06
「帰ってこない……」
またなにか変な勘違いをして遠慮でもしているのかと考えていたら「ただいま」と渡さんが帰ってきた。
最後に会ったときに追い出してしまったようなものだからたかし君が全部悪いというわけではないけど気になる、麻希と過ごしているとかならいいけどまたずっと走っているようなら、うん。
「あ、そうだ、あいつは向こうの家に戻ったぞ」
「え……?」
だからこれには驚いた、いま動こうとしていたからこそ尚更響いた。
「あいつの母さんが戻ってきてな、なんか忙しかったから預かってほしかっただけらしい」
「え、え、ちょちょ、じゃあもうここには来ないってこと?」
「呼べば来るだろ」
あ、でも、自分の家にいられるのならそれが一番だということはわかる。
「未来?」
「あ、ご飯を温めるね」
「いつもありがとな、ただ無理はしてくれるなよ、本当なら飯ぐらい自分で作らなければいけないんだ」
これはもう日課みたいなものだからどんどん頼ってくれればよかった。
でも……。
「ぷはぁ、お酒が美味しいなあ」
「いつも通りの母さんだな」
「当たり前だよ、渡ちゃんにはちょっと申し訳ないことをしちゃったけどねえ」
謝ってもらいたいわけではないがいきなり現れて「帰るよ」と言われて呆れたものだった。
ただ、あのまま渡さんの家に住ませてもらうよりも申し訳なさはなくなるからありがたいから感謝は忘れずにしておく。
「で、父さんは?」
「知らない、興味がないよ」
えぇ……一応家族、旦那なんだからもう少しぐらい興味を持ってあげてくれ。
いやまあ俺も安定して家に住めるならどうでもいいと思っているが……。
「走ってくる」
「いってらっしゃーい」
そうか、これで時間も気にせずに走れるようになったのか。
未来と一生会えないというわけでもないし、向こうからすれば渡さんのご飯だけを作ればいいようになるからメリットばかりかもしれない。
距離ができて一緒にいることが難しくなったりいられること自体がなくなったりしても向こう的にはなんにもデメリットではないからな、これでよかったのかもしれないな。
「冷えるな」
早く走って体を暖めよう――としたときのこと、先程考えた未来が視界内に入ってきて意識を持っていかれた。
やはり速いみたいだ、これはいつか走ることに参加してもらわなければと燃え始めた、おかげで走らなくても問題はなくなった。
「はぁ……はぁ……よ、よかった、走りにいく前で」
「渡さんに聞いたのか」
「ふぅ、うん、だから間に合ってよかった」
こっちに戻っても携帯を使うなりして誘ってくれればいくのになにをしているのか。
「紅茶でも作って持ってくるよ、あんまり冷やさない方がいい」
「うん」
なんとなく酒を飲んで自由にやっている母を見られたくなかったから家の中には入らせたりしなかった、冷やさない方がいいと言っておいて矛盾しているがしたくなかったんだ。
「はい」
「ありがとう」
彼女が紅茶を飲んでいる間、違うところを見て過ごしていた。
こうして歩く距離が増えていることを考えると渡さんの家の方がよかった、だってご飯を作ったついでに言いたいことがあるなら言えるからだ。
また、離れていると俺に会いたくて来ているように見えてしまうのも問題だ。
仮に動くとしてもこちらが動く側であってほしい、それなら美味しいご飯を作ってくれるからとか、元気で自分にも優しいからとか、いくらでもそうする理由が思い浮かぶからだ。
しかし逆の場合は全く思い浮かばない。
ただ走ることが好きで、でも、本格的にやれるような実力はない、話しかければ反応する程度、頼まれれば付き合う程度の人間でしかないから。
もちろん、彼女の中になにかがあるとは考えていない、自惚れたりはしない、だが、どう考えても不自然だからわざわざこっちにまでは来てほしくないというそれが強かった。
「美味しかった」
「よかった。家まで送る」
「うん」
カップはとりあえず玄関に置いて歩き出した。
少し前を歩く未来を見たり見なかったり、中毒者というわけではないから走れなくても最近はうずうずしたりはしない。
「ねえ」
「なんだ?」
「これからもたかし君の家にいってもいい?」
「それなら俺が渡さんの家にいくよ、来てもらうのは申し訳ない」
あそこまで走っていって、解散になった後に更に走ればそれだけで満足できる。
中毒者というわけではなくても継続することが大切だから走らないという選択肢はなかった。
暖かいときでもいいからいつかは未来の方から参加してくれることを願っている、高地はもう参加してくれなくなってしまったから期待はできないしな。
「ううん、そういうのはいいから大丈夫かどうかだけ教えてほしい」
「大丈夫だけど」
「ならいくね」
わかった、移動距離を伸ばして運動をしたいのか。
誰かの家に向かうという目標があればわかりやすく頑張ることができるというか、いかなければ始まらないから頑張るとかそうではないとかそういう話ではないんだ。
「あと、メッセージを送りたいから交換……」
「おう」
したらしたで「ここまででいいよ、それじゃあね」と走っていってしまったが。
追うつもりはないから前まで走っていたルートを選んで走り出した。
「メリークリスマースっ……って、なんか私だけ浮いている感じ?」
麻希が通常通りなのはいいが、無理をして弱った未来と、今日は忙しかったらしくて弱った渡さんの存在が大きくてそのまま乗っかっていけない。
彼女の母が前と同じような感じでいてくれていることも、一人で上手くやってくれたこともいいものの、これはなあ……。
「気にしないで麻希、ささ、どんどん食べて」
「この人はともかくなんで未来は弱っているの? この子に自由にやられたとか?」
そんなことは全くない、それどころか意地を張って手伝わせてくれなかったから拗ねているぐらいだ。
スーパーから帰っている最中、何回も俺がここにいる意味はと考えることになった、未来は意地悪だ。
「無理をして買った物全部を持った結果だ、手伝うと言ったのに聞いてくれなかった」
「だ、だって私もいっぱい食べるのに全部持ってもらうのは申し訳なかったから……」
「二人は馬鹿だね、最強なのは私みたいにお家で待っていて食べるたけの存在なんだよ」
「そういうわけにはいかないだろ、手伝いもせずに食べられないよ」
「細かいことを気にする子だね」
とりあえず回復してもらうために未来と渡さんにどんどんと食べてもらうことにした。
俺より食べられる存在なのか次から次へと注いでもすぐに消えたから頑張らなければいけないぐらいだった。
で、やっと落ち着いてきて食べようとしたところで「ただいま」と、俺はここで初めて彼女の父と会話をすることになったが正直、なんで渡さんが仲良くできていないのかも、彼女があそこまで警戒していたのかもわからなかった。
娘の友達がいるということで装っているだけの可能性もあるものの、それにしたって酷く見えないから余計に気になった。
「あれ、一緒に食べないんですか?」
「うん、お父さんは恥ずかしがり屋さんだから」
「ならあの人は関係ないってことですよね? 余計に未来が麻希を家に連れていっていなかった理由が気になります」
「あーそれはね……ここだけの話なんだけど、未来のことを凄く好きでいるからだよ」
好きだから? なら友達に自慢をしそうで怖いから警戒していたということか。
「ちょっとお母さん……」
「ごめんね、だけどたかし君が知りたかったみたいだから」
「ちょっとあっちで話そうよ」
廊下に移動すると想像していた通りのことを答えてくれたが、一度も起きたことがないのに必要以上に恐れてしまっているということだからあの人が可哀想に見えた。
「なんかそれだとさ、俺には言われたくないだろうけど……」
「うん、実際にされたわけでもないのに過剰な対応だからね……」
「でも、知ることができてよかったよ、それだけでもこれに参加できてよかったと思う」
雰囲気が悪くなければ知ることができていなくても楽しいままで終われたが。
「あ、あのさ、麻希を家に送った後にちょっと走らない?」
「いいのか? 走ろうっ」
待て、性別のことを考えろよ。
年上がこれで恥ずかしい、「ははは……本当に走ることが好きだね」と彼女だって苦笑いだ。
「好きだけど……やっぱり未来のことを考えたら明日の朝の方がいいな」
「気にしなくていいよ。でも、とりあえず戻らないと――」
リビングに戻る前に麻希が来て「気にしなくていいですよ」とロボットのような言い方でぶつけてきた――ではなく、簡単に気にしなくていいと言われても困ってしまう。
原因を作ったのが俺なのがな……。
「そういうわけにもいかないよ」
「いや、未来達が走りにいけば私はもっと食べられるからメリットしかないんだよ」
「別に怒らないからいっぱい食べてよ」
戻って依然として弱ったままの渡さんに話しかけていたらあっという間に解散の時間がきてしまった。
沢山食べた麻希を家まで運んだが、これもいい運動にしかならなかった。
「じゃ、暖かくして寝てくれ」
「ああ、未来のことちゃんと守れよ」
「ああ」
酒をたらふく飲んで弱っていたわけではないから渡さんは大丈夫だろう。
「さ、走るか」
「か、軽くね?」
「大丈夫だよ、未来のペースでいい」
それでも彼女の自宅近くの場所限定にした、短くても走ることができればそれでいい。
でも、参加してくれた理由は大体想像することができる、どうせ冬に沢山食べてしまったから走ることでなんとかしたいとかそういうところだ。
「今日、集まれてよかった」
「そうだな」
クリスマスの夜にわいわい楽しくやるのは初めてだったが悪くなかった、いまが変わったからといって過去がどうなるというわけではないものの、仲がいい存在がいたらやっていてもよかったかもしれないな。
まああれだ、楽しくわいわいやっている存在達に焼いて変な態度でいたわけではないことが救いだ、もし自分が楽しめないだけでごちゃごちゃ言っていたと思うと……冬とか関係なく震えるね。
「麻希があんなに食べられるとは思っていなかったら驚いたよ、お母さんは逆に燃えたのか楽しそうだったね」
「未来のお母さんのおかげでもあるし、食材費を出してくれた渡さんのおかげでもあるな」
「それでね? こうやって走りたいって言いだしたのはね」
「ダイエット……と言えるレベルじゃなくても食べてしまったからだろ?」
「うぇ、なんでわかったの?」
女子なんてみんなそうだ、いくつになろうと母だって気にしているぐらいだ。
だったら酒の飲む頻度や一回に飲む回数を減らせばいいと言っても聞いてもらえない。
「あ、そ、そういうのもあるけど、たかし君と一緒にいたかったのもあるんだよ?」
「未来、いいんだ」
「うぅ……信じてー……」
なら満足できるまで付き合おう――としていたんだが残念ながら三百メートルぐらい走ったところで終わりになった。
送った後に一人寂しく走っていると雨が降ってきて負の悪循環だった、悲しかった。
それでも風呂に入ったり、適度な硬さのベッドに寝転んでいたら目を開けたときには朝だったが。
「お酒美味しー」
「朝から飲んでいていいのか?」
「今日はお休みだから」
「そうか、じゃあなにか食べられる物でも作るよ」
ついでに自分用の朝ご飯も作ってしまおう。
絶対に食べたいというわけではなくても食べたときとそうではないときでわかりやすく違う気がする。
「ヤゲン軟骨とかない?」
「ない、じゃあ買ってくるよ」
スーパーまで走って一直線に向かったら、
「朝からおつまみ的な食べ物を購入とは、実は家ではお酒を飲んでいたりするのかな?」
と話しかけられてすぐに振り返った。
一瞬、麻希かと思ったがそこに立っていたのは田尾だった。
田尾か、昨日は高地と一緒に過ごしたのかと聞こうとしてやめた。
「よく話しかけてきたな」
「うん、高地がお世話になっているから」
「最近は田尾と過ごしてばかりだろ?」
「そうだけどね、それとこれとは別だよ」
何故か最初から最後まで一緒に歩いたうえに帰ることになった。
未来と麻希ならやはり麻希寄りの田尾だった、高地に会いたいなら彼女と仲良くするのが一番だと思う。
今度どこかで会ったらこのことを話してみようと決める、ちなみに高地の家にいくらしかったので出てからはすぐのところで別れることになった。
「おかえりー」
「おう……って、やっぱり来ていたのか」
「お、お邪魔しています」
結局、すぐに母のことを見られてしまった形になる。
ごちゃごちゃからは意識を逸らすために買ってきた物を焼いて出しておいた、今回は走りにはいかずに部屋にこもる。
「たかし君……?」
「未来が悪いわけじゃない、ただ母さんが酒を飲んでいるところを未来に見られたくなかったんだ」
大人なら飲む、だから飲んでいてもおかしくはないのに何故だ。
未成年なのに飲んでいるところを見られたとかでもないのに変な拘りだ。
「でも、渡さんだってお酒を飲んでいるから慣れっこだよ?」
「んーなんか見られたくなかったというだけだからな」
「そうなんだ、じゃあ私が来たからじゃないんだね」
「当たり前だ、それに未来は発言通り行動しているだけだからな」
部屋から移動するか、特になにもない場所だ。
戻るのかと思えばそうではなくて出たいみたいだったから昨日みたいに出ることにした。
最近は朝にこうして外にいられることが好きだった、走ることも明るい時間の方がわかりやすくいいと言える。
「大晦日も一緒に過ごしたい」
「おう、じゃあそっちにいくよ」
「あ、こっち側である?」
「あるぞ、こっちならこっちでいい」
「じゃあお願いね、お昼にいくから迎えにきたりする必要がないから大きいよね」
でも、送らなければいけないから結局は変わらない。
まあ、それが負担というわけではないから彼女が満足できるように行動してくれればよかった。