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第25話 夏休みの友とかいうフレネミー

 なんか、違うんだよなあ。


 よく晴れた夏の日、リアはドライツェンのカフェでお茶を飲んでいた。


 レンガみたいなかたまりからひとかけらをちぎって口に運ぶと、スパイシーな香りと共に口の中に甘みが広がる。

サザンヴィーレで食べたやつと味の方向性は同じなんだけど、何かが足りないというか、あっさりしすぎというか。

向こうのはなんかもっと、甘さも香りも、ガツンと脳に響くような破壊力があった。


 もしかしたら、あのときあの街で食べたからってのもあるのかもしれない。

リアはミントティーを飲んで息をつく。


 ふと外を見ると、クラムとヨゼフが楽しげに歩いているのが見えた。





 生い茂った木々の間からまぶしい光が差し込んでいる。


 あれは何だったんだろう。

リアは山を歩きながらドライツェンで見た2人のことを考えていた。


 同じ学科の先輩後輩というより、なんかもっと仲が良さそうな……ヨゼフなんてリアの前ではシケたような面しかしないのに、さっきはすごく優しい顔で笑っていた。


 この間一緒に試験勉強したときはお互い面識がなさそうな感じだった。

いつの間に仲良くなったんだろう。


 汗を拭いて息をつく。

まあ、人のことはなんでもいいか。


 冒険から戻って以来、ルロイには会っていない。


 今もルロイがいないかちょいちょい探しながら上がってきたけど見つからなかった。


 冒険中は移動もごはんも、それこそ寝る時だってルロイと一緒だったんだから、日常に戻った今ちょっとくらい会わなくてもいいんじゃないかとはリアも思う。


 でも、なんでだろう……リアはルロイに会いたくてたまらない。

ルロイの横にいることに、ルロイと手をつなぐことに慣れすぎて、隣にルロイがいないことが寂しくて仕方がないのだ。


 卒業研究とか、モルセーグの世話があるって言ってたから学園にはいるんだろうけど、会えないもんだな。


 ルロイはどうなんだろう。

リアに会いたいとは思わないんだろうか。


 早足で山を登ると、学園の入り口が見えてきた。





 昼下がり、リアは図書室で2期生の卒業論文を見ていた。


『騎士道物語から読み解く古代社会の魔法使い』


『少年魔法使い集団略取誘拐事件─村落における魔法使いの保護と教育について─』


『魔法波の物質への変化と対象に与える影響』


 卒論のテーマは結構自由で、魔法に関係していればあとは好きに決めていいみたいだ。


 事件の論文は概要を読んだだけで気持ちが悪くなってしまった。

こういう社会派なテーマはリアには無理だろうな。


 魔法波のやつは発表会で聴いた、エーミール先輩の研究だ。


 エーミール先輩が書いたと思うだけで少し心が浮き立つような気持ちになるけど、やっぱり内容は難しくてリアにはよくわからない。


 そろそろ本当にテーマを決めなくてはいけない。

リアの好きなこと、興味のあることは何だ?

一番好きなのも興味があるのも、もちろんルロイだ。


 ルロイと行った海、星空、洞窟、大都会、そして遺跡の街……なにかテーマになりそうなものはないだろうか。


 だめだ、全然思いつかない。


 こんなんで本当に大丈夫なのかな。

リアはため息をつくと卒業論文の要旨集を棚に戻した。





 図書室を出ると足元にボールが転がってきた。


 ボール……? 学園に似つかわしくない健康的なアイテムを不審に思いながらリアは拾い上げる。


「パイセン! こっちこっち」


 声の方を見るとよく陽に焼けた体格のいい男子学生が笑顔で手をあげている。

名前は知らないけど、おそらく回復の1年だ。


 よく見ると中庭に学生が集まっていた。


「え、何をやってるの?」


 ボールを持ったままリアは中庭に出る。

学生たちの中にクラムの姿もあった。


「いやあ、みんな実家帰っちゃって退屈だから、残った連中でサッカーでもしようかって話になって」


 リアからボールを受け取って、さっきの後輩が笑う。


「サッカー?」


 芝生があるだけの、この狭い中庭で?


「パイセンも一緒にやりましょう!」


 クラムが満面の笑みでリアを誘う。


「ええ、でもルールとかよくわからないし」


「みんなよくわかってないから大丈夫っす!」


 さっきの後輩が楽しそうに言うと、中断していたゲームが再開した。


「あれがゴールっす、とりあえずあそこに入れれば1点」


 彼が指し示す先にはただ地面に棒を2本差しただけのゴールがあった。


「パイセン! クロスあげてクロス!」


 クラムが謎の単語(カオス・ワーズ)を楽しげに叫ぶ。


「クロスって何? そんなこと言われてもわからないよ」


 なんか、いろんなことがあるな。


 西日が差す中庭を汗まみれになって走っていたら面白くなってきて、気づいたらリアは大声で笑っていた。





「普通につきあってますよ」


 肩までお湯につかりながらクラムは答えた。


 あのあと食堂で夕ごはんを食べて、お風呂でクラムと2人になったのでリアはヨゼフとのことを聞いてみた。


「ええ! いつから?」


「ちょっと! 声が大きいです」


 思わず声をあげるリアをクラムは小声で制止する。


「隣に聞こえちゃうから……続きは部屋で話しましょう」


 濡れた髪を適当にまとめて、リアはクラムの部屋に移動した。

壁に白衣が掛かっていて、棚にはきれいに整理された薬草が収まっている。


「ノエルは実家?」


 クラムは頷く。


「あの子実家大好きだから、夏休みになった瞬間に帰りました」


 ああ、メイリと同じだな。


 休みになるとメイリはすぐにジャンのところに行ってしまうので、長期休みはリアは一人だ。


「クラムは帰らないの?」


「実家は遠いですし、それにモルちゃんの世話もあるから」


 回復魔法科の学生は他の学科よりやることが多い。


 卒研も共同ですると言っていたし、学生同士の絆が強いのはそのあたりにも理由があるのかもしれない。


「試験前、パイセンに勉強を教えてもらったじゃないですか」


 開け放していた窓を閉めるとクラムが話し始めた。


「あのあともヨゼフ先輩、何回か勉強を教えてくれてたんです。それで試験が終わってからお礼を言いに行ったときに『夏休み中暇ならドライツェンに遊びに行かないか』って誘われて……」


 リアの知らないところでそんな爽やか青春(School)ラブコメ( Days)のような展開になっていたなんて……なぜかリアがドキドキしてきた。


「その帰りに言われたんです。つきあわないかって」


 そう言ってクラムは照れくさそうに笑った。


 しかし、ヨゼフも愛想のかけらもないような顔でバカだの何だの言っていたのに、決めるときは決める男なんだ。

いやむしろ、クラムのこと好きだったんだ……全然気づかなかった。

そう考えるとリアは知らないうちにきっかけを作っていたのか。


「パイセン達はどっちからだったんですか?」


「え?」


 なんのことかわからなくて、リアは聞き返した。


「だから、ルロイ先輩と…….え、つきあってますよね?」


「ああ、ルロイとはつきあってないよ」


 始まりかけたガールズトークは一瞬で打ち切られた。


「あの、なんかすみません」


 クラムが気まずそうに言う。


「いいよ。私が好きで付きまとってるだけなんだ」


 そういえば、去年の夏休みもこんな会話をした。

フィオナ先輩とエルフィ先輩は元気だろうか。


「なんか安定感があるから、相当長いのかと思ってた。でも、旅行してましたよね」


「え、なんで知ってるの?」


 別に隠してるわけではなかったけど、リアは少しどきっとした。


「夏休みに入ったばっかの時、ルロイ先輩から飼育当番代わってくれないかって頼まれたんです。ニコニコしてすごく嬉しそうでしたよ」


「え、え、そうなの?」


 不意打ちのなにやらハッピーな情報に思わず頬がゆるむ。

そういう話ならもっと聞きたい。


「うん、それで同じ時期にパイセンもいなかったから、2人でどこか行ってたんだろうなって思って」


 ルロイはリアのためにいろいろ予定を調整してくれてたんだな……全然知らなかった。

卒業研究もあるし、リアが思っているより忙しいのかもしれない。


「私が遺跡を見に行きたいって言ったから、連れて行ってくれたんだよ」


 リアはぎゅっと膝を抱える。


 初めての大都会や遺跡、それだけじゃなくて移動中に立ち寄った小さな休憩所やロードサイドのやたらデカ盛りのレストランだって、本当に全部が素敵で楽しくて大切な時間だった。


「つきあってないのに、そんなことします?」


 ルロイとの冒険を思い返していたリアの心は、クラムの言葉で寮の部屋に戻される。


「そんなこと?」


 リアが聞き返すとクラムはあわてたように言いなおす。


「ああ、変な意味じゃなくて、いや、そういう意味でもありますけど、その、泊りがけで出かけたりってことです」


「どうなんだろう」


 それはリアだって知りたい。


 ルロイはリアのことをどう思っているんだろう。

どうして、リアが目を覚ましている間は、頬に触れてくれないんだろう。


「正直に答えてくださいね」


 クラムの声のトーンが低くなる。


「本当に××××してないんですか?」


「うん、キスもしてない」


 リアは頷く。

嘘をつく必要もない。


「マジか……そんなことあるんだ」


 クラムは信じられないような顔でつぶやいた。


「私もさ、よくわからないんだ。ルロイが何を考えてるのか」


 リアはため息をつく。


 ヨゼフは速攻で勝負に出たし、それに、エーミール先輩はリアにまっすぐな好意をぶつけてきた。

男の子は好きな女の子にはわりとストレートに好意を示すものなのかもしれない。


 だけど、その理論でいくとルロイは……リアは不吉な仮説を打ち消した。


「クラムの話も聞かせてよ。実際どうなの? 学内に彼氏がいるのって」


 リアが話を振るとクラムは恥ずかしそうに笑う。


「そんな、まだつきあいはじめたばっかりだし……なんだろう、いつでも会えるのは嬉しいんですけど、寝起きとかお風呂上がりとかの油断してる姿まで見られちゃうのは複雑ですね」


 そう言ってクラムはふうと息を吐く。


「まあ、ヨゼフ先輩はそんな私も可愛いって言ってくれるんですけどね」


 ああ、そうっすか、幸せオーラ出しやがってちくしょう。


「パイセンはルロイ先輩のどこに惚れたんですか? やっぱり大人の魅力ですか?」


 イタズラっぽく笑いながらクラムが言う。


「ええー、どうだろう。最初は大人でかっこいいと思ってたけど、最近はそんなでもないっていうか、結構可愛いところもあって……ああでも、一番は自由なところかなあ、何にも縛られないっていうか」


 クラムが楽しそうに笑う。


「パイセンは本当にルロイ先輩のこと、好きなんですね」


「うん、大好き」


 ルロイのことは本当に本当に大好きだ。


 ただ、学生ではなくなったあと、冒険に生きるルロイについて行くことができるんだろうか。

リアは結局、魔法を攻撃に使うことはできなかった。


 たとえば、ノエルくらい強力な魔法を使えたら、ルロイの役に立つことができるのかな。


「やっぱり、ノエルみたいな子がいいのかなあ」


 リアはぽつりとつぶやく。


「ええ? なんで急にノエルの話になったんです? 全然良くないですよ」


 クラムが途端に嫌そうな顔になる。


「ヤバいでしょ、あの魔法。私あれからしばらく、怒らせたらとか、寝言とかで暴発したらとか、気が気じゃなくて……正直、魔法学園に来たこと後悔してました」


「確かに、同じ部屋だったら大変だね」


 リアが笑うとクラムはため息をつく。


「笑い事じゃないですよ。まあ、今は仲良くやれてますけど」


 なんだかんだ話は途切れなかった。


 お互い話し相手を求めていたのかもしれない。

ひとりで部屋を使えるのは気楽だけれど、いつもいるはずのルームメイトがいないのはやっぱり寂しかった。


「そろそろ戻ろうかな、また話そうね」


 リアが立ち上がると、クラムも笑顔で頷いてくれた。


「面白かったです! また話しましょう」





「おかえり」


 部屋のドアを開けるとメイリがいたので心臓が止まりそうなほど驚いた。


「メイリ! どうしたの?」


 もしかして、ジャンと何かあったのかな。


 リアとは対照的にベッドに座ったメイリは落ち着いている。


「ちょっと話があって、帰ってきたの」


 なんだろう、こんなに改まって話をすることって……夏休み中にわざわざ戻ってくるなんて、何か深刻なことかもしれない。


「話って、何?」


 リアは少し緊張してベッドに腰掛ける。


「あのさ、相談っていうか、提案なんだけどさ」


 メイリはまっすぐリアの目を見て言った。


「卒業研究、一緒にやらない?」

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