生まれつき呪いにかかったお姫様、他国に嫁ぐ
ミィと呼ばれる姫がいた。
大国の末の娘で、側室の子で、そしてとても哀れな子だった。
ミィは生まれつきの呪い子だった。
言葉を話せない。
字も書けない。
計算もできない。
刺繍もできない。
ダンスもできない。
字を読むことだけは、できるようだが。
実母である側室は嘆いた。
なんと使えない娘だろうと。
しかし呪い子であるミィは他の側室…いや、皇后にすら愛された。
なにせ呪い子なのだ。
なんの脅威にもなり得ない。
だから、ミィは実母以外の〝母〟からは可愛がられた。
兄や姉たちも同じだ。
ミィではなんの脅威にもなり得ない。
だから兄弟の中で、唯一誰にでも可愛がられた。
皇帝はといえば、政略結婚に使えなさそうな娘に価値を見出さず…放置した。
ミィはそんな父にも、時には暴力すら振るってくる実母にも微笑んだ。
そんなミィを見て、母と兄姉たちはますますミィを可愛がり時には庇ってみせた。
そんなミィだが、ある時皇帝が価値を見出した。
この大陸において中央にあり一番大きな国がこの帝国だ。
それに対して、辺境の地にあり小さな…でも裕福な国があった。
スパイス…香辛料を売って儲けている金持ち国家だ。
国土は小さいが、経済的にも政治的にも武力の面でも油断できない国。
そこに、ミィを贈り物として差し出すのはどうだろう。
ミィは確かに呪い子だ。
でも、この帝国の皇帝の血を確かに受け継いでいる。
それを差し出すだけでも、あの小国にはありがたいはず。
なにせ帝国と縁続きになるのだから。
多少の支度金も含めて送ってやれば、ありがたがるに違いない。
帝国もまた裕福であるため、支度金については心配なかった。
帝国から縁談を持ちかけられた辺境の地…王国の王は知っている。
帝国の末娘は呪い子であると。
しかし、呪い子とはいえ帝国の血を王国に迎えられるのは正直ありがたい。
周辺諸国との睨み合いが楽になるはずだ。
誰だって帝国とことを構えたくない。
それに、呪い子とはいえ害になる存在ではあるまい。
ただ知恵が足りないだけで、誰にでも懐く可愛らしい姫と聞いている。
ならば受け入れる他あるまい。
支度金も含めて送ってくるらしいので、姫を受け入れるのは楽なものだろう。
あとはどの程度知恵が足りないのかが心配だが…。
「さすがに、手掴みで食事したりはしないよな?」
「どうでしょうか…来てみないことにはなんとも」
「ふむ…」
とりあえず、姫を迎えることは決定だ。
帝国に急いで返事を出した。
結婚式は、粛々と行われた。
特に姫に問題行動も見られず、無事に終わる。
お披露目のパレードや、披露宴でも大人しくしていた。
知恵が足りないにしては、良い子である。
帝国の皇帝も安堵した様子だ。
王国の国王…ミノスもまた、安堵した。
この様子なら外交にも連れ回して問題なさそうだ。
ミノスの王国では一夫一妻制なので側室を作るわけにもいかない。
外交にも連れ回していいならこれほどありがたいことはない。
なんせミィ…ミーティアは帝国の末娘で間違いないのだから。
そして初夜。
さて、知恵もないこの子をどうやって導こうと思ったミノスだったが…。
「………」
「その、これから初夜を迎えることになるのだが、わかるか?」
「はい」
………ん?
ミノス王は固まった。
「え、待て、喋れるのか?」
「はい」
「え、待て、帝国の話ではっ」
「帝国では猫を被ってました」
「はぁ!?」
なんだ、なんだこの女は。
ニコニコしているだけの可愛い呪い子かと思っていたがとんでもなかった。
「な、何故猫を被る…呪い子のフリをしていいことなどないだろう」
「ここまで生き延びられました」
「はぁ?」
「本来私は、第一皇子である兄に殺される運命でしたので」
…話が見えない。
「その運命を回避すべく、呪い子のフリをしてこの国に逃げ延びました」
「この婚姻まで計算のうちだったと?」
「父なら…皇帝陛下ならそうすると思いました」
「なんという…」
これは…良い拾い物だったかもしれない。
「兄は何故お前を殺すと?」
「理由は…ミーティア姫が賢すぎたからです。そのために嫉妬で」
「嫉妬に狂うほど〝ミーティア姫〟は優秀だと?」
「ええ、私の読んだ物語では」
………ん?
「物語?」
「私には前世の記憶があります。その前世で、この世界を物語として見ておりました。あ、信じていただかなくて結構です」
「…いや、俺にはお前がそんな荒唐無稽な嘘をつく娘には見えないが」
「ならば、信じてくださっても結構です」
なるほど、この女には前世の記憶がありこの世界を物語として知っていると。
「……ミーティア。いや、ミィ」
「はい、国王陛下」
「ミノスでいい」
「ミノス陛下」
「………ま、まあそれでもよいか。ミィよ、皇帝の元から離れて急に知恵者になってもまずいだろう」
ミィはミノスの言葉に頷く。
「ええ、ですのでこれからも呪い子のフリは続けます」
「それなら俺はそれに協力しよう」
「ありがとうございます」
「その代わり」
ミィの顔がこわばる。
なにを要求されるだろう、と。
「子は産んでくれ。最低でも男の子と女の子一人ずつは」
「はぁ…まあ、妃としての務めですのでもちろん頑張りはしますが」
「それと、物語としてこの世界を知っているなら…色々アドバイスしてくれ。その知恵を貸せ」
「…知っている範囲でなら」
ミィは知っている。
頑張れば、物語とは違う運命も掴めると。
己を殺すはずだった兄だって、今世ではあんなに〝私〟を可愛がってくれたのだから。
だからこの人のそばなら、変えられるかもしれない。
この世界のたどる、悲惨な結末を。
「では、予言しましょう。来月、雨が降ります。大雨です。それによりこの国の北の方が大災害に見舞われます」
「なるほど、対処しよう」
住民たちや家畜とペットたちをあらかじめ避難させておけば、被害は最小で済む。
「それと、再来月には隣国が喧嘩を売ってくるはずです。小競り合いにはなりますが、勝てます。勝てますが、被害が出ます」
「………外交でなんとか」
「なると思います、あちらが欲しいのは香辛料ですから」
香辛料は我が国の要なのだが、簡単に言ってくれる。
「香辛料を差し出せと?」
「一部、少しだけ分けてやることも出来ませんか」
「………いや」
被害を出すよりは、そちらの方が良い、か?
「それと…来年、魔王が復活します」
「…真面目に言っている、のだな」
「ええ。この世界の人口が十分の一にまで減ります」
「それはまた…」
「全部壊されます。人の営みも、文化も…ぜんぶ」
なるほどそれは恐ろしい。
「どうすれば回避できる」
「私は…ミーティアは聖女です」
「なに?」
「寿命を削って、魔王をまた封印できます。魔王の霊廟に連れて行ってくだされば、今の封印を強めて復活自体も防げます。あと千年ほど」
「それは…」
寿命を削る。
それは…。
「お前はそれで良いのか」
「はい」
「どのくらい寿命は減る」
「私は今十八歳です。二十歳には死にます。大丈夫、子は残せます」
「……そうか」
覚悟を感じる。
世界に我が身を捧げる、覚悟を。
「相わかった。お前の覚悟を認めて魔王の霊廟に連れて行こう」
「ありがとうございます」
「子は健やかに育つか?」
「物語では、私は死んでいたのでなんとも…」
「そうか…健やかに産み、育てよ」
こくりとミィは頷く。
「もちろんそうするつもりです。あまり長くはそばにいられませんが」
「…ちなみに、物語ではそなたは死んでいたのだろう。魔王はどうした」
「先程も申し上げた通り人口を十分の一にまで減らして暴れた後、各国の〝勇者〟を集めた連合軍に討ち取られました」
「…それでは、遅いな」
「ええ、ですから私が行きます」
ならば仕方ない。
止められそうもない。
ミノス王は、その夜ミィにとびきり優しくした。
ミィはその気遣いを感じて、嬉しそうに微笑んだ。
ミィは次の日、早速魔王の霊廟へ行く準備をした。
魔王の霊廟は、ミノス王の治めるこの国にあるので日帰りで行ける。
ミノス王は約束通りミィを魔王の霊廟へ連れて行った。
「ではやります」
「ああ」
ミィから光が溢れた。
その光が〝魔王を封じた結界〟を補強していく。
「これで一千年は大丈夫です」
「お前は?」
「昨日も申し上げた通り、二十歳までの命です」
「そうか」
そして城に戻る。
二人は道中無言だった。
お互いに何を考えているかはわからなかった。
やがてミィの懐妊の知らせがミノス王に届く。
「ミィ、よくやった!」
「ありがとうございます、ミノス陛下」
微笑むミィ。
ミィは命に変えてでもこの子達を無事に生むつもりだ。
「一応、心配はありませんが魔術で私とミノス陛下とのこの子達の血の繋がりを確認してください」
「もちろんだ」
魔術を行使する。
ハッキリと、ミィとミノスの子だと結果が出た。
「これで安心ですね」
「俺は心配していなかったがな」
「まあ、慣例でもありますから」
「そうだな」
そして子供が生まれた。
男女の双子だ。
「これで約束は果たせましたね」
「覚えていたのか」
「ええ、貴方との会話は」
ミノス王はミィを抱きしめる。
「…死ぬな」
「無理を仰らないでください」
「子はどうする」
「私の死後、乳母をつけてください。それまでは私が育てますが」
「…死ぬな」
困った人だと、ミィは苦笑する。
ミノス王は、それを見て覚悟を決めた。
子供が乳離れをした頃。
ミィの体調が、急激に悪化した。
ミノス王は、決意の上に儀式を行う。
「我が寿命の半分を、お前に」
ミィは急激に体調が良くなった。
そして言った。
「どうして、そこまで」
ミノス王が答える。
「世界のためにそこまで出来る、究極のお人好しに惚れ込んだせいだ」
ミィは笑った。
「困った人」
双子のティアとリュキアは、天才と評された。
リュキアは若くして王位に就き、それをティアが支えた。
まだ父と母から教わりたいことはたくさんあったが、二人とも早くに逝ってしまったので仕方がない。
けれど、ティアとリュキアには父と母から貰った思い出がたくさんある。
甘い思い出も、苦い思い出も。
だから、寂しくはない。
苦労はあるが、苦痛ではない。
なにより、あの二人がいつもいつでも仲睦まじく愛し合い支え合う姿が目に焼き付いているから…短い生涯であったが、二人が幸せだったのも知っている。
だからあの二人が守ったこの国を守るのだと。
双子は、強く決意した。
幸い、それぞれの婚約者のサポートもあるのでなんとかなる。
双子は、決意した想いを貫き通すだろう。
優しい思い出と共に、いつまでも。




