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テディベアと終焉のアリア 其の一

 六月の半ば、本格的な暑さはすぐそこまで来ている。既に充分過ぎる程暑いのでそろそろ誰か太陽さんをの説得に行っていただきたい気分だ。まぁそんな馬鹿な考えが浮かんでしまうほど暑いという事だ。

 今日も俺はいつものように部室へ向かう。ここ数日は依頼もなく実に平和、嬉しい限りだ。中華料理をつまみながらの桜沢や水上とのなんの意味もないくだらない会話も俺からしたらそんなに悪くないと思う。

 そんな事を考えていると大抵、事件っていうのは起こるものだが……

 俺は今、目の前の光景を目にして足が止まる。

 なぜだ。やっぱり思っちゃまずかったかな。

 部室の前にうちの部員じゃない誰かが座り込んでいるその女子近づいていた俺に気付き、立ち上がる。

 一応、ここまで来てしまっているので踵を返すわけにもいかず、出足は鈍くなったが部室へは着実に向かっている。気持ちとしては帰りたい。依頼人とは限らないけどここに来る部外者が吉報を持ってくる気がしなかった。

 俺はとりあえずその女子と会話するのに自然な距離まで詰め、声を掛けようとした。

「すいません。民俗学研究部の方ですか?」

 先に言われた。どっちでもいいことだけど。

「そうっすけど、あんたは?」

 中途半端に敬語で喋るべきかタメ口でいいか迷う。よく見れば制服のボタンの色から一年生だと識別出来た。同級生だが面識はない。

「ここに来れば、困ったこととかの相談に乗ってもらえるって聞いて来たんですけど」

 学校でどういう噂が流れているかは知らないけど基本方針が微妙にずれて伝わっているような。揉め事の処理だったよな確か。

「まぁとりあえず、中で入って待ってもらえる?もう少ししたら全員来ると思うから」

 俺はそう言いながら部室の鍵を開け、依頼人を中へ入れる。十数分後ほどなく部室に全員集合。いつもやっている水上の料理は中止にし、依頼内容を聞くことになった。

「待たせてしまってごめんなさいね。私はここの部長、桜沢 潤です。ではさっそくですが相談内容を聞きましょうか」

 外面用っぽい桜沢の物腰に違和感を覚える。言ったら怒られるので言わないけど、ちょっとおもしろいかな。

 その女子はついさっきまで室内をかなり不思議な目でキョロキョロ見ていた。見た感じではまだ落ち着かないって様子だ。まぁ学校の廊下からにいきなりこんな生活感丸出しの空間が現れれば誰でもこうなる。俺でもそうなる。

「私は一年四組の天根 鈴です。今日はいきなり来てしまってすいません」

「いいって、いいって、どうせ暇だったし」

 リラックスさせるためだろう。桜沢は軽い感じ返す。

「今日、たまたまそういう噂を聞いて……で相談というのが私の友人、若月 楓っていうんですけど。彼女、何かに憑かれているかもしれないんです」

 


 放課後の普段いる教室の廊下というのは同じ場所のはずなのになにどこか違う感じがするなとふと頭にそんな思考を巡らせながら今、俺は歩いている。

 俺は今、桜沢と二人である人物に会いに行くところだ。そう、依頼人が何か憑かれているかもと言っていた依頼人の天根 鈴の友人、若月 楓とかいう女子の所に。

「桜沢、また随分、急だな。いきなり会いに行くなんて」

 天根からどのような症状かを二、三聞くとまだ若月が校内にまだいるか携帯で確認してもらい、まだいるという事で現在に至るわけだ。

「色々聞くよりも本人を霊視した方が一発で分かるからね。こういう依頼は割とあるけど八割はた単なる精神的な病気だったりするしね」

 だろうな。そんな事がそうそうあるわけがない。けど残りの二割は本当に憑かれているって事か? 微妙に高いような気も……

「そんなものだろうな。俺だったら今回の件、依頼人も含め、腕のいい心療内科の先生を紹介してあげたいところだ」

 友人の様子がおかしいから霊現象を疑うっていうのは今はともかく昔の俺だったら考えられない話だ。

 症状も急にぼーっとする時がある、怒りっぽくなった、微妙に感じが違うといった程度のものだ。せめてブリッジして階段を登るくらいはしてもらわないと。

天根はおそらくみえない人だろう。常識的な人ならいきなり霊の仕業という発想は出てこないように思うのだがそうでもないのかな。

「そう言わない。人間ってのは原因不明の現象にはそういう方向に理由付けを施してしまうものよ。藁をもすがる気持ちでうちに来たのかも知れない 」

 そうこう言っているうちに目的の教室に到着、天根にお願いして若月にはこの教室で待って貰っている。

 桜沢はなんの躊躇もなく教室に入り、俺もそれに続く。

 その女はただ空を見ていた。窓際の席に座り、まるで教室にある備品のように微動だにしない。俺達が入ってきたにも関わらず彼女は全く反応しなかった。

 気付いていない? それともわざと無視しているのか。

「どうも」

 桜沢が馴れ馴れしく話しかける。こういう時こいつのこのフランクな感じは助かる。俺は人見知りするタイプだから声を掛けたりするのはいまいち苦手だ。

 若月はそう呼びかけられ、やっとこちらの存在に気付いたらしいが特にこれといった反応はなく最小限の会釈をするのみだった。

「私達は天根さんから聞いていると思うけど校内で心理カウンセリングの真似事をしているの。今日、天根さんからあなたの様子が少し、心配だという相談があって、少しあなたとお喋りしてみようと思ったわけなんです」

 カウセリングねぇ。ちょっと笑ってしまいそうになる。俺はお前がその道の専門家にカウセリングして貰った方がいいと思う。

「そう。そんなところだろうなとは思っていたけど。ならありがた迷惑だわ。鈴には悪いけど喋る事なんてないわ」

 そう言いながら若月は立ち上がると鞄を肩に掛けこの場から去ろうとする。

「うーん。それは残念。もし何か、喋りたい事がありましたらいつでも言ってくださいね」

 桜沢も気持ち悪いくらいあっさり引き下がる。もう少しくらい粘るかと思ったのだが桜沢はなぜか少し嬉しそうな表情をしていて、言葉と表情が合っていない。

 無言のまま教室を後にする。

「さてと。まぁこんなものだろうでしょ」

 そう呟くと嬉しそうに俺の方を見る。

「あれは喰われているかもしれないわね」

 その不吉な発言に俺はわずかな頭痛を覚えた。



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