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第24話 絶対に断れない状況で出てくる食べ物

 窓から差し込む光でリアは目を覚ました。


「おはよう。昨日は結構酔ってたけど大丈夫か?」


 ルロイが心配そうに声をかけてくれる。


「大丈夫……だけどちょっと待って」


 どうやら昨日は髪も服もそのままで寝てしまったらしい。


 この見た目はまあまあヤバい(青のゴルバット)


 とりあえず髪の毛をなんとかしないと。

リアはルロイに背を向けるとあわてて髪をほどいてブラシをかける。


 みつあみを作ろうとしてふと手が止まった。

せっかく新しいアクセサリー買ってもらったし、たまには下ろそうかな。


 リアはサイドに編み込みを入れると左側を髪飾りで留めた。





「飴ちゃんあげる」


 ぼんやりマーケットを見ていたら、若い男性が棒付きのキャンディをくれた。

何味なんだろう、ピンクと黄色のうずまき模様が可愛らしい。


「ありがとう」


「それでさ、それ舐めてる時間だけでいいから遊ばない? 街とか案内するよ」


 おお、この人もスカウトだったのか。

話しかける方法にもいろいろバリエーションがあるんだな。


 リアが感心していると買い物を終えたルロイが戻ってきた。


「お待たせ」


「あ、彼氏いたんだ、残念。まあいいや、ありがとな」


 彼は笑顔を崩さないまま雑踏へ消えていった。


「またスカウトか、本当にすぐ寄って来るな」


「うん、飴ちゃんもらった」


 リアがキャンディをくるくる回すとルロイは苦笑した。


「あんまり相手にするなよ。じゃあ行くか」


「うん!」


 バベルを出たら空には太陽が輝いていた。





 サザンヴィーレの街の外には草原が広がっていた。


 今日は近くにある遺跡群を見に行く予定だ。

サザンヴィーレの周辺にはところどころ古代の街の跡が残っている。

大半は地下に埋まってしまってるらしいけど、一部が地上に出ているのだ。


「あの塔がやっぱりすごかったんだけどな」


 リアはキャンディを舐めながら言った。

ピンクはいちご味で黄色はレモンだろうか、どこか懐かしい味がする。


「バベルはじっくり中を見たりはできないからな」


 ルロイがバベルを振り返る。

草原の先にそびえる塔はこのあたり一帯に強い存在感を示している。


 バベルの中でも入り口に近い階層はマーケットや酒場、劇場などになっていて一般にも開放されているけど、上階は居住区になっているし地下は危険な場所らしい。

どこまで続いているのかもわからない深層は無法地帯(クリア後やりこみ要素)で悪い人たちが潜んでたりモンスターまでいるとか。


 よくわからないけど、観光気分で行くところ(海底宝物庫)ではないんだろう。


「ねえルロイ、もしかしたらずっと昔はバベルに王様がいて、この草原の辺りには大きい城下町があったんじゃないかな」


 リアが言うとルロイは笑った。


「そうかもな」


 バベルだけでも途方もなく大きいのに、周囲に街が広がっていたんだとすると、ここにはどれだけ大きい都市があったんだろう。

今は草原が広がるばかりだけど、遠い昔には想像もつかないほど大規模な街があってそこで人々が生きていたと思うとなんだか不思議な気持ちになる。


 マーケットには活気が溢れて、劇場では美しい踊り子が毎夜、踊りを披露していたんだろうか。

その街で魔法使いは何をしていたんだろう。


 ほどなくして草原の先に石造りの壁が見えてきた。





 草原の中に現れたのはみどり色の街跡だった。


 もともとは民家だったんだろうか、崩れかけた壁や柱を植物が覆っている。


「すごい! 本当にこの辺りに街があったんだ」


 ところどころ崩れた壁に囲まれた様子はまるで迷路のようだ。


 古代、確かにここには人が住んでいたんだ。

その人たちはどこに行ってしまったんだろう。


「面白いな。何の建物だったんだろう」


 等間隔に並ぶ柱の間を抜けながらリアが言う。


「あまり遠くまで行くなよ」


 言いながらルロイは緑に覆われた石壁を見上げる。


 涼しい風が遺跡を吹き抜けていく。


 住人のいなくなった街はこんな風に自然に還っていくのか。

長い時間の中では人間の営みなんてほんの一瞬のことなのかもしれない。


 リアが将来のことや勉強、恋愛とか、思い通りにいかないことばっかりで悩むのも歴史の中では、いや、もしかしたら5年後くらいの未来からしたら風みたいにささいなことなのかもしれない。


 そうだとしたら、この『今』は一体なんのためにあるんだろう。

リアはどこまでも青い空を見上げる。


 その時、背後から口を塞がれた。





「なあ、究極に腹減ってたとしてさ」


「うん? 何だいきなり」


「カレー味のうんことうんこ味のカレーがあったら、お前どっち食べる?」


「いやどっちも食わねえよ、その2択だったらいさぎよく餓死するわ」


「命を粗末にするな。いいから答えろよ、おかわりもいいぞ」


「ええ……だいたいなんだよカレー味のうんこって。いや、うんこ味のカレーもよくわからないけど」


「カレー味のうんこはそりゃ、カレー味のうんこだよ」


「だいたいそのカレー味うんこの方はさ、どのくらいうんこなんだ。味はカレーなんだろ?」


「お! お前うんこを選ぶのか?」


「いやさ、病気とかそういうのを考えなかったら……だって味はカレーな訳だし」


「まあ、味はカレーだな」


「なんか猫のうんこを使ったコーヒーとかあるだろ? その手の食べれるうんこだったらうんこ感もあまりなくて案外いけるんじゃあないか」


「でもうんこだぞ?」


「そうだよなあ、うんこを食べるのにはやっぱり抵抗あるな。あ、でも待てよ、うんこがいろいろある以上うんこ味も一枚岩じゃない」


「何が言いたい?」


「つまりさ、カレー味のうんこ味のカレーだ」


「いや、お前それはずるいだろ。罰としてうんこ味のカレー味のうんこ食えよ」


「なんで一回カレーを経由するんだよ、それならもううんこ味のうんこ食うわ」


 遺跡の地下、暗い部屋にリアは両手足を縛られて転がされていた。


 隣の部屋にはおそらく男が2人。

他に仲間がいるのか、これからどうされるのか、会話の内容からは読みとれない。


 遺跡で急に地下に引きずりこまれて、ナイフで脅されてここまで連れてこられた。


 情けない……リアは歯を噛みしめる。

刃物を突きつけられたら恐ろしくて何もできなかった。


 リアは魔法使い、それもただの魔法使いじゃなくて学園で魔法の使い方を学んでいるのに。


 どうしよう、このままじゃきっともう普通の生活には戻れない。


 ルロイだって超能力者(スパダリ)じゃない、こんなところまでは助けに来てくれないだろう。

幸い相手に魔法使いだということは気づかれていない……それだけがこっちのカードだ。


 リアは闇の中で石造りの壁を見つめる。


 相手の不意をついて倒すしかない。

2対1だけど、こっちは魔法使いだ。

こんな状況じゃ詠唱なんてできないから点火(オリジナル)を使おう。


 動けないように足を……違う、狙うのは目だ。

失明、いや、殺すつもりで向かわないと、きっと戦闘経験のないリアに勝ち目はない。


『ためらいなく攻撃できるかが重要だ』


 ルロイの言葉を思い出した。


 人に向かって魔法を撃つ。

考えただけで恐ろしい……けど、やるしかない。


 この場から逃げるためだけじゃない、きっとルロイにこの後もずっとついて行くためには絶対に必要なことだ。


 まずはこの手の縄を燃やして解く、相手に気づかれないように。


 すっと背筋が寒くなる。

大丈夫、大丈夫、火傷しちゃうけど、あとでルロイに治してもらえばいい。


 でも……怖い。


 自分で自分に火をつける。

やらなくちゃいけないのに、恐ろしい。

ここで勇気をださないと、きっと火傷なんかよりもっと恐ろしい目に遭わされるのはわかっているのに。


 ひとおもいに、いけ!

リアがぐっと両手を握りしめたとき、目の前の石の壁が静かに動いた。





 壁に開いたわずかな隙間から、誰かが出てきた。

暗くてよく見えないけどかなり小柄だ、子どもかもしれない。


「声を出すな、助けてやる」


 彼は耳元で小声で言うとリアの縄を切った。


「歩けるか? こっちだ」


 促されるまま、リアは狭い壁の隙間に入る。


 なんでリアを助けてくれるのか、彼を信用していいのかわからないけど、このままここにいるよりはいいだろう。


 彼は壁の隙間を閉じると暗い通路を進んでいく。


 天井も低いし、リアでも通るのがやっとなくらいの細い道だ。

あの男たちは追っては来れないだろう。


 曲がりくねった道をどれくらい進んだのか、小さな部屋に出た。


「ここは俺しか知らないから、安心していい」


 彼はそう言うと腰を下ろした。


「あ、ありがとう」


 リアも彼と並んで座る。


「お前、バベルにいた観光客だろ、なんでこんなところにいるんだ?」


「え?」


 彼はリアを知っているようだった。


「あなたは?」


 答えの代わりに彼は胸の前で手を合わせてからぱっと開いた。


 手の中に炎の花が咲く。


「あ! 酒場の」


 魔法を見せてくれた少年だ。


「全然わからなかった。昨日とは雰囲気が違うから」


 今日は動きやすそうなシャツで首元には布を巻いている。


「仕事以外であんな格好するかよ」


 彼はそっけなく答えた。


「あの仕事で稼げる額なんて知れてるからな。たまにここにハイエナしに来るんだ」


「ハイエナ?」


 リアが聞き返すと彼は頷く。


「ここの遺跡、地下に古代の財宝があるとかで冒険者みたいなやつがよく来るんだ。それで深く入りすぎて帰れなくなったり、モンスターにやられたりした奴らが残したものを頂いて金に変えてる」


 リアは言葉を失った。


 こんなかわいい子が死体漁りのような恐ろしいことをしているなんて。

彼はリアの反応を別段気にせずに話を続ける。


「そしたらたまたまお前が捕まってるのを見かけて、ほっとくのもなあと思ってさ」


「それで助けてくれたんだ。本当にありがとう」


 昨夜と印象はだいぶ変わったけど、優しい子だ。


「いいよ。でもお前確か男といただろ? そいつはどうしたんだ」


 ルロイ……急にいなくなって心配してるだろうな。


 リアの沈黙を違う意味にとらえたのか彼が意地悪そうに笑う。


「あ、もしかして聞いちゃいけなかった? 一夜限りの関係とか……」


「ああ違う違う!」


 リアはあわてて否定する。

一夜だってルロイと関係したことなんてない。


「この上の遺跡を見にきてたの、そうしたら急にさらわれて」


 ルロイはどうしてるんだろうか。

リアを探しに、危険な地下に入っているかもしれない。


「そうか、でもお前子どもだろ? あんなおっさんのどこがいいんだ」


「えっとねえ、かっこいいし、優しいし、なんかいつも自由であといろんなこと知ってるしそれなのに抜けてるところとかもあって大人っぽいのに時々妙にかわいくて」

「ああ、もういいよ」


 ここからが本題だったのに、彼に打ち切られた。


「あと、わたし子どもじゃないよ。18歳だもん」


「えええええ!」


 彼が急に大声をあげたのでリアがびっくりした。


「今日イチびびったわ、6こも上なのかよ」


 彼は12歳か、しっかりしてるからもっと上だと思ってた。

それにしてもリアはそんなに幼く見えるんだろうか。


「まあいいや、これも何かの縁だし地上まで送ってやるよ」


「ありがとう。あと、言ってなかったけど」


 彼のことは信用して良さそうだ。

リアがゆっくりと印を結ぶと手の中に光が生まれる。


「私もさ、魔法使いなんだ」


 彼は少し驚いていたけど、興味深そうにリアを見る。


「へえ、便利だなそれ」


 そのとき、近くの壁で黒いものが動いた。

よく見ると大きさは人の頭くらい、前脚が発達している蜘蛛のような生き物だ。


「え、何これ」


「ああ、そいつはハンター」


 彼が別になんでもないように言う。


「大人しいし動きものろいけど、首を噛まれたら死ぬから気をつけろよ」


「きゃあ!」


 物騒な言葉にリアは思わず飛びのく。

今までそんな危険なやつと同じ部屋にいたのか。


 彼は愉快そうに笑うと首の布を外してリアの首に巻きつけた。


「ほら、これ巻いておけば大丈夫だから」


「え、でもそうしたらあなたが危ないんじゃ……」


「ああ、俺は大丈夫。虫除けしてるから」


 虫除けか、モンスターにも対策はいろいろあるみたいだ。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 そう言うと、彼は隠れ家の壁を横にずらした。





 部屋を出た先は広間だろうか、壁には風景画が描かれている。


 地上では風化して植物に覆われているけど、地下にはこんなに鮮明に前時代の遺物が残っているのか。

物珍しそうにあたりを見回すと、ハンターが壁を這うのが見えてリアは小さく悲鳴を上げた。


「大丈夫だよ、殺しにきてるやつは動きですぐわかるから、俺が燃やしてやる」


 彼が落ち着いた声で言う。


 まあ、通い慣れてる彼が言うんだから正しいんだろう。


 建物を出ると広場に出た。


 中央には噴水のようなものがある。

水はすっかり枯れている。


 かつてはここも賑わいを見せていたんだろうか。

今となっては薄暗くて死のにおいがする地下、通りかかるのはハンターだけだ。


「お前さ、普段何してんの? 主婦?」


 彼は唐突に聞いてきた。


「ううん、学生。魔法学園で勉強してるの」


「へえ、そんな学校があるんだ」


 彼が興味もなさそうに言う。


「いやさ、いつまでもこんなことしてるわけにもいかないし、何の仕事しようかなーと思って」


「どんな仕事がしたいの?」


「スカウトになって女に食わせてもらおうかな、俺かわいいから」


 なんと! こんなところにもスカウトの予備軍がいた。

リアはなんだか面白くなってきた。


「いいね、そうなったら私のことスカウトしてよ」


「おう、俺のために一生働けよ」


 楽しそうに言ったあと、彼はため息をつく。


「でも、魔法が使えるからって実戦部隊にまわされそうなんだよな。あーだりい」


 彼も色々大変なんだな。

やっぱり、魔法が使えるのはいいことばかりではないみたいだ。


 歩いていくうちに天井のない部屋に出た。

よく見ると、上階の床が崩落している。


「お前、先に上がれ」


「え、どうやって?」


 言いながら上を見上げる。

リアの身長の2倍はありそうな高さだ。


「ほら、踏んでいいから」


 言われるまま彼のひざ、肩と順番に足をかけて上階へと上がる。

彼は柱に手をかけると慣れた身のこなしでひょいと上がってきた。


 上がった先は図書館か倉庫か、広い部屋に棚がずらりと並んでいた。

元からなのか、誰かが持ち去ったのか、棚には何も置かれていなかった。


 ところどころ棚の重みのせいか床が崩れている。


「あんまり真ん中の方歩くなよ」


 彼が手をつないでくれる。


「ありがとう」


 彼の手は細くて、力を入れたらつぶれそうなくらい柔らかかった。

言動は大人びてるけどやっぱり子供なんだ。


 彼に手を引かれて歩いていると、遠くで声が聞こえた。





「ちょっと待って、何か聞こえる」


 リアが言うと彼は歩みを止めた。


 耳をすませると、今度はしっかり聞こえた。

ルロイの声、リアを呼ぶ声だ。


「ルロイだ!」


 やっぱり探しにきてくれたんだ。


「ああ、あの男か」


 彼はそう言うとぱっと手を離した。


「じゃあ、ここまででいいか?」


 ああそうか、彼も遊びにきてるわけじゃないんだ。

少し心細いけど仕方ない、リアは頷いた。


「あの、本当になんてお礼したらいいのか」


「いいよ、気をつけてな」


 行こうとする彼をリアは呼び止める。


「あ、待って、せめて名前を……んっ」


 不意に振り返ると、彼はリアの唇に唇を重ねた。


 辺りが暗闇に包まれる。


 彼はゆっくりと唇を離すと耳元で囁いた。


「キスしたら明かり、消えちゃうんだ。面白いな」


 リアは動揺しすぎて何も言葉が出てこなかった。


「今日のところはこれでいいや。じゃあな」


 彼はもう一度リアに軽くキスするとリアの髪を優しく撫でてから走り去った。


 リアは明かりをつけるのも忘れてその場にへたり込んだ。


 今、何が起こった?


 突然の出来事に、頭の中が散らかってうまく整理できない。

いまさら体がドキドキしてきた。


 ルロイの声がさっきより近くで聞こえて、リアは我に返った。





「ルロイ! ルロイ! ここ!」


 ところどころ床が崩れ落ちた部屋で、リアは声を張り上げる。

ルロイの声はだいぶ近くなっている。


「リア! いるか?」


 ルロイが部屋に入ってきた。

ルロイの姿を見たら張り詰めていたものが一気にとけた。


「ルロイ!」


 リアは叫んでルロイに抱きついた。


「おい、大丈夫か? どうした」


「すごく……怖かった」


 ルロイは戸惑っていたけど、そっと左腕をリアの背中にまわしてくれた。

ルロイの体温と煙草のにおいがリアを安心させる。


「とりあえず、外に出よう」


 ルロイの言葉で置かれている状況を思い出す。

そうだ、ここは危険だ。


「気をつけて! ここにはハンターがいて噛まれたら即死だし、あと真ん中を歩くと穴に落ちるから」


「ハンター……? まあ気をつけるよ」


 リアはルロイの手をきつく握りしめて離さなかった。


 棚のある部屋を出て、石造りの柱が続く長い廊下を抜けると地上の光が見えてきた。





 サザンヴィーレへの道を歩きながら、リアは遺跡で起こったことを話した。


 人さらい(うんこ野郎)に捕まって地下に連れて行かれたこと、そして、助けてくれた魔法使いの少年のこと。


「俺がついてたのに、本当にごめんな。こわい思いさせて」


「こっちこそ心配かけてごめん。探しにきてくれてありがとう」


「そんなの、当たり前だろ」


 もし、あの子が助けてくれなかったら、こんなふうにルロイと並んで帰り道を歩くこともできなかっただろう。

うまく人さらいから逃げられたとしても、道に迷ったり、ハンターの餌食になっていた可能性だってある。


 そう思うと今更ながら恐ろしくなってきた。


 リアがルロイの手を握ると、ルロイも強く握り返してくれた。

ルロイの大きな手は温かくて、心が凍りつくような恐怖も溶けていくみたいだ。


 まだ高い太陽がリアの髪をまぶしく照らす。

そのとき、異変に気づいた。


「え、あれ? ない」


 宝物がなくなっている。

せっかくルロイに買ってもらったのに。

どこで無くしたんだろう。


「もしかして、これか?」


 青ざめるリアを見てルロイが懐から髪飾りをとり出す。


「あ! どうして?」


「地下につながる通路の近くに落ちてたんだ。多分、襲われたときに落としたんだろ」


「そうだったんだ、ああ、よかったあ」


 リアは髪飾りを受け取るとすっかりぐちゃぐちゃになった髪に留めた。


「そんなもんいくらでも買ってやるから、それよりお前が無事で本当によかった」


 ルロイは小さく息をつくとリアの手を強く握った。





 手のひらが頬に触れる。


 この手をリアはよく知っている。

温かくて大きな手、大好きなルロイの手だ。


 ルロイは頬を優しく撫でて、髪に指を滑らせていく。


 どうしようかな……もう少し、このまま目をつぶっていようか。

もう少しだけ、ルロイの優しい指を感じていてもいいかな。


 リアがゆっくり目を開けると、ルロイはあわてて手を引っ込めた。


「ごめん、起こしたか?」


「ううん、大丈夫」


 バベルに戻ると、ルロイはすぐにリアを休ませてくれた。

どれくらい眠っていたんだろうか、窓の外は夕焼けに変わっている。


「気分はどうだ?」


 ルロイが心配そうに聞いてくる。


「寝たらスッキリした。なんだかおなか空いたな」


 そう言って笑うとリアは半身だけ起こして大きく伸びをした。


「ああそうだ、これ」


 ルロイが可愛らしい模様の描かれた箱をリアに手渡す。


「さっきマーケットで買ってきたんだけど、この地方で有名なお菓子らしい。俺、こういうの詳しくないから、美味しいかわからないけど」


 そう言ってルロイが照れくさそうに目をそらす。


「ありがとう」


 リアのためにわざわざマーケットまで行って買ってきてくれたのか。

優しいな、嬉しくて胸のあたりがじわじわ温かくなる。


 箱を開けるとなにやら見覚えのある物体が出てきた。


 レンガみたいなかたまりにナッツやドライフルーツが練り込まれている。

これは……! 以前ドライツェンのカフェで食べたことがある。

この地方のお菓子だったのか。


 あれだ、口の中パッサパッサに、パッサパッサになるやつ。

寝起きには正直きつい……でも、ルロイがリアを元気づけるために選んでくれたんだ。


 一片も残さず食べ尽くせ!


 リアはひとかけらをつまんで口に入れた。

口の中でほろりと崩れる感触と共に強烈な甘さが舌を刺激する。


 甘っ! 甘すぎて目が覚めた。

やっぱり本場のやつはパンチが違う。

ドライツェンで食べたのはあれでも控えめだったんだ。


「すごく美味しい、ありがとう」


 リアがにっこり笑うとルロイもやさしい目で笑った。


「よかった、そうだ、火もらってもいいか?」


「うん」


 ルロイが取り出した煙草にリアは手早く火をつける。


 煙草を吸うルロイの横でリアはクセの強いお菓子と対峙していた。


 だんだんこのお菓子の食べ方(攻略法)がわかってきた。


 砂っぽい部分ばっかり食べてると甘さにやられるけど、途中途中にドライフルー(セーブ)ツやナッツ(ポイント)が入っているから、そこでバランスよく味変(回復)していけば飽きる(詰む)ことはない。

特に酸味が強そうなドライレモン(ラストエリクサー)は最後までとっておこう。


 どれくらいそうしていただろうか。

時間にしたら、ほんの短い間だったのかもしれない。

味変を駆使してリアはついにお菓子を食べ切った。


 でも、何故なんだろう。

気がつくと、このお菓子(強敵)をもっと食べたいと思ってしまう自分がいた。





 共同浴場から出るとルロイは街を見下ろしながら煙草を吸っていた。


「ごめん、待たせちゃった?」


 リアの言葉にルロイは首をふる。


「いや、出てきたばっかだよ」


 リアはルロイの横に並んでのむヨーグルトを飲んだ。

お風呂で温まった体に風が気持ちいい。


 共同浴場は若くて美しい女性でいっぱいだった。

風呂から上がるとみんなきらびやかな装いに身を包んで夜に変わる直前の街へと消えていった。


 同じ共同浴場でもリアの地元と全然違う。

暴れ回るクソガキをババアが怒鳴りつける光景なんてどこにもなかった。


「いろんな街があるなあ」


 夕暮れの街を眺めながらリアがつぶやく。


「いろんな街があるぞ」


 ルロイも煙を吐くと空を見ながら言った。


「じゃあ、飯食って帰るか」


「うん!」


 ルロイが差し出す手をリアはしっかり握る。


 すっかり馴染んでしまった、ルロイの大きくて温かい手。

ずっと、いつまでもつないでいたい手だ。


 モンスターよりも人さらいよりも、ルロイと一緒にいられなくなることがリアは恐ろしい。


「おい、そんな男やめて俺と組もうぜ」


 横から聞こえた声でリアの思考は中断される。


 声のした方を見ると、遺跡で助けてくれた少年が立っていた。


 今日は黒いローブにぶかぶかの三角帽子をかぶっている。

まるでおとぎ話の魔法使いのようで可愛らしい。


「ふふふ、考えとくね」


 そう言ってリアが笑うと、彼も帽子をくいっと上げて笑った。


「ちゃんと帰れたみたいでよかった、じゃあな」


 小さな恩人は手を振って雑踏へ消えていった。


 あの子とキスしちゃったんだよな。

まだほんの子供なのに、びっくりするほど優しいキスだった。


「また会えてよかったな」


 ルロイがリアに笑いかける。


「うん」


 リアも笑ってルロイの顔を見上げた。

ルロイに言えないことがまた増えてしまった。


 いつのまにか日は沈みきって、バベルには明かりが灯り始めた。


 昼と夜で違う顔になるのは建物だけではない。

バベルにはきっと秘密がいっぱい隠されている。


 眠っているリアをルロイはどんな顔で見ていたんだろう。

何故、ルロイはリアにキスしてくれないんだろう。


 ルロイに言えないことと聞けないことを包み隠して、バベルの夜は輝いていた。





 朝焼けが遠くの空に朱色の層を作っている。


「また3日間移動だな」


 ルロイが煙草を吸いながらつぶやく。


「うん、面白い街だった」


 そう言ってリアはバベルを振り返る。


 遠い昔から存在する巨大な建物は、今日も静かに街を見下ろしていた。





「起きろ、ドライツェンだ」


 軽く肩をゆすられて目を覚ます。

どうやらルロイに寄りかかって眠っていたみたいだ。


 馬車を降りると見慣れた風景が飛び込んできた。


「ああー、帰ってきたなあ」


 リアはそう言って大きく伸びをする。


 この街にも学園にもすっかり馴染んでしまった。

久しぶりに、寮のお風呂にゆっくり浸かりたいな。


「お前、卒研のテーマは決まったのか?」


 街を歩きながら思い出したようにルロイが言う。


「卒研? あっ」


 そういえば、そんなこと言ってた気がする。


「すっかり忘れてた!」


 リアの言葉を聞いてルロイは面白そうに笑った。


 ため息をついて山を見上げると、傾きはじめた日差しが学園をオレンジ色に照らしていた。

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