第2話 同レベルだと思ってた奴が自分より賢かった
「お前、活動の1年だろ?」
教室棟の階段を上っていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると人懐っこい笑顔の男子学生がいた。
「俺も活動でさ、カールって言うんだ。教室まで一緒に行こうぜ」
「私はリア。いいよ、一緒に行こう」
笑顔でそう言うとリアはカールと一緒に教室へ向かった。
◇
魔法学園での講義が始まった。
魔法の勉強っていったいどんなことをするのかと思っていたけど、最初の講義は座学だった。
午前の講義は魔法史と魔法倫理の2科目だ。
魔法史は、昔の文献の中にあるこの記述はもしかしたら魔法だったのかも、みたいな講義で結構おもしろかった。
魔法倫理は魔法が社会に与える影響とか、魔法使いが果たすべき役割とか、早い話、魔法を善いことに使いましょうって感じだった。
リアは、講義を受けてはじめて知ることばかりだった。
魔法使いの素質を持ったものは100人に1人ほどと言われている。
遺伝はせず、どんな環境でもこの割合はかわらない。
そして、そのうち回復魔法使いは1割ほどしかいない。
ただ、回復魔法は悪用されやすく、回復魔法が使えることを周囲に黙っていることも多いから実際にはもっと多いかもしれない。
同じ理由で女性の回復魔法使いは極端に少ない。
現に回復魔法科の学生は全員男子だ。
残りの9割の活動魔法使いのうち、ほとんどは炎の魔法使いらしい。
地元では珍しかった炎の魔法も、ここでは多数派なのか。
リアはなんだか不思議な気分だった。
◇
午前中の講義を終えてリアはカールと一緒に食堂に来ていた。
お昼ごはんはガッツリ肉系だったのでリアはとても嬉しかった。
「おいしい! 夕ごはんもこんなだったらいいのに」
リアは満面の笑顔で言った。
「昨日の夕飯微妙だったよな」
唐揚げにレモンをしぼりながらカールが頷く。
今日の朝ごはんも焼きたてのパンとスープで、シンプルだけど悪くなかった。
昨夜の豆は幻だったらよかったのに。
「そういえばさ、魔法倫理でレポート書けって言われたじゃん?」
食料問題が解決すると、リアは午前中の講義を思い出した。
「私、レポートなんて書いたことないよ、大丈夫かな」
テーマは『戦時における魔法使いのあり方』、提出は来週だけど、はじめての課題をちゃんと仕上げられるのか不安だった。
そもそもレポートとは何なのかすら、リアにはよくわからない。
「俺も書いたことないけど、学校にある資料読んでまとめるだけだろ? 大丈夫だって」
「そうかな?」
カールがそう言うんなら大丈夫な気がしてきた。
きっと、ひとりだったらもっと不安になっていただろう。
友達ができてよかったな。
リアは食べ終わった食器を下げると、カールと一緒に午後の講義に向かった。
◇
これ、やばいんじゃないか。
リアは目を見開いて黒板を見ていた。
3、4限は魔法理学の講義だけど、何ひとつ意味がわからない。
担任のブラスはさっきから小難しいことを言いながら黒板に謎の曲線を書いているが、説明を聞いているはずなのに頭に全然入ってこない。
まるで、異世界の言葉を聞いているみたいだ。
謎の図形と謎の式が次から次へとどんどん出てくる。
わけがわからない。
せめて、公式に使う単位くらい謎の古代文字みたいなやつじゃなくてみんなが知ってる親しみやすいのにしてほしい。
リアは謎の板書をノートに書き写すだけで精一杯だった。
古代文字の書き方とかこれで合ってるのかもわからない。
読み方は何度聞いても覚えられない。
◇
講義を終えてカールと廊下を歩きながら、リアは絶望していた。
「どうしよう、全然わからなかった」
青ざめた顔でリアはつぶやく。
「カールはどうだった? 魔学」
カールは少し考えてから言った。
「そうだな……異なる魔法波が互いに干渉しあった時の回折率の導き出し方が、俺が習ったのとちょっと違ったな」
リアの表情が固まる。
人懐っこい笑顔にすっかり騙されていた。
こいつ、わかる側の人間だ。
「どこで……そういうのって教えてもらったの?」
これまでリアの魔法に関する認識は「すこしふしぎ」程度のものだった。
魔法の仕組みなんて考えたこともない。
「近所の魔法ババアに習った」
魔法ババアって魔法波の回折とか教えてくれるんだ。
母の言いつけで外では魔法が使えることを隠していたけど、学園に来る前に少しくらい魔法ババアに習っておいたほうがよかったんじゃないか。
まあ、今さらだけど。
「俺でよかったら教えようか? 今から談話室とか行ってさ」
カールの申し出は非常にありがたいものだったが、リアは受けられなかった。
「ありがとう。でも私、今週風呂当番だから」
◇
「点火!」
リアがたわむれに放った魔法は、炉の中で燃えさかる炎に飲み込まれる。
「こうやったら魔法出せるんだからいいじゃん。魔学とかいらないじゃん」
リアがぼやくとメイリに笑われた。
「それじゃ、学園で勉強する必要がないでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ」
実家を出たかったから学園に来たなんて言ったら、メイリに呆れられるかな。
「そうだ、昨日さ、かっこいい先輩の話したじゃん?」
メイリが思い出したように言う。
「エーミール先輩?」
言いながらリアはエーミール先輩の姿を思い出していた。
本当にきれいな人だった、また会いたいな。
「そうそう、魔学の子から聞いたんだけど結構有名人でさ」
薪をくべながらメイリが言う。
「すごく優秀な人らしいんだけど、魔法が使えないんだって」
「ええ! 魔法使いじゃないんだ」
「そう、私もびっくりした」
魔法が使えないのに魔法学園に来る人なんているんだ。
「なんか、いろんな人がいるね」
メイリの言葉を聞きながら、リアは炉の中で揺れる炎を見ていた。
◇
相変わらずパッとしない夕ごはんを食べ終えたらすぐにでも勉強したかったけど、そうもいかない。
屋外洗濯場でリアは洗濯をしていた。
洗濯なんてしたことがなかったから、どのくらいすすげばいいのかとか、あまり強く絞ったらシワになるんじゃないかとか、正しいやり方がよくわからない。
身の回りのことを自分でやるのって大変だ。
辺りはすっかり暗くなって、鳥なのか獣なのか、鳴き声が聞こえてくる。
風が吹くと少し肌寒くてリアは小さく震えた。
意気揚々と地元を出てきたけど、こんな山の中でいったい何をしているんだろう。
これが、家族とぶつかって、自分の意見を押し通してまでやりたかったことなんだろうか。
レポートの書き方もよくわからないし、魔法理学は最初から最後まで全部わからない謎の時間だった。
こんなんでこれからやっていけるのかな。
ため息をついて見上げた空には、満天の星がきらめいていた。