08
「これでよしっと、じゃ――」
荷物をちゃんと持って帰ろうとしたところで「待って」と麻希に呼び止められた。
「うん、なにかしたいことでもあるの?」
急いでもまだいない可能性があるからゆっくりでよかった、だからこうして麻希が止めてきても気にならなかった――って、内容は気になるけどね。
「今日もあの子と過ごすの?」
「うん、渡さんの家でご飯を作ってからだけどね」
「それなら私もいく」
「いこう」
これもまた急ぐ必要はないからゆっくりお喋りをしながら歩いた、が、今日は変なことが起きた。
「よう」と渡さんの家の前で待っていたのはたかし君だった、これから向こうにいこうと思っていたから移動しなくていいのは体力的にはいいけど違和感しかない。
でも、早速自分が言った通りに行動をしているだけだと気が付いて落ち着けたけど。
「普段走ってきていたことが珍しく役に立つ一日になったね」
「確かにな」
「でも、走ってまで未来と会おうとするなんていいことだね」
「疲れてほしくないからな」
体力的にはいいとか考えておいてあれなものの、あれは地味に運動になるから悪いことではなかった。
この二人がいるところでも言ったように負担になっているわけではない、なんなら確実に二人きりになれる可能性が高まる彼の家の方がよかったりもする。
「未来はご飯を作るんだろ? 俺はその間に軽く掃除でもするよ」
「うん」
このやり方は冬のいまだからこそできることだった。
夏になったら帰宅時間に合わせていくしかない、それはいいけど家にいったときに本当なら彼もいてほしかった。
これも矛盾しているけど仕方がない、なんかもうそういう前提で動いてしまっているから駄目なのだ。
だけど現在には関係ないから考え事をしながらではなくてちゃんと集中して作――ろうとしたのに麻希とお喋りをしている声が聞こえてきていて微妙だった。
「これから君のお家にいくんでしょ? それなら帰るね」
「家まで送った方がいいのか?」
「ううん、未来のときにしてくれればいいよ、じゃあね」
ただ、麻希が帰ることを選択したときに申し訳ない気持ちが出てきてしまったという……。
いちいち引っかかったりはしない大人になりたい。
「じゃ、やらなければいけないことも終えたからいくか」
「うん」
家主がいないここに自由に上がっておきながらあれだけどいつまでもいるわけにはいかないし、麻希がああいう理由で帰った以上、やっぱり私の家でいいかなとも言いづらい。
この付近で過ごすこともあれだから結局、送ってもらう前提で彼の家にいくしかなかった。
これも矛盾しているものの、家が近くなると少し落ち着かなくなるのも確かだ。
「ふぅ、次はいつ走ろうかな」
「無理はしなくていいけど参加してくれるということなら嬉しいぞ」
「麻希じゃなくても?」
「ああ、一緒に走ってくれる仲間がいるとそれだけで違う」
わかりやすく二人きりになりたいなら走りにいくのが一番……だとはわかっていても体力がないからなかなか参加しづらい。
こちらに合わせて露骨にペースが下がっているし、見ている分には全く気にしていないような感じだけどこちらが気になる。
「ここだけの話だけど未来達と出会ってから一人で走ったときに物足りなく感じるようになったんだ、走ることは趣味だから続けているけどもう戻れない」
「そっか」
お肉をなんとかするためだったとはいえ、一回のそれで影響を与えてしまったということならごちゃごちゃ考えていないで動かなければならないか。
「たかし君が走りたいなら今日走ろう」
「今日は終わってから走るからいい。いまの流れだとそう言うしかないし、ゆっくりするために未来のところにいったわけだから」
ぐっ、大体こんな感じで上手くいかないようになっているのも――ではない。
意識してしているわけではないだろうけど段々と吐かれる言葉がこちらにとってはある意味攻撃的だった。
こちらが気に入っているだけで彼的には違う……はずなのに……。
「い、いやほら、どんな形からであれ参加して期待をさせてしまったということでしょ? それなら走らなければいけないんじゃないかって思って」
「本当に参加したいときだけでいいんだ」
だから話題を走ること関連のことにしておけば慌てずに済む。
無理やり止めて自宅付近で麻希も含めて過ごすべきだった、少し間違えればあっという間にピンチになってしまう。
逃げ帰ることもしたくないからもっとあれなことになるのだ、いま必要なのは止めてくれるそんな存在だった。
「待った」
「わっ、あ、ま、前もこんなことがあったよね」
「ああ、一応気をつけておかないとな」
結局、この状態ではなんにも変わっていなかったか。
普段通りにやれなければ彼は納得してくれない、だから頑張るならそのことを頑張るしかなかった。
「渡ちゃんの家の隣を借りておいたからね」
「ん?」
「なんか一人で寂しくなっちゃったんだって、だけどまた渡ちゃんの家で暮らさせるのはあれだから部屋を借りたんだよ」
もう出かかっていても何故そんなことをしたのかと考えている間に「いってあげて」と言われて終わった。
いやいってあげてとは言うが食材とかはどうするのか、金だって貰っていないから生きていくことができない。
「ちなみにお母さんがそっちにいったりいかなかったりするから食材のこととかは大丈夫だよ」
「そ、そうなのか? じゃあいってみるか」
鍵を受け取って少々歩いたら着いた。
嘘をついても仕方がないから当たり前と言えば当たり前だが鍵を差し込んでみたら普通に開いて驚いたね。
「ん? 誰か来た」
同じ会社でも休みの日が違うみたいだから渡さんは今日もいない、となると、大家とかそういうところだろうか。
でも、すぐに違うことを知る、玄関のところにいたのは未来だった。
「え、本当にここに住むの?」
「未来が住んだらどうだ?」
「で、できないよ、え、だけどここに来たら渡さんもたかし君もいるということ?」
「多分、あの家に戻ろうとしたら母さんからごちゃごちゃ言われそうだからそうなるな。はは、未来からしたら楽でいいだろ?」
ちょっとした用があるときに大きく移動する必要がなくなるんだから。
「一旦帰るね」
「おう」
ただ、なんでも簡単にできるようになればいいというわけではないんだ。
未来が俺から興味をなくして来なくなったとしても渡さんがいてくれるからまだいいが、そうでもなかったらただ学校から距離を作ったアホということになってしまう。
そもそもは渡さんが~という話だからこうなっているわけで、いまみたいなことを考える方がおかしくても出てきてしまうものだ。
「た、ただいま」
「はは、おかえり」
家族以外の存在に対しておかえりと言うことは渡さんの件で慣れているから問題はなかった。
しかしこう……やっぱり未来が相手のときに言うのはなんかあれだ、少し気恥ずかしくもある。
「じ、実はね、たかし君のお母さんから自由にしていいって言ってもらえているんだ」
「だろうな、渡さんが戻ってきてほしいなんて言わないだろうからな」
「あ、それは前に聞いたことがあるんだけど、渡さんはいつも『なんでたかしがいないんだ?』って言っていたから本当のことだよ。あ、それでね? だからその……ちょっと荷物とかを置いていってもいい?」
「おう、俺の物なんてほどんどないから寂しい空間になるからありがたいよ」
ではない、最近の俺は自分らしくなくて気持ちが悪い。
「ふふふ、これでたかし君にもまたご飯を作れるね」
「未来、もう少しぐらい気を付けてくれないと多分、いや、確実にやらかしてしまうから……」
と言いつつ、これはこれであれというやつだった。
前までの俺なら考えたり言ったりすらしないことだ、それだけ大きくなってきたということだが差が大きいから駄目になる。
「私にとって普通のことをするだけでたかし君に影響を与えられるなんてね、ふふ、こんなことになるとは思っていなかったよ。だってたかし君だよ? 話すことよりも走ることが大好きな君がこうしてちゃんと目の前にいてくれてそういうことを言ってくれるんだから嬉しいよ」
「いいのか……?」
「うん」
「未来はすごいよ」
逃げるために走るのは違うから床に静かに座ってこちらを見下ろしてきている未来を見る。
普通に存在しているだけでここまで影響力があるなら本気で動きだしたらどうなってしまうのか、いつも負けている自分が容易に想像できてしまうのが最高に情けない気持ちになった。
「ここに麻希がいなくてよかった、いたら絶対に笑われている」
「私が露骨に一緒に過ごす回数を増やしているから麻希も毎回言ってくるんだよね、だから私的にも麻希がここにいなくてよ――び、びっくりしたぁ、ごめんね、マナーモードにするのを忘れちゃっていたよ」
「学校というわけじゃないんだ、別にいいよ、連絡がきたらすぐに気が付けた方がいいだろ」
対する俺の携帯は……全く鳴らないな、交換できているのになんでだろうな。
「えっ、麻希がどこにいるのかを探しているみたい」
「それなら外で会えばいいか」
「そうだね、そうすれば言われることもないよね」
のはずだったんだが、
「あの男の人が教えてくれたんだ」
扉を開けた瞬間にばれることになった……。
渡さんもいたからその点はいいが、それにしたって敢えて外に出るまででもないのに変なことをする。
「もうどこかにいくなよ」
「渡さんはそういうのを異性に言ってくれよ」
「いないよそんなの、お前とは違うんだから」
「い、いや……」
どこかにいくなよなんて言い始めたら俺が驚く、冗談抜きで一日ぐらいは走らないとやってしまった感が凄くて落ち着かない。
「ま、お前の母さんのおかげだがこっちに関しては俺のおかげだろ、未来と自然にいられる」
「契約してもらうぐらいだったら渡さんの家の方がよかったけど」
「一人だと気になるが狭い」
「はは、難しいな」
二人で盛り上がるのをやめて麻希が「私も自由に使わせてもらうから」と言ってきた。
払ってもらっているし、未来がいるときならと返しておく。
どうせ未来もいるだろうからとは言えなかった、多分、そういうことを吐けるならこうはなっていない。
「私が止めるから安心してね」
「あーそういうの駄目なんだよ?」
二人が喧嘩になってしまうぐらいなら来てくれた方がまだよかった。
「……あ゛~喋りすぎた~……」
「……露骨にハイテンションだったよね、麻希って真夜中になると止まらなくてなるよね……」
「んが……ん……? ああ、やっとこの二人が落ち着いたんだな、初日からハードだったな」
カオスな空間になっていたが流石に五時ぐらいになれば落ち着いたみたいだった。
向こうで寝ればいいのにいちいち布団を持ってきてまでこちらで寝ることにした渡さんだけが元気そうだ、あれだけ騒がしかったのにすごいとも言えるが。
「んー……変に警戒することをやめていなかったら知ることもできないまま終わっていたかもしれないということだよね、変えてよかったよ」
「変なことをする未来がわるーい」
「きゃ、ちょ、ちょっと」
「はははっ、はぁ……」
もう限界みたいだ。
「送るから帰って休んだ方がいい」
「おんぶしてー私歩きたくなーい」
目がやばい麻希をささっと送って戻ってきた。
そうしたら当たり前のように朝ご飯を作ってくれていてありがたかった、いい匂いがすると食欲が一気に出てくる。
「もう俺の家の食材なら自由に使っていいから未来もちゃんと食べろ、作るだけ作って帰られるのは気になるもんだ」
「はは、実は我慢をするのに苦労していたんだよね」
「これまでがおかしかったんだ」
こちらはまだ酒が残っているのかもしれない、そうでもなければ「今日も美味いぞ」ぐらいに留めている。
でも、言いたいことをちゃんと言えているし、未来がいいなら悪くない方に変わっていく。
兄はともかく未来の母とは仲がいいみたいだからその点での問題なんかは出にくそうだからやはりあとは本人次第だ。
「はは、なんか渡さんっぽくない」
「ずっと一人でいたから駄目になったんだよ」
「甘えていいからね、私もたかし君も近くにいるから」
「未来はたかしに甘えろ」
食べ終えたら今日も洗い物をやらせてもらって寝室らしきところに寝転んだ。
寝ることも許されずに、喋ることもあまりできなかったから色々と疲れた、もうこのまま夕方頃まで寝れば幸せな時間となる。
「お、お邪魔しまーす」
「帰るなら送るぞ、俺は寝るからゆっくりしたいならここで適当に休んでくれればいい」
「私も凄く眠たくて……ここって寝るのに最適な場所だよね……」
いつもの魅力的な笑みとは違って限界が近い人間の笑みだった。
昔、母が物凄く疲れていたときに似たような笑みを浮かべていたからわかるんだ。
「なら布団を貸すよ、まだ使っていないから奇麗だ」
「え、だけど今日の夜からはたかし君が使うんだよね? な、なら恥ずかしいからちょっと……」
結局、風邪を引いてしまうということで解散になった。
麻希と同じように送った際に気に入らなかったのか首を絞められたがなにも掛けずに寝させるわけにはいかないからなあ。
だから今回は初めて……? 微妙な状態で別れることになった形になる。
渡さんに未来の母みたいな人がいてくれればその人に布団を借りるという手もあったが残念ながらいなかったからここにしか繋がらなかった。
「寝るか」
起きてからどうやって機嫌を直してもらうかを考えればいい。
なにかに付き合うとか、なにかを買うとかぐらいしか出てこないのが残念なところではあるものの、それでもなにもしないで、なにもありませんでしたよと言いたげな態度で近づくよりはマシな気がした。
許してもらえるのかどうかはわからないが自分的にもその方がよかった。