それでは今酔いも酔い夢を 其の二
流れのままに入ってはみたが内装もやはりという当然というか完全に町の小汚いラーメン屋であり、中華料理屋独特の中華油っぽい臭いが充満していた。客の入りはこの時間にしては少ないような気がする。やっぱり先輩が言うように味もそこそこなのだろう。
森先輩は空いている席を見つけるとそこに座り、ショルダーバックを足元に降ろす。俺もとりあえず先輩の向かいに座る。
すぐに店員がお冷やを持ってきたと同時に森先輩は炒飯セットと餃子二人前を注文する。女性の割には結構、食べるなぁ。俺はここで特に何か食べたかったわけではないが他人が食べているのをジッと見るのはなんか気まずいのでラーメンを注文する。
「あっ後、生中ふたつ」
先輩が思い出したように発せられたそのセリフに一瞬、耳を疑いたくなった。
店員は注文を繰り返し、店の奥に去っていく。
今、この人『生中』って言ったよな。普通に考えれば『生中』といえば生ビールの事だろう。この「私は真面目です」と語らずとも全身の内側から滲み出ているようなこの人が……まさかねぇ。多分、そういう名前の中華料理とかかな? そうだそうに決まっている。とんなり無理矢理解釈するがそんな淡い希望にも似た解釈はすぐに店員が持ってきた黄金の液体入った巨大なジョッキにより打ち砕かれる。つーかどう見てもビールだろそれ。
先輩は目の前に置かれたその液体を見るなり、その表情は今まで見たのない素晴らしい笑顔をしていた。そしてジョッキの取っ手を握りしめる。
「ではとりあえず、お疲れさまです」
そう言いながら俺の方に向けてゆっくりとジョッキが突き出される。どうやら乾杯がしたいらしい。
「ちょっと待ってください」
「ん? 何?」
なぜ、という感じで首を傾げる。
「それはなんですか」
俺は分かっていて、その先輩が持っている液体を指さし、質問する。
「ビールだけど」
「『それがなにか?』みたい言わないでください。先輩はいくつですか」
「十七だけど」
「じゃあまずいでしょう」
「えっおいしいよ? ビール嫌い?」
わざとまのか真面目なのか、俺に向かって真顔で首を傾げる。
「そういう味の問題じゃなくて、俺は未成年の飲酒について……」
「ああっそれなら大丈夫だよ。ここは今時、珍しく未成年にも金さえ払えばお酒を飲ましてくれるとても良心的な店だよ」
いや、それは駄目な店だろ、と心で呟く。
「それに君はそういう細かい事を気にする堅物君なの? 」
「別にそういうわけではないっすけど……」
個人的には飲酒だろうが喫煙だろうが他人事なのでどうぞご自由にと思っている。ただ今回は先輩の普段の地味真面目キャラからは考えられないような行動に思わず突っ込んでしまったのと見た目が明らかに未成年の先輩の飲酒を周辺にいる良識ある大人に注意もしくは通報されないかという不安が頭によぎったからだ。飲むのはかまわないが出来れば隠れてか俺と関係のない場所で飲んでいただきたい。
「じゃあ別にいいでしょ。それでは改めまして、乾っ杯~♪ 」
先輩はそう言うと俺の目の前置かれているジョッキに自分のジョッキを軽く当てるとジョッキそのものの重さを全く感じさせない軽快な動作で勢いよくビールを飲み始める。
「ぷはー。この一口目、本当にたまらないわぁ」
普段、全く見たことがない笑顔で一気にジョッキの半分くらいを飲んでいる。おっさんか、あんたは、と心の中で突っ込む。
そうこう言っている間に餃子が来る。結構、早いな。
「おっ来た来た。いただきまーす」
そう言いながら、小皿を二枚取ると俺と自分の目の前に置き、タレを入れ始める。っいうか大事な話は?
「先輩、それで大事な話っていうのは……」
当初の目的を完全に忘れているんじゃないかという疑念と不安が浮かんだので念のため聞いてみる。
「まぁまぁ。せっかく餃子が来たんだし、熱いうちに食べないと勿体ないわよ」
そう言いながら彼女は美味しそうに餃子を食べ始め、それを肴にまた実に旨そうにのどを鳴らしながらビールを飲み干していく。
「いや、別に俺はここに飯食べに来たわれじゃないんっすけど。別に食べながらでもいいでしょ?」
「んー別にいいけどさぁ。君もなかなかにつまらん男よね。飯の最中に深刻な話などしてはご飯が不味くなるじゃない」
先輩はやれやれといった感じで首を振る。いや、だったら飯を会う前に済ませておいてほしいものだと心の中で呟く。
「深刻な話なんですか?」
「ええ……だから落ち着いて、ちゃんとした形で話したいの」
なんか胡散臭いな。とは思いつつも、俺の瞳を真っ直ぐ見つめるその眼差しに俺の方が先になんか照れてしまい、視線をはずす。なんかダメだなこういうの。
「ただ、その前にお腹が空いちゃって、ね?少しの間だけこの馬鹿な先輩と楽しく会食してくれないかな? 」
箸を口にくわえ、胸の前で手を合わせ、拝むように懇願する。
話の内容は気になるが、まぁ話す内容さえ忘れないでいてくれるなら仮にも同年代の女性である先輩との食事は決して悪くはないと……思ってしまう辺りが俺のヌルいというか馬鹿というか。
「まぁいいっすけど。先輩、さっきから結構、いいペースで飲んでますけど大丈夫っすよね?」
唯一の懸念はそこだ。べろんべろんに酔われては話どころでなくなってしまう。
「大丈夫、大丈夫。こう見えても私は酒にはかなり強いからねぇ。家族もみんな強いらしいから血筋かもね」
まぁ嘘だったらそれはそれで今後の参考にもなるだろうからとりあえずは様子見だな。
そうこうしているうちに注文していた料理が来て、楽しい楽しい晩餐となったわけだが。
三十分後……
「なんかねぇ。表面上は普通に接してるはずなんだけど、なんか私以外の人と違って、接し方に距離を感じるのよねぇ。なんか避けられてるいうか……」
食事もほとんど終わり、頃合いとしてはそろそろ本題に入っていただきたいところなのだが……なんとなくこういうオチだろうなとは予感はしていた。しこたまビールを飲んでいた先輩は出会った当初にあった真面目な委員長っぽいイメージは灰燼と化し、虚空の彼方に消し去っていた。そしていまだにビールを飲み、ニンニクの口臭をまき散らしながら、虚ろな瞳でグチをこぼしているその姿は完全に立ち飲み屋のオッサンを彷彿とさせる。
次(その次があればの話だが)は絶対、飲む前に用事を済ませよう。俺はそう心に決めた。
さて……で、どうしようかな。