旅の終わり、再びの旅路
そのちっぽけな陽子は、長い長い時間、長い長い距離を旅してきた。
他の陽子とぶつかり、相互作用して量子もつれを起こしては、相手の持つ全情報を、自身
の中に小さく折りたたまれた七つの次元の中にしまい込み、また他のものと相互作用して
はしまい込みしながら、光速に近い速度で、ずっと時空を飛び続けてきた。
もはや、どこにも恒星や惑星は存在しない。もちろん、生命などそのかけらすら残ってる
いない。
ブラックホールさえも全て蒸発し、その作用で吐き出された粒子もーその陽子自身も、そ
もそもの出自は遥か彼方の時空の穴だったがーほとんどが寿命を迎え、消滅していきつつ
ある。
そんな中、運よく反陽子にぶつかって対消滅することもなく、陽子はずっと、孤独な旅を
続けていた。
粒子が消滅していくせいで、宇宙はどんどん平坦化し、何もない、無すらも存在しない時
空と化していく。
数え切れないほど存在した素粒子が、やがて劫の位へ、兆の位へ、万の位へとどんどん減
少し、数えられるほどまばらにー本当にまばらになった頃。陽子もそろそろ寿命を迎えよ
うとしていた。
相互作用した皆が消滅し、消滅し、消滅して、残りほんのわずかとなった。この宇宙に存
在する同胞も、もはやほとんどいない。もはや、ここに存在し続ける意味などない…など
と思ったのか思わなかったのかは分からない。が、それでもなお、陽子は存在し続け…消
滅の間際、とうとう宇宙で唯一の存在となった。
と、ここで不思議なことが起こる。
速度、距離、時間といったあらゆる尺度は、他者の存在によってはじめて生じる。
単一の、たったひとつの存在にとなった陽子にとって、もはや宇宙の時空は無意味。無限
大に広いとも、自らと同じ極小のサイズであるともいえる、きわめて不確定なものと化す
。
唯一はっきりしているのは、完全にゼロである周囲のエネルギー値に対し、自らが無限に
大きいエネルギーを保持していること。そして、次元のひだにたくし込んだ、ありとあら
ゆる銀河の、恒星の、ダークマターの、ブラックホールの、衛星の、惑星の、そしてその
上でうごめいていた全生命の情報を保持していることのみ。
そのことを不意に悟ると同時に、寿命を迎えた陽子は、大いなる喜びとともに、その全情
報、全エネルギーを開放した。
その瞬間、宇宙は時空を取り戻し、その中を、すさまじい閃光が走る。
こうして宇宙は再び誕生し、陽子の長い旅も始まったのである。
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
どうか皆様の新しい旅が、平穏かつ充実したものでありますように。




