02
「よう」
「おはよう」
これも時間つぶしのため、そのつもりでいてもなにかが内から出てきてしまう。
学校でしか会えない人間で、まだ学校から逃げられる時間ではないのが問題だった。
廊下を走っていたらまず怒られるからな、また、廊下を走ったっていい気分にはならないからそもそも俺がしない。
「テストが近いときとそうじゃないときで露骨に変わるよな、みんな楽しそうだ」
「まあ、やらなくていいのは大きいと思う」
「イライラして悪い雰囲気にしなければどうでもいいんだけどな」
高校二年生ならわかりやすく周りに迷惑をかける人間は少ない、少なくとも俺の周りではあまり見たことがない。
冬現在まで変わっていないのだから最後までこのままだと思う、そうしたら三年生になって自分のことにもっと集中しなければならなくなるからそうだ。
「鳥はいいな、遠くまで飛んでいくことができるんだから」
「そんなに家から逃げたいのか?」
「逃げたいよ、できることならずっと帰らないままでいたい」
が、つまらないといった顔になってから「はは、無理だから考えること自体が無意味なんだけどな」とどこまでもマイナス寄りだった。
なんか突き刺さっていく感じがしたから挨拶をして別れる、少し離れた場所で窓の向こうに意識を向けていると「なにが見える?」と傳田先生が話しかけてきた。
「奇麗な青色です。でも、そのときの気分によっては違うように見えるのでしょうか?」
「いや、青色なら青色にしか見えないよ」
「そうですか」
いやそれ、なんで俺も流されて馬鹿なことを聞いたのか。
他の生徒が話しかけて意識が違うところにいったから更に離れて外ばかりを見ていた。
地味に教室でも窓際だから授業中も前を向く必要があるとき以外にはずっと続けた、だからそんなに悪くない気分のまま放課後を迎えられた。
「あ、おーい」
「わざわざこっちに来なくても渡さんの家にいればよかったのに」
「お散歩だよ、あとは少しダイエット的なことをしているのもあります」
また無駄なことをしている。
何故女子はすぐにそっち方向に走ってしまうのか、百キロを超えていないのであれば俺的には気にしなくていいと思う。
「すぐに出てきてくれて助かったよ、もうね、視線が痛いの」
「それは吉馴が悪いわけじゃない」
「まあ、他校の生徒がいたら気になるか」
「ああ」
他校の女子生徒が校門のところにいたら多分みんな彼氏を待っていると考える。
勝手なイメージで悪いが同性の友達のためにいちいち来るようなことはない、平日に会うとしても違う場所で集まるはずだ。
「あ」
「ん? え、なになにっ?」
「いや」
自転車らしき音が聞こえてきていきなり横から出てきそうだったから引っ張ったが特になにもなかった。
「引っ張って悪かった」
「ううん、ちょっと驚いたけど謝らなくていいよ」
救いなのはちゃんと自転車に乗った人は出てきたということだ。
とにかく、なにもなくてよかったが謝っておいた。
「あと、なにかがあったんだろ?」
「ど、どうして?」
「俺の勘だ」
いま外したばかりだから適当感がすごいが変だから言わさせてもらう。
「ふぅ、なにもないよ、無理やり挙げるとすればお腹にお肉がつき始めたから歩くことでなんとかしようとしているだけだよ」
「そうか、悪かった」
仮に俺の言う通りなにかがあったとしてもまだ言ってくれはしないか。
なんか今日は馬鹿なことばかりをしている気がする、だからすぐに荷物を置いて走り出した。
今日は天気も問題ないみたいだから決めているように二時間は走る、絶対に走る。
春夏秋冬、いつでも走れればそれでいいが冬のこの時間に走れることが一番好きだった。
ガチの田舎というわけではないから街灯がちゃんとあるし、寒さが気にならなくなったときはちゃんと集中できている証拠となるからだ、わかりやすいからだ。
「ただいま」
「なんで学生のくせに俺より遅いんだよ」
「すみません、今日も走ってきました」
「もうマラソンランナーにでもなれよ」
「そんな実力はありませんよ」
預かっている身としては気になるのかもしれないがこれでも俺なりに考えて動いている。
どう考えても自分の家で一人でいられた方がいい、大して知らないのがちょこちょこ見えていたら休まらないだろう。
疲れた仕事帰りなら尚更だ、吉馴だけがそこにいればいい。
「お前、俺と未来を避けているんじゃないだろうな?」
「避けてなんかいませんよ、俺なりに考えて行動しているだけです」
「つまり、変な遠慮をしているんだな」
「遠慮ではありません、走ることだって自分が好きだからです。あ、それより吉馴のことをよく見ておいてあげてください、今日いきなり学校のところに来ました」
渡さんは腕を組んでから「未来が? 普通に明るかったが」と、今日も当たり前のように残ったということに笑いたくなった。
「言わなかったんですか?」
「ああ、普通に飯を作って帰っただけだ」
「やっぱりなにかあるのか」
「いや、未来よりお前だ、お前はもっと甘えろよ」
「十分甘えていますよ、こうして元気にいられているのは渡さんのおかげですからね」
もうアホかと言われてしまうぐらいには走ることが好きだというだけだ。
知らないということならこれから知っていってもらいたかった。
「ストップストップっ」
「吉馴も走るか?」
「え、走るのはやめておきます」
こうして誘ってみても参加してくれる人は少ない。
心配しなくても俺なんか全く速くない、それに付き合ってもらっている身で適当に放置したりはしないのにこれだ。
まあでも、わからないなら仕方がないか。
この点の悲しいことは付き合ってもらえないから一生理解してもらえないということだが、無理やり連れていくわけにもいかないからな。
「ちょっと聞いてほしいことがあって」
「おう、じゃあ走るのは後にするよ、家の方がいいだろ?」
「いや、外でいいよ」
それでも立ったままだとあれだから座れる場所を探して移動した。
「実はね、渡さんと歩いているところを見られていてさ、そのことでちょっと言われちゃって」
「そのまま言ってやればいい」
「お父さんの弟さんだと言っても明らかに納得できないって顔をしていて……」
「それなら堂々としていればいい」
わかってくれないやつはそのままだし、頑張ったところで疲れてしまうだけだ。
いや、寧ろ頑張れば頑張るほど疑われてしまうだろうな、昔と違うのも原因だから彼女にできることはそれだけだ。
「大丈夫かな?」
「吉馴は本当のことを言っているだけだからな」
「……なにかあったらまた聞いてくれる?」
「ああ、走ることよりも優先するぞ」
微妙ななにかをなんとかしたいだけ……というわけでもないが大事な話があるときに離れたりはしないよ。
「え、な、なんで?」
「なんでってご飯のことで吉馴にも世話になっているからだ、いつもありがとう」
「や、やだな、私レベルで作っているだけなのに」
「だからその私レベルが――」
「いいからいいから、さあほら、走りにいきなよ」
再度誘ってみたがやはり駄目でちょっと寂しい気持ちのまま今日は走ることになった。
人を遠ざけているわけでもないのに友達的存在が増えないのは何故なのか、少しだけでも付き合ってくれる存在ができないのは何故なのか……。
「渡さん、渡さんが走るの付き合ってくれませんか?」
「嫌だ、なんで走らなければならないんだよ」
「いやほら、甘えろって」
「遠慮をするなと言っただけだ、学生でもないんだから走りたくなんかないよ」
駄目か……。
寂しい気持ちから悲しい気持ちになって端の方でふて寝していたら「ちゃんと布団を掛けて寝ろ」ともっともな言葉が飛んできた。
「あれ、今日は酒を飲むんですね」
「まあな」
「なんで普段は我慢しているんですか? それこそ遠慮をしているのは渡さんですよ」
こっちにはっきりと言ってこないし、いつも気にかけてくれている。
適当でもいいのにそうできない性格が邪魔をしているのだ。
「別に酒が大好きってわけじゃないからな、ただ、たまに飲みたくなるときがあるんだよ」
「渡さんもなにかがあったんですね」
「そういえば未来から聞いたぞ。お前の言う通り、言っても駄目なら動いても疲れるだけだよな」
なんで先に言わなかったのか、吉馴も変なことをする。
でも、渡さんに言えたならつぶれたりはしないだろう、いつまでも元気で明るいままでいてほしいからどんどんと聞いてもらうべきだった。
「はい、渡さんのことを聞かせてください」
「別になにもない、大人ならこういうときがあるんだ」
「まだ家にいたときの父なんて嬉々として愚痴を吐いていましたよ? それで酒を勧めてきて困ったぐらいです」
いまでもあまり変わらない気がするが小学校低学年の子どもに会社のことを言われてもわからないうえに酒を勧めてくるものだからもうやばかった、わからないがテンションが面倒くさかったから一時期はそんなに早い段階から父といたくないと考えたぐらい。
だが、それが悪かったんだろうな、いまの父からしたら「ほら、消えてやったぞ」と言いつつ笑いたくなる件だろうな。
「ま、父親の本当のところだけは知られたならいいんじゃないか」
「いやだから……」
「気にするな、それよりジュースでも飲めよ」
「なら俺は渡さんが素直に吐いてくれるように頑張ります」
ガチでやっている人間ではないから甘い飲み物だって普通に飲む。
「言っても駄目なら疲れるだけだよな」
「はは、この点に関してはそうは思えません」
諦めない、というか、やれることがないからそれぐらいしかないんだ。
「というか、いつまで敬語を続けるつもりだ?」
「え、ずっとです」
「やめろやめろ、お前がしなければならないことはまずそれだ」
そうか、やめろと言われたなら言うことを聞くしかない。
だからあんまり飲みすぎないようにしろよと言ってみたら「だからそこまで大好きじゃないって」と返されたからそれ以上はぶつけたりはしなかった。
「片淵、ちょっといいか?」
「はい」
で、傳田先生は本当に何故ここまで話しかけてくれるのかがわからない。
で、内容は荷物を反対の校舎まで運んでほしいというそれ、もう放課後で時間だけはあるから全く気にならなかった。
他に人間がいて気まずいということもないし、
「あいた……」
「わ、悪い」
いやいた、荷物を持った状態だとわかりにくい小さい男子がいた。
「片淵君も任されたんだよね? 一緒に頑張ろう」
「それより大丈夫か?」
「あ、大丈夫大丈夫、僕はこういうことが多いからね」
申し訳ないから後でジュースを買おうと決めて真面目に仕事と向き合う。
傳田先生は厳しいわけではないからそうこうしている内に終わった、小さいのに中々に彼が力持ちだったから助かった形になる。
「はい、お礼だ」
「わーありがとうっ」
少し頑張った後に飲める甘い飲み物は最高だった。
それにこれは渡さんから貰った金ではなくて母から貰っていた小遣いだからその点も気にならないのがいい。
「そういえばこの前片淵君が走っているのを見たよ、マラソン選手みたいに速くてすごかった」
「いや、全くそんなレベルじゃないよ」
多分、真剣にやっている小学生に負けるレベルだ、内のごちゃごちゃをなんとかするために走っているだけだから当たり前と言えば当たり前だが。
「あと、この前可愛い女の子と歩いているところを見たよ、他校に通っている彼女さんがいるってすごいね」
「一度もモテたことがないんだ、あと、その子はいまお世話になっている人の親戚の子なんだ」
「え、お世話になっているってお父さんとかはどうしたの?」
隠すことではないから消えたことを話す、すると「えー!?」と気持ちのいい反応を見せてくれた。
「僕だったら絶対に片淵君みたいにはいられないよ、あわあわして失敗ばかりしちゃうと思う」
「いや、上手くやったと思う」
「無理だよ……」
終わったらそのまま解散にしていいとのことだったからそのまま彼と学校をあとにする。
今日は校門のところで待っていたりしなくてよかった、もし直接顔を見てしまったらまた変な風に騒いで吉馴に迷惑をかけてしまうからだ。
「少し気になるけど流石にやめておくね」
「ああ、ただ両親がいないというだけだからな」
そちらの方向でも気にされたところでなにも変わらないから仮に近づいてくるとしても他の理由からであってほしかった。
家に全く近くないそんな場所で彼と別れて家に向かうと今日は知らない女子がいた、これは流石に俺からしても嫌な予感がした。
「なんか用か?」
「ん? あ、君ってこのお家に住んでいるの? 前、未来が入っていったからずっと気になっていたんだけど」
「そうだ、渡さんって人が俺の世話をしてくれている」
来たか、まあ、渡さんに用があるとか言われなくてよかったな。
「んー? じゃあ……お友達のお父さんと一緒にいただけ?」
「違う、吉馴のお父さんの弟なんだ、あんまり時間もかからないからちょっと上がってくれ」
「わ、わかった」
飲み物なんかを渡して具体的な帰宅時間を言ったら「待てるよ」と、そして今日に限って遅くなるということもなく、なんなら少し早めに渡さんは帰ってきてくれた。
「これが証拠だ」
吉馴のためにわざわざ持ってきたのか、それに向こうの分もあるから吉馴も本当になんとかしたかったんだな。
「よかった~未来が変なことをしていなくてよかったです」
「吉馴はそんなことをしない、明るくて元気ないい子だ」
「と、というか君は誰なの?」
「こいつはちょっと訳があって預かることになったんだ、怪しい人間じゃないから警戒しないでやってくれ」
いや、警戒なんかは自由にしていいから吉馴に変なことを言わないでやってほしかった。
一応誘った身として家の近くまで送らせてもらって帰ってきたが、何故か渡さんがにやにやしていて気になった。
「なんですか?」
「いや? それより飯を作ってくれ」
「わかりました」
よしよし、もっと頼んでくれよ。
そりゃ若い異性に頼みたくなる気持ちもわかるが使ってもらえないと俺が困るからな。