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泡沫  作者: 白モン
4/8

四話 止まない雨

次の日の朝は激しい豪雨の音で目を覚ました。今までの穏やかだった風はあれ吹き、木々が大きく揺れていた。土砂降りの雨が何か良くないことを予感するような気がしていた。


「外いけないのか・・・」


僕は窓の外を見ながら、ぼんやり呟いた。


 ー昨日は不思議な夢を見たな。ー


僕はそんなことを思いながら、英単語カードをペラペラとめくっていた。

小休憩を挟みながら勉強をしていると、祖父の怒鳴り声が聞こえてきた。珍しかったので一階に降りて部屋の近くで聞き耳を立ててみると、


「お前さんたち!なんてことを・・・。ワダツミ様の怒りが降り注ぐぞ!」


ワダツミ・・・。昔常々聞かされていた。海の神様。昔だったら鼻で笑っていたところだが、昨日の鼓のことを思い出す。もしかしたら神様もいるかもなと。


ー鼓に頼めばいいんじゃね?ー


そう冗談交じりに心の中だけで言ってみた。

話し合いが終わったようで、部屋の扉がバッと空いた。そこにはスーツ姿の鼓の父親と作業服姿の大人が六人程度いた。


「昨日はどうも・・・。」

「お孫さんかな。どこかで会ったような気も・・・。」


鼓の父親は僕の顔をまじまじと見るとそう言い放ち、彼らはそのまま離れから出ていった。なんか嫌な奴。会ったことを覚えてないなんて失礼じゃないか。僕はそう思った。


次の日もまだ激しい雨は続いていた。参考書をペラペラとめくっていると、また祖父の怒鳴り声が聞こえてくる。昨日よりもさらに激しさを増している。

休憩がてら下に降りると、鼓の父親に遭遇した。


「こんにちわ。」

「あぁ。お孫さん。どうもこんにちわ。君の方からもおじいさまに何とか言ってもらえないだろうか。一向に埋め立て工事に賛同してくれなくてね。」


あの時はよく顔が見えなかったが、少し冷徹な雰囲気を感じられた。この人だけ毎回スーツ姿なのは偉い人なんだろうな。

僕はペコリとお辞儀をして、その場を去った。


午後に祖父から物置の掃除を頼まれた。頼まれたというよりもはや命じされた気もするけど。


ーうわぁ。埃がすごいな・・・ー


代々神社を受け継いでいた家系ということもあり、物置には年季の入ったものがずらりと並んでいる。もはや読めない字で書かれた書物や、誰が使うのかわからないぐらい大きなお皿。売ればお金になるんじゃいか。とまで思ってしまう。


外はいまだに豪雨で、ザーザーという雨の音が聞こえる。その時、ピシャッという雷が落ちると物置の電気がパッと消えた。

僕は驚いて積んであったものを倒してしまった。


ーあちゃ・・・これじいちゃんに怒られそー・・・ー


と頭をポリポリ搔きスマホのライトをつけた。案の定高く積んであった荷物は散乱していた。いくつか箱から飛び出てしまったのでひとまず証拠隠滅のために片づけた。最後に四方30センチほどの木箱を持ち上げようとすると、何が入ってるのかわからないが重い。気になり中を開けてみると、青緑色の大きな石が入っていた。表面はなめらかで手触りがいい。気持ちがいいのでスリスリと撫でてみると、


ーここだけ欠けてるのかー


欠けている部分にカリカリと爪を立てた。もったいない。完璧だったらどこかで高く売れたのに。なんてことを考えていると、箱の中に古びた書物が入っていた。

中をパラパラ見ても何が書いてあるのかさっぱりわからない。巻物とかに書いてあるようなミミズみたいな字。しかし、その書物には絵がかいてあった。

荒れ狂った海に女性が飛び込む絵。その次には石を持った人たちだけが喜んでいる絵。


ーなんだこれ。ー


書物をある程度ペラペラめくった後、僕は祖父に怒られないように再び掃除を始めた。


ある程度掃除を済ませ、離れに戻ってくると何かを思慮深く悩む祖父の背中が見えた。

  

「じいちゃん。物置の掃除終わったけど・・・」

「おぉ。ご苦労さん。こっちでお茶でも飲んで休みなさい。」


 畳の部屋の真ん中に四方150センチほどのテーブル。祖父の前の位置に胡坐をかいてお茶をすすった。

 

「あのさ。ここ最近毎日来る人たちってなんなの?海を埋め立てるって言ってたけど。」


仕事をしていた祖父の手がピタッと止まる。鼻から大きなため息を漏らし、腕を組んだ。眉間にはいつもよりも深い皺が寄っている。


「儂も悩んでるんだが、答えが出せなくての。海を埋め立て、ホテルやら観光名所ができれば街も賑やかになる。それは悪い事ではない。ただこういったことは前にもあってな。そのたびに海は荒れて被害がでておる。どうも儂はただの偶然には思えなくての。」


祖父はかなり頑固だと思っていたが、こういったことも悩むのか。と少し感心してしまった。僕は染みのある天井を眺めながら考えた。


「海が荒れるなら鼓に頼めばいいんじゃね?」

「どういうことだ?」

「鼓だったらそれ解決できるかもなー。なんて。」

「誰に?」


話がかみ合わないのも無理はない。あの光景を見なければ誰でもそう思うだろう。


「いや。だから鼓にお願いすればいいんだって言っているの。」


祖父は何回も首を傾げ、何かを思い出そうとしている。


「その鼓って子は碧の知り合いか?」

「・・・何言ってんだよ。じいちゃん。鼓のことはじいちゃんの方が知ってるだろ?冗談やめてよ。」


「その子は誰だ?儂は知らないぞ。」


僕の思考はその時止まった。意味が分からなかった。何回も言ったが、祖父は鼓のことを知らなかった。


僕は土砂降りの中で傘もささず外に駆け出した。最初は祖父の認知症が始まったと思った。近所の人たちで鼓を知らない人はいないはず。

何件も何件も近所の人たちに聞いて回った。


誰も鼓のことを知らなかった。


僕は放心状態で土砂降りの中を歩いた。すると後ろから車のクラクションが聞こえる。横を見ると高級車。後部座席の窓がスーッとあく。そこには鼓の父親が乗っていた。


「天宮のとこのお孫さん。こんな雨の中でなにしてるの。乗りなさい。神社まで送ろう。」


僕は車に乗り込むと、タオルをかけられた。ぽたぽたっと髪から水が滴る。ずっと俯いていた。


「どうしてこんな雨の日に外に出てたんだい?おじいさまと喧嘩でもしたかい?」


「いえ・・・あの・・・。一つ聞いてもいいですか?」

「鼓っていう娘を知ってますよね?」


どうか。知っていると言ってくれ。それは私の娘だっていってくれ。頼む。


「いや。知らないが・・・」

「そうですか。すみません。」


その日、波乃鼓は僕以外の皆の記憶から消え去っていた。

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