輝く未来
アマテラスは目を見開く。
(『心』……?)
知らない言葉が一瞬にして頭の中に入ってきた。
ギルバートはアマテラスの様子を不思議そうに見つめた。
アマテラスは震える手を握り、ギルバートを見つめた。
「……ヴァンパイアは血を飲まなければ生きていけないのですね。ではどうして妖精の村、ユピロを襲ったのですか?」
「ユピロの妖精があまりにも人間に似ていたから、間違えたんだ。たしかに妖精に血はあるが、人間とは違う作りだった」
アマテラスは「そうですか」とうつむいた。
アマテラスの旅は終わった。
日本はとっくに滅びていた。
どうしてイザナミ様は人間を救わなかったのだろう。どうして今まで私は疑問に思わなかったのだろうか。
アマテラスはギルバートを見つめた。
「ギルバートさん」
アマテラスの瞳は震えていた。
ギルバートはアマテラスを真っ直ぐ見つめて頷いた。
アマテラスは目を伏せ、自身の胸に手を当てた。
「私は日本の人達に会うために地上に降りた神です。でも、日本人を救うことは出来ませんでした」
アマテラスは崩れたミザリー像を見つめる。
(私はミザリーよりも重い罪を犯したのですね……)
アマテラスの瞳は激しく揺れる。
アマテラスの頭の中にはひとつの単語が浮かんだ。
『堕落』……。
(私は、堕落するべきだ)
アマテラスは目を伏せると、背中から大きな剣が姿を見せた。
アマテラスはその剣を掴み、喉に突き刺す姿勢をとる。
そして、ギルバートを見て微笑んだ。
「……日本人が滅びたことはヴァンパイアの罪ではありません。私の罪です」
アマテラスの微笑みは過去を思い返しているような表情だった。
「……私は地上へ来て生きること、存在し続けることの難しさを知りました」
人間は大切な人のために命をかける。
大切な人が奪われた悲しみから、人生をかけて復讐する。
人を殺し、栄養を蓄えなければ生きていけない者がいる。
地上は、誰かの犠牲の上で成り立っている。
なんで、今まで知ろうとしなかったのだろう。
アマテラスは過去を思い出した。
***
アマテラスはイザナミの胸の中にうずくまった。
「……アマテラス」
イザナミの落ち着いた声にアマテラスは顔を上げる。
「はい……」
アマテラスの瞳は光り輝いていた。
その瞳は闇を移さない。まるで宝石の様だった。
イザナミは長い髪を耳にかけ、アマテラスを心配するように見つめた。
「お前は……地上へ行ってはならぬ」
イザナミはアマテラスの頭をそっと撫でた。
アマテラスは眉を下げた。
「どうしてですか?」
「それは、私たちは人間に信仰されているだけで良いからだ。わざわざ地上に出向く必要はない」
イザナミはそう言ってアマテラスの頭をぐるぐると回した。
アマテラスは抵抗するようにイザナミの手を掴んだ。
「でも、神は人々を導く者なのでは無いのですか?私は人間を知りたいんです」
イザナミはアマテラスの腕を強く掴んだ。
アマテラスは抵抗しようと腕を離そうとするが、ビクともしなかった。
イザナミはアマテラスを冷たい目で見下し、視線をそばに居たスサノオに移した。
「アマテラスを部屋に閉じ込めなさい。そして、一生地上へ行けないように呪文をかけなさい」
スサノオは無表情のまま、「御意」と言った。
スサノオは暴れるアマテラスを掴み、引きずった。
「イザナミ様!どうしてそんなに酷いことをするのですか?!人間を支え、幸福へ導くのが私たち神の役目。そう、イザナギ様が教えてくださいました。人間にことを想いやれる神に、私はなりたいのです!」
アマテラスは必死に叫ぶが、イザナミは聞く耳を持たず、アマテラスから視線を外していた。
***
なぜ、地上へ行けない呪文をかけられていたのに願っただけで地上へこれたのか今でも分からない。
アマテラスは1滴の涙を流した。
アマテラスにはその涙がどのようなものなのか分からなかった。
やがて1滴の涙は地面に落ち、そこから微かに光が宿った。
光はアマテラスを包み込むように広がり、やがてアマテラスの中からもうひとりのアマテラスが生まれた。
これが、彼女の始まり。
彼女のもうひとつの人生なのだろうか。
彼女はアマテラスを見つめ、ニヤリと笑った。
その笑顔はとても恐ろしく、見下しているような残酷な笑みだった。
それからぽちゃりと音を立て、足元へ消えていった。
(今のはなに?)
アマテラスが混乱していると、遠くからアマテラスを呼ぶ声がした。
「おーい!アシアト!どこにいるんだよ!」
その声はシーダのものだった。
アマテラスは剣を下ろし、シーダの声のする方へ走った。
シーダは走ってくるアマテラスを見ては安心したように息を吐いた。
「どこ行ってたんだよ。起きたらいないんだから心配しただろ」
「ごめんなさい……」
アマテラスは力なくうつむいた。
アマテラスに感情の名前は分からないが、アマテラスの今の心には大きな喪失感が生まれていた。
シーダはアマテラスの表情を見て、探るように眉をひそめた。
「何か、あったのか?」
シーダの優しい声にアマテラスは胸を抑えた。
抑えていた涙が一気に溢れて顔を濡らした。
シーダは驚いたように目を見開いた。
「どうしたんだよ?」
「……日本人を、守れませんでした。……すべては私の責任なんです。……もう、私の道は残されてはいません……」
アマテラスの小さいが心から叫んでいるような声に、シーダはそっと耳を傾けるように目を伏せた。
その表情は、雛鳥を心配そうに見つめる親鳥の様だった。
「大丈夫」
シーダはそう言って微笑んだ。
アマテラスは泣きながら顔を上げる。
ふたりの視線が絡み合った。
「どんな人でも、妖精でも、神でも、ちゃんと道は用意されてるんだ。そして、必ず終着点がある」
シーダは震えるアマテラスの手を包み込むように握った。手からは優しい温もりが感じられる。
「頑張って、最後まで生きよう」
シーダの温もりにアマテラスは意識を失い、シーダに持たれかかった。
シーダはもたれかかるアマテラスを支えた。
教会から軽い足取りでギルバートが出てきた。ギルバートはふたりをまじまじと見つめた。
その瞳からはなんの感情も感じられない。まるで人形のような瞳だった。
シーダはギルバートの存在に気づき、思い切り睨みつけた。
「お前は、カルッサ人や妖精だけでなく、日本人まで殺したんだな。ほんと、ヴァンパイアってのは腹が立つよ」
シーダの瞳は揺れていた。涙目になりながらも思い切りギルバートを睨みつけている。
その様子は人間に威嚇する子猫のように見えた。
シーダは思い切り唇を噛んだ。
「お前たちヴァンパイアは、死んでも人間の血を飲めばまた蘇ることが出来る。でもな、人間や妖精はどれだけ願っても帰ってこないんだぞ」
シーダは大粒の涙を流した。アマテラスを包み込む腕に力を込める。
頭に浮かぶのは小さい頃のユピロでの思い出だ。
今ではその思い出が夢だったんじゃないかと思ってしまう。
そのぐらい、今が辛い。
シーダは肩に掛けた弓を取ろうと手を伸ばした。
しかし、アマテラスに言われた言葉を思い出す。
『復讐は何もうみません!』
(知らないよ、そんなこと……)
アマテラスの必死そうな顔が思い浮かぶ。
(そうだ、俺は……)
ギルバートは目を細めた。
シーダの表情があまりにも優しく見えたからだ。
彼の表情には殺気なんて感じない。ただ、大切な人を思う気持ち。
シーダはそっとうつむき、アマテラスを優しい目で見つめた。
「何万年と想い続けてきた人達が死ぬなんて、辛すぎるよ。俺なんかより、お前の方が、ずっとずっと苦しかったんだな」
その時、辺り一面に強い風が吹いた。
風の冷たさにアマテラスは目を覚ます。
そしてそっとシーダを見上げると、シーダは微笑んだ。
「頑張って生きていこう。そしたらきっと、輝く未来が待ってるさ」
アマテラスはシーダの温もりを感じながら再び目を閉じた。
後悔や悲しみを抱えても、結局は生きていかなければいけない。
死ぬことは終着点ではない。
人生の終着点は、決まって大切な人のそばにある。




