アマテラスの願い
寒い……。
神々が住む天空神域には寒い夜が続いていた。
アマテラスの身体は細かく震え、手先が冷たくなっていた。
「人間はどうしているのでしょうか」
アマテラスは天空神域の扉から人間界を見下ろした。
相変わらず人間界は暗く、光が一切見えなかった。
アマテラスが心配そうに人間界を見下ろいていると背後からコツコツと足音が聞こえてきてアマテラスは振り返った。
そこにはアマテラスを見つめてあきれたようにため息をつくスサノオの姿があった。
「あらあら、また人間界を覗いているのですか?そんなことをしても意味はございませんよ」
アマテラスはスサノオのもとへ駆け寄った。
「スサノオ。ここから人間界を覗いても人間の姿が見当たらないんです。灯りがひとつもなくて、もしかしたらこの風の寒さで皆死んでしまったのではないでしょうか」
スサノオは綺麗な金色の目を細め、手に持っている鈴を鳴らした。
――シャリン――シャリン――。
「そうですね。死んでいるんじゃないですか」
「それはいけません。私が人間界へ確かめに行きます」
アマテラスは長い白髪を持ち上げ、着ている着物を整えた。
「なりません。そんなことイザナミ様が許可しませんわ。私たち神は人間たちに信仰されるだけで良いのです。わざわざ人間界へ出向き、人間を救わなくてもいいのですよ」
スサノオの言葉にアマテラスは苛立った。だが、彼女の言っていることは正しかった。
イザナミ様が私たちにそう教えた。人間は傲慢で自分勝手なやつしかいない。普段から神を信仰していないにも関わらず、都合のいい時だけ神を崇め利用する。だから決して人間の言うことを聞いてはならないと。
アマテラスはスサノオを見つめて頷いた。
「確かにそうかもしれません。しかし、私は人間を知りません。イザナミ様の言うことが本当かどうか確かめなくてはいけません」
スサノオは眉をひそめ、足音をカツンと鳴らした。
「イザナミ様が嘘を言うと思うの?本当に貴方はダメな神様ですね。イザナミ様に従っていれば良いものの、本当に馬鹿で哀れですね」
スサノオは不機嫌そうに鈴をいつもより大きく鳴らして去っていった。
アマテラスは再び人間界を見た。
傲慢で自分勝手な人間しかいないなんて絶対に嘘。
自分の目で見なければわからない。
アマテラスは左手に持った剣を見つめ心のなかでこう唱えた。
『どうか私を人間界へ』
・ ・ ・
気がつけばアマテラスは森の中にいた。 辺り一面緑で覆われていて、耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえてくる。
でも、アマテラスはそれがなんなのか分からなかった。
「歌が聞こえます」
アマテラスは不思議に辺りを見渡しながらも歩き始めた。
足元には色とりどりの花が咲いており、歩くたびにくしゃりと花が踏みつぶされた。
アマテラスが一本の木に留まる青い鳥を見つけた。
駆け寄ると鳥は「ピピ」と鳴いた。
「貴方が歌っていたのですね」
アマテラスは鳥を見つめて微笑んだ。
その時、森の奥からたくさんの声が聞こえてきた。
「なんでしょうか」
アマテラスは声のする方向へと歩いた。
森を抜けると街が広がっており、数々の建物と人間がいた。
アマテラスは目を光らせた。
「これが人間界ですか」
赤い屋根、白い壁、少し奥には豪華な城が立っていた。
見た事のない景色に思わず呆然としているとひとりの少女がアマテラスの肩をつんつんと叩いた。
「お姉さん、固まってどうしたの?なにか困りごと?」
茶色の長い髪に胡桃色の瞳の少女は心配そうにアマテラスの顔を覗き込んだ。
アマテラスは微笑んで頷いた。
「ここは日本ですか?」
アマテラスの言葉に少女は食い入るように笑った。
「ここは日本じゃなくてカルッサ国よ。日本はここよりもっと遠い国ね。お姉さん、旅の人なの?」
「……そうです。旅人ですよ」
少女は目を光らせアマテラスに顔を近づけた。
「どこから来たの?ヴィネール帝国?アイゼアレス?服は赤凰っぽいわ。でも顔立ちはイスハスっぽいわね…………」
少女はぶつぶつとつぶやきながらアマテラスを見回した。
「ごめんなさい!……私、大学で国の勉強をしてて、旅の人を見つけるとついどこの国の人なのか当てたくなっちゃうの……」
申し訳なさそうにうつむく少女を見てアマテラスは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。貴方は勉強熱心なのですね」
「えへへ、私カリスタっていうの!お姉さんの名前は?」
「私の名前は…………」
アマテラスの言葉が詰まった。
少女は不思議そうに首を傾けた。
アマテラスは思った。
もし日本の神、アマテラスだと名乗れば女神の祝福だと思われ面倒なことになる。それと日本の神がカルッサ国にいると日本の人が知れば見捨てられたと怒るかもしれない。
アマテラスは「ふふ」と笑った。
「私の名前はアシアトです。イスハス出身ですよ」
「やっぱりイスハス出身だったのね!どうりでこんなに肌が白くて美しいんだ!」
少女の反応にアマテラスは安心して息を吐いた。
(よかった……誤魔化せた……)
「アシアトさんはどうしてこの国に来たの?もしかしてセレスティナ祭を見に来たの?」
「セレスティナ祭、ですか?」
「知らないの?!セレスティナ祭はカルッサ国の王女、セレスティナ様の生誕を祝うお祭りよ!毎年世界中の人たちが見に来るの」
カリスタはふふんと誇らしげに腰に手を当てた。
「セレスティナ様は美しくて優しいんだ!だから他の国の人達にも愛されるんだよ!」
「それは素晴らしいことですね。是非会ってみたいです」
「それじゃ、セレスティナ祭は明日あるから行ってみなよ!」
「そうね。それじゃ、そうさせてもらいます」
アマテラスは「ふふ」と笑って空を見上げた。
空にはたくさんの鳥が慌てるように飛んでいた。
その様子に違和感を覚えた。
カリスタも空を見上げて眉をひそめた。
「こんな時に来たか……」
アマテラスはカリスタを見つめる。
「何が来たのですか?」
その時、街は一気に暗くなり激しい風が吹いた。
街の街灯は消え、あたりの人間は悲鳴を上げながら建物に駆け込んでいる。
アマテラスはカリスタの肩に手を置いた。
カリスタは笑みを浮かべながらも額に汗をかき、身体を震わせていた。
「震えていますよ」
アマテラスの穏やかな声を聞き、カリスタの震えがピタッと止まった。
カリスタは呼吸を整えるように息を吐いた。
「この暴風はカルッサ国の神、ミザリー様が地上に降りてきた合図。月に一度、ミザリー様はカルッサ国の人間からひとり選んで生贄にするの」
「生贄、ですか?どうして……」
アマテラスが聞くとカリスタは「こっち」と手を引いて走り出した。
カリスタの手を引かれたどり着いたのは近くの小さいな教会だった。
教会の中に入ると、室内は白くシンプルなデザインで真ん中に神の像が置いてあった。
「これがミザリー様ですか?」
アマテラスの言葉にカリスタは頷いた。
「そうよ。綺麗でしょ」
そう言ってカリスタは地面にひざまずき、神の像の前で手を合わせた。
細く白い手をもう片方の手に絡ませ、目を伏せる。
その姿は感情を何も感じさせない透明な空気のようだった。
教会には次々と人が入り込み、カリスタのように手を合わせひざまずいた。
その様子をアマテラスはまじまじと見つめる。
少し時間が経ち、暗かった空が明るく晴れていった。その様子を見て、人間たちは立ち上がり、涙を流した。カリスタはうつむいたまま黙っていた。
次々と人間たちが教会を出る中、カリスタは動かなかった。アマテラスは不安になりカリスタの隣に腰を下ろした。
「カリスタ。どうして神に祈りを捧げたのですか」
カリスタはそっと目を開ける。しかし、その目には光も生命の輝きも感じられなかった。死体のような枯れた目をしていた。
「また、生贄に選ばれなかった……」
カリスタの声は低く小さかった。
「カリスタは生贄に選ばれたいのですか?」
アマテラスの声にカリスタのまぶたがぴくりと動いた。そして、アマテラスを見つめる。
「選ばれなければいけないの。だって、神様とおんなじになれるのよ。パパは言ってた。私が選ばれれば家族は幸せになるって」
「カリスタの家族ですか?」
「うん。私の家族はね、貧乏なんだ。だから、私が生贄になって家族が幸せになるのが、パパの望みなの」
アマテラスはカリスタの頬にそっと手を乗せた。カリスタは驚いたように目を見開いてから目を伏せて一滴の涙を流した。
「私が大学へ行きたいなんて言ったから……家族に迷惑かけちゃったの。私が生贄になれば、家族全員が平和に暮らせるの」
「貴方はそれでいいのですか?」
「いいの……。私はパパやママ、妹たちが幸せになればそれでいいの……」
「じゃあ、なんで貴方は泣いてるのですか?」
カリスタは涙をこぼしながら首を振った。
「パパの言うことは絶対だから……もういいの……」
カリスタの涙にアマテラスは耐えられなかった。アマテラスはカリスタを見つめてローブのポケットから一枚の御札を取り出した。その御札には『天照皇大神』と書かれていた。
「それは……」
カリスタは御札を不思議そうに見つめた。
アマテラスは震えるカリスタの手に御札を乗せてその手を包み込むように握った。
「これは日本の神、アマテラスの御札です。貴方に命の危機が迫った時、この御札を強く握って、『アマテラスオオミカミ』と名を唱えてください。そうすれば、アマテラスは貴方を守ります」
アマテラスの真剣で真っすぐな眼差しにカリスタは思わず吸い込まれそうだった。
カリスタは感じた。
今、目の前にいるアシアトという女性から人間とは違う、なにかほかの生命の輝きを感じた。彼女があまりにも美しいからか、それとも少し変わっているからだろうか……、それはカリスタ自身にもわからなかった。
カリスタは御札を握った。
「なんで……これを私に?」
「私は貴方に死んでほしくありません。もしミザリー様が貴方を生贄に選んだ時、これを使ってください」
カリスタはアマテラスをうるんだ瞳で見つめてから心苦しそうに視線をそらした。
「私は……これを使わない……。生贄に選ばれたら喜んで受け入れる。でも、ありがとう」
カリスタは小さく微笑んだ。
でもその微笑みからは少しの悲しみも感じた。
アマテラスは心配しながらもカリスタに微笑み返した。
アマテラスとカリスタは教会から出た。
もう空は晴れ、夕日が輝いていた。
アマテラスはカリスタに礼をした。
「もう遅くなってしまったので宿を探します」
カリスタは申し訳なさそうに笑った。
「私のせいで迷惑かけちゃってごめんね」
「いいのですよ」
「じゃあ明日のお祭りで会おう!」
カリスタは笑って手を振った。
その純粋な笑顔をアマテラスは愛おしいと感じた。
街にはもう人気はなく、太陽は完全に沈んでいた。
アマテラスは宿を探して街を歩いていると道の隅にうずくまって、ぼそぼそとひとりで話している少年を見つけた。
少年は赤い髪に少し色あせたローブを身にまとっている。
アマテラスは少年に少し近づくと、耳をすました。
「…………ナイフ、槍、爆弾……よし、全部そろってる。……あとは明日、セレスティナ女王を殺すだけだ」
少年から発せられた言葉にアマテラスは固まる。
(セレスティナ女王を殺す……?)
アマテラスは少年に近づき肩を叩いた。
少年は「うわあ?!」と声を上げ勢いよく立ち上がった。
アマテラスは眉を下げる。
「驚かせてしまったのならすみません。ただ、聞きたいことがあって……」
アマテラスが少年に手を伸ばそうとすると少年はその手を振り払い、アマテラスにナイフを向けた。
「お前、今の聞いてたのか!?」
「落ち着いてください。私は貴方を傷つけたりしません」
アマテラスはナイフを握る少年の手を包むように触れた。
少年はアマテラスを見つめる。アマテラスの目は優しく、敵意は感じなかった。しばらく二人は見つめあい、少年はおとなしくナイフを床に落とした。
「……俺を騎士団に連れてくのか?」
「そんなことはしませんよ」
少年は眉を下げうつむいた。アマテラスの触れる少年の手は細かく震えていた。
「なんでだよ。聞いてたんだろ?俺はセレスティナ女王を暗殺するんだ」
「貴方は騎士団に連れていかれたくないんですよね?」
少年は顔を上げ、不思議そうに眉を下げた。
「ああ、そりゃそうだよ」
「なら連れていきません」
アマテラスは穏やかに微笑む。その姿に少年はさらに不思議そうに眉を下げた。
「なんだよ。意味わかんないやつ……」
少年は壁際に座り込んでうつむいた。アマテラスも少年の隣に座り込んで少年の顔を覗き込んだ。
少年は疑うように視線をそらした。
「お前、名前は?」
「アシアトです」
「アシアト?なんだその変な名前は……出身地は?」
「イスハスです。貴方は?」
「俺はシーダ。出身地はのユピロっていう小さな妖精の国なんだ。」
シーダは目を細めてうつむいた。少年の瞳はかすかにうるんでいるように感じた。
「でも、ユピロは滅んだ。ヴィネール帝国っていうヴァンパイアの種族にみんな殺されたんだ。ユピロの妖精で生き残ってるのは俺だけ。だから、俺はヴィネール帝国に復讐する」
「復讐とは?」
「ヴィネール帝国のヴァンパイアを一匹残らず殺すんだ。そのためにはレゾンデートルの人間兵器、伝説のワルキューレを仲間に入れなきゃいけない」
「伝説のワルキューレですか?」
「昔母に教えられたんだ。レゾンデートルには人間兵器がいる。その中に最強の人間兵器、ワルキューレがいる。ワルキューレは国ひとつ余裕で滅ぼせる力があるらしい」
「そのワルキューレとやらを味方につけてヴァンパイアに復讐をするということですか?」
シーダは頷いた。
「じゃあなぜセレスティナ女王を殺そうとたくらんでいるのですか?」
「それはバイトだよ。ワルキューレを仲間に入れるなら相当のコインが必要になる。普通の兵器でも借りるのに500万は必要なんだ。だから今のうちに金をためておこうと思って……でも、お前に見つかっちまったから仕方ない。今回はあきらめるよ」
シーダはため息をつき立ち上がった。そして壁に貼ってあるセレスティナ祭のポスターを見つめた。
アマテラスも立ち上がりポスターを見つめた。
ポスターには『剣術大会、魔法技術大会、ドラゴン料理大会、すべて優勝した方には1000万コインをプレゼント!』と書いてあった。
シーダは食いつくようにポスターを見つめている。
アマテラスはそんなシーダをみて微笑んだ。
「これに参加しましょう」
「いや無理だ。確かにこれだけあればワルキューレは借りれると思うが、俺は剣術を習ったことないし魔法だって使えない。料理なら自信はあるけど……」
「剣術大会と魔法技術大会は私が参加します」
アマテラスの言葉にシーダは「はぁ?」と驚いたように顔を上げた。
「お前、剣術も魔法もできるのか?大体、そんな高級そうな服着た女性に剣が扱えるわけないだろ」
「剣は少しならできます。魔法は太陽を出すくらいならできます」
「太陽!?お前、結構ギャグセンス高いんだな」
ふたりは夜が明けるまで喋りつくした。お互いの出身地のことを話したり、家族のこと、好きな料理のことまで話した。
それはアマテラスには初めての経験で、新鮮なものだった。




