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第10話 海って何しに行くの?

 眩しい日差しを受けてリアは目を覚ました。

いつのまにかルロイの上着がかけられている。


「ああ、起きたか。パン食うか?」


 ルロイは焚き火の近くで地図を広げていた。


「食べる、けど……ちょっとまって」


 外で寝てたから髪の毛がバサバサだ。

こんな姿をルロイに見せるわけにはいかない。

ルロイに背を向けてブラッシングしながらふと考える。


 ルロイってどういう髪型が好きなんだろう。


 一瞬聞いてみようかと思ったけど、面倒くさいと思われたら嫌だから低めのサイドポニーにする。

ひまわりは残念ながらしおれてしまったので、髪を一房だけみつあみにして結び目に巻きつけた。


「おまたせ」


 リアが振り向くと、地図ごしにリアを見ていたのかルロイと目が合った。





「見えたぞ、海だ」


 山頂近く、切り立った崖でルロイが指をさす。


 さえぎるものがない視界に、一面の青が飛びこんできた。

どこまでも広がる青、青、青、その果ては空と溶け合っているみたいだ。


 リアはしばらく言葉が出なかった。


 本当にこれは現実の景色だろうか。

はじめて見る海は、美しいというより恐ろしかった。

果てしなく広い海はあまりにも大きくて、リアのことなんて簡単に飲み込んでしまいそうだ。


「すごい……」


 リアは横にいるルロイの服をきゅっと握った。


「大きすぎて、なんかちょっと怖いな」


 ルロイがその手を優しく握る。


「どうする、戻るか?」


 リアはルロイの手を強く握り返す。


「ううん、もっと近くで見たい」


「よし、浜まで下りよう」





 山を下って砂浜に出たときには、日は傾きはじめていた。

波の音が静かに聞こえる。

地元の子どもなのだろうか、男の子がひとり波打ち際で遊んでいる。


「ちょっと、海に入ってみようかな」


「気をつけろよ」


 リアは裸足になって砂を踏む。

足裏からほんのり温かい砂のサラサラした感触が伝わる。


 おそるおそる海に入ると、水はひんやり冷たくてさんざん歩いてきた足に気持ちよかった。


 すごい、本当に全部水なんだ。


 波が砂をさらって、海に引き込まれているのか、浜に戻されているのか、不思議な感覚になる。

その場にいるだけで足がどんどん砂に埋まっていく。


 リアは太陽を受けて輝く水面を見た。


 海の向こう側に陸があって、そこでも人が暮らしているなんて想像もつかない。


 16年間リヒトシュパッツを出たことがなかったリアにとって、森を超えてドライツェンまで行ったのは大冒険だった。


 そして今、海にきた。


 まるでこの世の果てのように感じるけど、この先にもまだまだ世界は広がっているらしい。

『世界』はリアの想像よりはるかに、途方もなく広いみたいだ。


 その世界のすべてを見ることができたらどんなにステキだろうか。

海を超えて、山を超えて、砂漠を超えて、世界中の景色を見て、世界中のおいしいものを食べて、世界中の人と話して。


 本当にそんなことができたら、どんなにステキなんだろうか。





「大丈夫か?」


 声をかけられてリアの意識は現実に戻ってきた。

海を見ながら立ち尽くしていたリアを心配したのか、ルロイが波打ち際まで来ていた。


「うん、なんか感動しちゃって」


 そう言ってリアは水から上がった。

濡れた足に砂がまとわりついてくる。


「これじゃ靴が履けないや」


 リアが笑う。

温かい砂の感触が心地よくて、裸足のままでいるのも悪くないと思った。


「この日差しならそのうち乾くだろ」


 ルロイは砂浜に腰を下ろして煙草を吸い始めたので、リアもすぐ横に座った。





 沈みはじめた夕陽に照らされて、水面が黄金色に輝く。


「あそこまで行ったら、夕陽にさわれるのかな」


 リアがそう言うとルロイがふっと笑う。


「危ないからやめとけ」


 ルロイの言葉にリアも笑った。


「さっきね、考えてたんだ」


 リアは海を眺めながら言う。

海面は波に揺らされて1秒ごとに違う表情を見せる。


「海の向こう側にもここみたいに陸があって、街があって、人が住んでるなんて想像がつかないなって」


 海の上を鳥の群れが飛んでいく。


「私が知らないだけで、きっと世界ってものすごく広いんだろうなって思ったの。もっともっといろんなものを見たいし、いつか海の向こうにも行ってみたいな」


 リアは夕陽に照らされたルロイの顔を見る。


「ルロイは、向こう側に何があるか知ってるの?」


 ルロイは煙を吐き出すとリアの方を向く。


「言ってなかったか?」


 ルロイはゆっくりと海に視線を戻す。


「俺、海の向こうから来たんだ」





 リアはびっくりしすぎてしばらく何も言えなかった。

波の音と、遠くで鳥が鳴く声が重なる。


「聞いてないよ! え、海の向こうからって、えええ! どうやって?」


 ルロイは遠くを見ながら言う。


「歩いてきた」


「ええ! どういうこと? そういう魔法?」


 リアの言葉にルロイは楽しそうに笑う。


「嘘だよ、船で来たんだ」


 ルロイは懐かしそうに海を見る。


「お前くらいの時かな、どうしても海を渡ってみたくてさ。『回復魔法が使えるから乗せてくれ!』って頼み込んで商船に乗せてもらったんだ」


 ルロイにもそんな時代があったんだ。

16歳のルロイか、絶対かわいいだろうな。

リアは想像したらニヤニヤしてきた。


「今思うと本当に怖いもの知らずだった。関わった大人の中にひとりでも悪人がいたらどこかに売りとばされてただろうな」


 リアは以前休憩所で見た回復娘の少女を思い出した。

彼女がこれから歩む人生はどれだけ過酷なんだろうか。


「回復息子になってたかもしれないんだ……」


 リアがそう言うとルロイは吹き出した。


「いや、回復息子って言葉があるのかはわからないけど、多分似たような目には遭ってただろうな。闇医者だとか、戦争中の国に売られるとかな」


 回復息子(クレイジー・D)がツボったのか、話しながらルロイは笑っている。


「ねえ、海の向こうに何があるのか聞かせてよ。私、ルロイがどんなところから来たのか知りたい」


 リアがそう言うと、ルロイは故郷の話をしてくれた。


 ルロイが生まれ育ったのは山あいの小さな村で、一年中花が咲く温かくて美しい土地だった。

ルロイは小さい頃から家業の牧羊を手伝いながら、いつか山を越えて外の世界へ行きたいと思っていた。


「羊飼いが嫌なわけじゃなかったけど、村の外の世界が見たくてさ。村では変人扱いだったな。こんなに豊かな土地にいるのに、なんで出て行きたがるのかって」


 ああ、同じだ。


 リアも、リヒトシュパッツにいれば何不自由ない生活を送れるのになんでそんなに外に出たがるのかと、家族にも友達にも全然わかってもらえなかった。

母親には何がそんなに不満なのかと泣かれたこともある。


「それで、16歳のとき山を越えたんだ」


 地図も持たずに飛び出した外の世界は厳しくて、飢えやモンスターとの戦いだったらしい。


「何度か本当に死ぬと思ったけど、山をこえてふもとの街に着いた時は感動したな。やっと外の世界に来たんだって」


 そして山を越えて海を越えて、今日まで冒険してきた。

時にはひとりで、時には仲間と一緒に。


「こっちに来て一番驚いたのは雪だな。地元でも全く降らないわけじゃなかったけど、あんなに積もるとは思わなかったから。真っ白になった景色は別世界みたいに綺麗だった」


 雪が綺麗か。

リアにとっては濡れるし歩きづらいし、うっとうしい存在だけど、ルロイにはそんな風に見えてるんだ。


「雪だるまとか作った?」


 リアが聞くとルロイは恥ずかしそうに顔を隠して言った。


「作った。かまくらも作った」


 リアはルロイが可愛すぎて悶え死にそうだった。





 話しこんでいるうちに太陽はすっかり海に飲み込まれてしまった。

かすかな残光が空に橙色の帯を作っている。

遊んでいた村の子どもはいつのまにかいなくなっていた。


「暗くなってきたし、そろそろ酒場でも行くか。海の近くだからきっと魚がうまいぞ」


「うん!」


 足はすっかり乾いていた。

長い時間裸足でいたからか、靴を履くと少し窮屈に感じる。


 リアが手の甲でルロイの手にそっと触れると、ルロイはその手を包みこんでくれた。

合わさった手のひらから温かさが伝わってくる。


 このまま、気持ちも通じてしまえばいいのに。

リアはルロイの手を強く握った。





 酒場で晩ごはんを食べて、少しお酒を飲んだあと村で宿をとった。


 ルロイが机で煙草を巻いているのをリアはベッドに寝転んで見ていた。

指先で器用に煙草を包み、ペーパーの端を舌で濡らして留めていく。


「いつもそうやって巻いてたんだ」


 なんだか舞台裏を見ているようで面白い。


「ああ、一応巻いた分以上は吸わないようにしてる」


 夕方、砂浜ではあんなにたくさん話をしたのに、ろうそくの灯りだけがゆらめく空間では何を言っても言葉以上の意味を持ってしまいそうで何も言えなくなる。


 伝えたいことはたくさんあったはずなのに。


「ねえ、ルロイ」


 ルロイが好き。


「何だ?」


 こっちに来て。

こっちで、一緒に寝ようよ。


「おやすみ」


 リアはルロイに背を向ける。

頭に浮かんだ言葉のひとつとしてリアの口からは言えそうにない。


「ああ、ゆっくり休めよ」


 ルロイの低い、優しい声をきいて、なぜだか涙が出そうになった。





 夜半、リアはふと目を覚ました。

灯りは消されていて、ただ夜の闇があった。

耳をすませると反対側のベッドで寝てるルロイの寝息がかすかに聞こえてくる。


 闇に目を凝らすと、ぼんやりだけどルロイの姿が見えるような気がする。

リアはルロイの方を見ながら浜で話したことを思い出していた。


『外の世界が見たくてさ』


 ルロイが旅に出た理由は、リアが故郷を出た理由と同じだった。

リアは街の外に出るチャンスをずっと窺っていた。

ルロイに語った、遠くに行きたい、世界中の景色を見たいという思いも本当だ。


 でも、そんなこと本当にできるのだろうか。


 ルロイについていくためにはどうすればいい?


 あの、ババア共のうわさ話に支配されたクソ狭くて退屈な田舎町に2度と帰れなくなるのだろうか。

厳格な父、狭い世界の常識を疑いもしない母、いちいちひと言多いクソ兄貴にも会えなくなるんだろうか。

クソガキが騒ぎまわる温泉で、友達とくだらない話を無限にしながらフルーツ牛乳を飲むこともできなくなるんだろうか。


 ルロイが好きだ。

本当に、本当に大好きだ。


 ルロイとずっと一緒にいたい。

そのためには、どうすればいい?


 リアはじっと目を凝らす。

やはり、ルロイの姿はぼんやりとしか見えない。


 窓の外からは波の音が静かに聞こえていた。





「ねえ、ルロイ」


 朝、鏡に向かって髪をときながらベッドに腰掛けているルロイに話しかける。


「何だ?」


「髪の毛さ、こう、横に下ろすのと、こうやってポニーテールにするのと、どっちがいいと思う?」


 声とか、変になってないかな。

平静を装ってはいるが、リアはものすごく緊張していた。


 ルロイは少し考えたあと真剣な声で言った。


「俺、みつあみが好き」


 瞬間、心臓が大きく跳ねた。

顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


「そう、じゃあ、みつあみにしようかな」


 ちょっとうわずった声が出てしまった。


 これからは毎日みつあみにしよう。

リアはニヤけそうになるのをこらえながら髪を編んでいった。





 村から街道に出たとき、ふと振り返ると朝日にきらめく海が見えた。


「海って、こんなに近かったんだ」


 リアはつぶやく。


「私、海を見ることなんてできないと思ってた。

なんでだろう、自分には縁がないものだと思ってたの」


 鎖でつながれているわけでもないのに、自分の行動範囲を自分で決めてしまっていた。

いつだって、どこへだって行けるはずなのに。


「海、きれいだった。連れてきてくれてありがとう」


 そう言ってリアが振り返ると、ルロイは優しい声で言った。


「ああ、それじゃ帰るか」





「活動魔法使いの冒険者っているの?」


 森の中の街道を歩きながら、リアはルロイに聞いてみた。


「そんなのいくらでもいるぞ」


 当然のようにルロイが答える。

そういえばメイリもそうだったな。


「やっぱりさ、すごく強力な魔法が使えたりするの?」


 リアの魔法はすっかりルロイ専用着火マンになり下がっている。

もし冒険者になったとして通用するのだろうか。


「いや、そうでもない」


 ルロイが言う。


「魔法の威力はそこまで関係ないな」


 強くなくてもいいのか、リアは少しほっとした。


「それよりも、魔法をためらいなく人とか、モンスターに向かって撃てるかの方が重要だな。これは魔法使いに限った話じゃないけど、できない奴は本当にできない」


 ルロイの言葉にリアはどきっとした。

魔法で人を攻撃するなんて想像したこともない。

リアはルロイが下げている剣を横目で見た。


 リアの視線に気づいているのか、ルロイが続ける。


「まあ、ある程度自分の身は守れた方がいいけど、戦えなくても冒険してる奴らはいるな」


「そうなの?」


「いちばん多いのが商人かな。目的地が一緒だったりしたらよく旅に同行してた。商売がうまいし、独自のルートを持っていたりするから金策が楽になるんだ」


 ひとことで冒険者って言ってもいろんな人がいるんだな。


「あと、珍しいとこでは踊り子がいたな」


「踊り子?」


 踊りと冒険(舞勇伝キタキタ)がなかなかリアの中で結びつかない。


「祖国をもたない部族の出身で、各地で伝統の踊りを披露しながら世界を冒険してたんだ。彼女とはかなり長い間一緒に旅をしたな」


 ルロイが懐かしそうな顔をする。


 女か……リアは自分が振った話題とはいえ、ルロイの口から女性の話が出て複雑な気分になった。

まあいいんですけどね、別に。


 ルロイの話を聞いてると仲間の入れ替わりは結構あるみたいで、旅先の土地を気に入って定住する人もいれば逆に旅についてくる人もいるらしい。

まさに旅は道連れだ。


 今はルロイが冒険を離れて学園にいて、かつての仲間は旅の空か。


「まあ、冒険を続けていればそのうちまた会えるだろ」


 ルロイはそう言って空を見上げる。


 結構ドライな関係なんだな。

それが、自由ってことなのかもしれない。


 ルロイと同じものが見たくてリアも空を見上げた。

木々の間から鳥が飛び立っていった。





 ルロイが急に立ち止まった。


「ルロイ?」


「静かに、何かいる」


 小声でルロイが言うと、森の中から2人の男が出てきた。


「兄ちゃん、ここを通るなら通行料を払ってもらおうか」


 男たちが構えている抜き身の短剣がギラリと光って、リアは小さく悲鳴をあげる。


「いくらだ?」


 買い物でもするかのようにルロイが言った。


「持ち物全部と、そっちのお嬢ちゃんを置いていきな」


 私? 心臓がビクッとして、さあっとつま先のあたりが冷たくなる。

体がふるえているのが自分でもわかる。


 ルロイはリアを庇うように背後に隠すと小声で言った。


「右を抜けるぞ」


 右? どういうこと?

ルロイは2人に向き直る。


「それは無理だな───回復(ザラキ)!」


 右側の男ががくりとくずおれる。

同時に、リアの手をとってルロイは走り出した。


「え、(ザラキ)って……おい! しっかりしろ!」


 右側の男を眠らせるってことだったのか!

必死に走りながらリアは納得した。


「5、6……7人ってところか」


 走りながらルロイが言う。


「すごい! わかるの?」


「適当に言っただけだ。そんなにいてたまるかよ」


 ルロイがニヤリと笑う。


「何それ、自分で言ったくせに」


 リアもつられて笑った。

走りにくいだろうに、ルロイが手をきつく握ってくれてるのが嬉しかった。





「ここまで来れば、さすがに追ってこないだろ」


 どれだけ走ったのか、ルロイが走るのをやめたときリアは息がすっかり上がっていた。


「大丈夫か? 怖かっただろ」


 汗を拭いながらルロイが言う。


 リアはしばらく膝に手をついて肩で息をしていたが、呼吸を整えてから言った。


「ううん、怖くなかったよ」


「すごいな、俺は怖かった」


 ルロイはため息をつく。


回復(ザラキ)が効かなかったらどうしようかと思ってた」


「そうだったんだ」


 ルロイが平然としてたから全然わからなかった。


「でも、効いてよかったね。あの人すごいびっくりしてたし」


物騒な呪文(ザラキ)が初めて役にたったな。魔法ババアに感謝だ」


 そう言ってルロイは笑った。





「そういえばさ、ルロイの地元にも魔法ババアっているんだね」


 海の向こうにも魔法はあって、魔法ババアもいるのか。

考えれば当たり前なのかもしれないけど、なんだか不思議だ。


「ああ、うちの集落にはいなかったけど、ふたつ向こうのちょっと大きい村にいたんだ。床屋の女将さんで、店を閉めてから教えてもらってた」


 死のババア(でんぢゃらすばばあ)は床屋さんだったのか。

リアの地元では古道具屋の未亡人が魔法ババアなんじゃないかと言われていた。


「その人は炎だったから回復魔法はあまり詳しくなかったけど、ひと通りのことは教えてもらったな」


 そして生まれたのがあの呪文(ザラキ)だったのか。


「店の親父さんにも気に入られてさ、『将来は床屋になるか』なんて言われてた」


「いいね、それ。間違って切りすぎちゃっても回復魔法で治せばいいもんね」


「馬鹿! そんなことできるわけないだろ」


 ルロイが笑いながら言う。


「結局、床屋にも羊飼いにもならなかったけど、懐かしいな。今ごろ何してるんだろうな」


「村に帰りたいと思う?」


 リアの言葉に、ルロイは少し考えてから答えた。


「それは、わからないな」


 ルロイの故郷、見てみたいな。

羊がいて、床屋があって、暖かくて、花が咲いていて、リアは見たことがない海の向こうの村に思いを馳せていた。


「まあ、帰ったとしてもまたすぐに旅立つんだろうけどな」


 いつだってルロイは鳥のように自由で、ひとところに止まったりはしないんだろう。

つかまえることなんてできないのかもしれない。





 ウーファの村に着いたのは日が沈む少し前だった。

野盗が出たことを自警団に報告したあと酒場に行った。


「乾杯!」


 リアは今回の冒険ですっかりビールが大好きになった。

苦さの中にふわっと広がる甘さと香ばしさがたまらない。


「お前弱いんだから飲みすぎるなよ」


 ルロイが保護者みたいなことを言うのがなんだかおかしかった。


「大丈夫、つぶれたらルロイに運んでもらうから」


「おい、もしそうなったら置いてくぞ」


 酒場は相変わらず賑やかだ。

この間は声をかけられてビビり散らかしたけど、よく見るとお金をもらってお酒の相手をするお姉さんの姿がちらほら見える。

きっと間違えられただけなんだろう。


 お酒に、星に、海に、あと、ルロイのこと。

この冒険で知らなかったことをいっぱい知ることができた。


 知らない世界と出会うのって、今までは新しい扉を開けるようなことだと思っていたけど、実際には中から壁をぶち破ることだった。

新しいものを知れば知るほど、世界は広がって、もっといろいろなことが知りたくなるし、もっともっと遠くまで行きたくなる。


 冒険って素敵だ。

リアは一気にビールを飲み干した。





 涼しい夜風の中、2人は宿屋までの道を歩いていた。

あたりまえみたいにルロイが手をつないでくれるのが嬉しかった。


 冒険も明日で終わりか。

この数日間、ルロイとずっと一緒にいられて、ルロイと同じものを見て、いろんな話ができて、本当に嬉しくて、楽しくて、すべてが宝物みたいな時間だった。


 ルロイはどう思ってるんだろう。

リアはつないだ手をじっと見つめた。





 夜、灯りを落とした部屋を月が薄く照らしている。

遠くで鈴虫の鳴く声が聞こえる。


 リアは迷っていた。


 本当にこんなことをしていいんだろうか。

部屋の反対側にあるベッドを見つめる。


 やめといた方がいいんじゃないのか。

ルロイの姿はここからではあまりよく見えない。


 でも、本当にやりたいこと、リアが伝えたいことは何だ。

部屋の中はひんやりと涼しいのに全身が熱くなってくる。


 行こう、行ってしまえ。

どうせ正解なんてないんだ。


 足音が響く。

数歩の距離がやけに遠く感じる。


「ルロイ、起きてる?」


 緊張で声が震える。


「起きてるけど、どうした?」


 ルロイの声は明らかに驚いていた。


 髪型はルロイが好きと言ったみつあみか、昼間とのギャップを演出するために下ろすか、脳内協議(オンディー)の結果みつあみにした。


 枕を持ってくる勇気はリアにはまだなかった。


「あの、あの、あの、あの、」


 言うことは決めていたはずなのに、胸で詰まって言葉がうまく出てこない。


「なんだか、眠れなくて!」

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