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私は祝福されたはずだった  作者: サク


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2/2

後編

第三子を産んだ直後のことだった。


部屋には静かな緊張が満ちていた。厚いカーテン越しの光はやわらかい。医師と侍女が控え、乳母が赤子を抱いていた。


扉が開き、夫が入ってくる。


「旦那様、奥様も坊ちゃまもご無事でございます」


乳母が一歩前に出る。夫は何も言わず、赤子を覗き込んだ。


長い沈黙。


赤子の髪は淡い銀色だった。私と同じ色。瞳も、同じ灰銀。


私は息を詰める。


――私に似ている、と。


その言葉を待っていた。


「……彼女によく似ているな」


胸がほどけかける。


「誰に、ですか」


私の声は静かだった。


夫はすぐに答えない。ほんの一瞬の逡巡。そのわずかな間に、何かが音もなく崩れる。


姉の名は出ない。それでも、誰のことかは分かった。


腹の奥が冷える。


私はゆっくりと身体を起こした。傷が軋み、視界が揺れる。それでも背筋を伸ばす。


「その子は、私が産みました」


静かに告げる。


「十月、腹に抱きました」


侍女が息を呑む。


「この髪も、この瞳も、私と同じです」


赤子の頬に触れる。震えそうになる声を押さえ込む。


「祝福を受けたのは、私です。あなたの妻は、私です」


一歩踏み出す。足元が崩れそうになる。それでも立つ。


「それでもなお、我が子に他の女を見るのですか」


沈黙。


夫は目を伏せた。


「……すまない」


それだけ言って、背を向けた。


逃げるように。


扉が閉まる音だけが、やけに大きく響いた。



数ヶ月が過ぎた。


私は公の場に立たなくなった。出産で身体を損ねたということになっている。


実際には、夫の視線が私を通り抜けることに耐えられなかった。


祝福の日、庭園に立っていた花嫁は私だった。


皆が姉だと思い込んだ光景の中で、水晶が映していたのは確かに私だった。

私はそれを誇りにしていたし、

あの瞬間、ようやく姉の背に隠れずに立てたのだと思っていた。


選ばれたのは私であり、祝福は正しかったのだと、心から信じていた。


けれど、夫の中ではあの花嫁は今も姉のままだ。


夜、扉が開くことはあっても、以前のような温度は戻らない。視線が交わっても、そこにあるのは現在ではなく、過去だ。


私と過ごした年月は確かに積み重なっているはずなのに、彼のまなざしはそれを越えて、あの日の礼拝堂へと戻ってしまう。


ある夜、私は問うた。


「……私は、間違っていましたか」


夫はしばらく黙っていた。


「祝福は正しい。相手は君だ。間違っていない」


嘘ではない。その言葉は私を否定しない。


「だが」


夫は遠くを見るような目をした。


「あの日、礼拝堂で彼女が立っていた。

祝福が確認されなかったと告げられても、私は、まだ彼女がそこにいる気がしていた」


その声は、あまりにも静かで、あまりにも真実だった。


神に捧げられ、もう会えない姉。


確かめることも、否定することもできない存在。だからこそ、彼の中で姉は永遠にあの瞬間のままなのだと分かる。


庭園で微笑み、祝福の光に包まれた姿のまま、時を失わずに留まり続けている。


私はここにいる。


同じ屋敷で息をし、

同じ名を背負い、あなたの子を抱き、

同じ時間を過ごしてきた。

それでも、あなたが守り続けているのは私と生きた日々ではない。


失われた、たった一度の光景だ。


祝福は、私を選んだ。水晶が映した花嫁は、確かに私だった。あなたの妻は私であり、その事実は揺らがない。


それなのに、あなたの心は私を選ばない。

間違ってもいない。祝福も正しい。


だからこそ、この結婚は終わらない。


祝福された婚姻は、どちらかの死が訪れるまで解かれない。


私がどれほど悔しくても、あなたがどれほど過去に囚われていても、解かれない。


それまでは、私はあなたの妻だ。


あなたの隣に立ち続ける。あなたが、あの日の銀髪の少女を胸に抱いたままでも。


祝福は正しい。


正しいからこそ、逃げ場がない。


私は、祝福されたまま、生きる。

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