04
「麻希から連絡とかきてる?」
「いや、それと高地が『流石に恥ずかしいよ』と言ってきたからそれを伝えて終わりになった」
「解散したってこと?」
「そりゃあの子からしたら連絡もしないのに登録されたままだったら嫌だろうからな」
ほらとスマホの画面を見せたら「残しておけばよかったのに」と少し暗い顔で言った。
普段からやり取りをしているならいいがそうではないなら消す、両親のは連絡がなくても残してはあるから少し矛盾しているがな。
「最近、たかし君との話をよく聞いてくるんだ」
「ご飯を作ってあげたぐらいしか話せないだろ、それ以外になにもなさすぎる」
「たかし君はいつでも走りにいっちゃうからね」
当然だ、誘われなければ走るに決まっている。
自分から絶対に誘わないというわけではないが積極的に誘うような人間でもなかった、だから高地にだってあれからはなにも言っていない、それでも来てくれているから話すことはできているというのが最近のことだった。
そもそもの話として、彼女だって毎日来ているわけではないのだ。
「なんかね、また会いたいんだって、それは大丈夫?」
「ああ、気まずいということもないからな」
「なら今週の土曜日によろしくね」
笑顔がわかりやすく減ったな、無理やり話さなくてもいいと思うが。
渡さんに優しくしてあげたいということなら渡さんにだけ話しかければいい、ご飯だって気にならないならあの人にだけ作ればいいんだ。
まあ、多分彼女からしたらそれはできないだろうから、いちいち疲れないようにここに来る時間を合わせればよかった。
「最近、少し楽しくないんだ」
「趣味とかないのか?」
「うーん……特にはないかな」
走るかと言おうとして自分が原因でこうなっているんだからと止めることができた。
あの子になんとかしてもらうしかないがもう連絡をすることはできない、やってしまったと気が付いたときにはもう遅いというやつだ。
「当分の間、渡さんの帰宅する時間までいかないようにしたらどうだ?」
「嫌なの?」
「違う、だけど吉馴が気になるんだろ?」
「待って、なんの話?」
細かく言うとここから広がって大変なことになりそうだから今回も勘だということにしておく。
つかあれだな、相手に動こうとしてもらうんではなくて俺が動けばいいんだ。
本当なら荷物を置いて着替えて走りにいきたいがそうしているせいで時間を使わせてしまうということなら、楽しくなくなる原因になっているんだとしたらこっちだって考えて動くさ。
近くの公園の誰も来なさそうな場所に置いてから体操服で走ればいい。
ということで早速翌日から始めた。
体操服と言ってもジャージを着ていれば目立たない、走ること自体は当たり前だからそのことも気にならない。
「よし、いないな」
中に入ってみても人の気配はない、作戦は成功したことになる。
楽しくない状態ではなければもちろん一緒にいたかったがこれは仕方がないんだ。
「ただいま」
「おかえり」
「大人しく家にいるとそれはそれで気になるって面倒くさいよな」
「それを言われても困るけど」
「冗談だよ、これからも続けてくれ」
数十分が経過して吉馴は来なかった。
まあ、もう外は暗いからほいほい出られるよりはマシではあるものの、この時間に来ないと渡さんとは絶対に会えないからどうするんだろうな。
というか、そのときに俺がいたら邪魔になるだろうから俺がこの時間にここにいることが問題なのかもしれない。
「渡さんは吉馴に来てもらいたいよな?」
「未来がここに来たくなったときだけでいい」
「最近、面白くないって言っていたんだ」
「まあ、そういうときもあるだろ」
最近は忙しくてこの人が相手をしていないとかもないし、どう考えても自分が原因だという答えしか出てこない。
あまり言いたくはないがこれは両親のせいだろう、両親のせいで巻き込まれた吉馴は悩むことなくいけていた場所にいきづらくなってしまったんだ。
「それより普通に美味いな、最初のときはなんであんなことを言ったんだ?」
「ああ、スマホで調べて作っているからだよ、そうじゃなければ自信を持って作れるのは卵焼きだけだ」
「これからも続けてくれ、美味い飯はそれだけで力になる」
「ああ」
あのバーベキューのときと違ってこっちにも手伝わせてくれるところがよかった。
少しだけしかやっていないがまだここに残っていい気がしてくる。
「さて、買ってきた酒でも、ん? 誰か来たな、出てきてくれ」
「おう」
扉を開けると立っていたのは、
「あ、こんばんはー」
吉馴の友達だった。
「なんの用だ?」
「未来の元気がなくなっちゃったから君に協力してもらおうと思ってね」
「その元気がない原因は俺なんだ」
「その話、ちゃんと聞かせて」
話しつつ、本当はわかっている状態で来たんじゃないかと考えていた、責めるためかどうかは知らないが本当のことだと確かめるために来たんだ。
「それは自意識過剰だ」
「渡さん」
「積極的に外にいるお前が原因なわけがないだろ、そういうところは馬鹿としか言いようがないな」
「でも、渡さんと二人きりがよかったのかもしれないだろ?」
本当かどうかはわからないが父親が苦手で、自宅から逃げたいのに逃げられないようになってしまっている……と思う。
そりゃ元気もなくなるわ、唯一かどうかは知らないものの、安地が一つなくなってしまったということなんだから。
「未来は優しい」
「お、おう、少し関わればすぐにわかるよ」
だからこそ引っ張られすぎてしまうこともある。
「あとは家事も好き、お世話をすることが好き、だから自分が動くことでこの男の人が喜んでくれるのが嬉しかったんだと思う」
「だから――」
「でも、君は関係ない、未来は私とは違うんだから」
私と違うと言われても困るが。
とにかくまた自宅近くまで送って寄り道をせずに帰った。
「やっほー」
ど、どうした、不自然なぐらいに笑みを浮かべてこっちを見てきている。
固まっていたら気になったのか「たかし君?」と聞かれたから手を上げた。
「友達が心配していたぞ」
「あ、うん、あのときは最悪でね、だけどもう解決したんだっ」
「そ、そうか」
あの時間はなんだったのか……。
「あとね、たかし君のせいなんかじゃないからね? まさかそんな風に考えられるとは思っていなかったから焦ったよ、本調子じゃなかったからいく元気がなかったけど」
「じゃあ俺のしていたことは……」
「あんまり言いたくないけど……意味がないかな」
ぐはあ、もうなによりも真っすぐな言葉がわかりやすく突き刺さった。
「走らないと」
「え、あれ?」
まじであの時間はなんだったんだよ。
なんにも影響を受けないというわけでもなく、学校でだってずっと気になっていたのに。
どれだけ早い時間に帰らないようにしても俺が帰ってくるかもしれないという環境のせいでいきづらいならどうしたらいいのかと頭が痛くなっていたぐらいなのにこれなんだ。
「走らないと駄目なんだ、じゃあいってくる」
「わー待ってーっ」
……流石に掴まれれば怪我を負わせてしまうかもしれないから進むことはできなかった。
「今日は私がご飯を作っちゃうよ、あ、だけどたかし君が作ってくれたご飯も食べてみたいな」
「それなら今度作るよ、吉馴になら渡さんも許してくれるだろ」
「よし、じゃあ楽しみにしつつ頑張ります」
メインの場所で伸びていた。
あまりにも通常時の彼女すぎて逆に調子が狂う。
あと、物凄く恥ずかしくなった、まだお前はそこまでの影響力はないんだから黙っていろという話だ。
「悪かった、思い上がりだったよな」
「えーそんなことはないよ」
「やっぱり友達とのあれ、解散にしなければよかったかもしれない」
でも、自分から聞いたりはしたくない、相手が男子ならいいが女子なら駄目だ。
「とにかく、麻希のおかげでもあるね」
「代わりにありがとうって言っておいてくれ」
「えーなんでたかし君がお礼を言うの?」
「だって自分が原因じゃないということで安心できたからな、それに一緒にいられた方がいい決まっている。吉馴が嫌じゃないならこれからもよろしく頼む」
「そういうことか、わかった、麻希に言っておくね」
彼女にも忘れずに言って、渡さんが帰ってくるまで食べられないから寝ることにした。
走るのは……また今度でいい、なんなら少し離れた分、学校まで走れればいいしな。
それで多分すぐに寝て、喋り声が聞こえてきて目を開けたらもう十九時半だった形になる。
「起きたか」
「あれ、吉馴は帰ったのか?」
「ああ」
動画を見ていただけか……って、珍しいな、こっちもどうしたのか。
「飯を食おうぜ、腹が減った」
「いま温めるよ」
「つか、未来が作ってくれたときに食っておけよ」
「そういうわけにもいかないだろ、先に自分だけ食べるなんてありえないよ」
毎回毎回人数がちゃんと揃う家でもなかったがちゃんと待っていた、昼ご飯はともかく夜ご飯はみんなで食べるものだろ。
そりゃ帰ってこないとかやたらと遅くなるなら流石に食べさせてもらうものの、十九時とか二十時とかなら合わせればいい。
「向こうでも?」
「同じだよ、ここならもっと合わせるよ」
「食いたきゃ食え、作ってくれた存在のためにも食ってやれ」
延々平行線で最後はこちらが折れることで前に進んでいるだけだ。
たまにはこう……何回も言い合わなくてもぱんと合うようなときがきてほしかった。
「食うときに誰かがいるのはあんまり慣れないんだよな」
「昔も吉馴は作るだけ作って帰っていたのか?」
「ああ、食材がもったいないからとか言ってな」
茶を少し飲んでから「兄貴とも仲良くなかったし、なんなら両親とだってそうだった。だから家族で旅行とか外食にいったとかそういうことも全くないんだ、それが影響しているんだよ」と重ねてきた。
「それでも俺は待ちたい、吉馴が来ない日は俺が作るんだからそれでいいだろ?」
「はぁ……お前は自意識過剰で頑固な奴でもあるな」
「はは、そう言わないでくれよ」
少し時間が経過してから「わかったよ」と言ってもらえて嬉しかった。
「待ってー」
「おう、ちゃんと合わせるぞ」
走りにいこうとしたら高地の方から参加してくれることになって一緒に走っていた、だから現在は彼の自宅周辺から離れないようにしながら走っている状態だ。
「あ、田尾さんだ」
この前の女子か、一人で行動中のようだ。
なんとなく動きたくなったから走って近づく、少し慌てさせてしまったみたいだが普通に対応をしてくれて助かった。
「片淵と最近はよく一緒にいるね」
「うん、片淵君は優しくしてくれるんだ、いまは一緒に走っているところだよ」
違う、優しいのは彼の方だ、一緒にいてくれるうえに走ってくれるなんて天使みたいな存在だと言える、同性でも異性でも付き合ってくれる存在には感謝しかない。
「寒いのによくやるね。まあ、そう言う私も寒い中、適当に歩いているんだけど」
「田尾さんも走ろうよっ」
「え、嫌だけど。片淵、高地のことよろしくね」
「おう」
「あ、やっぱり参加しようかな」
「大歓迎だよっ」
ここで出しゃばったら近づいた意味がないからコースやペースなんかは二人に任せることにした。
だがこの二人からすれば俺の存在など参加することを決めた瞬間から意識になかった。
ただ、高地が積極的に動いているところが見られたことはよかったと思う。
「きょ、今日はこれで終わり、継続しなくちゃ意味がないからね」
「そうだね、よし、じゃあ田尾さんを送って帰るね」
「おう、お疲れ様」
「片淵君もねー」
狂人というわけではないから高地と走ったらそれで終わりにしようと思ったんだが、少し物足りないから追加で走ることにした。
問題が起きないように自宅付近は走らないようにして、まだあまりいったことない細道なんかを多く選んだ。
「お、おい」
「ん……? あ、君か」
「大丈夫か?」
人違いではなかった、よかった。
だが、その細道の途中でしゃがんで動かなかったら心配になるだろ。
「うん、ちょっと靴紐を結んでいただけだからね」
「なるほど、これはまた恥ずかしいことをしたということか」
「別にそういうわけでもないと思うけど。よいしょっと、うん、大丈夫そう」
「それじゃあ俺はこれで――な、なんだ?」
「ちょっと付いてきて」
何故か家と高校に案内された恥ずかしい人間がいた、なんてな。
だが、時間が経過してもよくわからなかった、高校はともかく何故家を教えたのか。
「あ、そうだ、なんでこれまでずっといたはずの吉馴を疑ったんだ?」
「この前のバーベキューのときがあったでしょ、あれが地味に初めてだったんだよね。これまではあーとかえっととか言って躱してきていたの、尾行なんてする人間じゃないから学校以外でのあの子をなにも知らなかったんだ。それでそんなときに大人の男の人と歩いているところを見ちゃってね、最近は変な話があるでしょ? 男の人がお金を払って若い女の人と過ごすやつとか、だから教えてくれなかったんだなってなっちゃったんだよね」
「あれが初めてって……」
「小さい頃からずっとそうだったよ、誘っても受け入れてくれなかった。何回誘っても聞いてくれないから私もちょっと意地になって動いたりはしていなかったんだ」
彼女といるときの吉馴と渡さんの家で明るくご飯を作っている吉馴が同一人物だとは思えなかった。
俺が考えている以上に重症ということなんだろうか、それだけ家が嫌だと? でも、遊ぶことすら断っているのはおかしいだろ。
「だからまあ、本当はこっちの方が感謝しているんだよね、あれから未来も別人かのように色々と教えてくれるようになったし、今日だって誘ってくれたんだよ。ありがとう、君のおかげでなんか普通のお友達になれた気がする」
「吉馴がもっと話してくれるようになるといいな」
「そうだね」
これまで生きてきた中で一番よくわからない人間かもしれなかった。
だからこそ彼女や渡さんに対しては結構なんでも言えるようであってほしかった。