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第1話 なぜ新設校は横文字を使いたがるのか

 お元気ですか


 このたび、カスみたいな田舎から無事脱出することができました。

地元では絶対に出会えないような素敵なことがこの街ではたくさん待っている、そんな予感がします。





 何だこれ、いつになったら学園に着くんだ。

リアは息を切らせて山道を登っていた。


 最寄りの街、ドライツェンから山を登ったところにリアがこれから入学するホーエンノイフェルト魔法学園がある。

山道は険しくて、一歩踏み出すごとに足が疲労で重くなる。

浮かれて着てきたワンピースと、気合いで巻いてきた髪が風でまとわりついてリアは小さく舌打ちした。


 リアは16歳、背中まである栗色の髪は気に入ってるけど、身長が低いこととそのせいで歳よりも幼く見られることに関しては最近少し悩んでいる。


 山の上にある学園なんて神秘的でステキ! そんな風に思ってた数ヶ月前の自分を燃やしてやりたい。

リアは額の汗を拭ってはるか先に見える校舎を睨んだ。





《ホーエンノイフェルト魔法学園 3期生募集》


 数ヶ月前のリアはワクワクしながらパンフレットを眺めていた。

リアは魔法使いだ。

炎の魔法を使うことができる。


 魔法が使える人はとても少なく、魔法を学ぶ機会は限られている。

近所の魔法ババアに習いに行こうと考えたこともあったけど、狭い町で噂がたつのを恐れた母に反対されたので今のところリアの魔法は自己流だ。

そんな中、魔法学園のことを知った。

なんでも魔法を体系的に学ぶことができる初の教育機関らしい。


 しかし、そんなことはリアにとってはどうでもよかった。

リアが惹かれていたのはただひとつ『全寮制』の文字だ。


 この学校は実家から通うことはできない。

リアはこれほど魔法が使えてよかったと思ったことはなかった。

これで、地元を出られる。


 別にリアは地元が嫌いなわけではない。

暇を持て余したババア共の噂話がとび交うクソ田舎(ディストピア)ではあるけど、家族とは仲良しだし友達もいる。

でも、地元の学校に行って、地元で結婚して、一生地元から出ないなんてそんなのつまらない。

どうせ卒業したら結婚することになるんだし、一回くらい地元を出て自由なスクールライフを送ってみたい。

きっと何かステキなことがあるに違いない。


 こうして、反対する両親を捨て身で説得し、異常に簡単だった入試を突破して、リアはホーエンノイフェルト魔法学園の入学までこぎつけた。





「やっと着いたあ」


 学園は山の中腹にあった。

かつては城として使われていたというレンガ作りの校舎は重厚な佇まいだった。


 扉を開けるとふくよかな体型の中年女性が笑顔で出迎えてくれた。


「ホーエンノイフェルトへようこそ。私は寮母のフィーア。寮内を案内するわね」


 建物の中はひんやりと涼しく、昼食どきなのかスープのような匂いがしている。

1階は共同スペース、2階が男子寮、3階が女子寮。

食事は朝、昼、晩の3回で門限は10時。

寮の規則を聞いているうちにリアの部屋に着いた。


「ここがあなたの部屋。もう一人の子はもう来てるから仲良くしてね。じゃあ1時の入学式には遅れないように」


 そう言ってフィーアは階下に去っていった。


 リアはドアの前でしばらく立ち止まっていた。

ルームメイトか……どんな子なんだろう。

リアの胸に嫌な緊張がはしる。


 都会的でオシャレな子で田舎者ダッセェとか思われたらどうしよう。

めちゃくちゃよく喋る明るい子でノリが悪いと思われたらどうしよう。

逆に沈黙を愛する感じの子でうるさい奴だと思われても嫌だな。


 とにかくここでこうしていても仕方ない。

リアは意を決してドアを開けた。





「え、荷物それ全部持ってきたの? あとその格好で山登ってきたの?」


 肩のところで切り揃えた黒髪に、茶色の大きな目を持つ少女、ルームメイトはリアを見て驚いていた。


「そうだけど」


 言いながら、リアは荷物を開ける。

服と、アクセサリーと、ドレッサーボックスと……


「これ、お土産! 地元の銘菓なの。あとで一緒に食べよう」


 リアがお菓子を差し出すと、彼女は少し戸惑ったような顔をしたあとくすっと笑った。


「ありがとう。私はメイリ、魔法理学科なの。これからよろしく」


 笑顔がかわいいな。

メイリが笑ってくれたので緊張が少しやわらいだ。


「よろしく。私はリア、活動魔法科なんだ」


 そう言ってリアはメイリの荷物が極端に少ないことに気づく。皮袋が一つだけ。


「メイリ、荷物ってそれだけなの?」


「うん、ここに来るまでずっと冒険してたから」


「冒険?」


 リアは世の中に冒険者という人たちがいることは知っていたが、実際に見たのははじめてだった。


「そう、冒険者だったの。あ、そろそろ入学式始まるよ。とりあえず行こっか」





 新入生は20人とちょっとで、その中でも女子学生はかなり少なかった。


 学園長のノイフェルトは回復魔法使いの爺さんで魔法使い差別がある時代があったとか、魔法使いが戦争の道具になってはいけないとか何とか言ってた。

話が長いのでリアはあまり聞いていなかったけど、とにかく魔法を世のため人のために使えって感じのことが言いたいらしい。

そういえば入試でも「人を傷つけるために魔法を使わないと誓えますか」みたいなこと聞かれたな。


「この学園で学んだことが、皆さんの人生の一助になりますことを心から願っています」


 やっと学園長挨拶(ジジイのむかし話)終わった。

リアは退屈なのがバレないようにがんばって真面目っぽい顔をしていた。


 入学式のあとは学科ごとに分かれてカリキュラムの説明があった。


 学科は回復魔法を学ぶ『回復魔法科』、回復魔法以外の魔法を学ぶ『活動魔法科』、魔法に関する理論を学ぶ『魔法理学科』の3つですべて2年制だ。


「活動魔法科の担任のブラスだ。2年間よろしくな」


 リアが所属する活動魔法科の担任は大柄な男性で新入生は10人だった。


 明日から早速講義が始まるらしい。





 ゆるく陽の光が差し込む廊下をリアはひとりで歩いていた。


 教室と寮が同じ建物っていうのは便利だけど、生活が全部学園内で完結するから行動範囲はすごく狭くなりそうだな。

ルームメイトのメイリもいい子っぽいけど、冒険者なんて今までリアの周りにいなかった種類の人間だ。

大丈夫かな、うまくやっていけるといいんだけど。


 ふと足音に気づいてリアは顔を上げた。

その瞬間、目の前の男子学生の姿に、息をするのを忘れるほどの衝撃を受けた。


 午後の日差しを受けて輝く金色の髪に憂いを帯びたような灰色の瞳、すべてが印象的な彼の姿はまわりの景色まで塗り変えてしまうようだった。

こんなにきれいな人、地元(クソ田舎)には絶対にいない。

すれ違った瞬間、魔法のように目が吸い寄せられて離れなかった。


 思わず振り返ったリアは、同じように振り返っていた彼と目があった。

しばらく時間が止まったかのように見つめあっていたが、彼が口を開いた。


「君は新入生?」


 落ち着いた、優しい声だった。


「はい、リアといいます。活動魔法科です」


 リアが答えると、彼は笑った。


「俺はエーミール、魔学の2年だ。これからよろしくな」


 教室棟の方へ向かうエーミール先輩の後ろ姿をリアはしばらく眺めていた。

この学園は、もしかしたらものすごく素敵な場所かも知れない。





「さっきね、すごいカッコいい人がいたの、魔学の先輩」


 部屋に戻ったリアはメイリとお茶を飲んでいた。


「金髪の人? その人なら私も見たよ。魔学なんだ」


 メイリはあまり興味もなさそうにリアの地元の銘菓、山芋の蒸饅頭を口に運ぶ。


 リアはほうじ茶を飲んで息をつく。

本当に、同じ生きものと思えないくらいきれいだった。

あんな素敵な人、地元にいたら絶対に出会えなかっただろうな。

本当に学園に来てよかった。


「そうだ、メイリも魔法使いなんでしょ?」


「うん、そうだけど」


 地元では母の言いつけで魔法が使えることを隠していたので、自分以外の魔法使いと話すのは初めてだ。

ここでは魔法のことを隠さず話せると思うと嬉しかった。


「何の魔法? 私は炎」


 リアの質問にメイリは真顔になって少し黙る。


「私は……雷」


 ぽつりと言った後、メイリは笑った。


「冒険者やってた時は自分の手のうちってあまり人に言わないようにしてたけど、学校だもん、手のうちもないよね」


 手のうちか……リアは自分の魔法をそんなふうに考えたことなんてなかったけど、冒険していく上では魔法を使って戦うこともあるのかも知れない。


「どのくらい冒険してたの?」


 少し考えてからメイリが答える。


「うーん、だいたい5年くらいかな」


「ええ!」


 思ったより長くて驚いた。


「5年前って、子どもだったんじゃないの?」


 メイリはほうじ茶を飲みながら静かに答える。


「うん、12歳だった」


 ああ、1個上なのか。

年は近いけど、16年間地元を出たことがないリアには想像もつかないような経験をいっぱいしてるんだろうな。


「このお饅頭おいしいね。リアの地元ってどんなところなの?」


「ものすごい田舎だよ。何もないけど、温泉が湧いてるんだ」


 退屈な町だったけど、こうやって知らない土地で地元のことを話すと少し恋しくなってくるから不思議だ。


「温泉があるんだ。いいな、行ってみたい」


 メイリにそう言われてリアはワクワクしてきた。

友達を連れて地元に帰るのは楽しそうだ。


「夏休みになったら来てよ! 一緒に温泉入ろう」


 リアが言うと、メイリも楽しそうに笑った。





 決してまずいわけじゃない……けど、なにか足りない。


 豆の入ったトマトスープをリアは口に運ぶ。

空腹の力を持ってしても、どうにもパッとしない味だ。

それに、皿にのってるのは野菜ばっかりでどこにも肉の姿がない。


 リアはメイリと一緒に食堂で夕ごはんを食べていた。

周りを見ると、どこか浮き足立って落ち着かない1年生と、すっかり慣れた様子の2年生はすぐに区別がつく。


「なんか、体に良さそうな味だね」


 ほうれん草を(なんていうか)チーズで和えた謎料理(スピナッチ的なやつ)を食べながらメイリが言った。

きっとメイリも同じことを考えてるに違いない。

食事にはあまり期待できないみたいだ。

リアは実家のごはんを思い出して小さくため息をついた。


 お風呂を済ませて部屋に戻るとすっかり暗くなっていた。


「点火!」


 リアの魔法でランプに火をつける。


「それ、便利だね。私も炎だったらよかったのにな」


 メイリがランプをのぞきこんで言う。


「メイリの魔法も今度見せてよ」


 リアの言葉にメイリは苦笑する。


「うーん、危ないからなあ。まあそのうちね」


 明日からは講義が始まるのか。

魔法の勉強って何をするのかよくわからないけど、これからは周りもみんな魔法使いだと思うとすごくワクワクする。

エーミール先輩にもまた会えるといいな。

明日からの生活が楽しみでリアはベッドに入ってもなかなか眠れなかった。

 読んでいただきありがとうございます。

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