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黄昏に憑かれる 其の二

 微妙な空気が流れる。彼女は少し、不思議そうな表情をし、首をわずかながら傾けている。

「確かにそこは『墓地』だから感覚の鋭い人ならそういう違和感を覚えるかもね」

「墓場?」

 随分、気味の悪い俗称だな。なんか曰くでもあるのだろうか。

「あっ別に変な意味があるわけじゃないよ。そこは本の『墓場』なのよ。かなりに古い本とか誰も読まない本、破損した本とかで書庫に入りきらなかった本がそこには押し込められているっていう意味ね。気付かなかった? 」

 彼女は慌てて訂正する。

 そう言われればそうだったかもな。この辺の本に特に興味がなかったため気にしなかったがそうだったのか。

「なるほど……」

 と納得したものの、俺にとってそんなのはどうでもいい。俺としてはここから巧く会話を繋げ、とりあえず一緒に帰るところまでもっていきたいところなのだがやはり気の利いた言葉は全く浮かんで来ず。ここからどうしたらいいのかすら分からずにいた。気付いたのだが俺には人とのコミュニケーションにおける経験値が絶望的に不足していたのだ。ここまでの人生で最小限にしか人と接して来なかった。その致命的なツケが今、俺の脳内コンピュータを完全にフリーズさせていた。つくづく我ながらダメな奴だな。

「では俺はこれで……」

 俺は場に流れる妙な空気に耐えられず、とりあえずこの場からの逃亡を本能的に選択。

 帰ってどうする!!どんだけ俺はチキンなんだよ。せめて名前とかクラスを聞くとかやりようはあるだろうにとすぐに後悔ばかりが頭をよぎる。全く、本当に自分で自分が嫌になる。

 しかし今回、運命の神様の前髪は地面に着くほど長かったらしい。再度、背後から彼女の声がした。

「あっちょっと待って。今から帰るんでしょ? 私も一緒にいいかな?私もちょうど帰るところだったから」

「ん? 別に構わないけど」

 俺は相変わらずの素っ気なく返事をする。クールなふりをしているが内心かなりテンパっている。

 自分の人生、今もしかしたら確変に入っているのかもしれない。そんな勘違いをしてしまいそうなほど同時に俺は舞い上がっていた。

「よかった。自己紹介がまだだったね。私は三条 見坂。よろしく」

 ちょっと恥ずかしいなと思いながらも彼女と向かい合う俺。よく見るとかなり「グッ」惹きつけられる感じがする。

「樋口 クロエだ。よろしくな」

 季節的にはもう初夏といったところだが俺にとってはようやく春が来た。そんな気がした。

 俺達は図書室から出るとお互い、今まで読んだ本について語り合った。驚く事に彼女は俺の振る大概の本を読んでいたり、大体のあらすじを知っていた。自分では結構、マニアックなチョイスだと思っていたのだが、彼女が読む本の幅が広いのかそれとも本当に好みが一致しているのか、後者なら生まれて初めて運命ってモノを信じたくなるところだ。

 彼女と喋りながら校舎を出る。彼女の横顔に初夏の夕日が射す。

 うーむ。近くで見れば見る程、彼女の事が不思議と愛おしく思える。それほどに夕日と彼女は似合うのだ。ゲレンデ美人とかよく聞くけど彼女さしずめ『黄昏美人』といったところか。会話の内容そっちのけでついみとれてしまう。あまりジロジロ見るのは失礼だとは思うがなんか妙な中毒性が彼女にはあった。

 校門前の階段にさしかかろうとした時、突然、彼女が立ち止まる。俺は数歩先に歩き、彼女が来ない事を認識し、同じく立ち止まる。

「ん? どうした?」

 そう問いかけながら、俺は振り向く。そこには当たり前だがとても嬉しそうに微笑み、たたずんでいる彼女がいた。

「私は今、とても嬉しいの」

 そう言いながら彼女はゆっくりとこちらへ歩を進める。

「ニュースでも言っているように現代人は活字離れによって本を読む人が少なくなったわ。そんな現代社会において偶然にも出会った人と読んだ本の内容をお互いが知り、語り合える。これはなかなかないことだと思わない?」

「まぁ確かに。俺も読んでいる本がここまで一致する人と会うのは初めてだ。本すら読まねぇ人も珍しくないからな」

「でしょ?しかも私達は今とかつて同じ場所にいた。そして今日の出会い。陳腐な言い回しだけれど運命を感じずにはいられないわ」

 恥ずかしくなって、思わず目を逸らしたくなる程、いつの間にか彼女との顔距離は縮まっていた。今にも触れてしまいそうなぐらいだ。

「私達、付き合わない?」

 瞬間的に頭の芯が熱くなるのを感じた。生まれて初めてされる女子からの告白。かなり興奮し、そして混乱している。

 なんだ、このあり得ない展開は。昨日まで友達すらまともいなかった俺に

いきなり彼女? いやいや、確かにそんな妄想はしてたけどくまさか本当に起こるとは……。俺、明日死ぬんじゃないだろうか。

「それは随分と急な話だな。俺達、今日会ったばっかりだぞ」

 とりあえずここで二つ返事でオッケーするとなんか俺がガッついてるみたいで格好悪いとりあえず一呼吸置こうなどとガキっぽさ丸出しの発想が瞬間的に発現し、反射的に発言する。

「男と女のこういう関係は勢いが大事なの。時を置くとどうしても冷めてしまうものよ。今、私はとてもあなたに興味を持ち、もっと喋りたいし、もっとあなたの事が知りたいと思ったの。それとも樋口君は私じゃ嫌?」

「いや、全然。むしろ俺なんかでいいの? って感じの方が強いぐらいだ。なんか申し訳ない気持ちだよ」

「じゃ決まりね。あらためてよろしくね、クロエ君♪」

 そう言うと彼女は俺の視界いっぱいに今日一番の笑顔がある。俺は今、生まれて初めて心臓というモノの存在、鼓動している当然の事象を再認識する。緊張のあまり背中にじっとりかいた汗ですら幸福を実感する要素に思えた。

「ねぇクロエ君、目をつぶってくれるかな?」

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