05
「ま、麻希が変なことを言っていなかった?」
「この前、初めて家に誘ったということは聞いた」
まあ、あの女子が言わないわけがないか。
本人がいなくてもこうして届いてしまうから気を付けなければならなかった、あとは中途半端に聞けてもわからなくなるだけだから本人が吐いてくれるのが一番だ。
「あー……実はそれ本当のことなんだよね、これまでは遊ぶことだけはしてこなかったから」
「家から逃げたかったんだろ? だったら遊びに出かけていた方がよかっただろ」
「だって絶対にいつかは家にいくってことになるでしょ? そうなったら嫌だから断らせてもらっていたんだよね……」
どれだけ家が嫌いなんだよ……。
その割には毎日来ないのはなんでだと聞いてみると「公園でゆっくりしているからかな」と教えてくれたが、冬現在のいまやるには寒すぎる行為だった。
積極的に外に出て走っている俺には言われたくないかもしれないものの、走っているからなんとかなっているだけで俺だって普通に寒いと感じるときはあるんだ、ぼけっとしていたら冷えに冷えて風邪を引いてしまいそうだ。
「でも、これからは誘うよ、麻希も興味があるみたいだから」
「ああ」
「そうだ、たかし君も来ない? お母さんがまた会いたがっているんだ」
「え、だって吉馴の父さんが帰ってくるんだよな?」
彼女も苦手、渡さんは仲良くない、本当なら直接会って話してから判断するべきだが微妙なイメージしかできなかった、それこそ向こうからしたら俺の方が変な存在だろう……というか、認識すらしていないだろうが。
「あ、怖いというわけじゃないよ?」
「じゃあなんで吉馴は逃げているんだ?」
「……言わなくてもいい?」
「ああ、言いたくないならそれでいい」
彼女の友達が何故か話してくれただけで一歩踏み込んだ話はまだできる関係ではないんだ。
つまり馬鹿だったということになる、走ってきていいかと言おうとしてなんとか抑え込んだ。
ここであっさりと認められてもあれだし、止められたら結局はいくことなんてできなくなるからどちらでも俺にとっては負けだったからだ。
「今度はみんなでお鍋を食べよう」
「渡さんも喜ぶだろうな」
あの人、酒が特に好きじゃないとか言っておきながら最近はよく飲んでいるから鍋を食べつつ飲めたら最高だろう。
俺を誘うということは渡さんも誘うつもり、ではなく、渡さんを誘っているついでに俺を誘っているからわかりやすい。
「そのときまでにたかし君に名前で呼んでもらえるようになりたい」
「未――」
「ま、まだ駄目だよ」
拘りがあるみたいだから彼女の中で問題ないようになるまで待っておくか。
でも、この様子だとその鍋をみんなで食べるときまでに大丈夫な状態になったりはしなさそうだ。
「ああいうとき、絶対に渡さんが全部やってくれるんだよね」
「なんで最初はおじさん呼びしていたんだ?」
「……言わなくてもいい?」
「ああ」
わかった、なんかそれっぽい雰囲気が出るからか。
まあ、そういうのを楽しんでいたとしてもそれは彼女の自由だ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「今日はいるのか、こいつを過剰に走らせないためにも未来には毎日来てもらいたいぐらいだ」
「私がいけばちゃんと付き合ってくれるよ?」
「はは、結局はこいつも男ってことだよな、年下の魅力的な異性には合わせたくなるものなのさ」
さらっと魅力的とか言ってしまうところがもうね、で、信用しているこの人から言われたら彼女だって悪い気分にはならないってことさ。
そりゃ、彼女だって何回も足を運ぶわ。
「渡さんって何人もの女子を勘違いさせてきていそうだよな」
どういう見た目をしていたのか、どういう過ごし方をしていたのかが気になるから今度アルバムなんかをこちらに見せつつ教えてもらいたいところだった。
「お前には言っただろ、一人の方が慣れているんだって」
「でも、いまのを見れば学生時代に自由にやっていたことぐらいは容易に想像できるぞ」
「勘違いさせていそうなのはお前だろ」
自由に言われたから自由に言ってやろうというのはわかるがそれはあまりにも適当ではないだろうか。
だって俺だぞ? やっと彼女と安定して話せるようになったぐらいで他に仲のいい異性の友達なんていないのに。
「俺?」
「見ろ未来、こういう奴が一番質が悪いんだぞ」
そしてここでも言わないことを貫いた彼女、なんでだ……。
「ま、まあ、こんな変な話は終わらせてご飯でも作るかな」
「逃げた」
「渡さんは吉馴とゆっくりしていてくれ」
だらだらしすぎた結果ではなくて今日は渡さんの帰宅時間が早かっただけだ。
「未来、今度たかしを走り以外の理由で外に連れ出してくれ」
「お鍋が食べたい」
「任せろ、それぐらいの金は払ってやる」
ただ、鍋なら家の中で食べるからあまり連れ出しているようなそうではないようなという感じだった。
あと、普通に付き合うから渡さんが悪い方に考えてしまっているだけだった。
「ちょ、ちょっと待てって」
高地と喋りながら帰っていたらいきなり現れた吉馴の友達に腕を掴まれていた。
彼女はまだあの男子が高地だとわかっていないから仕方がないと言えば仕方がないが、俺と一緒にいる時点で少しぐらいはあっ、とならないんだろうか。
「離れる前に友達に挨拶をしてきて」
「あれが高地だぞ、会いたかったんだろ?」
「いまはいいや、挨拶をしてきて」
どうせ高地の家はもうすぐそこだから挨拶をして別れた。
「それで?」
「クリスマスにやっと一緒に過ごせるから未来にプレゼントを贈りたいの」
「男子とかじゃなくていいのか?」
意外と同性とわいわいやったりするものなんだろうか? 俺の場合は同性とすらなかったからクリスマスにみんながどうやって過ごしているのかを全く知らない。
「みんながみんな異性と過ごすわけではないでしょ、と言いたいところだけど、どうせ君もいるんだしね」
「俺? 誘われていないから多分無理だぞ」
渡さんがどこかにいったとしても俺は一人であそこで過ごすだけだ、多分走っていると思う。
で、いつもと同じようなご飯を食べて温かい風呂に入って寝るんだ、変わらなくてもいい一日の過ごし方と言える。
「じゃあなにか予定があったりするの?」
「特にないけど」
あるわけがない、いまのいままでクリスマスのことなんて一ミリも頭になかった。
そういうイベントは全部俺とは関係ないところで始まって終わっていくだけだからあくまで俺にとって普通の一日でしかないんだ。
「ならどうせ未来が誘うよ、誘わなくても私が誘ったということにするし」
「なんか怖いぞ、俺なんか誘ってどうするんだ」
「別に深い意味はないからそう警戒しないでよ」
「まあ、それはわかった、とりあえずなにか物を見にいくか」
道の端っこにいたってなんにも意味がない、想像だけでなんとかできてしまえるなら彼女はそもそもこうして誘ってきてはいないんだ。
俺の本当の家よりも近いから女子向けの物が買える店にはすぐに着いた。
彼女は商品を見ながら「これ可愛い」とか呟いているが、正直、同じ高校の慣れていそうな男子を誘った方がよかったと思う。
だって俺だぞ? 走ってばかりの人間だ、物を贈るとかしてこなかった人間がいたところでなんにも役に立てない。
俺になにかをしてほしいなら走ることを頼んできてもらいたかった、それなら長く走ってきていた分、多少は役に立つ情報を吐いてやれる気がする。
一人ではモチベーションがということならいくらでも付き合う、ペースだって頼んできた人間のペースでいいんだからな。
「君もお世話になっているんでしょ? なにか未来に買ってあげなよ」
「どういう物が好きなのかもわからないし、短期間しか関われていないのに物を贈られたら気持ちが悪いだろ」
昔、すぐに距離感を見誤って踏み込んで嫌われている男子がいた。
その男子はとにかくポジティブでそれでも積極的に動き続けていたが一人で自滅するわけではなく誰かに迷惑をかけてしまうんならやめた方がいい、特に異性が相手なら尚更だ。
「というか、そろそろ名字を教えてくれないか? 名前だけしかわからないのはこういうときに不便だ」
「麻希でいいよ、あと、もう一回登録しなおして」
「な、なんでだ?」
「なんか君とはこれからも関わることになりそうだからかな」
なら近づいてくる理由が全て他の存在のためであってほしかった。
絶対なんてないから一緒にいる内に変な方向に進んでしまう可能性もある、そうなったらごちゃごちゃしてしまうから使われているぐらいが丁度いい。
「これかな、大きすぎないし、値段もそんなにしないから」
「あんまり高いと吉馴も気になるからな」
「うん、それにゆっくりやっていかないと元通りになってしまいそうで怖いんだよ」
小さい頃から貫き続けていたぐらいだから可能性はあるか。
本当にどんな人なんだ吉馴の父は、母は凄く優しかったから本当に気になる。
家でバーベキューをやってもいちいちごちゃごちゃ言ってこないことを考えても、そんなに警戒しなくてもいいと思うが。
「あ、未来だ」
「一人か、男子といるわけじゃないんだな」
「お、気になっちゃう?」
「吉馴みたいな女子なら男子といて当たり前だろ、明るくて元気な女子が同性とだけ関わっているところなんてこれまで見たことがないぞ」
一人でいるのは一緒にいることが苦手そうな女子ばかり、でも、その女子達だって相手のことを信用できるようになれば学生らしくなる。
「正解、男の子は放っておかないよ。まあ、近づいただけでなんとかできるならみんな困らないんだけどねえ」
こそこそ見ているよりはいいから近づくことにした。
驚かせないように声をかけると「やっほー」と普段通りの吉馴、麻希の方は挨拶をするなり少し面倒くさい絡み方をした。
元通りになってしまいそうで怖がっている人間には見えなかった。
「そうだ、クリスマスにお鍋にしよう」
「吉馴がそれでいいなら」
「うん、その方が自然に集まれるからね」
渡さんや俺ならいつでも簡単に呼び出せるからやはり父親が関係しているんだろうか。
集まっていたところで自由にやられても困るから動くならその前に動いてほしかった。
「夕方になったらお買い物にいけばいいよね、そのときはたかし君に手伝ってもらいたいかな」
「任せろ、荷物運びぐらいなら俺でもできる」
の前にテストがあるから浮かれてばかりもいられない。
とはいえ、普通にやっておけば赤点なんかは絶対に取らないから不安視はしていなかった。
「飾り付けとかはしないから買い終わった後に麻希と合流して私の家にーって感じかな」
「私のお家でもいいよ?」
「んーお母さんが盛り上がっているから私の家がいいな、拗ねちゃうと凄く大変なんだよ」
帰る際に麻希の方に「これから自由に何回でも来ていいからねっ」と娘よりもハイテンションな感じで誘っていた。
まあ、親からしたら異性とよりも同性と仲良くできていた方がいいのかもしれない、異性でも悪くないがチェックする必要が出てくるからあまり気にしなくていい点が大きい……気がする。
「そういえばこの前も凄く頑張ってくれたよね、あの男の人もやってくれたけどさ」
「私が友達を連れてくるのが嬉しいんだって」
「それって未来のせいだよね?」
やはり怖がっているような人間には見えなかった。
思っていても言わないことが大切なんだ、こういうことを避けたかったんだとしたら麻希はこの時点で大きな失敗をしたことになる。
「うっ、だ、だって……」
「あっ、いやっ、色々と理由があったんだよねっ、ごめんっ」
謝るのも逆効果だろう。
「麻希、家まで送る」
「麻希……?」
「あ、うん」
とっとこ歩いているぐらいだったら走りたいそれが大きかったのもあるし、少しぐらいはなんとかしてやろうと動いた結果でもある。
謎に家は教えてもらっていたからそこまで気にせずに歩いて別れて、今度は吉馴を送るためにあの家へ――としようとしたところで腕を掴まれて足を止めることになった。
「名字のことを出したら麻希が名前でいいって言ったんだ?」
「ああ」
「え、なんかこれだといちいち気にしている私がアホってことになっちゃわない?」
「ならないよ、どれぐらい時間が経過すれば名前で呼んでいいのかは人によって違うだろ?」
中学生のときから一緒にいて未だに名字で呼び続けている二人もいるんだ、この短期間で許す方がおかしいとは言わないが許さなくても普通だ。
「私のことも名前でいいよ、逆に恥ずかしくなってきたよ」
「わかった、じゃあ未来って呼ばせてもらうよ」
求められて受け入れる分には全く気にならないからなにかしてほしいならこれからも続けてほしい。
「うっ……結局恥ずかしい……」
「気になるならやめるぞ?」
「……恥ずかしいけど大丈夫だよ」
どうせすぐに慣れるから大丈夫だ。
だから家まで送って解散にしようとしたら付いてきたから家に帰ることになった。
「は、走ってきていいよ?」
「なにもないならそうだな――あ、何時ぐらいに帰るつもりなんだ? 今更だけど危ないから家まで送るよ」
いやこれ、麻希のことを言えないぐらい下手くそかもしれない。
いきなり変われば警戒する、物を贈られなくたって行動次第であっという間に警戒状態になる。
誤解されないように言っておくと前とは違って友達になれたと思うから言っているだけで、決して気に入ってもらいたいとか汚い感情があるわけではないんだ。
でも、相手がどう受け取るのかは別、つまり失敗したことになる。
「ほ、本当に今更じゃない?」
「そうだよな、だけど前とは違うから――」
「ど、どう違うの?」
「未来と当たり前のように一緒にいるようになって友達らしく――」
「あーわーっ、い、いいからたかし君は走ってきてっ」
……追い出されたから戻ることもできなくなった。
また少し悲しい気分で走ることになった。