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第16話 落とさなければどうということはない

「他の奴には絶対に言うなよ」


 教員室のドアを閉めてリアに座るよう促すとブラスは声を潜めて言った。

リアはブラスの意図が読めなかったが、促されるまま椅子に座った。


「魔学の教科書出せ」


 リアが教科書を渡すと、ブラスは公式と練習問題をペンで囲んでいく。

これは、まさか……!


「これと、これと、この解法も覚えておけ。なんとなく将来のためになるような気がするからな」


 リアは無言で頷く。

ブラスは印をつけ終わると教科書を閉じて念を押すように言った。


「いいか、絶対に誰にも言うなよ」


「はい」


 リアは静かに教科書をしまうと教員室を後にした。





 リアはひとりで廊下を歩いていた。


 思わぬところで加勢があった……よっぽど留年させたくないんだな。

カールに教えてもらって過去問も解いてみたし、課題の魔学式も組めたしどうにか進級はできそうだ。


 前期の期末考査よりは少し余裕がでてきた気がする。

モカも言ってたけど、周囲に助けてもらいながら少しずつできるようになればいいのかもしれない。


 試験が終わって進級出来たら先輩になるのか。

フィオナ先輩とかエルフィ先輩みたいに後輩にアドバイスなんてできそうにない。

まあ、そういうのは成績のいい人がやったらいいか。


「講義だったのか?」


 考え事をしていたせいか話しかけられるまでエーミール先輩に気が付かなかった。


「先輩!」


 なんだかすごく久しぶりに会った気がする。

寒い外から帰ってきたのかほんのり頬が赤くなっていてエーミール先輩の白い肌を際立たせている。


 やっぱり、いつ見てもエーミール先輩はきれいだ。


「講義というか試験勉強というか、まあそんな感じです。先輩は?」


 リアは適当に言葉を濁した。

さっき教員室で起こったことは重要機密(犯人はヤス)だ。

いくらエーミール先輩でも話すわけにはいかない。


「俺はいまから研究室。じゃあ、試験勉強頑張れよ」


 エーミール先輩はそう言って教室棟の階段をのぼっていった。

リアはしばらく立ち止まってエーミール先輩が行った方向を見ていた。


 よかった、普通に話せた。


 もう少ししたら学園でエーミール先輩を見かけることはなくなるのか。

それどころか、2度と会えなくなってしまうのかもしれない。


 エーミール先輩の気持ちに応えられないのに、寂しいと思うのはわがままなんだろうか。


 答えは出ないまま、押し出されるように新しいものに替わってしまう。

学園という場所は優しげな顔をしていながら時にドライで残酷だ。





(紺葱4)2桔空4(←↓→↓←↓→↓+○)


 リアの目の前で線香花火は小さく火花を散らしはじめた。


「よし、合格だ」


 ブラスが言って、リアは廊下に出た。


「おつかれ、どうだった?」


 モカが声をかけてくれる。


「一回失敗しちゃったけど、なんとか合格できた」


「よかった、私も合格だったよ」


 モカが笑顔で言う。


 魔法理学の試験はまだ返ってきてないけど、おそらく大丈夫だと思う。

これで1年が終わるのか、長いようで早かったな。

試験が終わったらもう春休みだ。


「春休みはどうするの、地元帰る?」


 モカの言葉に少し考えてからリアは答える。


「地元には帰るつもりだけど、卒業式までは残っとくよ。どうせ今は雪で埋まってて帰れないし」


 頭の中にエーミール先輩の笑顔が浮かぶ。


「お世話になった先輩にちゃんとお礼を言いたいから」


「そうかー。私はすぐ帰るから、また新学期だね」


「うん、また新学期にね」





 魔法理学の試験は65点だった。

あと2問間違えたらアウト(YOU DIED)だったのか。

甘くないな、まあ通ったからよしとしよう。


「カールは春休みは地元に帰るの?」


 昼ごはんのチキンカツにソースをかけながらリアが聞く。

しばらくは勉強から解放されると思うとごはんもおいしい。


「まだ決めてないけど、帰るにしても卒論発表会を聴いてからだな。テーマ決めないといけないし」


 もう卒論のことを考えてるのか、やっぱりカールはすごいな。

リアはエーミール先輩の発表だけ聴くつもりだったけど、ほかの学生の研究を聴いてみてもいいのかもしれない。


 食堂は試験が終わって気が抜けたような1年生と卒論の追い込みで忙しそうな2年生が入り混じっていた。





 リアが部屋でダラダラしていると、外からなにやら騒がしい声がきこえてきた。

何事かと廊下に出てみるとフィオナ先輩が同じように出てきていた。


「見て、あれ」


 フィオナ先輩に促されて窓の外を見る。

目に入った光景にリアは思わず声をあげた。


「ええ、何やってんの?」


 中庭に男子学生が集まってぎゃあぎゃあ騒ぎながら雪合戦をしていた。

ルールもなにもなさそうな感じでただお互いに雪玉をぶつけ合っている。


「みんな卒論とか就活とかで色々たまってるんじゃないかな。あばれて発散したいのかも」


 フィオナ先輩が笑いながら言う。


「それにしてもお風呂だってまだ沸かしてないのに」


 みんなあんまり楽しそうにしているのでリアも笑ってしまった。


 騒いでる学生の中にエーミール先輩を見つけた。

なんか顔に雪玉ぶつけられてすごい顔して怒鳴ってるな。

あ、今度は命中させて指さして笑ってる。


 表情がコロコロ変わる。

楽しそうに笑う姿はまるで小さい子供みたいだ。

はしゃぐエーミール先輩の姿を見ていたら、何故だか涙が出そうになった。

おかしいな、なんでこんな気持ちになるんだろう。


 雪まみれになって笑ってるエーミール先輩から、リアはいつまでも目が離せなかった。





 なにか小難しいことをエーミール先輩が話している。


 魔法波を構成する魔法元素が対象物に与える作用がなんとかかんとか。

大用紙に描かれた研究の内容もやっぱりよくわからない。


 黒板の前に立っている、真面目な顔をして小難しいことを話しているエーミール先輩と、雪合戦をしてはしゃぐエーミール先輩と、魔法が使えなくて悔しそうなエーミール先輩と、リアのことを可愛いと言ってくれるエーミール先輩。


 全部エーミール先輩だ。

きっと、リアの知らないエーミール先輩はまだまだいっぱいいるんだろう。

エーミール先輩を知るには全然時間が足りない。


 ゲシュタルトが崩壊するほど、今はエーミール先輩のことを考えていたかった。


 エーミール先輩の発表はやっぱり難しかったけど、ひとことだって聴きもらさないようにリアは神経を集中させた。





 風はまだ冷たいけど、だいぶ日差しが暖かくなって春が近づいてるのを感じる。

気が早いスミレやヒナゲシの花が咲き始めて山を歩く足取りも軽くなる。


 春のうきうき気分は煙草を吸いながらエルフィ先輩と楽しそうに話しているルロイの姿をみて急速に冷めた。

なんか前より距離が近くなってる気がする。


 今度はなんなんだよ……卒論は終わっただろ。


 リアが話しかける前にエルフィ先輩がこっちに気づいた。


「もう、そんなに怒らないでよぅ」


 エルフィ先輩はふうっと煙を吐いて笑う。


「別に、怒ってないですけど」


 リアは感情を乗せないように言った。


「本当に大丈夫か? グロスヒューゲルまでなら俺、春休みだし一緒にいけるけど」


 ルロイが心配そうに言う。

グロスヒューゲル(次の目的地)? 何の話をしてるのか全然わからない。


「ありがとう、でも大丈夫。だってそこからは結局ひとりで行かなきゃいけないでしょ」


 エルフィ先輩はリアの方を向くとふんわり笑って言った。


「旅に出るの、私。卒業したら」


「旅?」


 リアが聞き返すとエルフィ先輩は笑顔で頷く。


「魔法国家計画ね、ここにいて資料を集めるだけじゃ限界があるから、もう自分で探しに行こうと思って」


 エルフィ先輩はそう言って煙草を吸う。


「まずは大都市のグロスヒューゲルまで行って情報と仲間を集めるつもり。ルロイは冒険者だから、いろいろ教えてもらってたの」


 そうだったのか。


「でも、魔法国家って確か……」


 計画だけで実現はしなかったはず……それも、かなり昔の話だ。

エルフィ先輩はリアの言いたいこともわかってるような顔で頷く。


「本当に見つけられるかはわからないけど、まあその時のことはその時考えたらいいし」


 エルフィ先輩は空を見上げて言った。


「あてのない旅も悪くないと思うの」


 ルロイはエルフィ先輩を見ながら何も言わずに煙草を吸っていた。





「じゃあねえ」


 エルフィ先輩は煙草を吸い終わると笑顔で山を登っていった。


「グロスヒューゲルまで一緒に行くつもりだったの?」


 煙草に火をつけながらリアは言う。


「だって危ないだろ、女の子がひとりで」


 ルロイはそう言って煙草を吸うと、空に向かって煙を吐いた。

まあ、それはそうか。


 見つかるかもわからない魔法国家の痕跡を辿って旅に出るのか……エルフィ先輩、結構思い切ったことをするんだな。


 来年、学園を卒業した後、リアは何をしてるんだろう。

そのとき、隣にルロイはいるんだろうか。


「そういえばエルフィ先輩、ルロイのことかっこいいって言ってた」


「ええ、そうなのか?」


 ルロイはちょっと嬉しそうに笑った。


 暖かい日差しに集まって小さい鳥が鳴いている。

別れの季節が近づいていた。

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