07
「お蕎麦ができましたよー」
「んあ……? ……ああ悪い」
「気にしなくていいよ、だってたかし君は私の家の掃除を手伝ってくれたんだから」
母のことを聞いてみたら急に消えたと、ちなみに俺が昼寝をしている間に渡さんの分のつゆは家にいって作ってきたらしい。
「食べよ?」
「ああ、いただきます」
美味しい、温かくて落ち着く。
大して意味もないが未来の方を見てみたら「おかわりもあるからね」と言ってくれたがそこまで余裕はなかったから首を振っておいた。
二十三時半ぐらいになったら外に出なければいけないからそれまでにやりたいことは……ないな、同じようにゆっくりしておけばいいかと片付けて食べることに集中した。
「美味しかった」
「はは、よかった」
「でも、年内最後の日に俺といていいのか? それこそ麻希とか……」
初めて一緒にいけるようになったんなら悩むことなく誘いそうだったのに変だった。
全員が全員、ちゃんといくというわけではないからいかない選択をしても変ではないが、なんか俺の中の麻希のイメージ的に、という話だ。
「それが聞いてみたんだけど麻希はいったりしていなかったんだって、私の両親もそうだから今回はたかし君に付き合ってもらいたいの」
「いいなら付き合うよ、こうして美味しいご飯も作ってもらっているから」
「よかった」
朝に弱いとか夜に弱いとかそういうこともないからちゃんと付き合う。
「終わったら送ればいいんだよな?」
「え?」
まさかえぇ……的な顔をされるとは思っていなかった。
すぐに「……お泊まりをする前提でこっちに来たんだけど、たかし君も受け入れてくれた時点でそのつもりかと……」と答えてくれたが……。
「だって着替えとかない――そのために普段は見ないリュックを持ってきていたのか」
「はい……」
「わかった、はは、向こうと違って地味に距離もあるから帰りに一人で歩かなくていいのは助かるよ」
直前まで誰かと過ごしていた分、俺だって影響を受けたりする。
走っていても最近は物足りない感じがするのはこれに慣れてしまったからだ、だからどんなことにもいい点もあれば悪い点があるというのは本当のことみたいだった。
「風呂を溜めるから溜まったら未来が先に入ればいい」
「うん」
「洗い物ぐらいはやらせてくれ」
明日の朝には母も帰ってくるだろうからそのときに余った蕎麦を食べさせてもらえばいい。
二人分なんて全くないのと同じようなものだからすぐに終わった、それと同じぐらいに風呂も溜まったから未来もここから去った。
友達、客もいないとなれば自宅ということでだらだらするだけだ、流石にいまから走りたいなんて変態ではないから適当に寝転んで天井を見ていた。
「出たよ」
「ああ、じゃあいって――趣味が悪いぞ」
これは声音の違いに気が付かずに油断していた俺が悪いか。
母は悲しそうな顔で「友達の家で飲もうとしたら追い出されちゃった」と言っていた。
「母さんは飲みすぎなんだよ」
持参したわけではないだろうからそりゃ母が飲もうとすれば止めるよ。
安物であればジュースとそう変わらないがそうではない場合なら恐ろしい額になるからな。
ちなみにこれには呆れたような顔で「休日ぐらい飲まないとやっていられないよ」と反省はしていないみたいだった。
「あ、そんなことより未来が作ってくれたつゆがあるんだ、蕎麦を食べておけよ」
「その未来ちゃんは?」
「風呂だな」
「ほう」
嫌な予感がする、が、変に動けば悪い方に傾きそうだから自由にさせておいた。
どうせすぐに戻ってくるだろうからつゆを温めながら待っていると「無言で扉を閉じられたぁ!」と子どもみたいな母が戻ってきたから食べさせておいた。
「先に入らせてくれてありがとね」
「いや、母が悪かった」
「気にしなくていいよ」
目が笑っていなかったが余計なことは言うまい、とにかく風呂に入ってこよう。
だが、問題なのは食事も入浴も終えてしまった状態でまだ寝てはいけないということだった。
リビングの床にひっくり返ってぐーすか寝られている母が羨ましい、未来だってなんか怪しい感じになってきたから尚更俺は頑張るしかなかった。
「さ、寒いぃ……」
「戻るか?」
「う、ううん、いくよ」
これまでずっといっていたみたいだからいかないという選択肢はないらしい。
それならささっといって戻ってこよう、流石に徹夜なんかにはならないだろうから寝られる。
朝になれば挨拶をしてゆっくりすればいいんだ、会話なんていくらでもできるんだから無理をするべきではなかった。
「ずっと前からいるわけじゃないけど出会ってからは優しくしてくれたよね、ありがとね」
「それは未来だろ、いつものように渡さんの家にいったら変なのがいて気になっただろ?」
「気になったのは確かだけど変なのじゃないよ」
「そうか」
俺が滅茶苦茶やばい奴でも親的な存在は動かなければならなかったわけだから俺がド変態とかではなくてよかったと思う。
「走りにいってばかりなのも気になったけどね、でも、私を優先するとかいきなり言ってきて……」
「普通だよ」
聞いてほしいことがあると言われたら誰だって同じようにする。
「で、でも、勘違いしちゃう子もいるかもしれないよ?」
「まあ、仲良くもない段階で言われたら怖いよな、同性からならいいけど異性からなら警戒する。だけどあれは大事な話があるときは走ることよりも優先するという話だからな」
「だ、だけど優先してくれていたことには変わらないし」
悪い方に捉えられていないならそれでいい。
「あと、一時期楽しくなかったのは実はたかし君が関係しているんだ、だからあのときのあれはあんまり勘違いじゃないというか……」
「え、やっぱり駄目だったのか……」
年内最後の日に精神攻撃とはやってくれるぜ。
これならまだあのときにちゃんと言われていた方がマシだった、いま言われてもあの頃にやらかしてしまったことはもうどうにもならない。
「ま、麻希と仲良さそうにしていたからだよ、なんとか自己解決したけどね」
「麻希と仲良く……?」
「ほ、ほら、バーベキューのときにあっさり連絡先を交換したりとかさ」
「ああ」
「なんかあのときに上手く言えない感情が出てきてね」
俺からすればバーベキューの日はよく食べるなという感想にしかならなかったが……。
「こう……イライラしたんだ」
「か、帰るか」
「いまは大丈夫だよ、私だって高校生なんだから感情のコントロールぐらいはできるよ」
「というかもう変わるな」
「とりあえずはこっちに集中しようか」
少し待っていたら変わったから改めて挨拶をして神社をあとにした。
約束があるから送らないで未来を家まで連れていく、依然としてぐーすかリビングで寝ていた母を部屋に連れていってから客間に移動した。
「はい、ちゃんと暖かくしてな」
「うん、ありがとう」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
ほっ、まだまだ話したいとか言われなくてよかった。
だって頼まれたら受け入れただろうし、途中でもう寝ようとも言いづらいから助かった。
夜更かしをしていたのもあって寝るのに苦労をしなくて済んだのもよかった、母が沢山食べたみたいで起きたときに蕎麦を食べられなかったのはあれだったが。
「ぷはぁ、冬はお酒が本当に美味しく感じるよ」
「ちょっと買い物にいってくる、未来が起きたらなにか作ってやってくれ」
「お蕎麦の件でお世話になったからちゃんとやっておくよ」
酔ったら大暴れというわけではないところが母のいい点だった。
新年早々走るのも違うからゆっくり歩いていた。
特にこれが欲しいという物はないが小腹が空いたうえに冷蔵庫に食べたい物がなかったから出てきた形になる。
割と近いところにあるスーパーは一日から頑張ってくれていてありがたかった、コンビニではあんまり買いたくないからな。
「ただいま――未来、いま起きてきたのか」
「んー……」とわかりやすく眠そうだ。
「はは、そりゃ眠たいよな、もう少しぐらい寝ていていいぞ」
「ううん……たかし君と過ごす、わ……」
「危ないぞ、寝ないならリビングにいこう」
新年早々床とキスなんかしたくないだろうからリビングに連れていった、あと、世話になったのはこちらもそうだから結局はこちらが作らせてもらうことにした。
酒を飲んでぺちゃくちゃ喋り続けている母と眠さに負けそうになっている未来という変な感じになったが、朝ご飯でそれも変えられたから問題はない。
「冷たい水が気持ちいい、ふぅ、やっとすっきりしたよ」
「それはよかった」
あ、いちいちついていっているわけではなくてこれも彼女から頼まれたからしているだけだ。
もうご飯を食べていた時点で眠気はどこかにいっていたから頼まれなければじっとしていた、過保護というわけではないし、なんなら未来の方がしっかりしているんだからそうでもなければありえない。
「あっ、い、いつもはご飯を食べる前に歯を磨いているから誤解しないでね」
「ん?」
「いつもはちゃんとしているんだよ……今日は酷く眠たかっただけなんだよ……」
ああ、そういうことか。
上手く言ってやれなくて未来が慌てているところしか想像できなかったからそれについては触れたりはしなかった。
なんでも自己責任だし、いつでも完璧にやれる人間なんていない、だから気にしなくていい。
「たかしーお母さんはちょっとお出かけしてくるから未来ちゃんのことをお願いね」
「わかった、気をつけろよ」
「気を付けてくださいね」
「ありがとう、未来ちゃんはまた来てねー」
もうあまり気になっていないが酒を飲んでいるところを見られないと考えるとほっとした。
自分で普通のことだと考えておいて毎回こうして出てきてしまうのは矛盾しているものの、直接ぶつけたわけではないから許してほしかった。
「渡さんに挨拶をしにいこうよ、あとは麻希とも会いたいな」
「いくか」
色々と持ってきてくれていたから暖かい恰好をさせてから外に出た。
先程出たからあまり新鮮さはないがまあ悪くはない、今日は寒さもそこまでではないから落ち着けた。
でも、明日からは絶対に走る、やはり走らないのは俺らしくないからそこだけは変わらない。
「渡さん来たよー」
「おう……」
ああ、これは未来が家であまりゆっくりしなくなったからだろう。
母が酒が大好きなままでいいから家にいればこんなことにもならなかったのにと考えつつも、それならそれで未来とは関われていなかったからうーん……とごちゃごちゃになっている俺だった。
なんにも知らないままならいいが知ってしまったらもう戻れない。
「あれ、なんで初日からそんなにテンションが低いの?」
「それが問題が出たとかなんとかで出勤しなくちゃいけなくなったんだ」
全く想像していたのとは違ってなにも言えなくなった。
だが、誰かが働いてくれているからこそ先程の俺みたいにスーパーを利用したりなんかもできるわけで、とにかくできることは感謝を忘れないことだった。
ただ、本当に所属している部署? によって違うんだと知る、母なんか朝からスーパー自由タイムだったからな。
「お、おぅ……それは嫌だね」
「まあ、初日から働かなければいけない人達だっているんだからいいけどな。そうだたかし、ちょっと掃除をしていってくれ」
「おう、任せておけ」
「鍵は未来が持っているから大丈夫だよな、よし、いってくる」
昨日だって未来がここにいっていたわけで、初日のときみたいに大して汚れてはいなかったからすぐに終わって物足りないぐらいだった。
俺の家も酒を飲んでいない通常状態の母が定期的にしてくれているから汚くはない、未来の家も普段からしているうえに最終日にも本格的にやったからそうだということでこれは明日とか言っている場合ではなく走りにいくべき――は止められてできなかった……。
「麻希ー」
「おふぁよぉ」
菓子の袋を持ちつつむしゃむしゃと、朝から元気だ。
近くには炭酸のボトルがある、流石にコップもあるが俺達がいないところでは面倒くさがって直接口をつけて飲んでいそうだった。
まあ、五百ミリリットルのボトルではみんながそうするんだから千五百ミリリットルのボトルでそうしても……おかしくはないのか?
「うわ、朝からすごいね、お母さんからお節もいっぱい食べたって聞いたけど」
「ん、余裕だよこれぐらい、それより今日も当たり前のようにいるよね」
「たかし君に頼んでいてもらっているんだ」
「なんだ、君から誘ったんじゃないんだね」
来てくれたら相手をさせてもらうぐらいがいい……とか言っていられなくなってきたんだろうか。
未来からすれば自分が動いてばかりなわけで、不満が溜まりに溜まって爆発してもなにもおかしくはない。
完璧聖人なんていないんだから未来だって例外なんてことはない。
「次は俺が未来を誘う」
「おお、やっぱり言ってみるべきだね」
「え、あ、無理をしなくても……」
「別に勢いでなんとかしようとしているわけじゃない、だけどこのままだと未来が可哀想だ」
と考えるのもあれかもしれないが……。
「「可哀想?」」
「だって毎回絶対に自分からいかないといけないんだから、それは不公平って感じがするだろ?」
頑張ってまで一緒にいたいと思ってもらえるような人間ではないからな。
だから正常の状態に戻すんだ、こちらがいっている分には引っかからなくて済むから大きい。
「ああ、だけどそれはねー」
「うん、特に不満とかないよ?」
「そういうわけにも――」
「「いいからいいから」」
くそう、こういうときに限っていいコンビネーションを見せてくる。
「邪魔かもしれないけど未来のお家にいこう、お母さんに挨拶がしたいんだ」
「あ、ナチュラルに忘れていたよ」
「いくか」
なかったことにはしていない。
引かれない程度に頑張ろうと決めて歩き出した。