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アシアト  作者: 角田秀左
3/5

愛おしい人よ


 アマテラスは剣術大会に参加し、次々と相手を倒した。

 対戦相手が弱いのでも、アマテラスに剣の技術があるのではない。

 アマテラスは目を伏せ、考えるように眉をひそめた。

 そして目を見開き、相手の剣を受け止める。

 それの繰り返しだった。

 傍から見ればその動きは不思議なものだがアマテラスからすれば一番簡単な方法だった。

 心の目で相手の次の行動を見抜く。

 それは神として生まれながらに備わっている能力だった。

 アマテラスはあっという間にほぼすべての対戦相手を負かせた。

 負けた者は皆口を揃えて、「女に負けるなど剣士失格だ」と言っていた。

 シーダは興奮気味にアマテラスの方へ駆けつけた。

「アシアト!お前すげえよ!」

 アマテラスは笑みを返す。

「この程度、大したことありませんよ」

「……この程度?」

 シーダは不思議そうに首を傾けため息を着く。

「次は最終決戦だ。気を抜くなよ!」

「ええ」

 アマテラスは剣を握りしめ決められた位置に立つ。

 アマテラスの目の前に立ったのは背の高い男だった。男は白く長い髪で顔を隠し、表情が読み取れなかった。

 護衛の笛の音がした。対決の始まりの合図だ。

 アマテラスは剣を何度も振るう。だが、一度も彼に当たることはなかった。彼は剣を使わずただ避けているだけだった。

 アマテラスは一旦剣を止め、後ろに下がった。

 彼は一向に攻撃してこない。

 (なぜ攻撃してこないのでしょうか…)

 アマテラスは彼の顔を見つめる。髪で隠れていて表情は見えないが感じることは出来るはず。

 アマテラスは目を閉じ、彼を感じた。

 彼からは独特な脈を感じる。不思議な魂がある。

 その魂は赤黒く、氷のように冷たい。

 (まさかこの人は生きていないのか?)

 でもそんなわけない。彼は今こうして私の前にやっている。

 人間では無い。なら、シーダと同じ妖精なのか。いや、違う。シーダの感覚とは違う、ほかのなにか。

 アマテラスは目を開け、剣を下ろし、彼に少しづつ近づく。彼は全く警戒しておらず、ただ近づくアマテラスを待っている。

 シーダはその様子を疑問に思いながらもふたりを見つめている。

 アマテラスは彼の顔を近くで見つめる。

「触っても?」

 アマテラスの言葉に男はなんのためらいもなく頷いた。

 アマテラスは探るように男の顔に触れた。

 彼の顔は冷たく、よく近くで見ると白く青ざめていた。

 少し下から顔を覗くと目が赤い目をしているのが分かった。

 アマテラスは彼の耳の前で小さく呟いた。

「ヴァンパイア、ですか?」

 彼は少し黙ってから頷く。その頷きからは焦りも迷いも感じなかった。

 アマテラスは男を見つめて「ふふ」と微笑んだ。その表情はただ純粋な微笑みだった。

「このままでは貴方が殺されてしまいます。逃げてください」

 男は不思議そうにアマテラスを見つめた。

「何故……」

 男の小さな声と同時に会場内に強風が吹き荒れた。

 アマテラスはあまりの暴風に吹き飛ばされ壁にぶつかった。

 シーダは外壁に捕まりながらアマテラスを心配そうに見つめている。

「アシアト!」

 シーダの声にアマテラスは顔をあげる。

 だんだんと風は止み、青かった空は一瞬にして暗くなった。

 シーダはアマテラスに駆け寄り身体を支えた。

「大丈夫か?どこか怪我してないか?」

 アマテラスは少し違和感のある肩を抑えて立ち上がった。

「大丈夫です。肩のこの違和感はなんなのでしょう……」

 アマテラスは不安になりながら肩を見つめる。

「痛いか?」

「痛い?…………」

 アマテラスはシーダの言っていることが理解できなかった。

『痛い』を知らないアマテラスにはこの肩の違和感の正体が分からなかったのだ。

 その時、会場にいた人達が空を見上げ次々と悲鳴をあげた。

 アマテラスとシーダは空を見上げる。

 すると、そこには緑色の長い髪を流し、白のローブに包まれた女性が天空に立っていた。

 その姿は昨日、教会で見たミザリーの像に似ていた。

 人々は頭を地面につけ怯えていた。

 (この方が、ミザリー様?)

 ミザリー様らしき女性は満足そうに民を見下していた。

 そして長い爪をこちらに向けた。

「ふふ、今日は獲物がたくさんだ。どれを食おうか……」

 女性は一人一人の民をじっくりと観察するように見つめている。

 シーダはアマテラスの着物の裾を握った。

「あれは間違いなくミザリー様だ……本当に存在してたのか……」

 シーダは信じられないという顔でミザリーを見上げていた。その表情からは不安と焦りが見える。

 すると、背後から忙しい足音が聞こえてきた。

 アマテラスは目を伏せる。

 その足音からは、不安、祈願、希望が感じられた。

 (カリスタ……?)

 アマテラスが背後を振り返ると真っ直ぐにミザリーを見つめているカリスタの姿があった。

 カリスタはミザリーに深く頭を下げた。

「ミザリー様。お目にかかれて光栄でございます。どうか私を生贄にお選び下さい」

 カリスタの言葉に周りの人間はざわざわと音を立てている。

 ミザリーはカリスタを見つめ、笑みを浮かべる。

「……ほう。なかなか良い女だ」

 アマテラスは黙ってカリスタを見つめるしかなかった。

 カリスタは生贄になることを望んでいる。

 このまま、彼女を放っておけば、彼女の夢は叶う。

 でも、私はなぜ、素直に喜べないのだろうか……。

 カリスタは私にとって、初めて話した人間。

 親切で、優しくしてくれた。

ミザリーがカリスタの手を優しく包み込むように握った。

 カリスタは目を細め、うつむいている。

 (どうすればいいの……?)

 アマテラスは混乱で目を伏せた。

 その時、シーダがアマテラスの名を呼んだ。

「……アシアト。お前はどうしたいんだ」

 シーダの言葉にアマテラスは顔を上げた。

 シーダはアマテラスを真剣な眼差しで見つめている。

 アマテラスはふたりを見つめる。

 ミザリーはカリスタの頬を愛おしそうに撫でている。

 カリスタはそれに応えるように目を伏せ、そして一瞬、アマテラスを見つめた。

 その視線にアマテラスは感じた。

『助けて……』

 これが、彼女の本音。

 ……きっとそうだ。

 アマテラスは立ち上がり、手を合わせた。

 アマテラスの背後から神々しい光がさし、その光の裂け目から銀箔に輝いた剣が現れた。

 アマテラスはその剣を掴み、ミザリーに斬りかかった。

 ミザリーはその剣を受け入れるようにローブの裾から杖を取り出し剣を止めた。

 剣と杖の間に火花がちる。

 人間達はその光景を真っ直ぐ見つめ、動かなかった。

 遠くから見ているシーダは驚きが隠せなかった。

「まさか、神を殺す気か!?」

 アマテラスは体制を変え、さらに勢い良く斬りかかる。

 ミザリーは軽々しくそれを受け止めた。

「己!神殺しなど愚かな真似を!」

ミザリーは眉間に皺を寄せ、アマテラスを睨む。

 アマテラスもミザリーを力強く睨み、剣を持つ手の力を強める。

ミザリーは剣を振り払い、後ろに下がり、アマテラスを見つめる。

「お前...まさか神か?」

 アマテラスは剣を持つ手を整える。

 黙っているアマテラスにミザリーは嘲笑うように口に手を添えた。

「ほう、答えぬか。でも今の力が本当なら、お前は我と同じ神であろう。其方は何故、我の死を狙う…?」

 アマテラスは目を伏せた。

「……神は生贄を捧げなくても存在し続けられる。何故貴方は生贄を求めるのですか?」

 アマテラスの声は決して怒ってはいない、優しい声だった。

 ミザリーは邪悪に笑った。

「質問を質問で返すな……。まぁ、良い」

 ミザリーはそう言い、民を見下ろした。その視線はごみを見ているように冷たかった。

「我はこのカルッサ国と同時に誕生した。最初は民に祝福を与え、良い方向へ導いていた。だがそれを何百年、何千年と繰り返す間に、私自身の輝きが失われていった……」

 ミザリーの声は低く、尖っていた。

「民を救うことしか我には存在意義がないのかと、悩んだ夜もあった……。我はもう、神でいたくないのじゃ!」

 ミザリーは怒りで震え、民を思いっきり睨みつけた。民はミザリーを見て震え、激しく頭を下げていた。

 アマテラスはその様子に眉を下げた。

「……貴方は神でいることに疲れてしまったのですね」

 アマテラスの言葉にミザリーはうつむいた。

「同情か?我はもう、民を吸い込み、生命の輝きを感じることでしか存在し続けられぬ」

 ミザリーの言葉は鋭いが、どこか悲しい声もした。

 アマテラスはミザリーに近づき、手を握った。

 ミザリーは驚いたように顔をあげる。

「己!なんの真似じゃ!」

「私も、神として消して許されない誤ちを犯しました。民を放り、生命の輝きを感じ取ろうともしなかった。だから私はまた一からやり直したいと思っています」

 アマテラスは真剣な眼差しでミザリーを見つめる。

 見つめられるミザリーはアマテラスの目に吸い込まれるようだった。

「貴方もやり直せます。ですよね?」

 アマテラスの優しい笑みに、ミザリーは少し見つめて悔しそうに視線を逸らし、アマテラスの握られた手を思い切り振り払った。

「……今更、良い神になろうだなんて思わぬ。そして、生贄ももう飽きた」

 ミザリーは諦めたように笑ってからアマテラスの持つ剣を手に持った。

 アマテラスはその様子に首を傾げた。

「何を……」

 ミザリーは剣を自分の首に向けた。

「……我はもう、あの頃には戻れぬよ」

 ミザリーの声は震え、涙を流していた。ミザリーは過去を思い返すように目を細め、微かな笑みを浮かべていた。

 アマテラスは手を伸ばし、自分の剣を引っ張った。

 自分の剣が神を堕落されてしまうことは絶対に避けたかった。

「民を置いて堕落することは許されません!残された民を誰が導くというのですか…!貴方は簡単に堕落出来る。ですが、人間は簡単に命を終わらせません!」

 アマテラスは剣を持つ手に力を加えながら思い切り叫んだ。その叫びがミザリーに届いたのか、彼女は目を見開く。

 アマテラスは言葉を続けた。

「……大切な人を残して死ぬことはとても辛いことです。そして、大切な人が死んでゆくのももっと辛いです。……貴方はそれを理解し、極楽浄土へ導く使命がある。ですから、貴方の役目を忘れないで」

 アマテラスは再びミザリーの手を握った。

 ミザリーの手は冷たく、震えていた。ミザリーは涙を流しながら民を見下した。その目は酷く、冷たかった。

「お前らさえいなければ……我は自由であれたのに……!」

 ミザリーは握っていた剣の向きを民に向ける。

 それを見た民は悲鳴を上げ、さらに深く頭を下げた。

 アマテラスは必死に剣を奪い返そうとするが、ミザリーの腕力に負け、ただ剣を抑えることしか出来なかった。

 その時、ミザリーが民に向けた剣が赤い膜を貼り、ミザリーの手から離れた。剣は引かれるように民の元へと降りてくる。剣が向かった先は先程アマテラスと戦ったヴァンパイアの元だった。

 (どうして…?この剣は私にしか動かせないはず……)

 ヴァンパイアは無表情のまま前に浮いた剣を見つめ、それからミザリーを見上げた。

「ミザリー、お会いできて光栄だ」

 ヴァンパイアの男の声は低く、なんの感情も感じ取れなかった。

 ミザリーは男を見つめ、眉をひそめた。

「……お前、ヴァンパイアか!」

 ミザリーは動揺したように声をあげた。

 ヴァンパイアは慣れたように手を動かすと、アマテラスの剣が手の方向へ動いた。

「貴方は神なのに、二百年前の厄災を知らない。やはり、貴方は愚かだ……」

 男は手をミザリーの方へ向けた。

 すると、剣は勢いよくミザリーを狙って飛び、一瞬にしてミザリーの胸に剣が刺さった。

「……」

 ミザリーは状況を理解できないのか一瞬固まり、自分の胸に剣が刺さっていることを確認する。

 それから男を見つめた。

「……ああ、なんと、私は民を愛していたのに…。時間の流れは私を悪にした……」

 ミザリーはしゃがみこみ、ひとりの民を見つめる。ミザリーの視線の先にいたのはカリスタだった。

 カリスタはこの状況に動揺していた。

 ミザリーのカリスタを見る目は大切なものを見るような、温かいものだった。

「…もう誰も我を崇めないだろう。結局、我もこのように朽ちていくのか……」

 ミザリーの暖かい視線はカリスタを見つめているが、どこか違う人格をカリスタに重ねているように見えた。

「…もう何億年前か覚えておらぬ。我が愛しのリアム……貴方は優しい人だったから、きっと天国にいるのだろう」

 ミザリーは空を見上げ涙を流した。ミザリーの身体はだんだんと光に飲み込まれている。

「……死してなを、我は其方に会えぬのか」

 ミザリーは悲しみにくれるように笑った。

 アマテラスはただ彼女を見つめた。

 ――神の堕落。

 それはアマテラスからすれば新鮮なもので、恐ろしいものだった。

 ミザリーは光に包まれていく。

「……愛しのリアム……リアム…………」

 彼女は完全に跡形もなく光の中へと消えていった。

 アマテラスはそっとうつむく。

 アマテラスは最後に愛おしい人間の名前を呼んだ。それがもし、人間であれば、彼女は大罪だ。

 神がひとりの人間を愛すことは許されない。

 (でも………)

 ふたりがまた巡り会えますように……。

 アマテラスはそう祈った。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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