第9話 明日また来てください。「本物のウミガメ」をご馳走しますよ
街道に出たとき、見覚えのある顔とすれ違った。
酒場でリアの値段を聞いた男だ。
材木を積んだ車を引いていて、リアの方には目もくれず忙しそうに去って行った。
昨夜とは別人みたいだ。
日が高いうちは真面目そうな顔して働いて、夜になったら酒場でハメを外して、そうやってみんな生きているのかもしれない。
「どうした?」
不思議そうに尋ねるルロイにリアは笑顔で答える。
「何でもない、行こう」
今日もいい天気だ。
◇
「そんなのわかるわけないじゃん!」
森の中を歩きながらリアは不満げに声をあげる。
「だいたい、そのとき食べたスープとレストランのスープの味が違ったからって、前食べたウミガメが人肉ってことにはならないじゃん」
「いや、だからそういうゲームなんだって」
ルロイがめんどくさそうに言う。
「なんか……結構しゃべるんだな、お前」
ルロイに言われて、今までルロイの前では「うん」とか「そう」とかしか言ってなかったことに気づく。
それをいったらルロイもそうだ。
山で会う時はたいてい無言で煙草を吸うだけで会話らしい会話もあまりしないけど、昨日からはいっぱい話したりお酒を飲んだり、知らなかった面を見ている感じがする。
そういえばお花も買ってくれたな。
思い出したら嬉しくなってきて、ひとりでニヤニヤするリアをルロイは不気味そうな顔で見ていた。
ずっと森の中を歩いていたけど、日が傾き始めるころになって山道にさしかかった。
「ここから山登りになるけど大丈夫か? しんどくなったらすぐに言えよ」
ルロイの言葉にリアは自信満々に答える。
「ノイフェルト生だもん、山なんて楽勝だよ」
この数ヶ月で山歩きにはすっかり慣れた。
日々、ルロイを追いかけてウロウロしていた成果だ。
「でもお前、最初会ったとき転んで泣いてたよな」
ルロイがからかうように笑う。
「あれは、いや、泣いてないし」
リアは軽口を返しながら、またニヤけそうになるのをぐっとこらえる。
初めて会った日のことをルロイが覚えててくれたのがすごく嬉しかった。
たったひと言でリアがこんなにドキドキしてしまうこと、ルロイは気づいているんだろうか。
リアは日差しに照らされたルロイの横顔をそっと見上げた。
◇
日が暮れる頃、山の中のひらけた場所に出て、そこで野営をすることになった。
「点火!」
燃えそうなものを集めてリアの魔法で火をつけた。
今朝買ったパンを焚き火で温めて食べる。
レーズンの優しい甘みが香ばしい小麦の風味と相まってとても美味しい。
「うまそうに食うなあ」
リアを見ながらルロイが言う。
「うん、今まで食べたパンで一番美味しいかも」
一日中歩いた疲れと空腹もあって、本当にそう思った。
「大げさだな」
ルロイはそう言って笑った。
食事を終えて、煙草を吸うルロイの横でリアは焚き火でマシュマロを焼いていた。
ふわりと漂う甘い香りがたまらない。
夜はひんやりと涼しくて、とても静かだった。
焚き火の爆ぜる音だけが聞こえて、まるで世界に2人だけになった気分になる。
リアは炎がゆらめくのと、それに照らされたルロイの横顔をただ見ていた。
◇
「火、消していいか?」
あたりがすっかり暗くなったとき、ルロイが言った。
「え、うん」
リアはルロイの意図が読めなかったけど、とりあえず頷いた。
焚き火を消すと、もう真っ暗で何も見えなくなった。
ルロイも、自分の手さえ見えない。
「空、見てみろ、空」
思ったよりずっと近くでルロイの声がして、リアはドキッとした。
言われた通りに空を見上げる。
「うわ、すごい!」
遮るもののない視界いっぱいに、こぼれるような星空が広がった。
「きれい、きれいだなあ」
リアはそのまま空をあおぐように寝転んだ。
星がこんなに明るいなんて知らなかった。
「街で見るのとまた違うだろ」
すぐ横でルロイの声がする。
姿が見えないのに、声だけ聞こえるのはなんだか不思議な感じだ。
ルロイの声ってこんなに低かったかな?
目が見えないことで感覚が研ぎ澄まされているのか、ルロイが言葉を発するたびに心臓に直接響いてるみたいにドキドキする。
「道に迷ったときでもな、星を見れば方角がわかるんだ」
だんだん暗闇に目が慣れてきた。
ぼんやりだけど、ルロイが隣で同じように寝転んでいるのが見える。
「まずは北十文字を探す、ほら、あの明るい星だ」
ルロイは何やら空を指さしている。
「1番明るいのを目印にして、5つ星があるだろ、あれの見える方角が北だ」
それにしても、近い、本当に。
少し手を伸ばせば、ルロイに触れられそうだ。
「そうしたら、反対側には南十文字があるはずだから」
触っちゃ、ダメかな。
「あった、わかりにくいけど、向こうに見えるのが南十文字で」
肩とか、腕とか、指とか、頬とか、髪とか、首すじとか……
「明るい星が4つあるだろ、あれを結ぶと十字になる」
ルロイがいる、息づかいが聞こえそうなほど近くに。
「だから、向こうが南だな」
触ったら、ダメなのかな。
「まあ、実際夜に道に迷ったら焦って星どころじゃなくなるけどな」
そう言ってルロイはこっちを見て笑った。
楽しそうなルロイの顔を見たら、リアはいろいろ考えてたのがどうでもよくなってきた。
なんか、かわいいな。
ルロイのこと、ずっと大人だと思ってたけど、こうやって見るとまるで少年みたいだ。
「何それ、意味ないじゃん」
リアはそう言って小さく笑うと視線を空に戻した。
数え切れないほどの星が瞬いて、このまま空に浮き上がれそうな気分になる。
「今日あたり流れ星が見えると思ったんだけど、全然見えないな」
ルロイが残念そうに言う。
流れ星が見たかったの?
ずいぶん可愛らしいことを言うんだな。
「ひと晩こうしてたら見えるんじゃない?」
リアは寝転んだまま言った。
「私も見たいな、流れ星」
正直流れ星なんてどうでもよかった。
リアはルロイのとなりで、一晩中でも空を眺めていたかった。
空に流れ星が光ったのは現実だったか夢だったか、リアはいつの間にか眠っていた。