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豹と芳香 其の一

 空の美しく、正確には何色と言うべきかは分からない夕焼けの色を徐々に夜の漆黒が浸食している。時期的にも日が最も長く昇っている季節とはいえ、さすがに暗くなってきた。

 ちなみに俺が今、何をしているかといえば別に夕焼けの空を眺め、感傷に浸っているわけではなくワゴン車の中からある人物の家を監視しているところだ。なぜと聞かれれば当然、理由があるわけが……それは数時間前。

「下着泥棒を捕まえます」

 いきなりだな、おい。

 俺は数瞬、桜沢がいきなり言った言葉に対して早くも理解不能に陥ったがそんな事はお構いなしに会議は続く。

「先週、要に貰った現在保留中の依頼リストの中から独断で選別した結果今回は最近、紫苑町の周辺で起きている『連続下着泥棒』を捕まえるって事で決定したから何か意見は? ないなら続けるわね」

 有無を言わさずかい。下着泥棒ねぇ。てっきりもう少しヤバめな事も予想していたのだが意外に常識の範囲内の依頼でちょっと安心する。一般的に考えれば部活で下着泥棒を捕まえようとする時点で非常識ではあるが活動コンセプトが揉め事の処理なので仕方がないといえば仕方がない。

「要、例の資料をみんなに」

 森先輩は無言で鞄から書類入れを出し、数枚の書類を俺達の前に置く。どうやら事件に関する資料らしい。

「それは今回の下着泥棒事件の資料なんだけど今から十分程でざっと目を通しておいてくれない? この後、すぐに犯人を捕まえる作戦を発表及び実行するから」

「今日、やるのか?」

 とりあえずおとなしくしていようと思っていた俺だったが思わず声が出る。いきなり過ぎるだろう。

「ああ、そのつもりだけど?樋口は初めてだからもう少し慎重にいきたいって気持ちは分かるけどね。まぁ作戦って言っても内容は単純なもんだから。とりあえず資料に目を通してくれない」

 この人の辞書には不安とか躊躇の二文字は載っていないのだろうか。それとも既に俺が知らないだけでそれなりの場数を踏んでいるのだろうか。仕方がないので資料を読む事にする。

 内容は事件の詳細と発生箇所を記した地図であった。詳細とは言っても内容は所謂、典型的な下着泥棒だが一点だけ少し不思議に思う箇所があった。

「この犯人、盗品を持って帰らず、現場近くで捨てていると書かれてるけどこれは? 」

「ん? ああ、それは書いてある通りよ。奇妙な事に犯人は下着を盗むくせに下着にはそのものに興味はないという矛盾した話になるわけ」

「つまり盗む『行為』そのものになんらかの意味があるってことっすか」

 急に「~っす」口調で喋った水上に少し驚く。桜沢に対してはそういう風に話すのか。同学年とはいえひとつ年上だからだろうか。

「普通に考えたらそうなるわね。まぁ、理由については大体、見当はついてるけどね。今回の作戦はその辺の予測も含めて組んでるんだけど、予想がもし当たっていた場合は一刻の猶予も許さない事態という事になっちゃうから少々の不安があるけど本日、決行ってわけ。ここまでで何か質問は?」

 少しの間、その場に妙な沈黙が続く。あまりに事態にみんなが混乱しているのか?それともこれくらいはこの部では日常茶飯事で特に意見はないという事なのだろうか。

「ないなら会議は終わってすぐに現場に行くけど?」

 桜沢がそう発言すると俺以外の二人はやれやれといった感じで立ち上がり外へ行く支度を始める。マジですか。

 俺もとりあえずは外へ行く支度といっても鞄を手に持つくらいだが、しながらとりあえず水上に話しかける。いきなり過ぎて誰かと話さないと頭がおかしくなりそうだ。

「水上君」

 そう声をかけると眠いと面倒臭いをブレンドしたような表情をしながら「ん?」とという感じでこちらを向く。

「随分、急だよな。いつもこんななのか?」

「ん?ああっあの人?いつもってわけじゃないけど割と行動的な人だから。それでも今回は比較的、いきなりではある。それだけ事態が火急なのかもな」

 なるほど、いつもあんな感じではないのか。意外と考えて行動しているのか?

「ああっそれと呼び名、水上でいいから。俺も樋口って呼ぶし」

「オッケー、水上」

 俺はそう言いながら少し笑うと水上も少し表情を緩めながら廊下へ向かう。

「じゃあ、下に車、待たせてあるからすぐ行くわよ」

 そう言うと桜沢は東先輩となにやら話しながら部室を出ていく。俺も水上と一緒、後を追うように部室から出る。

 まだ四時半くらいだろうかどこからともなく部活をしている生徒の声が聞こえてくる。

「車を待たせてあるって言っていたけど、顧問の先生か?」

「いや、俺もよくは知らんがうちの部のOBでスポンサー兼協力者らしい」

 OBが部活を応援、支援する話はまぁ珍しい話ではないがこんなマニアックなしかも本来とは全く違った活動をしている部に? どういうことだろうか。元々こういう活動の部活だった?そんなことありえるだろうか。

 校門前に行くと桜沢の言っていたように白いワゴン車が止まっていた。俺達が乗り込むとワゴン車はすぐ発進した。

 俺と水上が後ろ、桜沢たちが真ん中の座席に座っている。運転しているのはどうやら女性らしい。ここからではよく見えないがどうやら若いっぽい。

「すいません神馬さん、またこんな形で手伝ってもらっちゃって」

 普段では考えられないような喋りだな。初めて桜沢が人に対して丁寧に接する所を目撃し、激しい違和感を感じる。

 神馬というその女性はバックミラー越しにこちらを一瞥する。一瞬俺と目が合う。

「ああっ別にいいよ、私も別に忙しいというわけではないからね。それより後ろの彼、例の新人君?」

「ええっ、本格的に案件に関わるのは今回が初めてですけど」

「よりによってこの部活に入るとはねぇ。物好きな話だ」

 いや、別に好きで入ったわけじゃないけど。

「おい、新人君」

「はい?」

「OBとして忠告したいことは山程あるが一番、重要なのは『ターニングポイントを見極めろ』だ。覚えておけ」

「はぁ……」

 OBとはいえ随分と上から物を言う人だな。ていうかそんなもん意識して分かるかよ。そういうのって大体は後で気付く事だろう。

「まぁこの部活入った時点、お前は既に人生のターニングポイントをミスったわけだがな。お前の学園生活における死亡率はいまやストップ高だ」

 悪そうな笑みを浮かべながらいきなり自分が所属していた部に無茶苦茶な事を言ったなこの人。つーかこの部活って死ぬ危険があるの? やべー現実感なさ過ぎ。この人の言うように間違えたかもいろんな意味で。

「神馬さん、ひどいですよー、仮にも自分が所属していた部活でしょう」

「だからだよ。いわゆる経験者は語るってやつだ」

 桜沢と神馬さんはシャレになっていない話をバカ笑いしながら続けている。どういう神経しているんだこの人たちは

「気にするな。神馬さんはああいう人なんだ。別に悪気があって言ってるわけじゃない」

 水上はなんとなくフォローを入れるが人格どうこうよりも会話の内容にひいてるんだけど。何この部活、ミスると死ぬの? 一体、俺はどこで間違えたんだろう。

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