長い夢に終わりはない
カルッサ国の神、ミザリーが堕落し、民は動揺が抑えきれなかった。
国王、クリスティンもそれを聞き、カルッサ国が神に捨てられた国だと悲しんだ。
夜、アマテラスとシーダは街の隅の瓦に座り込んでいた。
アマテラスはうつむいて動かなかった。
シーダはアマテラスの隣で弓を磨いている。そしてアマテラスを気にするように見た。
「神が堕落かぁ。恐ろしいね。俺の住んでたユピロには神はいなかったから、カルッサ国の民の気持ちは分からないや」
シーダの言葉にアマテラスは顔をあげる。アマテラスは酷く落ち込んだ様子だった。
シーダはその様子を見てため息をついた。
「…お前、神なんだろ」
シーダは平然と口にした。
アマテラスは頷く。
「……はい。隠していてすみません」
「別にいいよ」
シーダは立ち上がってアマテラスを見つめた。
「誰にだって隠し事はあるよ。そんなことよりも会場にいたヴァンパイアを探しに行かなければいけない」
「どうして……。あのヴァンパイアをどうするのですか?」
シーダは眉を顰める。
「そんなの、殺すに決まってるだろ」
「駄目です。復讐なんていけません!復讐は何も生みませんよ!」
シーダは不機嫌そうにアマテラスを見つめる。でも、アマテラスは折れなかった。
ふたりは少し見つめ合い、それからシーダが諦めたようにため息をついた。
「……たしかにそうだな。お前の言う通りだよ。どうせ俺はヴァンパイアを殺せる強さは持ってないし、今無理するんだったらワルキューレに全部頼んだ方がお得だしな」
シーダはその場に座り込み、弓の手入れを再開した。
弓はボロボロで所々かけているところがある。シーダはそれを優しく撫でるように拭った。
彼の目は優しい。
だからヴァンパイアを自分の手で殺して欲しくない。
アマテラスは微笑みかけた。
「これからレゾンデートルへ向かうのですか?」
シーダは頷く。
「うん。お金は道中稼ぐよ」
シーダの言葉にアマテラスは少し違和感を覚えた。
(私の目的は日本へ向かうことだ。けれど……)
心の中がもやもやとして止まらなかった。
(私はシーダと離れるのがいやなの……?)
シーダを見るともやもやした心がさらに加速するようにどくんと音を立てた。
アマテラスに人間や妖精の感情は分からない。
アマテラスの中に眠る感情は人との出会いを得て、可能性の殻を打ち破っている。
アマテラスは顔をあげた。
「私も着いていっても良いですか?」
シーダは驚いた様子でアマテラスを見つめた。
「は?どうしてだよ」
アマテラスは優しく微笑んだ。
「私は貴方と一緒にいたいんです。ヴァンパイアを全滅させる作戦に協力させてください」
アマテラスの真っ直ぐな瞳にシーダは戸惑いながらも疑うように眉をひそめた。
「お前は日本に行かなきゃいけないんだろ?別に俺ひとりで金は稼げるし、殺されそうになってもこの弓でなんとかやっていくよ」
シーダの言葉を無視するようにアマテラスは真っ直ぐにシーダを見つめる。
「……私は日本に行かなくてはなりません。でも……何故だか、貴方から離れたくないんです。これは何なのですか?そわそわして落ち着かないんです」
アマテラスは目を伏せ、自分の胸に手を置いた。
シーダはアマテラスを不思議そうに見つめる。
「それは……………」
☆。.:*・゜
それは『心』って言うんだ。
人間や妖精はその『心』に従って生きてるんだよ。
でも、君には必要ないでしょ?
だって、君は神様じゃないか。
神様は人間に信仰されるだけでいいんだ。
君が『心』を持ち、人と接すれば、君は大きな過ちをおかしてしまう。
アマテラス…………。
どうして君は地上へ降りたの?
どうして天空へは戻ってこないの?
会いたいよ。
ふふ……。
なんてね、ときめいちゃった?
でも君は『心』がないから、ときめくことなんて出来ないんだけどね。
人間は怖いでしょ?
生贄を望む神にも、人々は信仰をするんだ。
人間は皆、狂ってる。
大丈夫だよ。
僕が君を守るから。
君は…………
☆。.:*・゜
長い夢を見ていた気がする。
重い瞼を上げると目の前には赤い日の出が遠くから顔を出していた。
(寝ていたのですね……)
アマテラスは夢の中で何かを聞いた。
だが全く覚えていなかった。
隣には弓を抱えながら寝ているシーダの姿があった。
アマテラスは立ち上がり、歩き出した。
アマテラスが向かった先はカリスタと来た教会だった。
白い教会と窓から刺す赤い光が絶妙な雰囲気を醸し出していた。
アマテラスは崩れているミザリーの像をじっと見つめた。
(堕落して壊れてしまったのですね)
ミザリーは時の流れを得て悪になった。
彼女は『我が愛しのリアム……』と呼んだ。
もしかすると、彼女は昔、人間に恋をしていたのかもしれない。
だが、彼女は神。人間に恋することは許されない。
そうして、人間は死んでゆく。
愛した人間たちが、彼女を置いて死んでいくことに疲れてしまったのではないだろうか。
アマテラスは落ちた破片を救い取り、優しく撫でた。
「貴方はまだ、愛されていますよ……」
破片はアマテラスの手から崩れ落ち、やがて粉となった。
その時、アマテラスの背後から足音が鳴り、アマテラスは振り返った。
そこには黒い外套を纏いこちらを真っ直ぐ見つめている白い髪のヴァンパイアの姿があった。
「……貴方はミザリーに同情しているのか」
ヴァンパイアの声からは哀れみを感じた。
アマテラスはすぐに微笑んでヴァンパイアを見つめた。
「彼女は決して許されないことをしました。ですが、彼女が人間を愛する気持ちはまだ完全に消えてはいませんでした」
アマテラスの言葉を憐れむようにヴァンパイアはアマテラスを睨んだ。
「貴方がミザリーを殺したようなものだ。あの剣は私が操作したが、あの剣は持ち主である神にだけ従う。貴方もミザリーを恨んでいたのではないか?だから剣が私の言うことを聞いた。違うか?」
ヴァンパイアの眼差しにアマテラスは動けなくなった。
(私がミザリーを恨んでいた?)
そんなことはないとアマテラスは思った。
「私は…………」
だが、言葉が出てこなかった。
神に『心』はない。
それなのに、ミザリーに対して、シーダに対して、カリスタに対して、何かを想ってしまう。
(これは一体、何なのですか……)
アマテラスの動揺する様子に何かを察したのかヴァンパイアは目を伏せた。
「私の名はギルバート。ヴァネール帝国から派遣されたヴァンパイアの使者だ」
「やはり、ヴァンパイアだったのですね……」
ギルバートは真っ直ぐにアマテラスを見つめる。
「私は王からミザリーを堕落させるように言われ、ここに来た。毎年、セレスティナ祭で剣術大会に出て、人間から数々の情報を抜き取っていた」
「なぜ情報を抜き取るのですか?」
「それは、また奇襲を起こすための情報収集だ」
「奇襲……?」
アマテラスは瞳を揺らした。
頭の中にはシーダから聞いた二百年前の出来事が浮かんだ。
「そんな……。またカルッサ国の人間を殺すのですか?」
「私たちは人間の血を飲まなければ生きていけない。人間を殺して血を奪うことは当然だ」
ギルバートの冷たい瞳にアマテラスは動揺した。
(もしかしたら……)
アマテラスは震える手を抑えるように握った。
口を開こうにしても開けない。
それは彼の回答が怖いからだ。
アマテラスはギルバートを真っ直ぐに見つめる。
瞳は震え、とても神の目だとは思えない。
アマテラスは勇気を振り絞り口を開けた。
「……日本……日本の人間は…………全員……殺したの、ですか……?」
アマテラスの声は酷く震えていた。
ギルバートはニヤッと口角を上げた。
「バレていたのか」
その言葉にアマテラスは固まった。膝から崩れ落ち、ただ床を眺めることしか出来なかった。
天空から日本を眺めた時、そこに人間はいなかった。
当たり前だ。ヴァンパイアに人間は全滅させられていたのだ。
アマテラスは着ている着物を掴んだ。
(どうしてこんなに……どくどくするの……)
☆。.:*・゜
それはね、『心』だよ。
神にはない、『心』だよ。
君が知ってはいけない、『心』なんだよ。
☆。.:*・゜




