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第7話 彼氏の影響以外で煙草吸い始める女っているの?

 昼過ぎに戻ると、学園は閑散としていた。

どこからか、お菓子を焼いたようなバターの甘い香りがしている。


「いま帰ってきたの?」


 廊下で先輩の女子学生に声をかけられた。


「ケーキ焼いたんだけど、よかったら一緒に食べない?」


 甘い香りの正体がわかった。


「食べます」


 リアは真顔で即答した。





 他の寮生の部屋に入るのは初めてだった。

リアの部屋と間取りや家具は同じなのに、置いているものが違うだけでがらっと雰囲気が変わる。


「美味しい!」


 さくらんぼとレモンのバターケーキはシナモンが効いててとても美味しかった。


「夏休みは人少ないからね。厨房借りて作ったんだ」


 先ほど声をかけてくれたフィオナ先輩が嬉しそうに笑う。


「今まで女子は私たちしかいなかったから後輩が出来て嬉しいんだよ。仲良くしようね」


 フィオナ先輩が言うには、1期生は全員男子、2期生も女子は2人しかいないらしい。

フィオナ先輩はリアと同じ活動魔法科だった。


「いっぱい頼ってくれていいからね。テスト前とか過去問もどんどん回すし、困ったことがあったら言ってね」


 フィオナ先輩とはあまり話したことがなかったけど、なんだかいい人そうだ。


「ありがとうございます」


 リアは頷くとコーヒーを飲む。


「ねえねえ、あの回復の1年と付き合ってるの?」


 それまで黙ってコーヒーを飲んでたエルフィ先輩からいきなり豪速球(ソニックブーム)が飛んできてリアはむせた。

エルフィ先輩は魔法理学科だ。


「付き合ってないです!」


「ああ、そうなんだあ。山でよく一緒にいるから付き合ってるのかと思ってた」


 真っ白い肌に、そこだけ色素が集中したような赤い唇、ゆるくウェーブのかかった黒髪と垂れ目で全体的に柔らかい雰囲気のエルフィ先輩は、話し方までふんわりしている。


「見られてたんですか!」


 リアは真っ赤になる。


「まあ目立つし、私は目がいいから。あの人さあ、かっこいいよねえ」


 エルフィ先輩はそう言ってほほ笑む。

かっこいい……?

やっぱりほかの人から見てもかっこいいんだ。


「ルロイは……その、私の片想いで」


『悲しいくらい相手にされてないな』


 兄の言葉が頭をよぎる。

先輩2人は興味深そうにこちらを見ている。


「でも、子どもあつかいされてるっていうか、全然相手にされてなくて」


 リアはカップの中のコーヒーに視線を落とす。


「それに、回復魔法使いはモテるって言うし……」


 言った瞬間、先輩方は爆笑した。


「え、何?」


何か変なこと言ったかな?


「いや、回復魔法使いがモテるかは知らないけど、ふふっ……あの人絶対そんなタイプじゃないでしょ」


 フィオナ先輩が笑いながら言う。


「やばい、こいつめっちゃ面白い」


 エルフィ先輩は笑いすぎて苦しそうにしている。


「そんなに……笑わなくてもいいじゃないですか」


 リアは消え入りそうな声でつぶやいた。





「そういえばさ、その、ルロイだっけ? 回復魔法はかけてもらったの?」


 息を切らせながらエルフィ先輩が聞いてきた。


「え、えーと、一回だけ。山で足をくじいちゃって、助けてもらったんです」


 それ以来、すっかりルロイに夢中だ。


「へえ、じゃあ、その一回でハマっちゃったんだあ」


 エルフィ先輩の目がイタズラっぽく光る。


「ハマるって……まあ、そうなんですけど」


 言い方はなんか引っかかるけど、確かに深みにはハマってる気がする。


「いいなあ、好きな人のとなりにいるってしあわせだよねえ」


 相変わらずエルフィ先輩は何かを含んだような顔で楽しそうに微笑んでいた。





「でもあの、見た目だけの話だったら魔学のエーミール先輩、超カッコよくないですか?」


 リアが遠慮がちに言うと、フィオナ先輩は複雑な表情になった。


「ああ、エーミールね」

「ごめん、ちょっと煙草吸ってくる」


 そのとき、エルフィ先輩が言った。

エルフィ先輩、煙草吸うんだ。なんか意外だ。


「はいはい」


 エルフィ先輩が煙草を取り出すと、フィオナ先輩が慣れた様子で火をつける。


「え! 何その魔法! あとで教えて下さい」


 これならわざわざ焚火をしなくても直接ルロイの煙草に火をつけられる!

興奮気味に身を乗り出したリアにフィオナ先輩は笑って言った。


「まだ実習始まってないでしょ。後期に入ったらできるようになるよ」


 そうなんだ、早くマスターしたいな。

リアは学園に来て初めて講義が楽しみだと思った。


 エルフィ先輩がバルコニーに出て行くと、フィオナ先輩が話しはじめた。


「エーミールね、最初めっちゃ尖っててさ、すごく近寄りがたかったんだよ」


「え! あんなに優しいのに」


「あの人、魔法使えないでしょ。魔法が使えるようになりたくて魔学を学びに来たらしくてさ」


 さすがというか、魔学への意欲は1年生の時からすごくて、知識では上級生にも負けないほどだったらしい。

でも、勉強すればするほど自分に魔法は使えないことがわかってきて、一時期かなり煮詰まっていたとか。


「エルフィと一回すごく喧嘩して、私はその場にいたわけじゃないからよく知らないんだけど……」


「エーミール先輩と喧嘩なんて想像もつかないな」


 リアは優しいエーミール先輩しか知らない。

もしかしたら、リアが見ているのはエーミール先輩のほんの一面なのかもしれない。


「なんでそんなに魔法が使いたいんだろうね、『みんなと違う』っていいことばっかりじゃないのに」


 フィオナ先輩がふと窓を見た。

窓の外、バルコニーではエルフィ先輩がこちらに背を向けて煙草を吸っている。


「まあ、魔法使いの私たちにはわからないのかもね。リアは炎なの?」


「あ、はい炎です」


「一緒だね」


 そう言ってフィオナ先輩は優しく笑った。


 はじめは近寄りがたかったエーミール先輩だけど、夏も終わる頃から段々と丸くなっていったらしい。


「なんか心境の変化があったのか、よく話すようになって勉強とかも教えてくれるようになったんだよ」


「魔法を使うよりも、面白いことを見つけたのよ」


 いつのまにかエルフィ先輩が部屋にもどっていた。





 意外なところで、エーミール先輩のむかし話が聞けたな。

リアは部屋のベッドでゴロゴロしていた。

実家の部屋と比べるとかなり狭いけど、ここが一番落ち着く。

メイリはジャンのところに行っているので、夏休み中リアはひとりだ。


 開け放した窓からは虫の鳴き声が聞こえている。

リアは魔法の力……このそんなに珍しくもない能力について考えた。


 魔法の力はリアにとっては地元を脱出するための糸口だった。

もし魔法が使えなければ、今ごろリヒトシュパッツで温泉にでもつかりながら友達とおしゃべりをして時間を潰していただろう。

ホーエンノイフェルトに来られたのも、ルロイと出会えたのも、全部魔法のおかげだ。


 エーミール先輩にとっては、どんなに頑張っても届かない存在。

魔法が好きで、魔学のことを理解していたとしても、素質がなければ魔法を使うことはできない。

学園で魔法使いに囲まれて過ごすのはどんな気持ちなんだろう。


 フィオナ先輩は魔法が使えるのはいいことばかりじゃないって言ってた。

リアの魔法では大したことはできないけど、魔法が使えない多数の人にとっては、この力は脅威なのかもしれない。


 ルロイやメイリは、魔法についてどう思ってるんだろう。

みんなにとって、魔法とはどんな存在なんだろう。


 まあ、そんなことは正直かなりどうでもいい。

だって明日はついにルロイとの冒険(デート)だ!

リアは今からもうドキドキで破裂しそうだった。

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