表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/55

それでは今酔いも酔い夢を 其の四

 凄く不快な音が周囲に響いている。なるべくなら見ないであげたいところだが少し心配なので視界の端で捉えつつ、終わるのをただ待つ。道路脇に座り込みながらひたすらリバースしている先輩を。

 歩き始めた時はそんなでもなかったのだが歩いているうちに酔いがまわったのだろうか。

 直前までご機嫌だった先輩が「あっ ヤパい」と言って道路脇へ走ったと思うとそこでまさかの大量リバース。いきなりの事態に俺は軽くひきつつも仕方なく近くの自販機でミネラルウォーターを買い、とりあえず飲ませ落ち着かせる。なんとかいけるかなと思い歩き始め二分。現在に至る。

「まったく、先輩飲めないなら飲まないで下さいよ。今日一日でどんだけ自分の株を暴落させるつもりですか」

「いや、本当にすまん。もっといけると思っていたんだけどなぁ。あ~気持ち悪っ。神様、本当すいません。もう絶対飲まないと誓います」

「飲んで吐いたりしている人はみんなそう言うらしいですね」

「言うな。忘却は人類に残された最後の……」

 なにか言う前に再度、吐く。なんかもう最悪だないろんな意味で。

 誰かが俺達の進行方向から来たようだ。自分達とのすれ違う瞬間に気付き、視線を思わず走らせる。

 それは先程の中華料理屋にいた気味の悪い女だった。目が逢い、その瞬間、全身の毛穴から嫌な汗が滲むような戦慄が走る。その目は濁り、まつ毛が一本もなく、何を食べているわけでもないのにさっきと同じく、口を小刻みに動かしている。その乱杭歯が見え隠れする口からは何かが腐ったような不快な臭いが漂っている。その女はわずかに笑みを浮かべるとそのまま、立ち止まる事もなくそのまま歩いていった。

 そしてふと疑問に思う。

 さっきまで確か、店にいたと思ったのだが……見間違い? いや、あんな奴そうそういるか? そんな事を自問自答しているといつの間にか若干ながら回復し、立ち上がった先輩がいた。

 吐瀉物が少し、服にかかっているせいかこちらも若干、不快な臭いがする。

「おい、どうした?なにかあった? 」

「いえ、なにも。それより大丈夫ですか」

「今のところはね。第三波が来る前にさっさっと帰りましょう。あ~きっつ~」

 右手で頭をおさえつつ、再びふらふらと歩き始める。

 歩き始めて十数分くらい経っただろうか。一向に到着する気配がないまま歩き続けている。ちゃんと家に向かっているんだろうか。という心配もあったがそんな事が些末に思えてしまうような事態にどうもなっているみたいだ。

 また女と再びすれ違う。やはり間違いない、先程の女だ。口は何かを食べているように小刻みに動かし、何かが腐ったような強烈な吐息をまき散らす。不気味な眼はかすかに笑っているようにも思える。恐怖あまりの気持ち悪くなって俺まで吐き気を覚える。

 当たり前だ。俺はこの十数分の間にあの不気味な女と四回もすれ違っている。これはもう人違いとか偶然とかそういうレベルではない異常だ。違ったら失礼だがあの女からは何か人ならざる感じがする。最悪、憑かれたかもしれない。

 それだと今、俺にとっての問題は先輩の家に着いたらどうすればいいのかだ。ここから一人で帰るとか嫌すぎる。かと言って先輩の家に泊めてくれとか……言えるわけないよなぁ。恥ずかしいし、なにより仮にも女子である先輩が彼氏でもない男子を泊めてくれるわけがない。けど怖いし……どうする俺。

 しかし、それにしても長すぎるもう歩き始めて二十分くらいになるだろうか。

 またもあの不気味な女とすれ違う。不可解すぎる。心なしか、さっきよりもすれ違うまでの間隔が早くなっている気がするし。

「先輩、まだっすか」

 恐れと不安の入り混じった複雑な心境で聞いてみる。

 先輩は振り向き、俺に笑いかける。思いっきり、今作った、引きつった笑みである。

 嫌な予感……

「ごめん。迷った」

 なんでだよ。って普通は怒るところなんだろうけど状況が状況なだけにちょっとホッとしている自分もいる複雑な心境だ。けど、突っ込まないとダメなところなのでとりあえず突っ込む。

「いや、先輩、なんで地元で迷子になるんですか」

「いやぁ、いつも電車で一駅乗って、そこからすぐなんだけど酔い醒ましにちょっと歩きながら帰ろうと思ったんだけど……やっぱり慣れない事はするもんじゃないね」

「酔ってるんだし、ちゃんと……もういいです。俺もこの辺はよく知らないんで一旦、戻りましょう。駅からすぐなんですよね? 」

 色々、考えたがこの場合、下手にうろうろしてもさらに迷うだけだ。今なら記憶を頼りになんとか戻れるような気がする。

 またあの女が俺達とすれ違っていく。やはり頻度が目に見えて増えている。

 とにかく人のいる所に出たい。

「ああっそれがいい。たがその前に……さっきからなんか私達変な奴に尾行されてない? 」

 吐いたせいか酔いも大分、醒めてきたようだ。まだ、不快そうではあるが。

「ええっ。尾行とはちょっと違いますけどさっきので合計5,6回はすれ違っていますね。偶然っていう可能性もなくもないですがどう考えても、ちょっと無理があります。正直、女の雰囲気から考えると面倒事になるかも……」

「まぁいきなりそう断定するのもあれだけどさっき通った所に公園があったからとりあえずそこまで戻って、ベンチにでも座ってちょっと調べてみるわ。ちょっとしんどいし。あー気持ち悪。まだ残ってるなぁ……」

 やはりまだ酔いが抜けきってはいないようだ。先輩はなにかを振り払うように頭を振る

「調べるって何を? 」

「今回の事象をよ。もしかしたら過去にそういう現象があったかもしれないでしょ?」

「どうやって? 」

「ついてくれば分かるわ。百聞は一見にしかずよ。」

 そう言われ、先輩と共にさっき通り過ぎた公園まで戻りベンチに座る。

 夜の公園は今の心情のせいかとても薄気味悪く思えた。

 先輩はさっき買ったミネラルウォーターを一気に飲み、一息つくとさっきまで肩から掛けいていたショルダ-バックからノートパソコンを取り出す。

そして起動させるとなにやらパソコンをいじり始めた。

「何してるんです」

「唐突だけど、君は部室にある大量の本、読んだ?」

 本当にいきなりなんの質問だよ。確かに部室には壁が見えないくらいほどの本棚とそれに入れられた大量古臭くさの本がある。特にタイトルもなく少し読んでみたが何かの日誌のような内容だった。特に興味もなかったので気にも止めなかったが。

「いや、あんまり。そういえばあれってなんなんっすか?」

「ん~簡単に言えばレポートかな? 怪現象に関する」

 先輩はパソコンに視線を固定したまま、会話を続ける。

「マジっすか?」

 俺は思わず半信半疑っぽい口調で聞き返してしまう。あり得るのかそんなモノ。

「うん、それが本当なのよ。で、そのデータの中には怪現象に対する対処方なんかも載っていて怪現象を扱う我が部としては重要な資料なわけ。それらをまとめたデータベースがこのパソコンに入っているからちょっと調べてみてるの」

「ああ……でさっき女の特徴とか聞いていたんですね」

 便利な時代になったものだ。

「そういうこと。……おっ該当する事象がやっぱり過去にも数件あったみたい」

 そいつは僥倖っと言おうとした瞬間だった。

 聞き覚えのある不快な何かを食べ、口の中で弄ぶような音。そして吐き気をもよおす強烈な腐臭。俺は戦慄し、一瞬で体も硬直した。

 見たくはない。しかし、だからといって確認せずにはいられない。そんな葛藤を胸中で渦巻かせながら俺は視線を先輩とは逆方向へゆっくりと移していく。

 分かってはいた。しかし、俺は恐怖せずにはいられなかった。そこにはやはり先程の不気味な女が静かに俺の隣に座っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ