それでは今酔いも酔い夢を 其の一
その電話は学校から自宅へ帰宅してからすぐだった。いきなりの携帯の着信音にちょっとビビる俺。滅多に電話もメールも来ないため、未だに突然来る音と振動に慣れずにいる。我ながらなんと情けない。その掛かってきた電話の相手が登録されていない番号ならばその不安はいつもより増すというも
のだ。まぁとりあえず出るけど。
「はい、樋口です」
「森です。いきなりで悪いんだけど今、暇かな? 」
電話の相手は森 要先輩だった。一応、面識のある人物だったが実際、まだよく知らない人なのでまだちょっと緊張が抜けない。今のところ俺の認識ではうちの部活で唯一の二年生であの桜沢の相方みたいな人というイメージだ。
「いや、暇と言われれば暇ですけど何か用事っすか? 」
「ちょっと、大事な話があるんだけど、閑谷駅の近く、福建飯店って分かるかな?」
閑谷駅っていうとうちの最寄りの駅からふたつ向こうの駅だったか。駅は知っているがその福建飯店ってのはよく知らない。というか大事な話って携帯とか明日ではダメなのだろうか。
「駅は分かりますが店の場所の方はちょっと……。それよりその話、今とか明日じゃダメなんですか」
「ええ、事態は一刻を争うの。そしてとても大切な事で携帯ではちょっと……。お願い、切石君」
女性の声でそう言われると私生活に女っ気の少ない男子としてはホイホイと行きそうにはなるが相手はあのトラブルメーカーの桜沢の友人だ。油断は出来ない……というよりあの件以来女性の誘いに懲りているというのもあるが。
「この件、もしかして桜沢、関わっています? 」
桜沢サイドの人間が馬鹿正直に答えるとも思えないが今後のための参考として聞いてみる。桜沢が関わっているなら今回はパスだ。というかこんな切り口から始まって桜沢が関わっているならそれは間違いなく厄介事だろう。避けられるなら避けたいところだ。
「潤? 潤は今日ちょっと用事があるとか言って放課後、神馬さんと一緒にどこかへ行ってるわよ。というか今回の件については潤は無関係よ」
これはちょっと意外というか、まぁ森先輩が嘘をついている可能性もあるけどそこまで疑心暗鬼になってもしょうがない。人を疑うにも限度はある。まして俺はこの人の事、よく知らないわけだしな。
「ああっそれならまぁ、いいっすけど。駅で待ち合わせでいいっすか? 」
「ええ、構わないわ。七時に閑谷駅、着いたら電話してくれない。樋口君ありがとう。助かったわ。」
「どういたしまして。では七時に」
まぁ……悪い気はしなかった。
特になんの問題もなく閑谷駅に到着する。駅の時計を確認、現在六時五十分ぐらいのようだ。帰路につく会社員や学生に混じり特に何も考えず電車から降りる。
六月の半ば、日中の時間がかなり長いとはいってもさすがにほとんど夜と言っても差し支えないレベルまで辺りは暗くなっていた。夜とはいえその本格的な夏の到来を予感させる湿気を含んだ不快な暑さにうんざりしつつ、駅の出口へ向かう。
待ち合わせ場所は改札口と決めていたが結構、混雑しているので多少は探すかなとも思っていたが意外にもすぐに見つかった。
あれだけ地味だと逆に目立つんだな。失礼ながらとっさにそんなことが頭に浮かんだ。
改札口の一番端の壁に寄りかかり、本を読んでいる森先輩の姿を視界に入った瞬間確認出来た。無地の白いワンピースに黒い上着を着そして相変わらずの前髪眼鏡だ。飾りっ気のなさ百二十%。私服だと少しくらい雰囲気変わるのかなとか思っていたが予想は大きくはずれた。別にどうでもいいが。
「先輩。どうも、早いっすね。待ちましたか?」
森先輩は読んでいた本を閉じ、肩に掛けている大きめのショルダーバックにその本を入れ、こちらを向く。俺を視認する。微笑みながらこちらを向く。
「別にそんなには待ってないわ。時間通りなんだから気にすることないわよ。それに無理にお願いしたのは私なわけだし、文句は言える立場じゃないわ。じゃあ行きましょうか」
先輩はそう言いながら俺が改札口から出てきたのを確認するとスタスタと駅の外へ向かって歩き始めた。
「福建飯店はここから歩いてすぐだから。話はそこでしましょう」
見た目に反して結構、引っ張ってくる人だな。そう思いながらとりあえずついていく。
しかし、大事な話って一体なんだろう少なくともあの部活の関係者である以上、いい話でないことは容易に予想出来る。まぁ、俺も一応、関係者だが……桜沢が関わっていれば十中八九厄介事、しかも霊関係のと考えられるのだが森先輩単独でのこういう状況は初めてなので予想すら浮かんで来ない。
そんな事を考えつつ、当たり障りのない会話をしているうちに目的の場所に到着。福建飯店などと大層な名前で高級中華料理店の可能性も考え、いつもより多めにお金を持ってきたのだが外装は完全に『○○の王将』って感じの小汚い感じのラーメン屋で少々、拍子抜けと同時に安堵する。
「ここよ。誘ったのは私なんだから一応、ここは私の奢りって事で安心して食べていいわよ」
「いやぁ……それはいいっすけど……名前負けっすね。ここ」
「初めて来た人はみんなそう言うわね。見た目はこんなだけど味はそこそこよ」
「そこそこですか……」
「そこそこよ」
じゃあなんでここにしたんだよ。
「じゃあ、入るわよ」
なぜか、どことなく嬉しそうな森先輩に首を傾げながら、俺も後に続く。
心の中では厄介事じゃないことをただ静かに祈った。