前編
十五の春。
水晶に映ったのは、銀髪の花嫁だった。
誰もが、姉だと思った。
神殿は祝祭の熱に満ちていた。
祝福は、いつも正しいのだから。
私は息を吐いた。
完璧すぎる光景に、
胸の奥がすうっと冷えた。
薔薇に囲まれた庭園。
純白の祭壇。
風に揺れるヴェール。
その中央に立つ二人。
花婿はあの方だった。
緊張で肩を強張らせながらも、堂々と前を見据えている。
その名が告げられるだけで、
場の空気がわずかに張り詰める。
若くして家を継ぎ、
武も知も兼ね備えたと評される人。
舞踏会では常に視線の中心に立ち、
令嬢たちはその名を囁いた。
――私も、その一人だった。
その隣に立つ花嫁。
透けるような銀髪。
揺るぎない微笑。
場を静かに包み込む気配。
あまりにも整いすぎた光景だった。
「お似合いだわ」
「まるで聖画みたい」
祝祭のざわめきが広がる。
私も、そう思った。
そう思ってしまえば、諦めは簡単だった。
幼い頃から、姉は何でもできた。
詩を読めば皆にに褒められ、
舞を舞えば視線が集まる。
微笑めば、大人たちは安心したように頷いた。
私はその隣に立っていた。
同じ銀髪なのに。
同じように振る舞っても、
同じように笑っても。
何かが決定的に足りなかった。
努力すれば届くと思っていた。
声を柔らげれば。
少し愛らしく振る舞えば。
控えめに、慎ましくしていれば。
けれど、
「姉上は本当に素晴らしい」
その言葉の陰で、
私はただ、妹として微笑むだけだった。
あの庭園に立つのが姉であるなら、
世界は正しい。
だから諦めるのは簡単だった。
やがて、姉の名が呼ばれた。
祝祭の余韻がまだ大広間に残っている。
姉は静かに前へ進み、
当然のように水晶へと手を伸ばす。
あの光景映るはずだった。
光が、灯らない。
水晶は光らなかった。
冷たい透明のまま、何も映さなかった。
一瞬、誰も理解できない。
遅れて、ざわめきが止む。
神官は低く告げる。
「……儀式は完了しました」
それだけだった。
未来がない。
祝福を持たない。
最初から、映るものがなかった。
庭園も。
祭壇も。
未来も。
「どういうことだ」
「映らない?」
「不具合では……」
小さな囁きが波のように広がる。
楽士の手が止まり、
祝祭の熱が行き場を失ったまま滞る。
祝福は確認されなかった。
姉は泣きも怒りもしなかった。
ただ静かに立っていた。
その横顔を見ながら、
胸の奥の冷たさが、ほんのわずかに軽くなるのを感じた。
それが何を意味するのか、
考えなかった。
姉はやがて神に捧げられ、姿を消した。
――二年後。
今度は私の番だった。
水晶に手を触れた瞬間、
息が止まる。
薔薇に囲まれた庭園。
純白の祭壇。
あの日と同じ光景。
花婿はあの方。
そして――
そこに立っているのは、私だった。
あの時、姉だと思われた銀髪は、
最初から私の未来だったのだと、ようやく理解する。
ざわめきが広がる。
「同じだ」
「では、あれは――」
私は何も聞こえなかった。
祝福は、間違っていなかった。
水晶は、ただ写しただけ。
あの光景は、最初から私のものだった。
婚姻は滞りなく進み、
私は祝福された花嫁となった。
やがて母になり、
何不自由ない生活を手に入れた。
朝になれば侍女が本日の予定を読み上げる。
午前は来客。
午後はお茶会。
夜には晩餐。
庭師が呼ばれ、
季節の花の色合いを相談する。
「こちらはいかがいたしましょうか」
私は薔薇を指す。
強すぎず、けれど埋もれない色を。
客人は微笑み、
夫人たちは私の言葉を待つ。
子どもたちは私の膝に駆け寄り、
使用人たちは私の判断に迷わない。
全ては恙無くまわり、
私はその中心に立っていた。
祝福は確かに、私を指していた。
私は選ばれたのだ。
祝福に。
夫に。
この家に。
――だから、何も怖くなかった。




