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第26話 昔の人生ゲームは田舎暮らしがバッドエンド扱いだった

「一緒に研究するって言っても別に共同研究にするわけじゃなくて、調査を分担したいんだ」


 夏休みも終わりに近づいたころ、メイリは寮の部屋でそう切り出した。


「調査?」


「うん、田舎……というか、人口が少なくて魔法の知識もないような土地での魔法教育について考えたくてさ、そういう場所の魔法ババアに聞き取り調査をしたいの」


 メイリの話によると、学園の魔法使いの中でも村落部出身の学生に協力してもらって出身地の魔法ババアに話を聞きに行きたい、でもひとりでやるのは大変だから、何人かで調査をしてデータを共有するって話だった。


「どうかな? 今すぐ返事しなくていいけど、よかったら考えといてほしいんだ」


 確かに、卒論のテーマを決めかねていたリアにとってもいい話だ。


 それに、興味もあった。

魔法ババアってどんな感じなんだろう。


「あとさあ、今日ジャンと話したんだけど」


「え! なになに、なんかあった?」


 思わず大きな声が出た。

急に食いつきがよくなったリアにメイリは苦笑する。


「いやさ、卒業したあとの話なんだけど……村に帰ろうと思ってさ」


「村?」


「うん、私とジャンが育ったところ。ずいぶん遠くまで来ちゃったけどね」


 そう言ってメイリは窓の外を見た。


 メイリは学園に来るまで5年間旅をしていた。

リアにとってはドライツェンに来たのも大冒険だったけど、メイリはそれよりもずっとずっと遠くから来たんだろう。


「ねえ、メイリの村ってどんなところなの?」


 リアが尋ねるとメイリはイタズラっぽく笑った。


「聞きたい?」





 メイリが生まれ育ったのは山あいの小さな村だった。


 外の世界への憧れがないわけではなかったけど、山頂から見える景色と、村全体が家族みたいな温かい暮らしが好きだった。


 そんな生活に変化が生まれたのは12歳の時。


 魔法の力が発現したのだ。


 はじめは巻き起こった雷にパニックになった。

いったい、何が起こったんだろう……自分の身に起こった謎の現象が恐ろしくて、不安だった。

そのときに怪我をしてしまった左手は、誰にも見られてはいけない気がした。


 村の人にはこのことを知られたくない。


 でも『力』を隠し続けているのが苦しくて、そんな時は村を離れた草地に行って雷を放つようになった。

この秘密の時間はいつしかメイリの中で習慣となっていった。


 そんな中、彼と出会った。





 その日もいつものようにたわむれに草地に雷を落としていた。


「うわあ!」


 背後から急に聞こえた声にメイリは驚いて振り返った。


 どうしよう……『秘密』を見られてしまった。

背筋に嫌な汗が流れた。


「びっくりしたあ……目え覚めたわ」


 声の主は知らない青年だった。


 村の外の人を見たのはそのときが初めてだった。

彼は思いっきり伸びをしたあと眠そうな顔で言った。


「村の子か? 何してるんだこんなところで」


 何? 何をしてるんだろう。


 急に自分に降りかかったことに一番混乱しているのはメイリだった。


「わからない」


 メイリは泣きそうになった。


「わからないの……自分がどうなっちゃうのか」


 彼はしばらくメイリを見つめたあとに言った。


「座れよ、話くらいなら聞いてやる」


 村では外の人と関わることは固く禁止されていた。

本来なら、口をきかずにすぐに村の大人に報告しなければいけない。


 でも……こんな機会はもうないかもしれない。

村の人には話せないことでも、彼になら話せるんじゃないか。

もとより『秘密』を見られてしまっている。


 メイリは彼の横に腰を下ろした。


 彼は世界を旅しているらしくて、魔法のことも知っていた。


「君のその『力』は魔法というんだ」


「マホウ?」


 聞き慣れない言葉を繰り返すと彼は頷いた。


「魔法は恐ろしいことでも悪いことでもない。こういう場所では珍しいのかもしれないけど、世の中にはたくさん魔法使いがいて、いろんな魔法があるんだ」


 彼の落ち着いた声を聞いていると、自分自身が得体のしれないものになっていく恐ろしさが薄れていく気がした。

思えば、自分が普通の世界から外れてしまったように感じてずっと心細かった。


「魔法……魔法って言うのかあ」


「魔法は限られた人しか使えない特別な力なんだ。怖がられることもあるけど、正しく使えばきっと世の中のためになるし、人を助けることだってできる」


 そう言われてメイリは嬉しくなってきた。


 この力は悪いことじゃないし、もしかしたら人の役に立つことができるのかもしれない。


「ねえ、ほかの魔法使いも見たことがあるんでしょ? 一体どんな魔法があるの? 教えてよ」


 メイリがはしゃいで聞くと、彼はニヤリと笑った。


「よく見てろよ」


 次の瞬間、彼の手の中に炎が生まれた。





 また会えるかな。


 メイリは昨日の草地へと向かっていた。


 もっと話したい、もっと知りたい、魔法のことを、彼のことを。


 足が勝手に駆け出して止まらない。

まるで『魔法』をかけられたみたいだ。


 あんなに恐ろしかった力も、今では彼とメイリだけの秘密のようで嬉しかった。


 草地に彼の姿はなかった。


 もう、旅立ってしまったのかもしれない。

もっともっと、話したいことはたくさんあったのに。

メイリが遠くを見つめたとき


「いい天気だな」


 木の上からのんきな声が聞こえてきた。





「ねえ、ジャンは?」


 リアはほうじ茶をすすりながら言う。


「ジャンは親の仕事の手伝いとかしてたからあんまり話したことがなくて……ていうか結構まじめな話なんだから最後まで聞いてよ」


「ああ、ごめん……それで?」


 メイリもお茶を飲んで息をつくと続きを話し始めた。





「お前、なにやってんだよ最近」


 その日、草地に向かおうとしていたメイリは村の子供に呼び止められた。


 体が大きくていつもいばっていた『デカ』とその妹で泣き虫だった『ミニ』、それとデカの子分の『腰巾着』、よく4人で遊んでいた。


 さっきの言葉を発したのはデカだ。


「遊びに誘っても来ないし、ひとりでコソコソして、怪しいんだよ!」


 デカが怒ってるような、強い口調で言った。


 魔法が発現してから、今までのようにはしゃぐ気になれなくて村の子供とは距離をおいていた。


「そういう、隠し事は、よくないと思う……」


「今なら正直に言えば許してやるから」


 ミニと腰巾着が口々に言う。


 2人ともデカの言うことに同調するだけで、自分の考えはないんだろうか。

デカだってまわりより体と声が大きいだけなのに、なんでこんなに威張り散らせるんだろう。


 高圧的にこちらを見下ろす顔は、まるで猿みたいだ。


「別に、何もしてないけど……もう行っていい?」


 まだ何か言いたげなデカを残してメイリはその場を離れた。


 外から来た彼と話しているうちに村の子供、今まで自分のいた世界が、やけに粗暴で子どもっぽいものに感じるようになっていた。


 今日にも彼は旅立ってしまうかも知れない、1秒だって無駄にはしたくない。


 彼との時間、初めて触れた外の世界にメイリは夢中だった。





「誰だよ! そいつ」


 彼と話していたら急に後ろから声が聞こえた。


 振り向くと、デカが顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。


「外の人とは話しちゃいけないんだぞ! な、何やってるんだよ」


 デカの声は相変わらずうるさかったけど、震えていた。

彼を恐れているようだった。


「メイリ! こっちに来い、そいつから離れろ」


 メイリは落ち着いてデカを見た。


「彼は悪い人じゃないよ、村の外のことを教えてもらってたの」


「何を言ってるんだ! 村に帰るぞ」


 デカはまったく聞く耳をもたなかった。


 無理もない、村の外から来るものは恐ろしいもの、災いだと、ずっと教えられていた。


 ただ、メイリにとっては唯一の理解者、不安でいっぱいだったメイリの前に現れた魔法使いの仲間でもあった。


「わからないやつだな、もういい! 大人を呼んでくる」


 そう言って身を翻すと、デカは村に向かって駆け出した。


 このままでは彼のことが村に知られてしまう。

彼との時間が……終わってしまう。


「待って!」


 叫んだ瞬間、雷光が走った。


 攻撃するつもりなんてなかった。


 ただもう少し、彼といたかった。

彼と話をしていたかった。


 それをわかって欲しいだけだったのに。


「痛い痛い痛い!」


 メイリは目の前で肩口を押さえて転がるデカを呆然と見つめた。


 魔法は恐ろしいことじゃない。

正しく使えば人を助けることだってできる。


 彼が言っていた。

それなのに、こんな、人を傷つけてしまうなんて。


「大丈夫か? 傷、見せてみろ」


 彼の声でメイリは我にかえる。

そうだ、手当をしないと。


「触るな!」


 デカは彼の手を振りほどくと起き上がって村の方へ走っていった。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 最悪だ……怪我をさせてしまった。

魔法のことを知られてしまった。

彼のことを知られてしまった。


 地面を見て立ち尽くすメイリの肩に、彼が手を置いた。


「大丈夫、あれだけ動けるならきっと大した怪我じゃない」


 落ち着いた声だった。


「家まで送っていくよ」


「でも……」


 ただごとじゃない様子のデカを見て、きっと村は大騒ぎになるだろう。

彼が村に行っても大丈夫なんだろうか。


「話を聞いてもらえるかはわからないけど、魔法のこと、家の人にも知ってもらった方がいいだろ。それに、君のことが心配だ」


 確かに、このままひとりで村に帰るのはものすごく心細かった。

メイリは静かに頷いた。


 空は不気味なほど赤かった。

何か、とても恐ろしいことが起こるような予感がして胸がざわざわする。


 デカはみんなにメイリの魔法のことを話すだろうか。

みんなはそれを聞いてどう思うだろうか。

恐ろしい、危険な存在だと思われてしまうんじゃないか。


 今までは人と違う力があるだけだった。


 でも今は違う。だって、人を攻撃してしまった。


 歩き慣れた帰り道のはずなのに、まるで刑場に向かう罪人みたいな気持ちだった。


 どうしよう……村に帰るのが怖くて仕方がない。


 このまま帰らないわけにはいかないのだろうか。

誰か、遠くへ連れていってはくれないだろうか。

魔法の力なんて珍しくもない、魔法使いの仲間がたくさんいる世界に。


「ねえ、あなたはどうして旅をしてるの?」


 歩きながら、メイリはぽつりと言った。


「君に会うためかな」


 彼はさらりと答えた。


「え? ええええ?」


 これは本当に、本当にそのままの意味だったんだけど、突然のキザな言葉に驚いて、ドキドキして、重苦しかった気持ちがほんの少しだけ軽くなった気がした。





 村に着いたら、きっともう彼と一緒にいることはできなくなる。

いや、それよりデカを怪我させてしまったことをなんて話したらいいんだろう。


 どんなに足取りが重くても、歩いているうちに村に着いてしまった。


 飽きるくらい見慣れた風景がやけによそよそしく感じた。


「えっと、家はあっちで」


 いつもならこの時間、ママが家にいるはずだ。

2人で村の道を歩いていると、声が聞こえた。


「いたぞ! あいつだ」


 見ると、村の大人たちと一緒にデカの姿があった。

焼け焦げた服からのぞく赤黒い傷が痛々しくてメイリは目をそらしたくなった。


「あの男にやられたんだ! あいつ、メイリをだまして」


 デカが彼を指さして叫んだ。


 彼にやられた……? いったい何を言ってるんだ。


「違うよ! それは私が」

「お前はだまってろ! 村の仲間がそんなことするわけないだろ」


 メイリが言いかけた言葉をかき消すようにデカが大声を出した。


「もういいぞ、お前は家に戻ってろ」


 デカのパパに言われてデカは家に走っていった。


 気づいたら、メイリと彼は村の男たちに囲まれていた。


 それは、幼かったメイリにはショッキングな光景だった。


 村の人々……おとなしくて口数が少なかったパパ、隣の家の若い旦那さん、酒飲みでお調子者のおじさん、厳しくていつも怒っていたデカとミニのパパ、見知った人達が、手に武器を持って恐ろしい形相でこちらをにらんでいる。


 メイリは敵意に満ちた村人たちの姿に寒気を覚えた。


「村の子どもに近づいて、何をするつもりだったんだ!」


「子どもに大けがさせて、ただで済むと思うなよ」


 待って、話を聞いて。

言おうとしても恐ろしくて声がでなかった。


 彼は悪くない……魔法のことを教えてくれただけなのに。


「メイリ! 早くこっちに来なさい」


 ママが泣きそうな声で叫ぶ。


「ママ……」


 彼はメイリの背中をそっと押した。


「行くんだ」


 メイリは不安げに彼の服をつかんだ。


「いや」


 今は矛先は『外の人』である彼に向いている。


 でも、メイリは魔法使い……村のなかでは異質な存在だ。

これから先、その刃が魔法使いである自分に向かわないと言えるだろうか。


 慣れ親しんだ村が急に得体のしれない、恐ろしいものに見えてきた。


「だって、怖い」


 彼はかがみこむとメイリの目をのぞき込んだ。


「故郷を捨てられるか?」


 メイリは何も答えられなかった。


「ひと晩だけ、待ってやる」


 彼はメイリにだけ聞こえる声で言うと、囲んでいた村人をつきとばして走り去った。


「メイリ!」


 ママに強く抱きしめられながら、メイリは彼の言葉の意味を考えていた。





 夜中なのか明け方なのか、暗闇の中でメイリは起き上がった。


 すぐ横でママが眠っている。

パパはどこかへ出かけているみたいだ。


 ママをおこさないように、音をたてないように、メイリはドアに向かった。


 ドアを開けたとき、思ったより大きい音がしてドキッとしたけど、どうにかママを起こさずに家を出ることができた。


 ひゅうひゅうと不気味な声で女のひとが歌っているみたいに風が鳴っていた。


 どうか、誰にも見つかりませんように。

メイリは駆け足で草地へと向かった。


「おい! どこに行くんだ」


 村はずれで後ろから声をかけられた。


 メイリは振りかえらずに思いっきり走ったけどすぐに追いつかれてしまった。


「待てって」


 メイリの腕をつかんだのはひとつ年上の村の少年、ジャンだった。


「お願い……みんなには秘密にして」


 荒い息の中、メイリは細い声で言った。


「行かなきゃいけないの」


 走ったせいか緊張のせいか、胸がものすごくドキドキしている。


「わかった」


 ジャンはあっさり解放してくれた。

魔法を使わずに済んだことにメイリはほっとした。


「気をつけろよ」


 ジャンの声を背にメイリは再び走り出した。


 いつもの草地はもうすぐだった。


 他の魔法使いに会ってみたかったとか、村の大人たちが恐ろしくなったとか、このまま村にいることが不安だったとか、いろいろ言い訳は頭のなかをぐるぐるしていたけど、本当はただ、彼と一緒にいたかっただけなのかもしれない。


 いつもの草地につくと、彼は木の下に座って空を眺めていた。


 彼はメイリに気づくと静かに立ち上がった。


「山を下りるぞ」


 彼はそれだけ言うとメイリの手をとって歩き出した。


 はじめてさわった彼の手は大きくて、あったかくて、まるで心に火が灯ったみたいだった。


 きっと、このために、彼と手をつなぐために生まれてきたんだ。

魔法を使えるようになったのも、彼と出会うためだったんだ。


 いつもと違って彼はほとんどしゃべらなかったけど、きつく握りしめた手からは彼のぬくもりが伝わってきた。


 メイリは彼に手を引かれて生まれてはじめて山を下りた。





 どれだけ歩いたのか、ふもとについたころには空は白みはじめていた。


 ママはもう目を覚ましただろうか。

メイリを探しているかもしれない。


 ママとパパのことを考えると胸が痛んだけど、もう後戻りはできない。

だって、彼と一緒に行くと決めたんだ。


 山の下にはどんな世界があるんだろう。


 彼と一緒なら何があってもきっと大丈夫。

メイリは彼の手をしっかりと握りしめた。


 山を下りてしばらく行くと大きな道に馬車が止まっているのが見えた。


 村の家畜とは違う、がっしりとした大きな動物はまるで化け物のようで恐ろしかった。

馬車の横ではおじさんが煙草を吸っていたが、彼に気づくと笑顔で手をあげた。


「おう、早かったな」


「ああ、がんばって歩いてくれたからな」


 彼はこのおじさんと知り合いなのかな……メイリは知らない大人とどう接したらいいのかわからなくて、ぼんやりと2人のやりとりを見ていた。


「じゃあ、ここからはこの馬車で行くんだ」


 彼の言葉におどろいてメイリは馬車を見た。

箱状の荷台はよく見ると外からカギがかかるようになっていた。


「しかし、物々しいな。女の子なんだから、もっと可愛い乗り物はなかったのか」


 彼が馬車を見て言った。


「無茶言うなよ。これでも急いで用意したんだ」


 馬の目がぎろりとこちらをにらんだ気がしてメイリは恐ろしくなった。


 なんだかよくわからないけど、この乗り物はいやな感じがする。


「これに乗って、どこに行くの?」


 メイリは不安げに彼を見た。


「魔法使いの仲間がたくさんいるところかな」


 彼はのんびりした口調で言うとつないでいた手を離した。


「じゃあ、俺が一緒に行けるのはここまでだから、これからはおじさんの言うことをよく聞くんだぞ」


 いま、なんて言った? 心臓が凍りつくような気がした。


「なんだ、乗っていかないのか?」


「酔うんだよ、俺」


 呆然としているメイリの横で、彼は冗談とも本気ともつかない会話をしている。


 メイリは彼の服を両手でぎゅっとつかんで、すがるように彼を見上げた。


「離れるなんて嫌! あなたと一緒じゃなきゃどこにも行かない」


 それを見ておじさんが楽しそうに笑う。


「ずいぶん熱烈に思われてるじゃないか。男前は得だな」


「いやあ、俺は子どもに興味はないから……でも、そろそろ本当に乗ってもらわないと困るな」


 彼は小さく息をつくと、メイリの両肩を強くつかんだ。

骨がくだけそうなくらい強い力だった。メイリは痛みに顔をゆがませた。


「ほら、いい加減にしないと痛い目にあうぞ」


 あいかわらず声は穏やかだけど、メイリを見る目はぞっとするほど鋭かった。


 その時、やっとわかった。


 彼は同じ魔法使いの仲間……メイリの理解者なんかじゃない。

メイリを誘いだして、なにか、きっとよくないことに利用しようとしているんだ。


 逃げなきゃ!

思ったときにはもう魔法を使っていた。


「おっと危ねえ」


 彼は雷をさっと避けるとメイリを思いっきりぶん殴った。


「闘志抜群だな、いい兵隊になるぞ」


 彼は手に炎を灯してメイリの顔に近づけた。


 頬がヒリヒリして熱かった。

思わず目をつぶったメイリの耳元で彼は言った。


「あまり変なことをするなよ。もし逃げたりしたら、村ごと焼き払ってやるからな」


 目の前が暗くなった気がした。


 彼には村も、メイリの家だって知られていた。

もう、おとなしく従うしかないのか。

悔しくて、情けなくて、涙が出そうになるのを歯をくいしばってこらえた。


 なんでこんなことになってしまったんだろう。

いったい、これからどんな目にあわされるんだろう。


 無言で荷台に手をかけるとメイリは馬車に乗り込んだ。

後ろから悲鳴が聞こえたのはそのときだった。





「きゃああああああ」


 振り返ったメイリの目に飛び込んできたのは、目を見開いて叫び声をあげる彼の姿だった。


 何が起こった……?


 彼がひざをつくと、後ろに返り血で真っ赤になったジャンの姿があった。

ジャン? なんでジャンがいるの?


「降りろ!」


 ジャンが怒鳴って、メイリは転げ落ちるように馬車から降りた。

靴にびちゃっと血がついて気持ちが悪かった。


「あああああ、痛い、痛いいい」


 メイリは血だらけでうずくまる彼をみつめると、ゆっくり狙いを定めて雷を落とした。


 当たった!


 彼は一瞬ビクッと大きく跳ねたあと動かなくなった。


 狙ったところと実際に雷が落ちる場所に少しズレがあるな。

当てたいところよりもう少し手前に落とすつもりで……メイリは動かない彼の上にもう一発雷を落とした。


 よし、命中だ!


 ジャンが驚いたようにメイリを見た。

メイリはジャンに向き合うと興奮ぎみに言った。


「もうひとりいる」


 メイリが視線を向けると、おじさんはあわてた様子で馬に乗ろうとしていた。


 あの距離なら……届く。


 メイリが手をあげて狙いを定めたとき、ジャンが手首をつかんだ。


「やめとけ」


 おじさんと馬はものすごいスピードで走り去っていった。


 あとには忌まわしい見た目の荷台と血でびちゃびちゃになった彼が残された。


 魔法は恐ろしいことじゃない。

正しく使えばきっと世の中のためになる。


 ジャンは彼の背中からナイフを引き抜くと、見開いたままだった彼の目をそっと閉じた。


 あたりには毛皮が焦げるような、油っこい嫌なにおいがしていた。





 魔法は恐ろしいことじゃない。

正しく使えばきっと世の中のためになる。

正しく使えばきっと

正しく使えば


 ジャンは何も言わずにメイリの手を引いて大きな道から外れた森の中に入った。


 歩いているうちに小さな川を見つけて、2人は川べりに腰を下ろした。

ジャンが川で顔を洗うのをメイリは焦点の合わない目でぼんやりと見ていた。


 どれくらいそうしていたのか、気づいたら太陽はだいぶ高くなっていた。


「大丈夫か?」


 隣でジャンが言った。


「わからない」


 本当にわからなかった。

何を聞かれているのかも、なんて答えればいいのかもよくわからなかった。


「そういえば、ジャンはなんであそこにいたの?」


 ジャンは長いあいだ考えこんでいた。

メイリは別に答えは返ってこなくてもいいと思った。


「なんか、お前の様子がヘンだったから、気になって」


「そう」


 また2人とも黙った。


 ジャンはメイリを助けてくれた。

ジャンがいなかったら今ごろあの荷台につめ込まれてどこか、とてつもなく恐ろしいところに連れて行かれてただろう。

助けてくれてありがとうって、思うべきなんだろう。


 でも、どうしてもそんな気持ちにはなれなかった。


 すべてが恐ろしかった。


 村のみんなが振りあげた武器が、見たことがないほど大きくて黒い獣が、人を閉じ込めるために作られた箱が、散歩のついでみたいにメイリを地獄へ送ろうとした彼が、彼をナイフで刺したジャンが、魔法で人を殺した……殺したあとにさらに雷を落とした自分が、命中させるのが少し楽しかった自分が、恐ろしくて仕方がなかった。


 川は光を集めてキラキラ輝いていた。


「さてと」


 ジャンは立ち上がるとメイリに手を差し出した。


「行こう、今からなら夕飯までに帰れるだろ」


 メイリは首を横に振った。


「私、帰らない」


「ああ?」


 ジャンが苛ついたような声を出したのでメイリは少しビクッとした。


「ごめん、怒らないで。あの、私、隠してたんだけど普通の人とちょっと違って」


 メイリはジャンの顔を見上げた。


「見たでしょ、雷」


 ジャンは無言で頷いた。


「魔法っていうんだって、こういうの。昨日もデカに怪我させちゃったし、なんかもう怖くて」


 それに、人を殺してしまったのに、何事もなかったみたいに家に帰れるとはとても思えなかった。

こんな自分は、もうママのごはんを食べてはいけないような気がした。


「私が村にいたらまた似たようなことが起こるかもしれないし」


 ジャンは黙ってメイリを見ていた。


「それだけじゃなくて、もし、他にも魔法使いがいるのなら、その人たちがこの世界で何をしてるのか、どんなふうに生きてるのか見てみたいの」


 ジャンは不機嫌そうな顔で座り込んでしまった。


 また沈黙か……メイリも何も言わずに川が流れていくのを見ていた。


 水面で魚が跳ねた。


「よし、わかった」


 何がわかったのかわからないけど、ジャンが突然言った。


「俺も一緒に行く」


「ええ?」


 メイリがジャンを見ると、ジャンもまっすぐメイリを見ていた。


「お前ひとりじゃ心配だし、いいよ、行けるところまで2人で行ってみよう」


「ちょっと! 勝手に決めないでよ」


 だってジャンは村を出る必要なんてない。


「いいだろ? 俺も本当は村の外の世界って興味があったんだ」


 確かにジャンが来てくれたら心強かった。

魔法使いとはいえ、メイリがひとりで旅をしていたらいつまた危険な目に遭うかわからない。


「ジャンは怖くないの? その……魔法のこと」


 メイリは再び視線を川に移して言った。


「怖えよ」


 ジャンはぶっきらぼうに言った。


「お前のこと、怒らせないように気をつける」


「えええ?」


 思わずまぬけな声が出てしまった。


「そんな、怒ったからって雷を落としたりしないよ」


「おう、約束しろよ」


 ジャンはそう言うと立ち上がって手を差し出した。


「腹減ったし、もう行こうぜ」


「うん」


 伸ばしたメイリの手をジャンは力強く握った。





「それで、今日までジャンは家出に付き合ってくれてたんだけど……きゃっ」


 気づいたらリアはメイリを抱きしめていた。


「え、ちょっと、どうしたの?」


 リアにもよくわからなかった。


 なぜだか、メイリが今ここにいることが、ものすごく愛しく感じた。


「もう、距離近いなあ」


 腕の中でメイリはくすぐったそうに笑う。


「卒研もさ、このためなんだ。この研究でちゃんと答えを出せたら、この冒険にも意味があったと思えるんじゃないかって」


 リアが腕を解くとメイリはリアの頭をぐりぐり撫でながら言った。


「ふふ、小っちゃい、本当に18歳?」


「それ、この間も言われたんだよ……しかも6歳も年下の子に」


 なんだか気恥ずかしくて、リアはつぶやきながら目をそらした。


「帰ったらさ、また村で暮らすの?」


「うーん、どうだろう」


 メイリは窓の外を見つめる。


 木々の向こうに遠い故郷を見ているのかもしれない。


「村に残るかもしれないし、ドライツェンに戻ってくるかもしれないし、もしかしたらまた冒険に出るかも……まだ全然決まってないけど、学園で勉強したことが何かの役に立てばいいなって思ってるよ」


 学園で学んだこと……『正しい』魔法の使い方。


 何が正しくて何が正しくないのか、今のリアにはよくわからない。

いまだにリアの魔法はルロイ専用着火マンだ。


「でも、これでわかったでしょ」


 メイリがニヤリと笑う。


「何が?」


「リアの地元なんて全然田舎のうちに入らないってこと」


 なんだ、そんなことか。

リアはふうと息を吐く。


「いや、そんな上下水道通ってたら都会みたいな話されても……住んでるひとが田舎だと思ったらそれはもう田舎なんだよ」


「ええー……ゆずらないなあ、もう」


 メイリはそう言って楽しそうに笑った。


 窓の外ではもう気の早い小鳥が鳴き始めていた。

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