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雨の日、君は身代わりとなった

作者: NagiSa

相変わらずキチガイ注意。

雨の日、君は身代わりとなった








 昨日から、友人との連絡が途絶えた。電話も出ない。メールの返信もない。家族も、連絡できず困っているようだ。一体どうしたのだろうか。僕はもう一度アドレス帳から友人の番号に電話をかける。


 ――やっぱり、出ない。


 初めはただの家出で、携帯電話が使えない状況にあると思っていた。けれど、時間が経つにつれ心の中に少しずつ不安が積もっていった。


 今どこにいるんだろう。もしかして、何か事故にでもあったのか。または、罪を犯してしまい逃げているのか。だとしたら僕に相談してほしい。そうではないことを祈るが。


 震えない携帯電話を握りしめた。




 ***********************




 不安定な質感の雨の中、俺はたった今殺してしまった女性を見下ろしていた。


 ――やってしまった……


 田んぼの間のコンクリート道。深い夜の色が俺を嘲笑するように肌に絡みついてくる。


 殺すつもりはなかった。実際、殺してしまったと言うべきではなく、死んでしまったと言うべきだろう。


 この時間何も通らないだろうと思い田舎道を選んだのだが、運悪く目の前から車がきた。一台分の幅だったのでお互いずれるわけにもいかず、車から降りて話をしようと思った。


 しかし相手の女性は俺に退けとだけ言い睨みつけてきた。少し苛立って、そっちが退けと言ってしまった。


 すると相手は俺の胸倉を掴んできた。なので振り払うと、その女は雨でぬれたコンクリートに足を滑らせて転んだ。それだけだ。なのに何で死んだんだ。打ち所が悪かったとでも言うのか。


 何度も何度も脈を確かめた。しかし女性は二度と起き上がらなかった。


「あーあ、あいつに会わす顔ねえや」


 俺が死ぬわけでもないのに、可愛がってやってる奴の顔が浮かんできた。




 ***********************




 連絡できなくなって二日後の朝、僕は友人の名前を見た。


「……被害者は山田幸恵さん二十三歳、容疑者は越田幸樹二十歳です。被害者の頭には強く打ちつけられた跡があった模様です」


 そう、テレビのニュース。あろうことか殺人事件のニュースで、である。


 茫然とした。まだ頭が起きていないのかと冷水で顔を洗ってみたくらいだ。現実だと分かった今でも信じがたい。


 友人はとても優しかった。いつも僕の面倒を見てくれていた。良からぬ噂も何度も聞いたが気にしなかった。身勝手かもしれないが、僕の前だけで優しくあってくれれば十分だった。


 それなのにこんなことになってしまうなんて。


――何で……


 暫く放心していたので事件の詳細は聞いていない。


 気付いたら、自然と言葉が出ていた。


「何で殺した……何で」


 僕でも何かできることがあるだろうか。考えた結果、今後の資金を友人の家族に渡すことにした。


 恥ずかしいながら、僕は一人暮らしをしているのでお金があまりない。かといって親に頼るわけにはいかない。


――世話になった人に恩返しするのは当たり前だ。


 通帳や貯金箱、財布からへそくりまでを漁って今持っているお金が全部でいくらなのか確かめてみる。そして、その中から僕が今後ギリギリ生活していけるだけのお金を残して全て茶封筒に入れた。


 友人の家に電話して、今から伺って言いか聞いた。


 友人の両親もまた、とても哀しんでいるようだったが、快く返事をしてくれた。


 支度をして家を出た。




 ************************




 今日は天気は快晴で、雲は少なく優雅で、町はどこか灰色で、フィルターが掛かっているようだった。


 友人の家は歩いてもそこまでかからないので久しぶりに歩いてみることにした。


 つい先月、僕の二十歳の誕生日にもらったスニーカーが、日差しを浴びて輝いて見えた。


――悲しいくらい綺麗だなぁ。


 友人の家に着いた。呼び鈴を鳴らすと中から母親が出てきた。


「うちの子供が、迷惑をかけました」


「そんな、迷惑だなんてとんでもない。いつも世話してもらってましたし。受け取ってください」


 そう言って僕は茶封筒を渡した。遠慮されそうだったので、軽く会釈して早々に立ち去った。




 ************************




 地方裁判所、刑事裁判第一審。友人の事件の裁判も終わりを迎えた。裁判長の声が響き渡る。


「被告人越田幸樹を、無罪とします」


 傍聴席の後ろの方で、泣き出すものがいた。振り返らなかったので顔は見なかったが彼の母親だろう。喜びを止められなかったようだ。


 僕はおもわず涙を流しそうになったが、さすがに堪えた。


 裁判の終了が言い渡され人々は退席していく。僕はそれを眺めながら、変わらず沈黙していた。




 ************************




 裁判所を出ると、眩しい太陽の光が僕に挨拶してきた。


 前方にいる人達が先ほどの母親のように、喜びを抑えきれず肩をたたき合って発散していた。それを見ると堪え切れなくなった。


――頬に滴が落ちた。




 ************************




 裁判から一週間後。空は雲で閉ざされていた。


 あれから友人に会いに行くことはしていない。そろそろ会いに行きたいが、その前に行かねばならぬところがある。それは今僕の前にそびえたっている。まるで、地獄の門のように。


 あるマンションの一部屋。呼び鈴を鳴らすと綺麗な女性が出てきた。


「あっ、越田幸樹さんに話があってきました」


 その女性は僕の顔を一望すると、あからさまに不快を強調した表情で告げた。


「……あんた、裁判の時いたでしょ?」


 心臓を握られた気がした。


「ぇ、あ、その……」


「帰って。お願いだから帰って」


 女性はそれだけ言うと僕を吹き飛ばすような勢いで扉を閉めた。


 扉の横の窓から、中の会話が聞こえてくる。


「誰だった?」


「この前裁判の時いたヤツ。死んだ女側の人間だよ」


「マジか? しつけーな、無実になったんだからそれでいいだろうが」


「あの女が勝手に死んだんだもんねー。て言うか何あの男、いまさら復讐でもしに来たわけ?」


「気持ち悪いな、ホント。今回のことは運がなかったと思って忘れればいいのに」


 気付くと僕は走り出していた。それ以上聞いたら壊れそうだった。心の中に残っている友人の顔さえ、踏みつぶされて見えなくなっている。


 押さえていた感情が溢れ出して、涙を流していた。


 山田幸恵は、あいつらの中では勝手に死んだ女としか思われていないだろう。僕が彼女を大切に思う気持ちさえ砕かれた気がした。




 *************************




 ふらふらと、僕は目的地に着いた。友人の墓だ。


 途中で買った花を添える。


――ねえ幸恵、僕達、最後まで友達のままだったね。


 悔しいよ。悔しい。あの日、僕は彼女に告白するつもりで電話をかけた。それは通じなかった。


 友達のまま。友達のまま、会えなくなってしまった。友達のまま……


 彼女は、あの越田幸樹という男の身代わりになったのだろう。法律さえ、味方してくれなかった。


「好きだったんだよ……」


 にわかに、雨が降ってきた。




 *************************




 その日、雨で視界が悪かったせいか、交通事故が起きた。


 ドライバーの話では、死んだ青年は自分から飛び出してきたらしい。

うーん、こんなのを恋愛にしてしまうあたり僕もアレなのだろうか。

まあ、気にしない気にしない。


お読みいただきありがとうございました。

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