第20話 オタサーの姫っぽいやつほど「私そういうのじゃないんで」感だしてくるのなんなん
つややかな金色の髪が午後の日差しを受けて輝く。
すれ違った瞬間、リアは思わず振り返っていた。
長い髪をなびかせて彼女は足早に寮へ向かっていった。
そうか、新入生が来たんだ。
サラサラと揺れる金髪をみながら、リアはエーミール先輩のことを思い出していた。
◇
「この間はありがとね。いろいろ教えてくれて」
リアはカールと一緒に実習準備室で器具の数をチェックしていた。
「おう、うまくいったか?」
「うん、ちゃんと発動したよ」
卒業式での魔法のことだ。
あれはうまくいったと言っていいのか、どさくさでなんかキスまでしてしまったが。
「エーミール先輩、学園で研究を続けるんだって」
リアはろうそくの数を確認して引き出しに入れる。
「なんだ、お前知らなかったのか?」
カールが意外そうに言った。
「講師になるって話もあったけど、それは断ったんだと」
「そんなの全然知らなかったよ。初めて聞いた」
「ジョバンニ先輩もドライツェンで働いてるぞ。ドライツェンで魔法使いのネットワークを作ろうって計画もある。地元に帰る奴らは仕方ないけど、せっかく魔法使いが集まってるんだからな」
いろんな話が出てるんだな。
リアの知らないことはまだまだ沢山ありそうだ。
「俺、卒業後は地元に帰ろうと思ってたけど、それを聞いてこっちに残るのもいいかなって思ってる」
カールは温度計の向きをそろえて棚に戻すとリアの方を見た。
「お前はどうすんの? 卒業したあと」
「私?」
卒業後の進路……親との約束では地元で結婚することになっている。
「どうしようかなあ」
でも、リアがずっといたいのはルロイの隣だ。
「あの冒険バカについてくのか?」
心を見透かしたかのようなカールの言葉にリアはどきっとする。
「それができるなら、そうしたいけどさ」
それにはまず、ルロイに確かめなくてはいけない。リアのことをどう思っているのか。
リアにはそれが恐ろしい。
「お前のやりたいようにしたらいいと思うけどな」
カールがつぶやく。
そう、何をするにしても結局決めるのはリアだ。
時間はあり余ってるように見えて、いつのまにかなくなっている。
「まあ、また一年間よろしく」
カールが笑って言うのでリアも笑顔で頷いた。
季節は一周した。
でも、スタート地点に戻ったわけじゃない。
どこまでいってもきっと、前に進むことしかできない。
◇
翌日、講義が始まる前にブラスからも進路の話があった。
「勉強はもちろん大事だが、そろそろ卒業したあとのことも考えとけよ。わからないことがあったら相談に乗るし、図書室に卒業生の進路状況のリストがあるから参考にしたいやつは見に行くといい」
学校求人もあるにはあるけど募集は圧倒的に回復魔法使いが多いし、それに『魔法使い』を求めているところはあまりいいものではないらしい。
リアはいつか見た回復娘のことを思い出した。
そもそもの数が少ないとはいえ、魔法使いをとりまく就職状況は決してやさしくはないみたいだ。
卒論のテーマも考えなきゃいけないし、これからは講義だけ受けていればいいってわけにはいかなくなるんだろう。
それにしても不思議だ。
リアは魔法理学の講義を聞きながら思う。
去年の今頃は何もかもがわからなくてただただ苦痛で空虚な時間だった。
今も教科書は何が書いてあるのかよくわからないし、ブラスが話す内容だって決して理解できているわけではない。
でも、どこを拾えばテストで点数がとれるのか、単位をとるのに何を覚えればいいかだけはなんとなくわかってきた。
何ひとつわからなくて泣きそうになっていた時に比べたらすごい進歩だと思うけど、一方でリアは寂しくもあった。
これは魔学の本質を理解しているわけじゃない、試験を乗り切るためだけのテクニックだ。
魔学が楽しくて仕方がないと言っていた、エーミール先輩と同じ世界を見ることはリアには叶わないのだろうか。
リアは公式と解法をノートに書き写した。
あとで過去の試験問題と照らし合わせてみよう。
◇
食堂の片隅で金髪の彼女が男子学生に囲まれて和やかに笑っていた。
「何だ、あのハートフルな光景は……」
爽やか学園ラブコメのような眺めにリアは思わず言葉をもらした。
「ああ、あれ一年の回復魔法科だろ?」
横の席でカールが言う。
「え! あの子回復魔法使いなんだ」
回復魔法使いなことを周囲に明かしている女性はとても珍しい。
理由は簡単、危険だから。
回復魔法はいつの時代も広く求められる能力である一方で使い手はとても少なく悪用もされやすい。
さらわれて戦争中の国に売られたり、聖女とか言われてよくわからない団体に祭り上げられたり、わりと嫌な目に遭うことが多いのはリアも知っている。
現に回復魔法科は今まで男子学生しかいなかったが。
魔法学園も少しずつ新しくなっているのかもしれない。
リアの視線の先で、彼女は満面の笑顔でチキンの照り焼きを頬張っていた。
◇
「うち、父が学者なんです」
浴槽を掃除しながら金髪の彼女……回復魔法科の一年生クラムが言った。
放課後、リアはクラムと同室の活動魔法科の一年生ノエルに風呂当番を教えていた。
「私の魔法にすごく興味を持ってくれて、せっかくだから学校でちゃんと勉強してこいって言われて来たんです」
そんな家もあるんだな。
リアが魔法学園に行きたいと言ったときは戦争が始まったけど。
掃除が終わったら栓をして浴槽に水を入れる。
「半分くらい溜まったら外の炉に火を入れるから」
炉に薪をくべながらリアはノエルに話しかける。
「本来なら厨房から火をもらってくるんだけど……ノエルは炎?」
「あ、はい」
ノエルが頷く。
コーヒーみたいな濃い茶色の髪をしたおとなしそうな子だ。
「それなら魔法でつけちゃってかまわないよ、多分みんなそうしてる」
「わかりました」
緊張した面持ちでノエルが手をかざす。
普通に教えてもいいんだけど、リアの中に他人の無秩序を見てみたいという好奇心があった。
「聖母殺人伝説!」
轟音と共に火柱が上がる。
何事かと寮の窓から外を覗く学生の姿が見える。
あ、カールだ。
リアは爆風に吹き飛ばされて地面に頭をぶつけた。
◇
「本当にすみません! 実は魔法のコントロールがうまくできないんです」
泣きそうな顔でノエルが言う。
「ああいいよ……私が変なこと言ったからだし」
リアは後頭部を押さえる。たんこぶできてるなこれ。
炉に入れていた薪は一瞬で灰になったので結局厨房から火をもらってきた。
爆発音は厨房にも届いてたようでフィーアにかなり怒られた。
「でも、火は扱いを間違えると大怪我したり、火事になっちゃうからこれからは気をつけてね」
言いながらリアは黒く焦げた地面を見つめる。
しかし、すごい威力だった。
「ごめんなさい……魔法学園だから、このくらいは魔法でできなきゃいけないのかと思って……」
「いや、そういう新入りの通過儀礼みたいなのないから……普通の学校だから」
落ち込んでるノエルを見ていたらなんだか笑えてきた。
クラムはさっきからひと言も発さずにルームメイトを見ていた。
◇
「それですごい音がしたのか」
煙草を吸いながらルロイが言う。
ルロイと話すのは久しぶりだ。
「一応注意はしたんだけど、もっとビシッと言ったほうがよかったかなあ」
リアはため息をつく。
初めてできた後輩の扱いが今ひとつわからない。
「いや、いいんじゃないか。ちゃんと大事なことは伝えたわけだし」
ルロイはそう言って煙を吐くとリアの方を向いた。
「それよりお前は大丈夫だったのか? 吹っ飛ばされたんだろ」
「頭打ったからたんこぶできたけどそれくらい。大したことないよ」
リアは後頭部を撫でる。
まだ少し腫れてて鈍い痛みがする。
「見せろ、治してやる」
なんでもないことのようにルロイが言ってリアはどきっとする。
初めて会った日以来だ、ルロイの回復魔法。
「えっと、頭のこのへん」
髪をほどいて怪我したところを見せる。
なんだろう……リアの方が緊張してきた。
ルロイは慣れた手つきで印を結ぶ。
「3柳⁺+苑⁻」
ルロイが詠唱したのと同時に頭の痛みが消えた。
「すごい、治った」
なんだろう、傷を治してもらっただけなのにドキドキして、嬉しくて、全身がときめきでいっぱいになる。
なんか、ずるいな……回復魔法って。
「もう痛くないや、ありがとう」
「ああ」
2人の横をやさしく風が吹き抜けていった。
ルロイと初めて話したのもこんな春の日だった。
あのときは魔法のコントロールが効かないってぼやいてたけど、ルロイも学園で着実にレベルアップしてるんだ。
「いい天気、なんか気持ちよくてこのまま寝ちゃいそうだな」
リアが草の上に寝ころぶとルロイは苦笑した。
「縁起でもないこと言うなよ」
「あ、ごめん」
リアも面白くなって笑った。
ずっとこうしていられたらいいのにな。
ババアになってもこうやって、ルロイの隣でしょうもない話をしていられたらいいのに。
キラキラの木漏れ日が温かくて、本当に眠ってしまいそうだった。
◇
住所をたどって行くと広場のほど近く、中心街から一本入った裏通りにその酒場はあった。
昼間から飲んでいる人もちらほら見えるけど、この通りが賑わうのはきっともう少し陽が落ちてからだろう。
リアは少し離れた路地から店の扉を見ていた。
この店でエーミール先輩が働いているのか。
看板が下げられているから営業はしてるみたいだけど……
『続きがしたくなったら酒場に来いよ』
卒業式のことを思い出してまた体が熱くなる。
エーミール先輩に会いたい……すごく会いたい。
でも、なんの答えも持っていないのにリアが会いに行っていいんだろうか。
やっぱりやめよう。
会ったところで一体何になるんだ。
リアは酒場に背を向けると裏通りを後にした。