第23話 素人と娼婦の境界線はわりとあいまい
「兄ちゃん達、バベルに行くのか?」
馬車で乗り合わせた中年の男性が聞いてきた。
この人とはグロスヒューゲルから3日間一緒だったけど、話しかけられたのは初めてだ。
「ああ、遺跡を見に行こうと思って」
ルロイが答える。
「へえ、俺も久しぶりに行くんだけどさ、女連れじゃあバベルの夜は楽しめないだろ?」
そう言って彼は意味深な笑みを浮かべる。
「どういうこと? バベルって何?」
リアの頭にポンと手を置くとルロイがニヤリと笑った。
「お前は知らなくていい」
◇
なんか、すごいものがある。
「何? あれは」
街の中央で塔のような巨大な建物が存在感をはなっている。
馬車を降りてすぐ目に入った光景に、リアは思わず声を上げた。
「バベル。古代文明の遺跡らしいけど、いつ、何のために作られたのかわかってないんだ」
塔を眺めながらルロイが教えてくれる。
「すごい……」
本当に人が作ったものなんだろうか。
雲に手が届きそうなほど高くて、まるで山みたいだ。
あまりにも大きすぎる建物にリアは言いようのない不安を感じていた。
周囲とは明らかに違う時代に建てられたであろうその塔は、不思議と日常の風景に溶け込んでいた。
「全体はもっと大きいぞ。大部分が地下に埋まってて、今見えてるのはほんの一部らしいからな」
「マジで?」
壮大すぎて頭の中で情報の処理が追いつかない。
「もっと近くで見るか?」
「うん!」
リアの想像を超えるものはきっと世の中にまだまだいっぱいあるんだろう。
本当に、ルロイに出会わなかったら知らなかったことばっかりだ。
◇
昼下がり、サザンヴィーレの街は活気に満ち溢れていた。
「暑いねー! ジュース冷えてるから飲んでってよ」
「今日で閉店だから、店内全品半額だよー!」
通り沿いの商店は路上まで商品を広げていて店の人も精力的に呼び込みをしている。
話しかけられるたびに足を止めていてはとても先に進めない。
並んでいる品も目を引かれるようなものが多い。
服もアクセサリーもとにかくカラフルでキラッキラしている。
あ、あれいいな。
店先の髪飾りに目が止まった。
透かしの入った金属の板に大ぶりのガラス玉がはめ込まれている。
強い日差しを集めて輝くガラス玉は賑やかなこの街そのものみたいだ。
「それ、可愛いでしょ、今日入ったばっかりなんだよ」
リアの視線に気づいてお店のお姉さんが話しかけてきた。
「なんだ、欲しいのか?」
ルロイも歩きを止めて横に並ぶ。
「んー、どうしようかな」
かわいいけど、ちょっと派手だな。
この街でつけるのにはよくてもドライツェンでは浮いてしまいそうだ。
「これか? 買ってやるよ」
ルロイがひょいと髪飾りを取る。
「え、いいの?」
もう毎日着けよう。
「彼氏さんめっちゃ男前! お買い上げありがとう」
「あ、ありがとう」
ルロイから形に残るものをもらったのは初めてだ。
なんだか感激して涙が出そうになる。
「それで、いくらだ?」
ルロイが言った瞬間、戦いが始まった。
◇
「えへへ、可愛い」
左側のサイドに髪飾りを留める。
バベルに続く石畳を歩きながら、嬉しくて踊り出してしまいそうだ。
「でも、びっくりした。あんなに安くなるなんて思わなかった」
髪飾りは店員さんがはじめに提示した額の300分の1になった。
最初に言われた金額が高すぎて驚いたけど、最終的にものすごく安くなってそれもびっくりだった。
「こういう場所は言い値で買ったらダメなんだ。あれも多分底値じゃ無かったと思う」
ルロイが金額交渉するのをリアはただ呆然と見ていた。
ルロイのそんな姿を見るのは初めてだったけど、きっと冒険する上ではいろんなことを自分でしないといけないんだろう。
世の中のことも、ルロイのことも、リアが知らないことはきっとまだまだいっぱいある。
「一生宝物にする。ありがとう」
そう言ってルロイの手をぎゅーっと握るとルロイは笑った。
「大げさだな」
傾きはじめた日差しが石畳に長い影を落としていた。
◇
西日が夕焼けに変わるころ、バベルの入り口に着いた。
バベルの中身は想像していたものとはかなり違った。
途方もないほど大きい石積みの塔の内部には巨大なマーケットが広がっていた。
入り組んだ構造の建物の中に所狭しと店が並んでいる様子は迷路みたいで、油断したら迷子になりそうだ。
「すごい、中は全部こんな感じなの?」
きょろきょろと辺りを見回すリアにルロイは落ち着いて答える。
「いや、上の方はたしか居住区になってたと思う」
ここに住んでいる人がいるのか。
よく見るとマーケットにも日用品や食料品の店が多い。
遺跡というより、この塔自体がひとつの街みたいだ。
「せっかくだし、バベルで宿をとるか」
「え! 宿屋もあるの?」
この広い建物の中にはいったいどんな世界が広がってるんだろう。
リアはたまらなくワクワクしてきた。
◇
ルロイが宿屋の手続きをしている間、リアは塔の外壁に大きく開いた半円状の窓から街を見下ろしていた。
夕陽が沈みきって街は群青色に染まっていく。
あの賑やかだった通りもそろそろ店じまいをしているのだろうか。
「きみ、この街の人じゃないよね。どこから来たの?」
突然声をかけられた。
振り向くと若い男性が柔らかい笑顔を浮かべながら立っていた。
「えっと、ドライツェンから。わかるかな、グロスヒューゲルの近く」
リアが戸惑いながら答えると、彼はリアと並んで柱に体をあずけた。
「そうか、北の方の人なんだね。あ、急に話しかけてごめん。なんか、すごくきれいな人だと思って」
「ええ!」
不意打ちの言葉にリアが思わず声をあげると彼は面白そうに笑いながら言った。
「その反応かわいいなあ。でもよく言われない? きれいだって」
言いながらリアの目をのぞき込んでくる。
そういえばこの間親戚のババアに言われたけど……いやそうじゃなくて、こんな時どうしたらいいんだろう。
「本当にきれいだ。俺、普段は女の子に声をかけたりしないんだけどさ……あんまりきれいだったから思わず話しかけちゃった」
そう言って彼は照れ臭そうに笑う。
笑ったら目がすっと細くなって人がよさそうな顔になる。
「あのさ、もしよかったらだけど、この後一緒に……」
「リア、どうした?」
彼が言いかけたとき、ルロイが戻ってきた。
「あ、リアっていうんだ。かわいい名前だね。じゃあ彼氏もどってきたみたいだから俺はこれで……リア、またね」
彼は笑顔でひらひらと手を振ると塔の中へ消えていった。
◇
「なんか、急に話しかけられて」
ルロイの顔を見たらなんだか安心した。
悪い人じゃなさそうだったけど、知らない人に話しかけられたのは少し怖かった。
「あれはおそらくスカウトだな」
「スカウト?」
聞き慣れない言葉をくり返すとルロイは頷いた。
「劇場か娼館か、バベルにはその手の仕事がたくさんあるからな」
娼館……? ルロイの口からそんな生々しいワードが出てくるとは思わなかった。
そういえば、馬車で聞いたバベルの夜という言葉を思い出す。
柔らかい笑顔に隠された真意にリアはぞっとした。
「この街は少し特殊だからな。怖かっただろ」
「ううん、全然大丈夫」
リアは笑ってルロイを見上げる。
ルロイと一緒にいれば怖いものなんてない。
「じゃあ、そろそろ酒場に行くか」
「うん! めちゃくちゃお腹すいた」
あたりはすっかり暗くなって、空には星が光っていた。
リアはルロイの手をしっかり握ってバベルの階段を上がった。
◇
陽が沈んだあとのバベルはガラッと表情が変わっていた。
あちこちに色とりどりのガラスに覆われたランプのほのかな灯りが浮かんでいる。
入り組んだ道に幻想的な光が揺れる光景はまるで夢の中みたいだ。
「きれい……きゃっ!」
ランプに見とれていたら足元の段差につまづいた。
「おい、気をつけろよ」
ルロイがつないだ手にぎゅっと力を入れてくれる。
そんなことで、爆発しそうなくらいドキドキする。
なんだろう、この空間はなんか、ダメだ。
ルロイと並んで歩いてるだけで、妙にドキドキ、ドキドキしておかしくなりそうだ。
星がこぼれそうな山より、キラキラの光に包まれたドライツェンの街より、今までルロイと行ったどんな場所よりもロマンチックだ。
「この先に円形の広場があって、そこが酒場になってるんだ」
ルロイの低い声が耳に響く。
詳しいな、きっと何回か来たことがあるんだろう。
一体、ルロイは誰とこの通りを歩いたんだろう。
その人は今は何をしてるのかな。
リアは妖しげな灯りに彩られたルロイの横顔をそっと見上げた。
◇
まるで夢の中みたいだ。
リアは目の前の景色にときめきをおさえられなかった。
「何これ……素敵すぎる」
大きな皿に山盛りになっているのはひたすらに肉。
隣の皿には大量のパイナップル、その横はベイクドポテトだろうか。
無駄なものが一切ない。
むき出しになった欲望をただ満たすためだけの存在がそこにはあった。
「これ、なんでも食べていいの?」
ワクワクしながらルロイを見るとルロイは楽しそうに笑った。
「ああ、好きなだけ食べろ」
料理と酒を持って席に座ってからも、中央のテーブルにはどんどん新しい料理が運ばれてくる。
見ると、今度は山盛りの焼きとうもろこしが追加されている。
あとであれも食べよう。
「ああ、美味しい」
お腹がすいてるときにおいしい肉を食べる。
隣には大好きなルロイがいる。
このじわじわと全身が嬉しさで満たされていく感じが幸せだとしたら、幸せになるのはすごく簡単だ。
そこにはなんの約束も必要ない。
それなのに、リアがその先を求めてしまうのは何でなんだろう。
リアが欲しているものの正体は一体なんなんだろう。
「どうした?」
ついぼんやりしていたようで、ルロイが心配そうに聞いてきた。
「疲れてるのか?」
「ううん、全然大丈夫。バベルの中がこんなふうになってると思わなかったから、改めてすごいなって思って」
遺跡の中で人々が普通に生活しているのにも驚いたけど、昼と夜でまるで違う街のように姿を変えたのもびっくりだ。
別世界に迷い込んだような幻想的な雰囲気も、きっとこの建物があってこそなんだろう。
「食べ物もお酒もおいしいし、すごく楽しい」
そう言って笑うとリアはビールを飲み干す。
ここのところワインばっかり飲んでたけど、ひさしぶりに飲んだビールはおいしかった。
それに、ルロイと同じものを味わってると思うとなんだか嬉しかった。
「ねえねえ、面白いもの見せてあげようか?」
背後からひょっこりと現れたのはまだ幼さの残る少年だった。
ゆったりとした黒いローブにじゃらじゃらした大ぶりのネックレスをつけている。
「なになに? 見たい!」
リアがわくわくしながら言うと、彼は可愛らしい笑顔でリアとルロイの間にスッと入って両手をきゅっと体の前で合わせた。
「えへへ、よく見ててね」
リアとルロイの視線を集中させてから、彼がゆっくりと手を開いた。
瞬間、手の中に真っ赤な炎の薔薇が現れた。
「あ、すごい!」
リアは思わず声をあげた。
この子、魔法使いなんだ。
「きれいでしょ」
炎の薔薇は彼の手の中で青、金色と変化して、最後に白い光となって消えた。
「うん、すごくきれいだった」
炎が消えたあとも、彼は手を広げたまま笑顔で静止していた。
なんだろう……この間は。
リアが固まっていると、ルロイが笑いながらコインを取り出した。
「ありがとう。面白かったよ」
そう言って彼の手の上にのせる。
あ、なるほど! リアはやっと少年の真意に気づいた。
「どうもありがとう、楽しい夜を!」
彼は一礼すると酒場の人混みに紛れていった。
「すごいな、どんな魔学式なんだろう」
ベースはエーミール先輩の『笑顔にする魔法』に近いんだろうけど、あんなにきれいに花の形にするにはどうしたらいいだろう。
「こんな場所で魔学式もないだろ。そりゃ、練習はしてるだろうけど」
ルロイが笑って言った。
リアは知らない土地で自分と同じ炎の魔法使いに出会えたのがなんだか嬉しかった。
リアからもお金を渡せばよかったかな、それとも、あの子も悪い大人に利用されているのだろうか。
◇
酒場を出ると、バベルの中はさらに様相が変わっていた。
「ねえねえ、お兄さん飲んでってよ!」
「もうすぐ開演だよ! ナンバーワンの踊り子さんも出るよ!」
客引きの威勢のいい声が響く。
呼び込みというよりもう、つかみかからんばかりの勢いだ。
薄いヴェールをまとったきれいな女の人が微笑みをたたえて立っているのもたくさん見かけた。
彼女たちは娼婦なんだろうか……リアはなんとなく見てはいけないような気がして目を伏せた。
「ルロイには話しかけて来ないんだね」
小声で言うとルロイは苦笑した。
「お前がいるからな」
やっぱりそうか。
たぶん、ここに並んでるのは、その、性的なやつなんだろう。
昼間に聞いたバベルの夜という言葉ともつながる。
「お兄さんたち、2軒目探してませんか? 夜景が見える席紹介できますよ」
たまに話しかけてくる人もいるけど、ルロイは相手にしない。
「ああいうのについて行ったら絶対にダメだ。とんでもない目に遭うぞ」
ルロイは笑ってたけど、言葉には妙に実感がこもっていた。
塔の外周部までくると人も少なくなってようやく落ち着いて話せるようになった。
お酒の入った体に夜風が涼しくて心地よい。
「ここは静かだな」
ルロイがそう言って小さく息をつく。
「うん、すごい人だったね」
リアは外を眺める。
出勤前なのか、ヴェールを巻いた女性がせわしなく階段を下って行った。
まだ若い、もしかしたらリアより年下かもしれない。
彼女たちとリアは何が違うんだろう。
すべてが違う気もするし、何ひとつ違いなんてない気もする。
さっきはなんで目をそらしたんだろう。
親に結婚相手を用意されて、いつかは地元に戻らなければいけないリアよりも、彼女たちの方がよっぽど自由なのではないか。
リアは外壁に体を預けると小さく息を吐いた。
「こんな時間まで賑やかで、なんかびっくりしちゃった。こんな街もあるんだね」
門限が10時の寮生活を送っているリアには縁のない世界だ。
「みんな楽しそうだったな。何して遊んでるんだろう」
リアがつぶやくとルロイはしばらく無言で考えた後、口を開いた。
「カジノでも行ってみるか?」
カジノ! なんとも危険で魅惑的な響きだ。
「行きたい!」
リアが言うとルロイは笑って手を差し出した。
「よし、行こう」
ルロイと夜遊びだ!
リアはルロイと手をつなぐと、怪しい光の揺れる夜のバベルに飛び込んだ。
◇
夜遊びはすぐに終わった。
「申し訳ありませんが、魔法使いの方はご入場をお断りしております」
カジノに入るなり、前室で黒服に声をかけられた。
「回復と、こっちは炎なんだけど、ダメかな?」
ルロイが説明したけど答えは変わらなかった。
「申し訳ありません」
黒服は丁寧に頭を下げる。
魔法使いは入れないのか……ちょっと残念だったけど、そんな規則ができるってことはこの街で魔法使いは珍しくもないんだ。
さっきの男の子も魔法使いだったし、人が集まる場所には魔法使いも多いんだろう。
ほんとうに、いろんな世界があるんだな。
リア達が入ることを許されない扉の先からは、楽しげな歓声が聞こえてきた。
◇
「入れなかったなー」
歩きながらルロイがため息をついた。
「前はそんなことなかったんだけど」
前に来たときは劇場とかそういう、いわゆる『バベルの夜』を堪能したのかな。
「でも、すごいね。見ただけで魔法使いってわかっちゃうんだ」
彼はルロイとリアをひと目見るなり声をかけてきた。
「ああ、たまにいるんだ、見分けられる奴。もしかしたらあれも魔法の一種なのかもな」
カジノで遊べなかったのは少し残念な気もするけど、リアにはあまり関係なかった。
だって、ルロイの横にこうやっていられるのが一番楽しい。
この時間が何よりも特別で、大切だ。
色とりどりの灯りがリアの頬を薄く照らす。
隣にいるルロイからはどう見えているんだろうか。
◇
「乾杯!」
結局宿屋の近くの酒場で少しだけ飲んでいくことになった。
狭くて落ち着いた店内、カウンターに並んで腰掛ける。
座る前にルロイは何度も料金やシステムについて確認していて、なんだか面白かった。
「前来たとき、そんなにひどい目に遭ったの?」
笑いながらリアはグラスを傾ける。
口に含んだ瞬間、酒が思ったよりきつくて盛大にむせた。
「大丈夫か? そんなに一気に飲むもんじゃない」
ルロイと一緒にブランデーを注文したけど、甘い香りに似合わず強いお酒で驚いた。
「お水をどうぞ」
リアが咳き込んでいると酒場のマスターが水を用意してくれた。
「ごめん、ありがとう」
水を飲んだら少し落ち着いた。
喉がまだ変な感じだけど、背中を撫でるルロイの手が心地よくてドキドキしてきた。
あとでもう一回くらいむせてもいいかも。
「きれいな女性と一緒だから、彼も心配なんでしょう」
マスターの言葉にルロイが照れくさそうに笑う。
「あー……まあそういうことにしておくか」
なんだか、この街に来てから一生分くらいきれいって言われた気がする。
まるでインフレでも起こってるかのようだ。
「バベルは危険な街ですからね。特に、女性にとっては」
「え! そうなの?」
リアが顔を上げるとマスターはニヤリと笑った。
「お姉さん、バベルの男を信用しちゃいけませんよ」
なんだかすごい世界だ。
きらびやかで、怪しくて、危険で……バベルの夜には一体どれだけのドラマが隠されてるんだろう。
「お兄さんたち冒険者?」
横で飲んでいた男性が声をかけてきた。
「ああ、そうだけど」
ルロイが答える横でリアは思わず吹き出した。
もう訂正するのはやめたらしい。
「俺たち劇場行っててさ、今は反省会」
彼が言いながら手で示すと、隣に座っていた男性も軽く頷いて笑った。
かなりお酒が入ってるみたいで2人とも上機嫌だ。
「いや、あんまりそういう話は……ほら、女の子がいるから」
ルロイが困ったような顔でリアをチラッと見る。
いったい、『劇場』では何が行われてるというんだ。
「ルロイは行ったことあるんだ」
リアは意地悪な目で笑うとブランデーをひと口飲む。
チョコレートを食べながら飲んだらまろやかになって美味しいことを発見した。
「なんだよ、悪いのかよ」
ルロイは拗ねたように言って煙草を吸いはじめた。
横でやりとりを見ていた反省会の男性たちが笑う。
「彼女さん若いなあ。プロと遊ぶのくらい許してあげなくちゃダメよ」
「ええー、そうなの?」
そもそも彼女ではないが。
「そうそう。そういえばマスター、久しぶりに来たんだけど好きだった踊り子がいなくなっててさ、ちょっとショックだったよ」
彼はそう言ってため息をつく。
「ここは常に変化していますから、変わらないのは建物だけですね」
マスターはグラスを拭きながら答える。
「なんか亡国のお姫様で、国を再興させるために踊ってるって言っててさ、一生懸命で可愛かったな」
懐かしそうに話す彼の横で連れの男性が笑う。
「ああ、回復魔法使いのヒモがついてた子だろ。お前そんなの本気で信じてるのかよ」
「国に帰って幸せになってたらいいなって思うんだよ。好きだったから」
彼はそう言ってグラスを傾けた。
亡国のお姫様と回復魔法使い……どこかで聞いたことがある組み合わせだ。
リアは思わずルロイを見る。
ルロイはリアの視線に気づくと楽しそうに笑った。
◇
「はー、楽しかった!」
部屋に入るとリアはベッドに倒れこんだ。
ちょっとクラクラするけどこのまま眠っちゃえるから問題ない。
これで、ルロイがキスしてくれたら最高なのに。
「何言ってるんだお前、酔ってるだろ」
ルロイが荷物を机に置きながら言った。
「ええー、でも、そんなに飲んでないよ。大丈夫」
結局ブランデーは一杯しか飲まなかった。
妙に酔いが回るのはバベルの独特な雰囲気のせいなのかもしれない。
「あのさ、ルロイ。あの男の人たちが言ってたお姫様と回復魔法使いって、フィーアと学園長先生なのかなあ」
天井をあおぎながらリアが言うとルロイは笑った。
「さすがにないだろ、時代が違いすぎる」
「そっかあ」
リアはベッドにあおむけになったままくるくると印を結ぶ。
「藍空2!」
薄暗かった部屋の中が明るくなる。
「おい、そんな状態で魔法使うな! 危ない」
ルロイのあわてる声を遠くに聞きながらリアの意識はバベルの夜に溶けていった。