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第15話 それでも試験はやってくる

 実習室、ブラスの横で黒板に式を書く。

他の学生と比べて途中式がゴチャゴチャしてる気がするけど、とにかく式が閉じられればいい。


「完成です」


「詠唱してみろ」


 見られてると緊張するな。

リアは何度も練習したとおりに印を結ぶ。


茶(空葱)3(↓→↓→+□)


 リアの両手の間で温度計の目盛りはゆっくりと上がりはじめた。


 3、4、5……上がれ、あと1度……お願い、上がって……リアは祈るような思いで目盛りを見つめた。


「よし、OKだ」


 ああ、よかった。

リアは小さく息をつくと席に戻った。





「よかったな」


 隣の席のカールが声をかけてくれる。


「うん、いろいろ教えてくれてありがとう」


 自分の発表が終わったら気楽なもんだな。

リアは他の学生の発表を見ていた。


 同じ効果の魔法を発動させるのに、そこに至る途中式は本当に様々だ。

最終的に発動できればいいとはいえ無駄のないシンプルな魔学式は頭がよさそうに見えてやっぱりいいな。


『笑顔になっただろ?』


 エーミール先輩のことを思い出して講義中なのにドキドキしてきた。

だめだ、集中しないと。

今日は進級試験の課題の発表がある。


 全員の発表が終わったあと、ブラスは前の机に学生を集めた。


「進級の課題はこれだ」


 ブラスが取り出したのは紙製の線香花火だった。


「火力が小さすぎると火が付かないし、大きすぎると持ち手まで燃える」


 言いながらブラスが花火に火をつける。

丸い火の玉が灯り、小さな火花を散らしてゆく。


「これ、このくらいの火力を各自で導き出してくるように。じゃあ練習用の花火配るぞ」





 リアは部屋で線香花火を見ていた。


 これはラッキーかもしれない。

ルロイの煙草に火をつける魔学式はできてるから、少しアレンジすればなんとかなるんじゃないか。


 ルロイか……リアはぼんやりと窓の外を見る。


 あれ以来ドライツェンにも山にも行っていない。

ルロイに会いたい気持ちはあるんだけど、なんとなく会うのが怖い。

とても今まで通りにふるまえる気がしないし、ルロイのあの笑顔を思い出すと胸がつらくなる。


 それに……リアは指で唇をなぞってため息をつく。


 おかしい、絶対に何かがおかしい。

いまだにエーミール先輩のキスが忘れられないなんて。

いや、忘れられないというか、甘い感触を何度も思い返してしまうのだ。


 本当に、あの夜以来リアの体はおかしくなってしまった。

こんな状態でルロイに会えないというのも、最近山に行ってない理由のひとつだ。


 エーミール先輩とも全然会っていない。


 このまま何も答えないわけにはいかないんだろうか。

リアはエーミール先輩のことは大好きだけど、ルロイに感じてるような激しい感情はない。


 でも、ルロイがリアのことをどう思ってるのかわからないし、そもそも同じ熱量でお互いを想いあうことなんてあるのかな。


 エーミール先輩はリアの家のことも知った上で好きだと言ってくれた。

あれだけ一緒にいたのにルロイには話せなかったことだ。


 なんでルロイには言えないんだろう。


 きっと、違う世界の人間だと思われたくないから。

自分とは関係ない女だと、切り捨てられたくないからだ。


 そもそもなんでルロイが好きなんだろう。

怪我を治してもらったから?

海を見せてくれたから?

ルロイを包む自由な空気に惹かれたから?


 もしあのとき回復魔法をかけてくれたのがルロイじゃなくて、たとえばジョバンニ先輩だったとしたらジョバンニ先輩のことを好きになってたのかな。


 まあ、きっかけなんてどうでもいい。

だってリアがいま大好きなのはルロイなんだから。


 そう、ルロイが好きなんだ。

やっぱり会いたいな。





 午後の講義へ向かう教室棟の階段を上がるとルロイがいた。

実習前なのか白衣を着ている。


「お前こんなところで何してんの? 回復の実習は1階だろ」


 カールがいぶかしげに尋ねる。


「あ、いや、特に用もないんだけど」


 ルロイはばつが悪そうにリアの方を向く。


「あの、元気か?」


 リアは初めて見た白衣のルロイにときめきを隠せなかった。

なんだこれ、反則だ。素敵すぎる。


「うん、最近はどう? 実習は」


「だいぶ慣れた。試験も近いしがんばらないとな」


 ルロイが優しく笑う。


「よかった、私もがんばる」


「じゃあ、また」


 ルロイは軽く片手をあげると階段を下りていった。


「びっくりした。なに、お前らなんかあったの……いや、お前喜びすぎだろ」


 リアは不意打ちの白衣ルロイがもう好きすぎて嬉しすぎてドキドキがとまらなかった。

最近山に行ってなかったから、もしかして様子を見に来てくれたのかな。


「白衣は……いいものですね」


 うっとりとため息をつくリアをカールは呆れたように見て言った。


「わけのわからないこと言ってないで魔学行くぞ。今日は試験範囲発表だろ」





 先輩の部屋をノックするのはいつも緊張する。


「はいはーい、どうしたの?」


 フィオナ先輩がドアを開けた。


「夜分にすみません、魔法理学の試験問題があったらもらえないかと思って」


「ああ、ちょっと探すから、中で待ってて」


 リアは促されるまま部屋に入った。


「あったあった、これ持って行っていいよ」


 フィオナ先輩が問題用紙を手渡してくれる。

ああ、見るからに難しそうだ……今度カールに相談しよう。


「ありがとうございます」


 礼をして部屋に戻ろうとするリアをフィオナ先輩が呼び止めた。


「ねえ、ちょっとコーヒー飲んでいかない?」





「もう卒業だもん、早いなあ」


 コーヒーをかき混ぜながらフィオナ先輩が言う。


「先輩は卒業したらどうするんですか?」


「地元に帰るよ」


「え、そうなんですか?」


「うん、職人になるの。家がパン屋だから」


 フィオナ先輩はそう言ってゆっくりコーヒーを飲んだ。


「あの」


 リアは遠慮がちに切り出した。


「嫌じゃないですか? その、地元に帰ること」


「どういうこと?」


 フィオナ先輩が不思議そうな顔をする。


 リアはコーヒーをひと口飲むと話しはじめた。

 

「あの、私、卒業後は地元に戻る約束でここに来たんです。でも……こっちにきて、初めて同じ魔法使いの友達ができて、勉強はむずかしいけど、地元では隠してた魔法をいっぱい使えて、その、毎日大変だけど楽しくて」


 フィオナ先輩は真剣な顔で話を聞いてくれている。


「帰りたくないんです。帰らなきゃいけないのはわかってるんだけど、帰ったら夢が覚めちゃうって言うか、学園でのことが全部無かったことになっちゃうような気がして」


「彼とも離れたくないし?」


 不意打ちの言葉にリアは言葉が出てこなくなる。


「そうねえ、私は嫌だと思ったことはないかな」


 フィオナ先輩はカップの中のコーヒーをみつめる。


「そりゃ、学園みたいに魔法使いの仲間もいないし、好きなだけ魔法が使えるってわけにはいかないけど、私はずっとパン職人になりたかったし、それに、何になるにしても学園で学んだことは役に立つんじゃないかな」


 遠くを見るような目でフィオナ先輩が言った。

もしかしたら故郷のことを考えてるのかもしれない。


「もし余裕があったら魔法ババアになって近所の魔法使いの子に魔法を教えたいな」


 地元に戻っても、魔法を使う仕事をしなくても、魔法の力を生かすことはできるのか。


 それでいいのかもしれない。

魔法ババアになるなんて考えたこともなかったけど、結婚して家に入ったとしても学園で学んだことは無駄にはならないんだ。


「そうか、魔法を生かすのも自分次第なのか」


 なんだかそう考えると少し気持ちが楽になった。


「うん、学園は本当に楽しかったし地元に帰るのは寂しい気もするけど、これからは学んだことを人のために使いたいんだ。私は学園に来て本当によかったよ」


 フィオナ先輩は優しく笑った。


「エルフィとも友達になれたし」


 リアもメイリと出会えただけで学園に来た意味はあったのかもしれない。


「そういえばエルフィ先輩は?」


「まだ研究室、最近はずっとだね」


 卒業研究か、大変そうだな。


 リアは再びお礼を言って部屋を後にした。





 山の中、ルロイはひとりで煙草を吸っていた。


 リアはなんとなく声をかけられなくて後ろ姿を見ていたが、ルロイが気づいて振り返った。


「リアか」


 ルロイはそう言うとふーっと煙を吐いた。


「ここここんなところにいて寒くないの? ゆゆ雪降ってるんだよ!」


 リアは震えながら言った。

歯がガチガチして声がうまく出ない。


「寒いぞ」


 何が面白いのか、ルロイが笑って言った。





葱2空(→↓→+□)!」


 魔法で焚き火を起こした。

火にあたっていると寒さも少しはマシになる。


 しばらくなにを話したらいいのかわからなくてお互い黙っていた。


 リアは小さい雪玉を作ると、南天の赤い実と葉っぱをつける。


「見て、うさぎ」


 それを見てルロイが笑う。


「なんだそれ、かわいいな」


 なんだか楽しくなってリアも笑った。


 風が吹いて木々に積もっていた雪がザザッと落ちる。


「あのさ、ルロイ」


「なんだ?」


 リアはすうっと息を吸う。


「この前さ、ドライツェンですごくきれいな女の人と歩いてなかった?」


 ひと思いにいった。

心臓がすごくどきどきしている。


「あ、見られてたのか」


 ルロイはきまりが悪そうに言った。


「それで、あの、えっと」


 リアは言葉が続かなかった。

だって、ルロイとあの人の関係を聞いたからって、いったい何になるんだろう。


「ごめん、やっぱりなんでもない」


 リアはルロイから目をそらす。

しばらく沈黙が続いたあと、ルロイが思いあたったように声を上げた。


「あ! もしかしてお前、それで最近山に来なかったのか?」


 リアはルロイに背を向けたまましばらく黙っていたが、小声で言った。


「だって、ルロイが、ルロイは、あの人が、その、好きなのかなって思って……」


 声が震えているのは寒さのせいではない。


 ルロイは小さく笑ったあとリアの頭を思いっきりくしゃくしゃ撫でた。


「きゃっ!」


 ルロイはリアの頭を撫でながら楽しそうに話す。


「確かにあの人のことは好きだけど、バカだな、そんなこと気にしてたのか」


「な、な、だって、ルロイがきれいな女の人とその、一緒にいたから……」


 顔の温度がぐんぐん上がっていくのがわかる。

ルロイに頭を撫でられてるってだけでいろんなことがどうでもよくなってきた。


 やっぱり雪は降ってるし風は冷たいけど、リアはもう全然寒くなかった。





「彼女、エスメラルダは昔の旅仲間なんだ。どうだ、美人だろ」


 なぜか誇らしげにルロイが言う。


「踊りが得意で各地で披露しながら世界を旅しててさ」


「前に話してた、故郷のない部族の人?」


「ああ、話したっけか? そうそう、冒険しながら散り散りになった同胞を探していたんだ」


 ルロイが懐かしそうな顔をする。


「やっぱり今でも冒険してて、この間は近くまで来たからって会いに来てくれたんだよ」


「ルロイはエスメラルダのこと好きだったの?」


 リアが聞くとルロイは笑った。


「俺だけじゃない、あのとき一緒に旅してた奴らはみんなエスメラルダのことが好きだった」


 そのパーティーの人間関係は大丈夫なのかと思ったけど、多分そういうことではないんだろうな。


「エスメラルダは誰のものにもならないんだ。風みたいに自由でつかみどころがなくてさ。大人だと思ったら少女みたいなところがあって、遠くにいってしまいそうなのに気づいたら隣にいたり、もう振り回されっぱなしだったよ」


 ルロイは本当に彼女のことが大好きだったんだろうな。

懐かしそうに話すルロイを見てリアは思った。

相手が大人に見えたり子どもに見えたり、振り回されてるのにそれが楽しくて嬉しくて、きっと恋をするのってそういうことなんだ。


 ルロイからそんなふうに思ってもらえる彼女はやっぱりちょっと羨ましい。

でも、今ルロイのとなりにいるのはリアだ。


 ルロイはひと息つくと再び煙草を吸いはじめた。

この間はリアの知らないルロイの笑顔にショックを受けたけど、こうやってルロイの横顔をゆっくり見られるのはリアだけなのかもしれない。


 これも悪くないな。

リアはいつも通りルロイが煙草を吸うのをただ眺めていた。





「この間洞窟に連れて行っただろ? あれで嫌われたのかと思った」


 ルロイが煙を吐きながら言った。


「そんなことで嫌いにならないよ」


 リアは笑った。


「はじめはちょっと怖かったけど、すごく楽しかったよ」


 ルロイが誘ってくれなかったら、学園の地下に眠る悲しい歴史も、学園長先生が効率厨(ナイスカード野郎)なことも知らないままだった。

フィーアにはもう少しマシなところでデートしろって言われたけど……


「あ、でも私を誘うのは洞窟とかなのに、きれいな女の人とはロマンチックな街を歩くんだとはちょっと思った」


 リアはわざと不満げに言った。


「マジか……あー別に、そんなつもりじゃなかったんだけど」


 困ってる困ってる。

冗談だよ、リアがそう言おうとしたとき、ルロイが口を開いた。


「じゃあ、今から行くか? ドライツェン」


 そのひと言で全身がときめきに支配された。

面倒くさい女(サイゼで喜ぶ彼女)みたいなこと言ってよかった!


「行く!」





「あ、あれソーセージかな、隣のトンカツもおいしそう」


「お前腹へってるのか? 食べ物のことばっかりだな」


 ホットワインを片手にドライツェンの街を歩く。


 しばらくお酒はやめておこうと思ってたのに美味しそうなのでつい頼んでしまった。

想像してたよりずっと甘くて驚いたけど、体がとてもポカポカする。


「ホットワインは結構回るから気をつけろよ」


 ルロイの言葉にリアは内心で苦笑する。

すでにワインで失敗した後だとは言えない。


「うん、でも甘くておいしい」


 食べ物も美味しそうだけど、つないだ手をはなさなきゃいけないし、このままワインを飲みながらぶらぶら歩くのもいいかもしれない。


 ルロイの大きくて温かい手に包まれていると、ここ数週間のことなんてまるで夢みたいに感じる。


 だけど夢じゃない。


 エーミール先輩の熱い体温も、唇の甘い感触もいまだにリアの体に残っている。

エーミール先輩がぶつけてきたまっすぐな気持ちに、ちゃんと答えを返さなきゃいけない。


 エーミール先輩は今ごろ何をしてるんだろう。

研究してるのかな、就活? それとも部屋でお茶でも飲んでるのかな。


「どうしたんだ? ぼーっとして」


「ああ、ちょっと進級試験のこと考えてて」


「思い出させるなよ」


 苦い顔で笑うルロイを見てリアも小さく笑った。


 ルロイとリアの間には何の約束もない。

リアが何をしたって自由なはずだ。


 それなのに、エーミール先輩に抱きしめられてキスをした体でルロイの手を握ることにリアは少し後ろめたさを感じていた。


 雪は小降りになって、雲の切れ間からゆるく日が差していた。





「じゃあ私は行くけど、ちゃんとごはん食べてお風呂も入って試験勉強するんだよ」


 外出の支度を終えてメイリが言う。

なんか母親みたいだな。


「大丈夫だよ。じゃあまた年明けに」


「うん、お互い勉強がんばろう」


 今日から試験休みだ。


 いろいろあったけど結局はなるようにしかならないし、とりあえず今はごちゃごちゃ考えてないで試験勉強に集中した方がいいだろう。





 歳末が近づいてこの間までキラキラの屋台でにぎわっていたドライツェンの街は閑散としていた。


 店は開いてないし人の姿もまばらだ。

広場では子供が集まってボール遊びをしていた。


 ミスったな、年末年始は店が閉まるのを忘れてた。

食料をもっと買いだめしておけばよかった。まあ、今更仕方ないか。

いつもと違う静かな街を歩くのも悪くないかもな。


 町はずれに一軒だけ開いてるカフェがあったのでお茶することにした。


 生のミントが大量に入った豪快なミントティーは見た目のインパクトがすごかったけど爽やかでおいしかった。

いっしょに頼んだ砂のかたまりみたいな謎のお菓子はスパイシーでひたすら甘くてなかなかクセが強かった。

めちゃくちゃ喉が渇くな、これ、全部食べ切れるかな。


 ふと窓の外を見るとメイリの姿が見えた。

隣を歩いてるのはおそらくジャンだ。

手をつないで何かを話しながら歩いている。

ジャンが大柄だから並んでるとメイリはすごく小さく見える。


 こうやって見ると仲が良いカップルにしか見えない。

きっとお互いを大事に思って5年間も旅をしてきたんだろう。


 でも、それが恋なのかはわからない。


 もし、ジャンの『好き』がメイリの求めるものと違ったらどうなるんだろう。

たとえば……ジャンがほかの女の子に恋をして結婚したとしても、それでもそばにいたいと思うのかな。


 リアは通り過ぎる2人の後ろ姿を見ていた。

空が曇ってきたし、雪が降る前に学園に帰ろう。


 謎のお菓子は食べているうちに舌が麻痺したのか、少しだけおいしく感じるようになってきた。





 だめだ……全然わからない。


  寮の部屋でリアは途方に暮れていた。


 エルフィ先輩が組んでくれた魔法はもう目をつぶっても発動できるくらいに使いこなしているのに、肝心の理論が全然わからない。

ゴールが決まってるからあとは途中式を組めばいいだけなんだけど、何を使ったらいいのか見当がつかないのだ。


 エルフィ先輩に聞けばわかるけどあまり難しい式を使ってたらさすがにブラスにつっこまれるだろうし、エルフィ先輩も卒論とかで忙しそうだからあまり面倒もかけられない。


 教室棟に行ってみようかな。


 部屋でひとりで考えててもしょうがない。

それに、誰かいたら情報交換できるかもしれない。





 カール来い、カール。

リアは祈るような気持ちで実習室をのぞいた。


「あ、リアだ」


 実習室にいたのは同じクラスの女子学生、モカだった。

チョコレート色の長い巻き毛を赤いリボンでひとつに結わえている。


「進級試験のやつ、進んでる?」


 椅子に座って足をブラブラさせながらモカが聞いてきた。

すでにもうやる気ゼロって感じだ。


「全然、モカは?」


「行き詰っちゃってさ、だれかに教えてもらえないかなって思ってきたんだけど」


「同じ同じ」


 実習室にいるのはモカとリアだけだ。


「ダメじゃん」


 モカが乾いた笑い声をあげる。


「違いない」


 リアも笑うしかなかった。

一度笑いだしたらなかなかとまらなくなって実習室に2人の笑い声が響いた。





「もうすぐお昼だからさ、食堂でだれか捕まえて教えてもらおうよ」


 モカが時計を見ながら言う。


「でも、少しは自分で考えた方が」

「今さら?」


 リアが言いかけた言葉はモカに遮られた。

確かにリアもカールに教えてもらう気満々で来たけれども。


「試験を乗り切るためにちょっと頼るだけじゃん? ノイフェルト式も魔法理学も卒業するまでにマスターしたら問題ないでしょ」


 モカが明るく言う。


「確かにそうかも」


「うん、お腹すいたし食堂行こう」





「誰に話しかける?」


 ミートボールにフォークをぶっ刺して小声でモカが言う。

ここの人選は重要だ。


「カールがいたらいいんだけど」


 リアはパスタをフォークに巻きつけながらまわりをうかがう。

昼に入ったばかりなのでまだ人影はまばらだ。


「ああ、あの人頭いいもんね」


「それに、教え方が上手いんだよ」


 以前エーミール先輩に教えてもらった時は1ミリも理解できなかったけど、カールはリアのレベルに合わせて教えてくれる。

リアはもうカールに頼りっぱなしだ。


「あ、来た! カールだよ!」


 モカが入り口を指す。

2度寝でもしてたのか、部屋着のまま眠そうなカールが食堂に入ってきた。


「カール!」


 カールが席につくとすかさずリアとモカがカールの前に立った。


「うわあ……何なんだよお前ら」





「お前、ルロイの着火マンなんだから余裕だろ」


 実習室までつれてこられたカールが言う。


「着火マン?」


 モカの疑問にこたえるようにリアは慣れた手つきで印を結ぶ。

指先に小さな火が灯った。


「これ、魔学式自体はできてるんだけど」


「え、それでいいじゃん。何がだめなの?」


 モカが不思議そうに尋ねる。


「途中式がないんだ。これ、エルフィ先輩が組んだやつだから」


「そりゃダメだ」


 モカが楽しそうに笑う。


「お前、理屈がわからないのに使ってたのかよ」


 カールがあきれたようにリアのノートを見る。


「ああでも、完成された魔学式から途中式を逆算するのは確かに難しいかもな。もしかしたらまだ習ってない公式使ってるかもしれないし」


 カールはリアを見て言った。


「新しい式考えた方がいいんじゃないか?」


「ああ、やっぱりそうなるよね」


 結局楽はできないってことか。リアはため息をついた。


「あ、できた」


 横ではモカがエルフィ先輩の魔学式を発動させていた。





 カールの指導でなんとか魔学式の骨格はできた。

窓からはゆるく西日が差し込んでいる。


「あとは出力を調整すればいけるだろ」


「カール、本当にありがとう!」


 これで心配事がひとつ減った。


「できた!」


 モカも魔学式が完成したみたいで喜んでいた。


「じゃあ俺はこれで」


「待って」


 帰ろうとしたカールをリアは呼び止めた。


「ここに去年の魔法理学の試験問題があるんだけど……」


「あ、私もそれ教えてほしい」


「お前ら、少しは自分で考えろよ」


 カールはあきれたように大きくため息をついた。





 年越しの時間、リアはひとりで部屋にいた。


 寂しくないわけではなかったけど、こうやって新年を迎えるのも悪くない。

階下では男子学生が集まって騒いでいるのか、にぎやかな声が聞こえてくる。


 去年は両親と3人で過ごしていたな。

来年の今頃はどうしているんだろう。再来年は?

いつまでも学生でいられるわけではない。


 ルロイは何してるのかな。

ふと思いついて窓を開けると吹雪が舞い込んできたのであわてて閉めた。


 来年も素敵な年になりますように。

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