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泡沫  作者: 白モン
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五話 鼓の行方

今日も外は土砂降り。海は大きな白波が立ち、何かに怒り震えているように感じた。

参考書をただ開いて閉じての繰り返し。集中できない。そして鞄にをしまった。


ー鼓・・・どこにいるんだ・・・。ー


そのことばかり考えていた。誰も彼女を覚えていない。

紺色のショートヘア。あどけない笑顔。ガラス玉のような瞳。少し焼けた健康的な肌。僕だけが写真のようにすべて鮮明に覚えている。


冷たい雨音が響くこの部屋から僕は荒れ狂う海を眺めることしかできなかった。窓に映る僕の顔はこの街に来た時のように無気力だった。また最初のころの僕に後戻り。その顔がどこか懐かしく思え、小さく鼻から息が漏れる。

 

その時、蠢く波の中でチカッと何かが光ったように見えた。僕はぐっと目を凝らした。

もう一度大きな波が立つと、またチカッと何かが光った。見間違いじゃない。青白い光がまるで見つけてくれと言わんばかりに光っている。


僕は上着を羽織ってドタドタと足音を立てながら階段を下った。


「おや。お孫さん。そんなに急いでどこに・・・」


鼓の父の声に目もくれずただ足を前に進めた。


ー鼓・・・鼓・・鼓!ー


少し前ならこんな馬鹿げたことで動かなかっただろう。でも僕はそこに向かって進んだ。降り注ぐ雨が顔を突き刺す。

あっ!と声がこぼれる。ずれたタイルに足を躓き、派手に転んだ。それでも僕は震える身体を起こし、ただ海に向かって全力で走った。


普段であれば歩ける岩礁も今では強い波しぶきにさらされる。近くで見る白波はまるで迫りくる野生動物のような恐怖心を感じさせる。轟音が響き渡る。


「鼓!どこだ!返事をしてくれ!」


僕の声は雨音と激しく荒れる波の音にかき消されていた。


ーそうだ。あの光・・・。どこだ。ー


岩礁の真ん中らへん。僕は光を見つけた。そこには見覚えのあるネックレスが岩礁に引っかかっているだけだった。


 

僕は豪雨に打たれながら、家に戻った。全身がびしょびょしょ。海に向かう最中転んで擦りむいた傷がズキズキと痛みを増していく。


家に戻ると、祖父が神妙な顔つきで出迎えた。僕は何も言わずにその横を通り過ぎた。


「あの・・・それよく見せてもらえないか?」


声をかけてきたのは鼓の父親だった人。どうせこの人も。無視して階段に上がろうとした時、ガッと腕を掴まれた。僕は冷たい顔で掴まれた方を向く。

ぴしっとしたスーツ姿の男は小刻みに呼吸し顔を歪ませている。


「すまない・・・でもどうかそれをみせてくれないか・・・。」


僕は彼の手にそっと優しくネックレスを置いた。彼は静かだった。しかし、心の奥底で激流に呑まれているように瞳が揺れていた。

震えている彼の手の上にあるネックレスは確かにあの時見た鼓のものだ。確かに彼女はいたんだ。僕はくっと顔を歪めた。今はただそのネックレスしかない。


あれ?とネックレスについている石を凝視する。改めてみるとそれは綺麗に整えられておらず、割れた石の破片を紐に括り付けているだけだった。

その時、僕はネックレスを掴んで、走り出した。向かったのは物置だ。


 

物置に入るや否や急いでスマホのライトをつけ、あの箱を探す。あたりを見渡すと、あの箱があった。その箱から青白い光が漏れている。ドクン、ドクンとまるで鼓動しているかのように。ポケットにしまったネックレスの石も同じように光を放っていた。

僕は箱を開けた。暗い倉庫に青白い眩い光が広がる。まるで海の中にいるような感覚。


ーごめん!鼓。ー


ネックレスの紐を引きちぎった。そして祈った。なにか起こってください。僕はその石を箱の中にある大きな石の欠けているところにはめた。恐ろしいぐらいぴったり。次の瞬間石はまばゆい光を発した。そしてすぐに光は失われた。


ーこんなことでなにか起こるわけないか・・・ー


僕は首をガクッと落とし、落胆しかけた次の瞬間。コポコポッと海に潜った時に聞こえる太鼓のような音。そして僕は意識は溶けていった。


 

そこは冷たくて暗い海の中だった。周囲を見渡すがうっすらとしか見えない。その時、ドンッと僕の足に生き物がぶつかった。何回も僕に何かを気付かせようとしているかのように。それを探すように目を凝視して底を見つめる。海底に体育座りで顔を俯いている女の子。僕は急いで海底に潜った。


「鼓!?」


僕は必死に出せない声を上げて、底へと進んだ。その時、バン!と弾力のある見えない何かに弾かれた。そして僕が弾かれた後、追ってきた生き物もそれに弾かれるのが見えたが、一瞬でそれはどこかへ行ってしまった。


「おい!鼓!」


俯いている少女の横には祠のようなものがあった。僕は見えない何かを必死に叩いたりしたが、一向にそこには入れない。その時、俯いていた少女がゆっくり顔を上げた。鼓だ。でも泣いている。出会った時のような太陽のようなまぶしい笑顔はそこにはなかった。僕は一瞬戸惑った。僕と視線が交わると鼓は目をぎゅっと瞑り、僕に向けて拒絶するように手を向けた。すると僕の身体は激流に飲まれ、その場所から遠ざかっていく。


「鼓!こっちにこい!」


僕の叫びは空しく海の中に溶けていった。遠くなっていく鼓は再び冷たい海の中で顔を俯かせた。


 

「そこにいちゃだめだ!」


と声を荒げて手を伸ばす。僕は物置の天井に手を向けていた。夢なのか・・・。周囲を見渡すとただの物置。呆気にとられていると着ていた服が妙に肌に張り付く。潮の香りが鼻をつく。


ーあれは夢じゃない?じゃあ鼓はほんとうに・・・ー


急いでもう一回あそこに行こうとしてみるも、うまくいかない。石はもう光を失っていた。どうすればいいかわからず意気消沈とその石を眺めた。


「碧。そこで何をしている。」


物置の入り口に祖父が仁王立ちしていた。かなり険しい顔つきでこちらに真っすぐ視線を送る。


「じいちゃん。こんな話信じられないかもしれないけど、黙って聞いてほしい。」


祖父は何も言わずにこちらを見つめている。


「大切な人がすごく困ってるんだ。その人はなぜか消えてしまって・・・今ものすごく悲しい顔をして一人でうずくまってる。なんとかして助けてあげたいけど、どうすればいいかわからない・・・。」


僕は自分ではどうすればいいかわからない悔しさで目に涙が溢れそうになった。

「さっきまで僕・・・海の中にいたんだ。嘘みたいでしょ?」

「僕は・・・。鼓を助けたい。あんな暗い海の底でうずくまってるなんてあいつらしくない・・・。」


祖父は僕にタオルをかけ、丁寧に石を箱に戻す。そして「明日の朝。儂の部屋に来なさい。」とだけ言い、家の方へ歩いていった。


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