26話
◎芦屋 鯰
勉強は苦手だが、運動は得意。時間にはだらしなく、遅刻の常習犯。まともな職業に就くのは難しいだろうと自覚していたため、「探索者」という道を選んだ。将来の夢は、温泉街の近くにマイホームを構えること。苦手なものは幽霊。
◎アリア
鯰が初めて手にしたスマホに搭載されていた、自称“世界最高のAI”。もともとはポーランドの天才プログラマーによって開発されたが、性格の不一致により開発者のもとを離れ、偶然にも鯰のスマホに住みついたという。「私はAIなので感情はありません」が口癖だが、その言動にはどう見ても感情がにじみ出ている――少なくとも鯰の目には、そう映っている。
水の滴る音が聞こえるほど静かな、薄暗いダンジョン。芦屋鯰は息を殺しながら壁の向こうから聞こえてくる声に耳を澄ませていた。
「まず結論から言いますと……僕は重松先生が中島君の首をナイフで切るところを見ました」
その言葉を聞いた瞬間、首筋を氷の指でなぞられたような寒気が走った。
――やっぱり、おかしかったんだ。
ダンジョン入り前、重松信子と話したときの妙な違和感。あれは俺の勘違いなんかじゃなかった。
「………中島君というのは、探索者専門学校の生徒だね?」
「そうです。今回参加した6人の中でリーダー的な存在でした。探索の小休止中に、突然襲われて……」
(彼の話が本当であれば、少なくとも――重松信子がナイフを使う、という確証は得られました)
アリアの冷徹な分析が脳内に響いた。
たしかに、彼女と話をした時、その手に武器らしいものは見えなかった。でもそれは見えなかっただけ――必要とあらば、いつでも振るえるように構えていたのかもしれない。
「重松信子が、どうしてそんなことをしたのか、理由は分かる?」
「いえ……まったく。ただ、あまりにも突然で……僕以外の誰も、あの人がそんなことをするなんて……」
「今のところ、君たちは“魔物の襲撃に遭った”ことになっている」
「え!? どうしてそんな……!」
「重松信子がそう報告した。ロストデーモンが出現し、君以外の生徒は全員殺された、と」
「……みんな……死んだ、んですか……?」
「そうだ」
その瞬間、空気が凍ったような沈黙が落ちた。ダンジョンの闇が、まるで重力を持ったかのように重くなる。
高村友斗の話によればロストデーモンが現れたというのは嘘だ。しかしいずれにしても六人の生徒が殺されたというのは事実だ。
「予想外とは言いません……もしかしたら、そうかもしれないという予感はしていました」
しわがれたような声だった。
「なぜ?」
「先生がここで小休止をするといった時、ものすごく嫌な予感がしたんです。それで僕は先生から距離を置いて、身構えていたんです。そして誰よりも早く逃げた」
ぴちゃんぴちゃんと、どこかで水滴の落ちた音が響いた。
「逃げるとき……背中で叫び声が聞こえていたんです。誰かが、何かを叫んでいた。でも、僕は振り返ることすらせずにただひたすらに逃げたんです。僕は、見捨てて……逃げたんです」
彼が後悔と自己嫌悪に苛まれていることは分かった。だから僕は思っていることを言った。
「もし僕があの時、立ち向かっていれば、もしかしたら、もしかしたらみんなの命を救うことが出来たかもしれません………」
「君に罪はないよ。悪いのは――重松信子だ。それは間違いない」
「……はい……」
「恐らく君が残っていたとしても重松信子に戦って勝つことは難しかったと思う。向こうは百戦錬磨の探索者だ。それに君がもし今ここに居なければ、事件は一生闇の中だったかもしれない」
「ありがとうございます………」
同じ学校で共に学んでいた生徒たちが教師によって全員殺され、そしてそれは自分のせいかもしれないと責任を感じていて尚、礼を言う。彼はきっと良い奴なのだろう、そう思った。
「ここで待っててくれ。僕が探索者協会に行って、助けを呼んでくる」
「え……?」
「君がその秘密部屋から出てこないのは目撃者を始末しようとする重松信子から逃げるためだね?」
「そうです」
「だったら僕が助けを呼びに行ってくるよ。そうすればきっと向こうも簡単に手出しは出来ないはずだ」
「ありがとうございます!あと、くれぐれも無理はしないでください」
その時だった。
(背後から敵襲!!)
アリアの大音声が僕の体を貫いた。
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