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泡沫  作者: 白モン
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七話 守りたい

祠の中にぼんやりとした灯りが灯された。恐らくあの石を祭壇に戻したからだろう。中はおよそ五畳程度の大きさ。遺跡のような雰囲気。壁には歴史の教科書で見るような壁画が描かれていた。目に留まったのは大勢の人が膝をつき祈っている絵。その中心にはあの石があった。直感でこの石は特別で人が持つべきではないものだと思った。


僕は奥で小さくなっている鼓の前で屈んだ。もう会えないかと思った。安堵から顔が崩れる。


「鼓?一緒に帰ろう?海の生贄になんてならなくていいから。こんなところから早く逃げよう。」


鼓は動かない。すると僕を拒絶するように手をかざした。壁から水が溢れてきた。それはまるで生き物のように蠢く。そして僕はその水に捕えられ、祠の外に放り出された。


そこから何十回同じことを繰り返しただろう。祠に入っては外に出される。僕は早くこんなところから鼓を連れて逃げたかった。しかし、僕だって人間だ。決死の思いでここまで来た。それを何回も何回も拒絶されるとさすがにしんどい。苛立ちさえ感じる。


ー何が気に入らないんだ。せっかく僕が助けに来てあげたのに・・・ー


通算100回は超えただろう。完全に心が折れた。鼓への思いは怒りに変わった。


「あぁ!そうかよ!そんなにそこがいいならそこにいろよ!」


ちらっと鼓の方を見るが、ここにきてから一回も僕を見てくれない。祠を背に、僕はそこを離れた。



海の上では緊急ニュースが流れていた。高潮波浪警報が発令された。

  

「波乃さん!早く避難してください!やっぱりやめた方がよかったんですって!」

「・・・全員退避!今すぐにここから避難しろ!」


かっぱを着たスーツ姿の男性が声を荒げた。普段であればピカピカに磨き上げられた革靴も雨でびしゃびしゃだ。

彼らが車に乗り込み、工事現場を離れた瞬間、大きな波が工事現場に襲い掛かる。瞬く間に大型クレーンやらが海の中に引きずり込まれた。それは海が大口を開けて、それらを捕食するようだった。


暗い海底を碧はどこに行くわけでもなく彷徨っていた。頭の中にあるのは鼓への憤りだ。仏頂面でただ前に泳いでいると、コツンと顔に何かが当たる。くるくると自分の周りを回遊している。あぁ。君か。薄暗い中でもあの鮫だと気づいた。鮫はゆっくりと僕に近づき、右手に噛みついた。痛みは感じない。


「やめろよ。もういいから。」


僕は右手を振り払った。一旦は鮫を振り払えたが、その後も何回も何回も僕の右手に噛みつく。そのやり取りが疲れて、鮫に身体を任せてみた。鮫に右手を引っ張られ、海の中を進む。僕はどこかでこの感覚を体験していた。この前の夢じゃない。もっと昔だ。もっと前に体験している・・・。


僕ははっと思い出した。僕が小さい頃。あの時沖にいって溺れた時。何かに引っ張られる感覚。もしかして・・・。


「君があの時。僕を助けてくれたの?」


鮫は僕を無視するようにただ悠然と泳いでいた。そんなわけないか。と思う。そして、着いたのは鼓のいるあの祠だった。


祠の入り口は空いたまま。祠から発する青い光だけであたりを見渡せた。海は濁っていた。まるで行先のない怒りや悲しみのように。


ーねぇ。君は・・・海が好き?ー


初めて鼓にあった時に言われたことを思い出した。なぜ今思い出したかはわからない。でも僕が変わり始めたのは彼女のおかげだ。今度は僕の番だ。そう強く思い、パンパンッと両頬を叩いた。そして一歩前に足を踏み出した。


小さくうずくまっている女の子。鼓の笑顔が見たい・・・。見たいけど、それは自分勝手だったのかもしれない。僕は鼓の横に座り込んだ。しばらく何も言わずにただ横に座っているだけ。そして鼓と同じように膝を抱えて、顔を伏せてみた。


コポコポと水に入った時に聞こえる音。今は少し荒々しいが落ち着く。包まれているような感覚。安心する。


「ねぇ。鼓?海は好き?」


僕は鼓にそっと視線を移した。鼓は顔を俯いたまま、コクンと頷いた。


「じゃあ、仕方ない。僕もここにいようかな。」


どこか吹っ切れたように清々しい顔つきで遠くを眺めた。


「・・・だめだよ。碧君はここにいちゃだめ。早くいって。」


ここにきて初めて鼓が顔を上げて、口を開いた。涙がツーっと頬を伝って落ちる。


「ねぇ。ここから出る出ないは置いておいて。何があったのか話してもらえない?」

「・・・あの日ね。お父さんと喧嘩したんだ」


 鼓の話では父親と工事現場であったその日の夜。家で大喧嘩をしたらしい。海の埋め立て工事を辞めてもらうため。鼓が最も嫌がったのは母がいる海を汚してほしくないとのことだった。鼓の母は鼓が小さい頃になくなっている。そしてその遺骨をここに蒔いたのだ。いわゆる海洋散骨というもの。鼓がここのごみ拾いをしていたのも、母を感じられる場所を綺麗にしておきたいから。喧嘩をして家を飛び出た後、海に行き、願った。お母さんに会いたい。その時、ネックレスが青白く輝いた。そして波にのまれ、海と溶けて混ざり合った。


「そっか。お母さん感じられた?」

「うん。お母さんは海の一部になったから。」

「でも私だけじゃ。一人じゃなにもできなかった・・・。」


鼓の声に悔しさが滲む。でも僕の心の重みは少し和らいだ。鼓は無理やり生贄になったわけではなかったからだ。でもなおさら僕はここから鼓を連れ出したくなった。二人の間にしばらく沈黙が流れた後、僕は口を開いた。


「鼓。僕決めたよ。僕は将来、海を守る仕事に就く。鼓の大切なものをこれ以上傷つけないために。」

「だから・・・その・・・」


僕は勢いよく身体を起こし、鼓の前で片膝をついた。そして手を差し出す。

 

「だから一緒に来てほしい。君は1人じゃない。僕も君のかけがいのない、大切なものを守りたい。」


 鼓は一瞬驚いた表情をしたが、その後涙が溢れクシャッと嬉しそうに笑った。やっぱり彼女には笑顔が似合う。心からそう思った。


鼓は僕の手を取った。その時、祠が強い光に包まれる。何か異変が起きたと思い、僕は鼓の手をグイッと引っ張り、身体を寄せた。

二人を囲うように、天に向けて光が伸びている。僕たちは互いの手を取りながら、その光の中を進んでいった。

 

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