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第12話 精神的に向上心がないからってバカにすんな

「それで、どうだったのよ海は」


 教科書を揃えながらメイリが言う。

メイリの顔を見ると学園に帰ってきた実感がわく。


「大きかったよ」


「そんなこと聞いてんじゃないわよ! ルロイとはどうなったのかって言ってんの」


 別にどうもなっていないが。

リアは緑茶をひと口飲んでから言った。


「そういえば、酔った勢いでさ」


「ええ! マジでなんかあったの?」


 メイリが驚いたようにこっちを向く。


「手、つないじゃった」


 リアが思い出してニヤニヤしていると、メイリは興味を無くしたように言った。


「私、お風呂入ってくるね」





 あれ? 誰もいない。


 時間通りに講義に来たはずなのに、教室は空っぽだった。

もしかして……休講?


「あ、やっぱりこっちにいた」


 頭に浮かんだしあわせな考えは教室に入ってきたカールに打ち消された。


「カール!」


「お前、今日から実習だぞ」


 どうやら教室を間違えてたみたいだ。

実習室に行くと、もうみんな席に着いていた。


「絶対ひとりはこういう奴いると思ってたんだよ」


 そう言ってカールは席に座った。


「ごめん、教えてくれてありがとう」


 夏休みが明けて早々にカールに助けられてしまった。

もっとしっかりしないとダメだな。


 リアが席に着いたタイミングで、ブラスが教室に入ってきた。





「お前達は今まで自由に魔法を使ってきたと思うが、一旦それは忘れてもらう」


 ブラスが黒板に『ノイフェルト式』と大きく書いた。


「これからは魔法にルール、法則をつけていく。それがノイフェルト式だ」


 ブラスの話によると、 ノイフェルト式とは、学園長のノイフェルトが提唱した魔法のコントロール法らしい。


 魔法とは基本的に自分のエネルギーを魔法波に変換して使うものだ。

でも、感覚だけで魔法を使っていると、無意識下で発動してしまったり、体調や精神状態に大きく依存したりといろいろ問題が起こる。


 これまでは発動条件として『呪文』を設定するのが一般的だった。


「ノイフェルト式においては、この呪文のことを『無秩序(オリジナル)』と呼ぶ」


 リアの『点火』やルロイの『回復(ザラキ)』のことだ。

リアは魔法ババアに習ったわけじゃないけど、無意識に呪文を使ってたのか。


 そこにもう一歩踏み込んだのがノイフェルト式で、詠唱を行ったり手で印を結ぶことによって脳に信号を送り、ある程度魔法に秩序(ルール)を付けることを可能にしたらしい。


「この『詠唱』に使うのがお前らが今まで勉強してきた『魔法元素』だ。魔法元素を組み合わせて魔学式を閉じることで、魔法を生み出すことができる」


 そこでブラスは一旦言葉を切った。


「まあ、説明するよりやって見せた方が早いか」


 そう言ってブラスは黒板に式と記号を書き始めた。


『葱2空』

『→↓→+□』


 そして、ブラスは手で印を結びながら静かに唱えた。


葱2空(→↓→+□)


 その瞬間、ブラスの手から炎が上がった。

教室に小さなどよめきが生まれる。


「あちちち! これがノイフェルト式の魔法だ」


 すごい、今までリアが使ってた魔法とは確かに全然違う。


「今のをアレンジして、こういうのもできる」


 そう言ってブラスは新しい式と方向キーを書く。


『藍空2』

『↓→+□』


藍空2(↓→+□)


 ブラスが詠唱すると、手の中に白い光を放つ球が生まれた。


「これは明るさを極限まで上げたんだ。同じ炎でもこうやっていろいろできる、これは熱くないぞ」


 ブラスが手をパンっと合わせると光の球は消えた。


「今日は基本のこの2つの組み方をやるぞ。あ、炎じゃない奴には他の課題を用意するから手を上げろ」





「実習室以外で魔法使うんじゃねえよ!」


 食堂で誰かが上級生に怒られていた。

無理もない、みんな新しい魔法を試してみたくて仕方がないんだ。


 リアもワクワクしていた。

フィオナ先輩が言ってたのはこのことだったんだ。

次の週末までに、煙草に火をつける魔学式を組んでルロイを驚かせたいな。


 ごはんを食べながらニヤニヤするリアを、カールは冷めた目で見ていた。


「お前が何を考えてるのか手に取るようにわかるけど、忘れるなよ。午後からは魔法理学だからな」


 午後の魔法理学もやっぱりよくわからなかったけど、リアは早く魔学式を組みたくて足早に部屋に戻った。


「あれ? 実習室ではできたのにな」


 魔学式を組んでみたけど発動しない。

魔法元素の組み合わせが悪いのか、使う公式が間違ってるのか。

何度も組み直してるうちに頭がこんがらがってきた。


 やっぱりフィオナ先輩に聞きに行こう。

リアは自分で魔学式を組むことを早々にあきらめた。





 ドアをノックするとエルフィ先輩が出てきた。


「あの、フィオナ先輩は」


「今お風呂だけど、どうしたの?」


 エルフィ先輩も風呂上がりのようで、濡れた髪をひとつに結えていた。


「あの、この間フィオナ先輩が使ってた、煙草に火をつける魔法を組んでたんですけど、上手くいかなくて」


 リアはノートを握りしめながら言った。

エルフィ先輩って何考えてるのかよくわからないから、何となく緊張するんだよな。


「ふーん、ちょっとみせて……上がっていいよ」


 リアはノートを手渡すと促されるままに部屋に上がった。


「ここ、計算間違ってる。あとこの式いらないし、これ単体ではこっちと結びつかないよ」


 エルフィ先輩がすらすらと書き込む。

めちゃくちゃ間違えてたみたいで、リアは少し恥ずかしくなった。


「これで試してみて」


 ノートを見ながら間違えないようにゆっくりと詠唱する。


葱2桔空4(↓←↓←+○)


 瞬間、指先に小さな炎が灯った。


「できた! やったあ」


「早速だけど、火もらうね」


 エルフィ先輩は煙草を取り出して火をつける。


「ごめんねえ、はじめてが私で」


 窓を開けて煙を吐きながらエルフィ先輩が笑う。


「いえ、教えてくれてありがとうございました」


 あとは魔学式を見なくても詠唱できるように部屋で練習しよう。

ノートを手にとったときふと思った。

そういえば、エルフィ先輩は炎じゃないんだよな。


「エルフィ先輩は何の魔法使いなんですか?」


 リアが聞くと、エルフィ先輩は灰皿に灰を落としながら言った。


「なんだと思う?」


 エルフィ先輩が顔を上げてイタズラっぽく笑う。


「当たったら教えてあげる」


 ええ、何だこの流れ……クイズが始まったぞ。

そもそも、リアは炎と回復くらいしか魔法使いを知らない。


「炎?」


「違う」


 そりゃそうだよな……エルフィ先輩が2本目の煙草を取りだしたのでリアは印を結んで火をつける。


「雷?」


「はずれ、それあんたのルームメイトでしょ」


 ああ、メイリとも面識あるんだ。


 エルフィ先輩は回復でも眠りでもこおりでもじめんでもエスパーでもなかった。


「もしかして……魔法使いじゃないとか?」


 苦しまぎれに言うとエルフィ先輩はふっと笑った。


「魔法使いじゃないのにこんなところに来る物好きなんて、エーミールくらいよ」


 そう言ってエルフィ先輩は窓の外を見ながらゆっくりと煙を吐く。


 リアはなんとなく声をかけられなくて部屋を見まわした。

棚に大量のノートが積まれている、前に来たときは気づかなかった。

きっとたくさん勉強してきたんだろう。


 エルフィ先輩はしばらく黙って煙草を吸っていたけど、思い出したかのように言った。


「そうそう、ルロイだっけ? 彼、いまの時期は気を使ってあげた方がいいかもね」


「ルロイが? なんで?」


 エルフィ先輩がニヤリと笑った。


「回復の実習は、エグいわよ」





「ルロイ!」


 週末、山頂近くでルロイを見つけた。

海から戻って以来、話すのは初めてかもしれない。


「ああ、リアか」


 リアはルロイの横に腰を下ろした。

夏休みに2人で遠出したのはすごく楽しかったけど、山でこうやってのんびりするのもなんだか日常に戻ったみたいで悪くない。


「なあ、火くれよ」


 来た……!

リアはこの1週間、ずっとこの瞬間をシミュレーションしていた。


「ふふふ、ちょっと待ってね」


 間違えないように、リアはかつてないくらい精神を集中させて印を結ぶ。


葱2桔空4(↓←↓←+○)!」


 詠唱と同時に人さし指の先に小さな炎が生まれた。


「はい」


「おお! すごいな」


 リアが指を差し出すとルロイが嬉しそうに笑う。


「えへへ、魔学式組んでみたの。うまくいってよかった」


 実際に組んだのはほぼエルフィ先輩なんだけど……まあ、喜んでもらえてよかった。


 指先に灯った炎にルロイが煙草を傾ける。

火がつくまでの間、2人の距離がすごく近づいて、なんだかドキドキする。


 煙草を吸うルロイを見ながら、リアはエルフィ先輩が言ったことを考えていた。

ルロイに気をつかえと言われても、ルロイが何も言わない以上こっちから話を振るのも変だし。


 あ、でもそうだ。

ルロイが学園に来た理由。


「ねえ、ノイフェルト式ってもうやった?」


「ああ、今週から始まったけど」


「じゃあさ、回復魔法、普通に使えるようになった?」


 ノイフェルト式ならできるはずだ。


「そうだな、まだ先は長そうだけど、希望は見えてきたかな」


 ルロイが嬉しそうに笑う。


「よかったね!」


 ルロイが嬉しいとリアも嬉しい。

満面の笑顔のリアを見てルロイは苦笑した。


「そこは本当によかったんだけどな」


 ルロイはうつむいて小さくため息をつく。


「実習は……きついな」


 風が吹いて木の葉を散らしてゆく。

うつむいたままのルロイの横でリアは考えを巡らせていた。


 ルロイが精神的にまいっている。

こんなルロイ、初めて見た。


 どうしよう……あんまり突っ込んだことを聞かないほうがいいのかな。

それとも、ちゃんと話を聞いたほうがいいのか?


「実習って、そんなにエグいの?」


 リアは思い切って聞いてみた。


「うーん、エグいって言うか……まあ、エグいな」


 ルロイはうつむいたまま答える。


「モンスターっているだろ?」


 リアは黙って頷く。

実際に見たことはないけど、そういう存在がいることは知っている。


「今までモンスターなんて数え切れないくらい殺してきたんだけどさ」


 なんだか物騒なことを言いながらルロイは空を見上げる。


「可哀想だと思ったのは初めてだ」


 空に向かって煙を吐いたあと、ルロイはまた黙ってしまった。

リアもそれ以上何も聞かなかった。


 回復の実習室でなんらかの残酷な行為(ベッケラーの実験小屋)が行なわれているのはわかった。


「まあ、頑張るしかないか」


 ルロイは誰ともなしに言ったあと、急にリアのみつあみに手を伸ばした。


「葉っぱ、ついてる」


 ええええ! いきなり何を!


 リアはこんなことですぐにドキドキしてしまう。

ルロイは気づいているのだろうか。


 ルロイの指先で秋の日差しを受けた木の葉が金色に輝いていた。





 夜、リアは部屋の窓から空を眺めていた。

ルロイはナントカ十文字がどうとか言ってたけど、全然わからないや。


 同じ建物、すぐ下の階にルロイがいるのに、ゆっくり2人で話せるのは山の中だけっていうのも不思議だ。

そのこともなんだか2人の秘密みたいでリアは嬉しかった。


 ルロイに触れられた髪を撫でてみる。

少しずつだけど、きっと距離は近づいてるはず。


 明日は街に下りて、秋らしい色のリボンを買いに行こう。

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