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それでは今酔いも酔い夢を 其の六

 元々、中がそれほど広くない遊具のため円形状の窓らしき穴からその女が少し手を伸ばせば先輩の頭に触れられる距離だ。やばいとは思ったが急に視界に入ってきたその女の存在に俺の思考は完全に遮断された。出すべき言葉はいくらでもあるはずなのに恐怖で何も思い浮かばない。

 その不気味な女は遊具の窓の外で右手をかざしたかと思うとおもむろにこちらへ伸ばしてきた。

「ん? どうした樋口、いきなり固まって。なにかあった? 」

 何も知らない先輩は俺の異常に気付き、俺の視線の方向へ振り向こうとする。

 そのままでは先輩があいつに捕まってしまう。何か言わなきゃ。

 そんな考えが頭を過ぎった刹那、電気が爆ぜるような強烈な音が周辺に響く。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 女は鼓膜を貫通するようなこの世の音とは思えない悲鳴を叫び、右手を押さえながらその場でもがいている。止まっていた思考をわずかながら回復してきたが現在、起こっている現象に理解力がついていかない。

「うん。やっぱり効くなぁ」

 先輩の微笑みながらつぶやいているのを見ておそらく先輩がさっき貼っていた札の効果なのだとなんとなくは分かるが……ただ、なんというか今までの俺の常識というの二文字が崩れていくのを感じがする。そしてわずかながらやはり混乱しているのだろう。

「これはやはり、さっき貼っていた札の?」

「うん。結界。ある程度、その辺にいる霊くらいならに封じたり、退けたり出来るわ」

「凄いっすね。さっきまで半信半疑だったけどこんな近くで目の当たりにしちまったら信じるしかないっすよ」

 プラスあの女が人ならざるモノである事が確定という意味でもある。まぁそうじゃなかったとしてもそれはそれで怖いけど。ということはこの結界がある限りあの女はここへは入って来られない。とりあえずは安心だが……

「先輩、倒す手段がないからこのまま朝まで籠城という先輩の作戦ですけど、俺はいいっすけど先輩はいいんすか」

「それはどういう意味?」

 先輩は面白そうに尋ね返す。この人、分かって言ってるな。

「単純に俺が男で先輩が女だって話っす」

「状況が状況だからね。仕方ないんじゃない? 」

 特に臆面も恥じらいもなくさらり言った。剛胆なのか、それとも俺が男として見られていないのか?

 そしてあの女はというと懲りもせず遊具の周りをただひたすら歩いている。遊具の穴から時折、視界に入ってくるのは中に侵入出来ないと分かっていても嫌な感じがした。

 三十分くらいしただろうか。何もやる事がないせいか時間の流れが驚く程遅い。他愛のない会話をしていたのだが俺はいまいち会話に入り込めずにいた。しかし先輩はまるで何事もないようにしょうもない話題を振ってくる。やはり慣れているのか。つーかあの部活に入ると慣れる程こういう状況に遭遇するのか?嫌すぎる。

 そんな会話をしてたのだが急に先輩の体が硬直し、表情がさっきまでゆるい表情ではなく真剣になる。

 まさか、俺の背後に『いる』のか?それとも侵入されたのか?

「悪い。トイレに行きたくなんだけど。どうしよう。」

 静寂となんか妙な空気が遊具の中に充満していくのが分かる。

「ああ、やっぱりダメね。ビール飲むと近くなってしょうがないわ」

 『オッサンか、あんたは』というツッコミは心の中に留めておく。さて、問題だ。

「我慢の方は?やっぱり無理っぽいっすか」

「当たり前でしょ。じゃなかったらいちいちこんな事、申告しないわよ」

「ですよね。確か、さっき公園の風景を見た時にはトイレらしき建物がありましたからそこに行くしかないっすね」

 まぁ結界から出る事になるがこんな所で女子高生がそんな事をするわけにもいくまい。

「ただ、それにはちょっと問題があるのよね」

「何っすか」

「結界用の札があと二枚しかないのよ」

 ……そういう事か。つまりもう結界を張れない。トイレという狭い個室の中でのあの女との遭遇。考えただけで鳥肌モノだ。

「仕方がないわ。恥を承知でここでやってしまうしか……」

「いや、ちょっと待って下さい。今から俺が何か手を考えるんで」

 いくらなんでもそれは先輩が可愛そうだし、俺も明日から非常に気まずくなる。なんか昨日と同じ関係でいられなくなるようなそんな気がする。

「もーれーるー」

 先輩はあぐらをかいたまま両膝を上下し、だだっ子のように喋る。まだ酔っているのか?状況を楽しんでいるのか。後者ならどういう思考回路しているんだこの人は。

「分かりましたから。二分待ってください。なんとか考えますから」

 とにかく考えるんだ。やれば出来るぞ俺。考えろ俺。

 考えられるのは俺がここを出て、ここでしてもらうか、もしくは外の奴を倒し堂々と公園のトイレでしていただくかぐらいか。出来れば後者を選びたいところだが。問題は方法だ。残念ながら時間と俺の思考能力の限界から策はひとつしか思い浮かばなかった。だがやるしかない。ああっなんでこんな事に。

「先輩。いくつか質問が」

「手短にね。本当に限界みたいだから」

 真顔で苦痛と羞恥を瞳で訴えかける。やはりあまり余裕はなさそうだな。

 俺は先輩に二、三質問をする。その答えはすべて俺の予想通りだった。準備も完了。あとはこの方法があいつに効くかどうかだけだがまぁこれに関しては賭だな。俺は遊具の入り口の近くで静かに奇襲するタイミングを計る。相も変わらず静かで不気味な足音が徐々に近づいてくる。

「もし、ダメだったらすぐに結界の中に逃げて。神馬さんも言っていたけど基本、霊に手を出すのはとても危険な事だから」

 辛そうな表情だったが俺を心底、心配してくれているのもなんとなく感じられた。それだけで少しだけ体の芯が一瞬、熱くなったような気がする。

「分かりました。だからもう少しだけ我慢してくださいね」

「ああ。なるべく早くな。この歳でさすがお漏らしは恥ずかしいからな。がんばるよ」

 先輩は俺を少しでもリラックスさせようと思ったのか、無理矢理笑みを浮かべる。俺も同じく先輩を少しでも心配させないように微笑み返す。

 足音はかなり近づいていた。あと十秒といったところか。

 十、九……三、二、一、今だ!

 俺は拳を握りしめながら結界の外へ勢いよく飛び出した


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