな悪いモノがいる感じは微塵もしないぞ」

「うん、やはりそうか。ということはこの件に携わっている奴がそれなりの奴だっていう事になる」

 部屋のベット腰掛けていた神馬さんは俺の反応をさも当然のように態度で喋り続ける。

「普通、呪詛や怪異の類が近くいれば、よっぽど鈍感な奴じゃない限り、何かを感じるはずだ。それは生物としての生存本能だ。人間も他の生物と比べ危機察知能力が退化しているとは言ってもまぁ『ここは嫌だな』と感じる程度の能力は一応ある。私達みたいな人種なら尚更、そういうのには敏感なわけだが」

 なんとなくだが分かる気がする。事実、科学がこんなにも進んだ世の中なのに人の入らない、入ってはいけない場所や地域の存在等が普通に存在する点から考えると妙に納得してしまう話である。

「怪異や呪い、特に後者はそれでは成立しないのでそれなりのレベルの術者なら気付かれないような細工を施すわけだ」

「で、今回の件はそれだと?」

 いきなりなんの説明かと思った。

「そういう事、あそこにテディベアがあるでしょ」

 神馬さんが俺の後ろにある出窓を指さす。そこには確かに数体の動物のぬいぐるみと共にティディベアがあったが改めてそういう認識で凝視してみるもやはり特に何も感じない。

「あれですか」

 いまいち信じられないなと思いつつ、俺はおもむろにそれに近づこうとする。

「そう。あっ触るなよ。誰が作ったかもどういう術を掛けてあるかも分からないんだ」

「じゃあどうするんです。これが原因なんでしょ?」

 いきなりその辺にありそうな熊の人形が呪いの原因ですと言われてもいまいちピンと来ない。半信半疑というのが正直な所だ。

「そう急くな。既にこいつは若月とかいう女の魂を半分近く喰ってる、安易に取り除けば済むというステージではないんだ、既に。魂魄がめいぐるみとリンクしている可能性もある。下手をすれば元に戻らなくなる可能性だってある。細心の注意をもって事に当たらないと」

「じゃあ、やっぱり大元、このぬいぐるみの製作者を捜すしかないですね」

 桜沢が口を挟む。

「そうだな。ロゴと四方からぬいぐるみを撮影し、調査してみるか」

 急遽、ぬいぐるみの撮影会を行い。ほどなく撤収。若月の家を後にする。

 しかし、今回は直接的な怪異でないせいか終始、俺は騙されているんじゃないだろうかと疑念と不法侵入がバレないだろうかという不安が同時に胸中で渦巻き、妙な気分の悪さを感じた。



 あの不法侵入の件から数日、特に何もなく過ぎ、今日も俺は桜沢や水上とくだらない事を喋るか本を読むといった感じの時間を過ごしている。事件を処理している時以外は特にやる事のない部なので自分は何をやってるんだとたまに自問自答してしまう。運動部とかと違ってトレーニング等ないので仕方がないと言えば仕方がないのだが。

「桜沢。あのぬいぐるみの出所を調べるって言ってたけどやっぱりまだかかるのか?」

「うーん今、神馬さんと要が調べてるんだけどこればっかりはねぇ……連絡もないし」

 定時連絡とかさせればいいのに。というかあんな情報だけで一体、どうやって調べるというのだろう。

「若月 楓の方は?」

「まだしばらくは保つとは思うけど……一週間経って分からなかったら次の手を打つわ。だからもう少しだけ我慢して」

「まぁ別にいいけど」

 次の手は一応あるのか。やはりあの人形そのものを直接どうにかするのだろうか。

 学校のチャイムが鳴り響く。そろそろ下校時刻だ。今日も特に連絡なしか。

 奥の台所で水上の食器を洗う音がむなしく響く。思わずため息が出る。

「さて、帰りましょう。何かあったらまた連絡するからよろしくね」

「ああ」

 俺は気のない返事をすると水上と共に鞄を持ち、部室を出て帰路につく。

 自宅に帰り、晩飯を食べ、その後で宿題をやろうとしたのだが事件のせいかいまいち集中出来ずにいた。

 全く、腹の立つ話だ。自分は正義の味方気取りみたいな事は嫌いだし、今回の件も自分にはどうしようもない。気にするべきではない。そう自分には言い聞かせているのだがこうしている今も、若月 楓の魂は徐々に喰われていく。その事とそれを気にしてしまう自分の心境に心底むかつき、そして心をかき乱した。

 ああっもう俺はこういう他人についてグタグタ悩むタイプじゃないはずなんだけどなぁ。もういいや。今日は寝よ。明日になればこの心境も多少マシになるだろう、そんな希望的推測を胸に俺は少し早いと思いつつも床につく事にした。

 深夜二時、暗闇の静寂を引き裂く携帯の着信音に目を覚ます。

 こんな時間に誰だよと思いながらもこういう非常識な時間に電話を掛けてくるバカは俺の知り合いに一人しかいない。予想通り、携帯の画面には桜沢の二文字。いらつきと安堵の混合された感情のせいか微妙に頭痛を覚える。

「はい。樋口です」

「あっ樋口? 今って大丈夫?」

「おい、今何時だ」

「二時三十分」

「常識っ二文字はないのか、お前の辞書には」

「人命が危機に瀕している時などの非常時にはそういうものは適用外になるのよ。これこそ常識。救急車やパトカーが信号を無視していいようにね」

「なんか納得いかねぇ」

 なんとなく筋が通っているようにも聞こえるその暴論に抵抗せずにはいられない。

「とにかく、今あんたの家の前にいるから、とっとと出てきて」

「おいちょっと待て、最初セリフは何だったんだ。今、命令形になったぞ」

「一応ね。建前よ。空気、読んでね」

 そう言って、携帯が切れる。

 腹は立つがこうやって迎えに来たところを見ると製作者と居場所が判明したのだろう。行く事にはこのまま悩んでいるよりはマシなのでいいのだが……大丈夫なのだろうか、そんな呪いの人形作っているような奴の所へ直接行って。新しく生まれたその不安に俺は胃に鈍い痛みを感じた。



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