豹と芳香 其の二
二十分程走ったところで車は停車。どうやら現場に着いたらしい。当然ながら気が重い。水上と東先輩は分からないが桜沢は少しワクワクしているように感じる。本当にこの女はこういう厄介事が好きなのかもしれない。面倒くさい女だなぁ。
着いた場所はなんの変哲もない住宅街のようだがここで一体、何をしようというのか。
桜沢と東先輩は体ごとこちらへ向け、横の窓を指さす。指し示す方向には五十メートルくらい先にごく普通の平屋の家があった。
「あそこが今回の件の囮となる家。で私達は今からあの家を監視し、犯人が現れたら捕まえる。以上。OK? 」
「なぜ、パトロールみたいに移動せず、次の犯行現場をここと決めうちしたんっすか? 」
まずは水上が誰もが浮かぶ疑問を質にする。俺もそう思う。なんであの家なのだろうか。
「理由はふたつ。犯人は移動しながら犯行を繰り返している。その移動の仕方から次の犯行はこの周辺だろうと予測したわけだ」
「でもそうだとしても……」
「まぁ話は最後まで聞け。尚かつ当然ながら警察も下着ドロ程度では大した捜査もしないだろうが周辺住民への警告くらいはするだろう。そうなれば当然こんな時間帯に下着を干すバカはいない。にも関わらずなぜかそんな獲物の全く見つからない状況下で盗りやすそうな場所に美味しそうな獲物がぶら下がっていたらそれはもう行くしかないだろう」
理由は理解したが逆にそれだと怪しまれないだろうか。しかもよく見たらどうやら庭の竿竹に干しているようだ。かなり露骨だ。別にどうでもいいけどな。来る、来ないで言えば来てくれないにこしたことはない。
「そういうわけで今から水上と切石は交代であの家を監視。私達は適当にしとくから、なんか見つけたら言ってね。以上」
「お前らはなにもしないのか?」
「何言ってんの。私は言ってみればこの組織の指揮官、ここまでの指示で既に仕事は終了しているのよ。要も情報とここまでの作戦を担当したからいいのよ。実働系はあんたの仕事なの。分かる?」
いや、分かるけどはっきり言って一番、キツいとこ俺らにまわしてない?それ多分、その後の犯人を捕まえるのも俺ら(主に水上)がやるんだろう。それに作戦と情報を東先輩が担当ならお前、なにもしてなくね?言うと揉めそうだから言わないけど。
「まだ何か言いたそうね。とにかく四の五の言わずにやる」
どうやらそう思っていても多少は顔に出たらしい。まぁいいか。
「いやまぁ。とりあえずはやるけど……」
仕方なく水上と三十分交代であの家の監視をやり始めた。こうしてやり始めてから一時間、現在に至るというわけである。
時間は暗さ的にもどちらかと言えばもう夜といえるだろう。退屈で気の進まない監視任務はいまだ続行中である。交代したばかりの水上は腕を組んで座ったまま寝ている。桜沢は東先輩とパソコンでなにやら動画を見ているようでたまにアホみたい爆笑している。神馬とかいう人はここに来てからずっとなにやら本を読んでいる。
しかし、監視という行為がこうも辛いものだとは。何も変わらない景色をただ眺めているだけ。寝てしまいそうだ。夜の闇もいよいよ濃くなり、段々、監視対象の家がよく見えなくなってきている。
「なぁ、桜沢。もう大分、暗くなってきてかなり視界状態が悪くなってきたぞ。まだやるのか」
桜沢は視線をパソコンの画面から俺へと向ける。なんだそんな事かといった感じで無言で足元の鞄を漁り始める。
「はい」
なんかヘルメットに眼鏡のついたちょっと近未来的な物体を手渡される。桜沢は再び画面に視線を落とす。なんとなく分かるが一応、聞く。
「なにこれ」
「暗視スコープ。それ使って続行ね。見辛いって事は相手にとっても同じだからむしろ好都合だしね」
なぜそんなものがある。どういう部なんだよ、と思いつつも暗視スコープ自体には興味がある。こんな状況でなければ純粋におもしろがっただろうなと思いながら暗視スコープを装着。まるで世界のすべてに葉緑体が宿ったような世界が視界に広がり、少し驚く。なるほど。こういうものなのか。ただ、これがあるということ監視する時間に厳密な線引きはなくなるわけだが一体、いつまでやる気なのだろうか。もの凄い不安だ。
そんな思考が頭をよぎりつつも継続していた俺の視界に幸か不幸か一人の人物が現れる。どうやらフードのついたパーカーを着ているその人物は対象の家の前を行ったり来たりし始めた。
あきらかに怪しい。そう思った次の瞬間、その人物は信じられない高さに跳躍したと思うと垣根を越え、向こう側、つまり洗濯物(餌)の干してある庭へ降りていった。
確定的だ。仮に下着泥棒じゃないとしても不法侵入者である可能性はかなりあると思う。
「おい、桜沢、来たぞ」
「えっ本当?かなり怪しい感じ?」
なんか興奮している風に感じるが、イメージ的には台風の日にテンションの上がるガキを彷彿とさせる。
「ああっ家の前をウロウロして壁を飛び越えての侵入。充分過ぎるほど怪しい」
「よし、では次の作戦に移行ね」
まぁおそらくだが戦闘担当とか紹介していた水上が捕まえに行くとかそういう話だろう。まぁ最悪保険として俺まで行かされる可能性はあるだろうが。その場合、俺はこいつがどれくらい強いか知らないから若干、不安ではある。まぁ中学時代の悪名は情報に疎い俺の耳にも轟くくらいだったのだからそこから考えれば腕っぷしはそれなりにあるだろうが一般人を取り押さえるのに通用するかというと別問題のようにも思える。というかもう110番でよくね?