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第5話 取りにいこうじゃねえか……幻の単位をよ!

 今日は会えるかな。

木々の間から差しこむ光は日に日に強くなっている。


 けっこう神出鬼没なんだよな。

山頂にいたり、ふもとの方にいることもある。

ここ数週間ですっかり山歩きにも慣れてしまった。


 見つけたいのは、ルロイの後ろ姿だ。





 学園生活にもだいぶ慣れてきた。


 メイリとの距離感もわかってきて、はじめの方は食事も休日も一緒に行動していたけど、今は風呂当番と配膳当番以外はほとんど別行動をとっている。

ひとりの時間って本当に大事だ。

メイリが毎週末部屋を空けるのも、リアにとってはありがたかった。


 メイリはあれ以来ジャンの話をしないけど、今まで毎日顔をあわせていたのが週末だけになったことで関係性は何か変わったのだろうか。


 ドライツェンの街にも必要がない時は下りないようになった。

休日は食料の買い出しをメイリに頼んでリアは山をぶらぶらしてることが多くなっていた。

勉強の気分転換になるし、運がよければルロイに会える。





「ああ、リアか」


 ルロイは山頂に近い草地で寝っ転がっていた。


「ちょうどよかった、火くれよ」


「はいはい」


 リアが落ち葉を集めて火をつけると、半身だけ起こしてルロイが煙草を吸う。


「ルロイは山が好きなの?」


 リアは眼下に広がるドライツェンの街を眺める。


「どうだろ? まあ、人が多いところよりは自然の中にいるほうが落ち着くかな」


「そう」


 リアはそれ以上何も言わず、ルロイの横に寝転んだ。

初夏の風が心地よく通り過ぎていった。





「お前が原因だったのかよ」


 リアの話を聞いてカールが不機嫌そうに言った。


「あいつ、俺にも『火、くれよ』とか言ってきてさ、炎魔法を何だと思ってるんだって怒ったんだよ」


「あ、そうなんだ」


 ほかの魔法使いにも頼んでるのか……リアはなんとなくショックを受けた。


「お前も喜んで着火マンしてんじゃねえよ! だいたい喫煙は健康を著しく損なうおそれがあるんだぞ。ルロイを愛してるんなら止めろよ」


「そんなこと言っても、ルロイが煙草吸うとこ見るのが好きなんだもん」


 ルロイを好きなことはリアの中ですっかり当たり前みたいになっていた。





 夏になって、リアの恐れていたものが刻一刻と近づいてきた。


 期末考査(ファイナルファイト)である。


 カールからの情報によると、魔法史学、魔法倫理は普段からレポートを提出していれば単位をくれるらしい。

リアもC評価ばっかりだけどレポートは毎回出しているのでこれらは問題ない。


 リアが恐れているのはただ一つ、魔法理学(ラスボス)だった。

魔法理学は筆記試験(ボス戦)がある。

レポートの加点もないので合格点をとらなければいけない。


 マジでわかんないんだよな、あれ。


 魔法理学はリアの学園生活に暗い影を落としていた。





 土曜日の午後、リアは悶々としながら山を歩いていた。

いよいよ魔法理学がやばい。

この間の小テストは0点だった。

本当にひとつもわからないのだ。

まるで入り口の扉に魔法がかかっていて、リアだけが合言葉を知らないみたいだ。


 こんなとき、ふと頭をよぎる。

地元にいればこんな思いはしなくて済んだ。

魔学なんてできなくても困らないし、公式を覚える必要なんてなかった。


 にこにこ笑っていれば「かわいいね」とか言われて、地元の女学校でお料理とかお裁縫とかピアノとかを習って、卒業するまでに『お相手』を見つけて結婚、それでよかった。


 それがリアの地元にある『幸せ』だった。


 リアの母親も友達もそれに疑問を持つことはなく、むしろ地元を離れるのは怖い、嫌だと言っていた。


 リアはそんなの嫌だった。

だって世界は広い。


 世の中には、きっともっとステキなことがあるはずだ。

ワクワクするような、楽しくて嬉しくてクラクラするような、そんなことが絶対にどこかにあるはずだ。

地元にいたら絶対に知ることがなかったような何か。

リアはそれを探しにきた。


 魔法の力はリアにとって自由への翼だった。

この力のおかげで地元を出ることができた。

だから、泣き言を言ってる場合じゃないのに。

こんなことでくじける訳にはいかないのに。


 結局ルロイにも会えなかったし、気分が晴れないまま学園まで戻ってきてしまった。

なんとなく部屋に戻る気になれなくて門の前で立ち止まっていたら声をかけられた。


「浮かない顔だな、何かあったのか?」

 

 エーミール先輩だった。





「魔法波は複数の魔法元素が寄り集まって作られている。魔法波を構成する魔法元素は個々によって異なるが、大きく活動魔法波、回復魔法波に分けられる」


 空き教室、エーミール先輩は黒板にさらさらと文字を書く。

柔らかそうな金髪からのぞく横顔は今日も美しい。


「活動魔法波、この場合の活動魔法は炎魔法のことを指すんだけど、ほとんどは葱、藍、空、桔の4元素で構成されていてこれにあと茶や紺などが含まれる場合もある。これを炎の4元素、または6元素と呼ぶ」


 黒板はみるみるうちに謎の記号と図形でいっぱいになる。


「次に回復魔法波なんだけど、回復魔法波は活動魔法波に比べて複雑で、基本的な魔法元素は柳、苑、胡で共通しているが、その他の成分は雑多なものが多い。ここまではいいか?」


「はい」


 よくないです。


「次に魔法元素。魔法元素は魔法子によって構成されている。魔法元素によって魔法子の数と配置が違うんだけど、魔法元素の多くは不安定なんだ。それで安定するために他の魔法元素と魔法子のやりとりをして結びつく性質がある。この過程で魔法波に動きが生まれる」


「はい」


 わかりません。


「魔法波の動きには様々な性質があって、代表的なものは屈折、回折、干渉、反射の4種類。ここでさっきの公式が出てくるんだ」


 エーミール先輩は黒板に謎の式を書くと、爽やかな笑顔で振り返った。


「どうだ、簡単だろ?」


「はい」


 リアは1ミリもわからなかった。


「よかった。じゃあ俺は行くけど、またわからないことがあったらいつでも言えよ」


「はい、ありがとうございます」


 リアが理解できたのは、エーミール先輩がとても親切だということだけだ。

エーミール先輩が出て行ったあと、リアはしばらく謎の板書を眺めていた。





「お前、こんな所で何してるんだ?」


 リアが空き教室で放心してると、カールが入ってきた。


「エーミール先輩に魔学を教えてもらってたんだけど、1ミリもわからなくて」


 リアはもう泣きそうだった。

カールは(ミステリー)で埋め尽くされた黒板をみて言った。


「これ、一番初めにやったやつじゃん。お前こんなのもわからないのか、やばいな」


「うん、マジでやばい」


 カールはうなだれるリアをしばらく気の毒そうに見たあと、静かに言った。


「リア、お前は馬鹿だ」


「うん、馬鹿だよ、知ってる」


 カールは黒板のほうに視線を移す。


「エーミール先輩は頭がいいから馬鹿の脳内が理解できないんだ。だからムダな説明に時間をかけてしまった」


 そしてリアの方に向きなおって言った。


「俺なら、お前みたいな馬鹿でもわかるように教えてやる」


 カールは真剣な目をしている。

でも、本当にそんなことができるのだろうか。


「信じていいの?」


 リアはすがるような目でカールを見る。


「ああ、俺を信じろ」


 カールはリアの両手を力強く握った。


「俺がお前を救ってやる!」





 その日、カールは配膳当番だったので夜9時にリアは談話室へ向かった。

風呂上がりなので髪はひとつ結びのお団子にまとめた。


「おう、来たか」


 カールはもう来ていた。

こんな時間に改めて会うのは初めてで、リアはちょっと緊張した。


「よろしく」


「まあ座れよ」


 カールはリアを促すとノートを広げた。

そこには図形も曲線も描かれていなかった。


「今から理屈を理解するのは絶対無理だ。問題文にこの単語が出てきたら、この公式を使う、それだけを暗記しろ」


 ノートには単語と公式がびっしり書かれていた。


「それと、これは去年の期末考査の問題。先輩からもらってきた」


 リアは過去問を見る。問題文の意味がわからない。リアは目を背けたくなった。


「ちゃんと見ろ。1問目は与えられた数字に公式をあてはめるだけで解ける。問題文にこの単語があるだろ? 2問目はこいつだ。応用問題とかの公式を組み合わさないと解けないやつは(ブラフ)だからやらなくていい」


 カールが指差しながら説明する。

不思議と、そう言われるとリアにもできるような気がしてきた。


魔法理学科(ガチ勢)と違って、俺たちがやってるのはそこまで難しいことじゃない。使う公式さえわかれば合格ラインになるようにテストも作ってあるんだ」


 闇の中をさまよっていたようなリアの魔法理学(ラビリンス)にはじめて光が見えた気がした。

単語と公式の組み合わせを覚えるだけなら、今からでも試験に間に合うかもしれない。


「カール」


 リアは潤んだ目でカールを見た。


「あとこれ、女子にはちょっとアレだけど」


 そう言ってカールはノートのページをめくる。

次のページには卑猥な言葉がびっしり並んでいた。


「×××××が×××で××××××? 何これ」


 リアが読み上げるとカールが慌てて止める。


「馬鹿! 大声で読むな。これは公式の語呂合わせだ」


 なるほど、みんなこうやって覚えてたのか。

カールは公式のページと語呂合わせのページを破るとリアに渡した。


「これお前にやるから、試験までに頑張って覚えろよ。あと教科書は一切読まなくていい。ひたすら問題を解くんだ」


 カールめちゃくちゃいいやつじゃん! リアは思わずときめいた。


「カール、本当にありがとう。惚れたわ」


「それだけは勘弁してくれ」


 カールが本気で嫌そうな顔をしたので、リアはちょっと傷ついた。





「ただいまー」


 リアが公式の語呂合わせ(ナニワ金融道の看板)をつぶやいていると、メイリが街から帰ってきた。


「×××の×××××が××××して×××××××、あ、おかえり」


「それ、魔法元素周期律でしょ? 頑張ってるじゃん」


 メイリも語呂合わせのことは知ってるらしい。さすが魔法理学科だ。


「ねえ、知ってる?」


 メイリが荷物を棚に置きながら言った。


「その語呂合わせ考えたの、エーミール先輩なんだよ」





 結果からいうとだめだった。


 期末考査の翌日、リアは教員室に呼び出されていた。


「お前なりに頑張ったのは認める」


 中指で机をトントン叩きながら担任のブラスが苦い顔で言う。

リアは合格点に5点足りなかった。

あと1問合ってたら……悔やむに悔やみきれない。


「あさって追試するから、それで60点とれば今回は見逃してやる」


 追試! そんな救済措置(ふっかつのじゅもん)があったのか。


「はい」


「これ、参考問題だからちゃんとやっとけよ」


 ブラスは問題用紙をリアに手渡した。





 追試は参考問題の数字だけを変えた問題が出て、リアはどうにか単位をもらうことができた。


「カール! 単位もらえた!」


 食堂でカールを見つけてリアは一番に報告した。


「おう、よかったな。しかし追試の問題ひどいなこれ」


 リアは感謝してもしたりなかった。


「カール、本当にありがとう。私カールのためなら何でもする!」


「なんか言い方が気持ち悪いけど、まあ一応覚えとくわ」


 リアはエーミール先輩にもお礼が言いたかったけど、食堂にはいなかった。





「久しぶりだな」


 今日のルロイ出没エリアは山の中腹だった。


「試験勉強してたからね。でも通ってよかったよ」


「俺も、ギリギリだったけど」


 お互い、期末考査(ファーストステージ)はクリアできたみたいだ。


「なあ、火くれよ」


「はいはい」


 リアはいつものように着火する。

ルロイは煙草に火をつけると吸いながら空を見上げた。


 夕陽が辺りをオレンジ色に染める。


 ずっとこうしていられたらいいのにな。

試験の重圧から解放されてリアはひとときの平和をかみしめていた。


「きれい」


 夕陽を見ながらリアがつぶやく。


「世の中には、もっときれいなものがいっぱいあるのかな」


 風が吹いてリアの髪を揺らしていく。


「私、地元を出たことがなかったから、海も砂漠も見たことがないんだ。ルロイは冒険してたから、きれいな景色とかいっぱい見てきたんでしょ? うらやましいな」


 しばらく黙って煙草を吸っていたルロイが口を開いた。


「海、行くか? 一緒に」


 リアは一瞬言葉の意味がわからなかった。


 これは、まさか……!

ルロイからの冒険(アバンチュール)のお誘い!!!


「行く! ぜったい行く!」


 リアが思わず大声で答えると、ルロイは楽しそうに笑った。

 エーミール先輩の講義の内容はストーリーに1ミリも関係ないので読み飛ばしてもらって大丈夫です。

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